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誘拐
大天使2
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そして始まる、大天使検問タイム。
二人っきりになった途端、私という小物はその圧だけですぐに降参した。
「えっと……、その。なんというか……。イルヴィス様は、私を玩具にしているというような感じでして……」
伝えれば、
「……玩具、ですか?」
怪訝に眉を顰められてしまう。
『まぁ、下品ですわ!』とか思われてる?
「は、はい……。遊び相手といいますか、揶揄い要員といいますか……」
「遊び相手、揶揄い要員」
わぁぁ……、天使になんてことを言わせてるんだ! なんて大いに後悔をしていれば、ままあってシャーレア様はクスクスと口元を押さえて笑い出した。
え?
「――っぱり! やっぱりそうだったのね!」
妖精ボイスはそのままに、ちょっと開け放たれた御心である。
「あ、あの……」
「実はですね、失礼ながらわたくしも、イルヴィス様のお噂には少し違和感を感じておりましたの」
「……違和感、ですか?」
若干引き気味で尋ねてみる。
噂がどんなものなのか、ちょっとばかり興味があったのだ。
シャーレア様は、ふふっと笑ってから私の耳元に囁いて。
「はい。だってそのお噂、『イルヴィス様のご婚約者はイルヴィス様の積年の想い人だ』って。でも……、わたくし、幼少にイルヴィス様より想いを受けておりましたの。だから、おかしな話だな、とずっと引っ掛かっておりましたのよ」
言いながら、シャーレア様は真っ白い頬をポッと赤く染めていく。
そんな可愛らしい様子に、つい私も見惚れてしまい……って。いやいやそんな場合ではなく!
「想いを受けてって……」
問えば、シャーレア様のお顔は更に赤く染まっていった。
「『好きですよ。私と一緒になってください』って」
きゃ――‼︎ と年相応の照れ方を数秒してから、シャーレア様はスッと淑女モードに切り替わる。
さすが天使、激情を長引かせる私とは出来が違うのだ。
私といえば、自分のされた告白をぼんやりと思い出しつつ。王子と積み重ねた思い出各種をぐるりと回想してみたりする。
そして、その結果――えっ、もしかして王子って女たらしなんじゃないか?
という、結論に達することになった。
だって、普通、好きな人を女神像に括り付けたりしないでしょ!
あれは絶対、色欲に操られてるやつでしょ!
ていうか、好きだって実はあちこちで言ってるんじゃないのか⁉︎
ちょっと想像してみる。
王子が、きゃーと逃げる色んな女性を追いかけ回す。やがて捕まえた三人くらいをニヤニヤと後ろから抱きしめて、
『捕まえた。皆んな大好きだよ』
……うわ、秒で想像できてしまった。
なんなら、一人ずつ首元にキスするとこまで見えてしまった。
私の肌がゾワッと粟立って、なんだか身内の恥ずかしい一瞬を見てしまったような居た堪れない気持ちになってくる。
しかし、そんな中でも心優しい大天使は私に癒しの笑みを与えてくださって、
「とはいえ、それも昔のこと。申し訳ありません、こんなことをミラ様にお話ししてしまいまして。実はわたくし、イルヴィス様をお慕いしておりましたの。だから、少しだけ意地悪をしてしまいました」
なんて超絶可愛らしい告白を!
「い……いえ。そんな、とんでもないです」
むしろ意地悪なんて、シャーレア様からいただけるのであればご褒美ですよ!
って、あれ。私、王子に毒されてないか……。
ゾッとしたので、頭をブンブン振って切り替えた。
シャーレア様のお気持ちが叶わなかったのは心苦しいけど、王子の毒牙から守られた考えれば、結果的には良かったのかもしれない。
きっと、シャーレア様の中には、キラキラで完璧な王子がいるんだ。純粋無垢な大天使が穢されなくて本当に良かった。良かったんだ。
ちょっと感じた罪悪感を心の中でグイグイと押し込めて。チラリと前を覗けば、すぐにシャーレア様と目が合った。
うぅ、図らずもその綺麗な瞳を悲しみに沈めてしまったかと思うと、やっぱり辛い。
というか、シャーレア様の想い人がろくでなしなのがもっと辛い!
しかし、当のシャーレア様といえば……。
「でも、ご安心くださいね。流石にミラ様とご婚約を結ばれてまで、想いを捨てぬほど愚かではありません。諦めはすっかりとついておりますので」
目頭がジワっと熱くなる。
なんて健気な方なんだ……。
「は、はい……」
とはいえ、ここで涙してはシャーレア様のお気持ちを踏み躙る!
