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人が恐怖を抱くとき
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殿下にお手紙を頂いてから、これが十通目のやりとりですね。
二日間で随分多いかしらと気にしながらも、これまで他国の方と……いえ、誰かとやりとりする機会はなかったもので勝手が分からずにおります。……多いですよね?
殿下のご趣味の話をお伺いし、少し嬉しくなりました。
私も女王としての職務以外に、趣味と言えるものはありません。以前は本を読んでは空想に耽ったりもしていましたが、近頃はそんな余裕もありませんでした。
ですので殿下の、騎士としての鍛錬以外に趣味がない、との言葉に勝手に仲間意識を感じております。
それから、自国がお好きだということも。私たちは似ていますね。
私は趣味はありませんが、好きな物はたくさんあります。ウォルフの料理、薔薇、牧地の風景、小さい頃に何度も読んだ本。それから最近では、殿下との手紙のやり取りがとても好きです。
ですのでお手紙を頂くとついついすぐに筆を取ってしまうのですが、返事は殿下のご都合の良い時、いつになっても構いません。
どうか殿下のご負担にならないことを祈りつつ。
アメリア
追伸
殿下にはアビニア以外に、お好きなものがありますか?
ぜひ教えて頂きたいです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「団長~、置いてくなんて酷いで……うわっ」
手紙を手に持ったまま机に突っ伏しているジークフリートを見て、ジョルジュは面食らって飛び上がった。
しかしジークフリートの赤く染まった耳と、握りつぶさないよう大事に持っている手紙を見て「ああ」と得心したように頷いた。
「うんうん唸って、落ち込みながら書いてましたもんね。なんか良い返事来てホッとしたんですね」
前回の手紙を貰った時のことだ。
女王から趣味は何か、と聞かれてしまった時、ジークフリートは自分自身に失望をした。何もなかったのだ。
これまでアビニアで一番の騎士となることしか考えていなかった彼に、趣味を楽しむ時間も趣味を見つける時間もなかった。
つまらない男だと思われてしまう。
そう思い、趣味をでっち上げようかと思ったが……嘘で彼女との手紙のやり取りを汚したくない。落ち込みながら、「自分には趣味がない」と書いた。そしてこの返事である。
『好き』の一言にどうしようもなく心を掻き乱され、勝手に緩んでいく表情が止められない。あくまでも誰かとやりとりをする経験が少なかった彼女が、誰かと交流をする事に対しての『好き』なのだとしても、嬉しくてたまらなかった。
どうしてこんな気持ちになるのか。これが『恋』という物なのだろうか。ジークフリートは確信が持てない。
ただ初対面で見惚れてしまうほど美しかった女性が、本来守られるべき女性である筈の彼女が、危険を前に立ち向かっている姿を見た時に、心のどこかが音を立てた。
もう後戻りはできないと、彼はその時思い知った。それがどういう意味かもわからずに。
「しかし、まさか団長が女性相手にそうなるとは思いませんでしたよ。騎士道騎士道!高潔高潔!って感じで人の心忘れてきちゃったかな?って思うこといっぱいあったんで安心しました。どうせアビニアに帰ったらそろそろ結婚しなきゃいけないでしょうし、一回恋したらこれからじゃんじゃんですよね!」
結婚。
そのワードが出てきて、真っ白なドレスに身を包む女王の姿が浮かんだ。金の髪がきっと、真っ白のドレスに淡く映えるだろう。ヴェールから覗く透き通った赤い瞳は、どれほど美しいのだろうか。
身悶えする。
動揺に突っ伏した顔を上げ、すぐにまた両手で顔を覆う。
想像上でも、彼女の花嫁姿はジークフリートの心を浮かれさせる。動悸が激しい。
「お、俺は彼女と結婚など……!」
