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誘拐

嵐の前に

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「姫、お手を」
 やられた。
「おや、顔色が優れないようだね。やはり今日は城に戻って、僕たちの聖域サンクチュアリでゆっくりと過ごそうか」
 やられてしまった。
「では、ジル。ミラ・オーフェル、イルヴィス・アラストリアの両名を、恋煩い不治の病として欠席の連絡を入れておいてくれ」
 私は今、王子と共に登校をしていた。
 昨日といえば、シャーレア様から癒しを得て、その善性を十分に浴びた私は、王子の言いつけ通りいつもの部屋に足を運んでいた。
 当たり前のように両手を拘束され、ジルさん看守のもと、出された紅茶やらお菓子やらをぽりぽり貪った。
 けれど、結構待っても来ないので、気を利かせたジルさんと――
『ミラ様も、枷が様になってまいりましたね』
『うるさいですよ』
 ――なんて、他愛もない会話を交わしつつ。
 結局、様子を見に行ったジルさんから、
『盛り上がっておられるようでして、もう少しお時間が掛かりそうですね』
 と言われたので、
『そうですか。では残念ですが、私はここで……』
 喜色満面、しかし楚々と立ち上がったところで、不自然な眠気に襲われた。
 これは、まさか!
 グラつく頭で、ジルさんを見る。すると、綺麗な笑みを浮かべていて。
 や、やられた!
『ははっ、ミラ様は相変わらずお薬がよく効く体質で助かります』
 そんな言葉と共に私はソファーへと倒れ込み、視界をブラックアウトさせていったのであった。
 ていうか、ペンタ草使う気満々なら、絶対拘束いらないでしょ!
 と、いうわけで現在いま
 相変わらず絢爛豪華な盛装馬車の前にて、私は王子に手を差し出されていた。
 当然の如く私はドン引きで、
「なんだ、姫って……」
 ボソボソと呟けば、王子は逸らした私の顔をわざわざ覗き込んできた。怖いわ!
 すかさず顔を反対方向に振り切る。慌てて、視界から王子を追い出した。
「ほら、君は今朝からずっとつれない態度だろう。僕と目を合わせてくれない。だから、趣向を変えて喜んで貰おうと思ったんだけど、失敗だったかな?」
 王子の声色は心なしか哀愁が漂っていた。
 つれないって……、つれたことなんか一回もないはずだけど。そんなことを思いながらも、罪悪感が胸をチクチク突いてくる。
 意思の弱い私が、横眼でチラリと覗いてみれば。
「すっごいニヨニヨしてる!」
 またしても、やられた。
「あ、やっと目が合ったね。君は優しいから、絶対に向いてくれると思ったんだ」
 策士だ! この人役者だ!
 ぐぬぬと唇をきつく結んで睨みつけた。
「どうしたんだろうね? 昨晩はあんなに愛し合ったのに」
 言いながら王子は、小さく肩をすくめてみせる。それが、なんていうかヤレヤレ困った婚約者だね、みたいな満更でもない雰囲気を醸し出していたので、普通にイラッとした。
 私は、王子の手を引いて、一度降りた馬車へと乗り込んだ。
 適当に私の正面へと王子を放り投げ、
「言い方! 言い方に悪意がありすぎるかと! 愛し合ったって、普通にお風呂に入っただけですし! なんなら、昨ではなくて、まだお日様が見えてましたから! そもそも、不治の病とか聖域サンクチュアリとか…………」
 溜まり込んだものを一息で吐き出して、最後ジリ貧で弱々しくなった私の語勢は、
「ほんと、意味分かんない」
 敬語なんてものを取っ払った素の状態で放り出されることとなった。
 しかし、王子はなにを勘違いしたか、
「ちなみに、不治の病は、恋煩いと書くんだ。聖域サンクチュアリは、君も承知のうえかと思っていたが、勿論僕たち二人が過ごしているあの部屋だ」
 とか頬染め顔で。
 例の部屋かよ!
「ていうか、あんな拘束具に施錠だらけの部屋のどこが聖域サンクチュアリですか! そういうのってもっとこう、自由な感じで温かくて、それこそお花畑みたいな……」
 手をワキワキさせながら訴える。
 上っ面だけでなく、ちゃんと理解をして欲しかった。
「しかし、聖域サンクチュアリとは通常、保護管理されるものだ。君は、楽園と勘違いをしているんじゃないかな?」
 楽園……。言われた言葉が、悔しくもしっくり来てしまう。
 確かにまぁ、私の『お花、小鳥、池』みたいな想像は、そっちの方が近いのかも……?
 とか思っていれば、王子から。
「勿論、お望みとあらば楽園にはいつでも連れて行ってあげるよ。ベッドの上でね」
「……」
 絶句。
 あれ……? この人、本当に王子だっけ?
 さっきから下ネタばっかじゃない?
「さて、君も僕と二人きりになりたかったみたいだし、さっさと部屋に帰ろうね。実は昨日、新しい湯着とブレスレットが届いてね。帰ったら、早速君に合わせてみたいんだ」
 普通に、枷って聞こえた……。
 そして、また湯着。あの、絶妙に大丈夫なやつ……。
 ていうか、また一緒に入るつもりか⁉︎
「というより、ずっと思っていたことだけど。学園なんて、婚約ホヤホヤのカップルが来るところじゃないね。卒業資格だけ貰えるよう、交渉してみるよ」
 出た、王家と学園のただならぬ癒着発言! 絶対無理でしょ、と言い切れないので恐ろしいこと極まりない!
 そんなことより、なんだ。許可が下りたら、私ずっと聖域あれの中……?
 いや、無理。無理すぎるでしょ、それは!
 容易く、王子好みのいかれた女に仕上げられる未来しか見えてこない!
 焦った私は、弾くように声を出した。
「あっ、あの私は――」
 と、そこで、おあつらえ向きに歩く我が弟の姿を発見する。
 頭に干し草がのっているところから察するに、ナイルは荷馬車で居眠りしていたようだ。
 相変わらずお寝坊なんだな……と、ちょっとほっこりしつつ、私はナイルをだしに使わせていただくことにした。
「母より弟の支援を任せられておりますので!」
 言い切ってから、私は力任せに扉を押し開けた。
 すかさず王子が私の手を取ったけど、咄嗟に人体急所喉仏を狙い撃ち――
「――っ」
 とはいかず。流石に躱されたものの、手は緩まったのでその隙に、
「では!」
 外されていた踏み台に、ぴょんと飛び降りて逃げ去った。
「ナイル! 私が教室まで案内してあげます!」
 振り向くナイル。相変わらずのぼんやり顔だ。
「え、大丈――」
 断ろうとするのを般若顔で制して、駆け寄って。
「ささっ、お姉ちゃんが案内してあげますからね!」
 有無を言わさず学園へと押し入れる。
 王子なんかは絶対に振り返らず、無事、ナイルと共に登校を果たしたのであった。
 ふっ、勝ったわ!
 勝ち誇った笑みと共に、私は素敵な一日を予感した。
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