そんな意志を持ってグッと堪えていれば、シャーレア様は尚もふわりと笑んでくださって、
「それに、なによりもミラ様がとても素敵なんですもの。割り入るなんてとんでもありませんわ」と。
恐れ多過ぎて、私は絨毯に挟まる砂サイズにまで縮んでしまいそうだった。
嬉しさでじわじわ温かくなる身体を噛み締めて、じっと押し黙っていればシャーレア様から、
「……っと。申し訳ありません、長々と御御足をお止めしてしまいまして。ミラ様はどちらかへ向かわれている最中でしたね」
「あ、いえ……」
王子への嫌がらせでただ彷徨いてただけです、とは流石に言えないや……。
「では、わたくしはこちらで失礼させていただきます。本日はお話させていただき、ありがとうございました」
美しい礼と共に、シャーレア様が去っていく。
あぁ後ろ姿まで眩しいな、なんて思いながら、キラキラ輝くシャーレア様を私はほっこりと見送った。
「メイ」
角を曲がり、ミラの姿が見えなくなったところでシャーレアは一人の侍女を呼び付けた。
その声色は穏やかなまま。ゆったりとした足取りにも乱れは見られない。
しかし、その瞳にはひとつの意志を据えていた。
「あの程度がどうしてイルヴィス様の隣に並べるのかしら? と考えたら、それはもう深いご慈悲に漬け込んだとしか考えられないのではなくて?」
「仰る通りでございます」
「であれば、わたくしの役目はイルヴィス様の解放と救済、そのお手伝いをさせていただくことではないかしら?」
「仰る通りです」
「ミラ・オーフェルの分身体はどれくらいでできて?」
「明日にはご用意が叶います」
「そう。なら貴女は、すぐにそちらに取り掛かるように」
「かしこまりました」
メイの返事を聞き届け、会話を終えたシャーレアは、開けられた扉から優雅に庭へと降りていく。
そして、イルヴィスの待つ薔薇園に目を向けて、
「必ずや、わたしくしが貴方様をお救いいたします。今しばらくお待ちくださいね」
そんな言葉をひっそり誓うのであった。
二人っきりになった途端、私という小物はその圧だけですぐに降参した。
「えっと……、その。なんというか……。イルヴィス様は、私を玩具にしているというような感じでして……」
伝えれば、
「……玩具、ですか?」
怪訝に眉を顰められてしまう。
『まぁ、下品ですわ!』とか思われてる?
「は、はい……。遊び相手といいますか、揶揄い要員といいますか……」
「遊び相手、揶揄い要員」
わぁぁ……、天使になんてことを言わせてるんだ! なんて大いに後悔をしていれば、ままあってシャーレア様はクスクスと口元を押さえて笑い出した。
え?
「――っぱり! やっぱりそうだったのね!」
妖精ボイスはそのままに、ちょっと開け放たれた御心である。
「あ、あの……」
「実はですね、失礼ながらわたくしも、イルヴィス様のお噂には少し違和感を感じておりましたの」
「……違和感、ですか?」
若干引き気味で尋ねてみる。
噂がどんなものなのか、ちょっとばかり興味があったのだ。
シャーレア様は、ふふっと笑ってから私の耳元に囁いて。
「はい。だってそのお噂、『イルヴィス様のご婚約者はイルヴィス様の積年の想い人だ』って。でも……、わたくし、幼少にイルヴィス様より想いを受けておりましたの。だから、おかしな話だな、とずっと引っ掛かっておりましたのよ」
言いながら、シャーレア様は真っ白い頬をポッと赤く染めていく。
そんな可愛らしい様子に、つい私も見惚れてしまい……って。いやいやそんな場合ではなく!
「想いを受けてって……」
問えば、シャーレア様のお顔は更に赤く染まっていった。
「『好きですよ。私と一緒になってください』って」
きゃ――‼︎ と年相応の照れ方を数秒してから、シャーレア様はスッと淑女モードに切り替わる。
さすが天使、激情を長引かせる私とは出来が違うのだ。
私といえば、自分のされた告白をぼんやりと思い出しつつ。王子と積み重ねた思い出各種をぐるりと回想してみたりする。
そして、その結果――えっ、もしかして王子って女たらしなんじゃないか?
という、結論に達することになった。
だって、普通、好きな人を女神像に括り付けたりしないでしょ!