「そりゃ女王と結婚はできないでしょうよ。さる国の姫君とか、公爵家のご令嬢じゃないですか」
「え?」
ジョルジュの言葉に、ジークフリートは驚いてジョルジュを見た。驚く彼にジョルジュもまた、驚いている。
「……団長、ヴラドがアビニアからどう思われているか知ってますよね?……ちょっと無理じゃないですか」
「無理な理由はないだろう。サマルに対しての抑止力にもなる」
アビニアを含む大陸は、今束の間の平和を維持しているが隣国サマルの動きが不穏だった。好戦的な王太子が王位を継いだら、おそらく戦争は避けられないだろう。
それ故むしろアビニアにとっては、ヴラドと不可侵の誓約以上の繋がりができるのは喜ばしい事だ。
それにジークフリートが結婚を機にさっさと他国へ移り住むことは、国内での無用な継承権争いが無くなる、という利点もある。
「俺もお前も、彼女がクラーケン退治の際に力を使ったのは見ただろう?あの力は、間違いなく牽制になる。トドメをさしたのは俺だが、彼女なら造作もなく一瞬でクラーケンを屠れた筈だ」
しかしあの時彼女の瞳は、少し迷いがあるように見えた。
だから代わりに自分が退治したのだ。殺したくないと、言っているような気がして。
「しかしそんな強い力を持つ彼女も、噂と違って普通の人間だ。結婚できない、という事はない。いやこれはアビニアの利点を述べただけであって、結婚云々は彼女が決めることなのだが……」
ムキになって言ってしまったが、まだ少し女王に……いや、料理長兄弟以外に怯えているジョルジュに理解してほしかった。
彼女飲んでいるのはトマトジュースで、お酒を飲めないことを恥じらっていて、歳は不明だがどうやらジークフリートよりは年下らしい。
噂に過ぎない与太話で恐れられているだけで、彼女自身は明るく可憐な、一人の女性だった。
「……普通の、女性ねえ」
しかしジョルジュは、困った顔を見せる。
「俺、この国に来てから恐怖で勘がしっちゃかめっちゃかではありますけど、でも彼女が普通の女性だとは思えないです」
紫色の瞳がぐっと濃くなって、ジークフリートはたじろいだ。
「もしも彼女が普通の女性じゃなくて魔物だったらどうします?」
思わず言葉を失った。
実際は有り得ないだろうと思うのに、ジョルジュの言葉は時たま強い説得力を持つ。特にこの濃い紫の瞳の時には。
彼女が魔物だったら、俺はどうするのだろうか。
そう思ったが、浮かんできた気持ちは自分でも意外な答えだった。
(……彼女であることは、変わらない)
口を噤んだその様子に悟ったのだろうジョルジュが、バツが悪そうに口を開く。
「まあ団長はそうでしょうけど……みんながみんな、団長みたいに恐れ知らずってわけじゃないですからね。大体の奴らは、『魔物かもしれない』ってだけで拒否します。いや、魔物じゃないってわかってても怪しいものは気味悪いんですよ。殺してもいいって思うくらいには」
ジョルジュは自分に言い聞かせてるようにも見えた。
彼自身、戦場で発揮する勘の良さに薄気味悪いと遠巻きにされている姿を、ジークフリートも見たことがあった。
その勘に命を救われてるくせにバカなことをと叱りつけても、ジョルジュに親しく話す仲間ができることは無かった。
「もしも、国の英雄がヴラドに嫁ぐなんて相応しくない、って民や国王陛下が言ったらどうします?洗脳されてるんじゃないかって、騒ぎ始めたら」
そう言う彼の昏い顔に、一瞬言葉を失った。再度口を開こうとすると、彼は「なんちゃって!」と明るくにやにやと笑って見せた。
「ま、どちらにせよここにいる間は楽しみましょ!でもやっぱり怖いんで、俺を一人にしないでくださいね!」
そう冗談めかすジョルジュは、いつもと変わりがなかった。
けれどジークフリートの胸には、ジョルジュの言葉が小骨のように刺さってチクチクと痛んだ。
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