あれは絶対、色欲に操られてるやつでしょ!
ていうか、好きだって実はあちこちで言ってるんじゃないのか⁉︎
ちょっと想像してみる。
王子が、きゃーと逃げる色んな女性を追いかけ回す。やがて捕まえた三人くらいをニヤニヤと後ろから抱きしめて、
『捕まえた。皆んな大好きだよ』
……うわ、秒で想像できてしまった。
なんなら、一人ずつ首元にキスするとこまで見えてしまった。
私の肌がゾワッと粟立って、なんだか身内の恥ずかしい一瞬を見てしまったような居た堪れない気持ちになってくる。
しかし、そんな中でも心優しい大天使は私に癒しの笑みを与えてくださって、
「とはいえ、それも昔のこと。申し訳ありません、こんなことをミラ様にお話ししてしまいまして。実はわたくし、イルヴィス様をお慕いしておりましたの。だから、少しだけ意地悪をしてしまいました」
なんて超絶可愛らしい告白を!
「い……いえ。そんな、とんでもないです」
むしろ意地悪なんて、シャーレア様からいただけるのであればご褒美ですよ!
って、あれ。私、王子に毒されてないか……。
ゾッとしたので、頭をブンブン振って切り替えた。
シャーレア様のお気持ちが叶わなかったのは心苦しいけど、王子の毒牙から守られた考えれば、結果的には良かったのかもしれない。
きっと、シャーレア様の中には、キラキラで完璧な王子がいるんだ。純粋無垢な大天使が穢されなくて本当に良かった。良かったんだ。
ちょっと感じた罪悪感を心の中でグイグイと押し込めて。チラリと前を覗けば、すぐにシャーレア様と目が合った。
うぅ、図らずもその綺麗な瞳を悲しみに沈めてしまったかと思うと、やっぱり辛い。
というか、シャーレア様の想い人がろくでなしなのがもっと辛い!
しかし、当のシャーレア様といえば……。
「でも、ご安心くださいね。流石にミラ様とご婚約を結ばれてまで、想いを捨てぬほど愚かではありません。諦めはすっかりとついておりますので」
目頭がジワっと熱くなる。
なんて健気な方なんだ……。
「は、はい……」
とはいえ、ここで涙してはシャーレア様のお気持ちを踏み躙る!
そんな意志を持ってグッと堪えていれば、シャーレア様は尚もふわりと笑んでくださって、
「それに、なによりもミラ様がとても素敵なんですもの。割り入るなんてとんでもありませんわ」と。
恐れ多過ぎて、私は絨毯に挟まる砂サイズにまで縮んでしまいそうだった。
嬉しさでじわじわ温かくなる身体を噛み締めて、じっと押し黙っていればシャーレア様から、
「……っと。申し訳ありません、長々と御御足をお止めしてしまいまして。ミラ様はどちらかへ向かわれている最中でしたね」
「あ、いえ……」
王子への嫌がらせでただ彷徨いてただけです、とは流石に言えないや……。
「では、わたくしはこちらで失礼させていただきます。本日はお話させていただき、ありがとうございました」
美しい礼と共に、シャーレア様が去っていく。
あぁ後ろ姿まで眩しいな、なんて思いながら、キラキラ輝くシャーレア様を私はほっこりと見送った。
「メイ」
角を曲がり、ミラの姿が見えなくなったところでシャーレアは一人の侍女を呼び付けた。
その声色は穏やかなまま。ゆったりとした足取りにも乱れは見られない。
しかし、その瞳にはひとつの意志を据えていた。
「あの程度がどうしてイルヴィス様の隣に並べるのかしら? と考えたら、それはもう深いご慈悲に漬け込んだとしか考えられないのではなくて?」
「仰る通りでございます」
「であれば、わたくしの役目はイルヴィス様の解放と救済、そのお手伝いをさせていただくことではないかしら?」
「仰る通りです」
「ミラ・オーフェルの分身体はどれくらいでできて?」
「明日にはご用意が叶います」
「そう。なら貴女は、すぐにそちらに取り掛かるように」
「かしこまりました」
メイの返事を聞き届け、会話を終えたシャーレアは、開けられた扉から優雅に庭へと降りていく。
そして、イルヴィスの待つ薔薇園に目を向けて、
「必ずや、わたしくしが貴方様をお救いいたします。今しばらくお待ちくださいね」
そんな言葉をひっそり誓うのであった。
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