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誘拐

誘拐された1

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 覚束ない足取り。
 手を引かれて床に座らされ、外された目隠しに、もの寂しい灰色一色が飛び込んできた。
 ミラ・オーフェル、十五歳。人生二度目の地下牢です。
「……またか」
 
 とか、現実逃避に主人公になりきっていたら、
「――っるせぇぞ!」
 横から怒声が飛んできた。
 見れば、顔に傷あり激マッチョ。いかにもな悪党がナイフを持って立っていた。
 ごくりと唾を呑む。
 しかし、マッチョが私に投げつけたのは、
「食え!」
 蒸し芋に、小間肉、野菜の端切にパンとスープの普通に立派なお食事だった。
 あれ……? この人、良い人なんじゃないか?
「手ぇ出せ! 大人しくしてろよ!」
 怖いとかいうよりも、ただ反射として大声にビクッとなる。
 私は、そっと縄で縛られた両手を差し出した。
 ちなみに、私が縛られているのは両手だけ。脚は自由だったりする。
 だから、突然立ち上がって、急所を蹴り上げることだってできるのだ。
「少しでも動いてみろ! その腕ごと切り落としてやるからな!」
 強く凄まなれながら、意外にも優しい手つきで縄を切り落とされる。
 おまけに、手首についた縄のカス? まで払ってくれる良いおじさんであった。
 なんだ、この人、やっぱり誘拐犯の一味のフリして私を助けに来たヒーローじゃないのか?
 あれ、でもそれなら縄解いちゃうのはまずくないか。欺き中のお仲間に、『あ! こいつ裏切り者じゃん!』ってバレちゃわない?
 それでなくても、縄解きはアウトだよね。だって、私、貴方に肘鉄して逃げるかもしれないよ……?
 両手両足の自由は、人前でのカモフラージュ以外では奪ってかないと! 王子みたいにね!
 ……って! もしかして、このおじさん、誘拐初心者の下っ端とかなんじゃないか⁉︎
 王子みたいに生粋の気狂いなんじゃなくて……。
 例えば、元は善良な農民。お年寄りから子供から多くに好かれる兄貴肌。しかし、しょうもない男から逃げてきた妹とその子供達を支える為、自ら犠牲になって身代金目当てに誘拐に手を染めた……。
 よく見れば、なんかよりずっと人情味溢れるお顔立ちをしていたおじさん。
 私は、割とありえそうな妄想のせいで、ちょっとしたお節介心を沸かせてしまった。
 そして、おずおずと、
「あ、あの……、縄って外してしまって大丈夫なんですかね?」
 尋ねてみれば『は?』みたいな顔を返された。
「おめぇ、阿呆か。縄を外さねぇと飯、食えねぇだろ!」
 あ、そういうことか……。それか、そういう設定か。
 なまじっか、手足拘束されて食事まで食べさせられた経験があるから、ちょっと不安になっちゃった。
「でも、両手両足が自由になってるわけですし、逃走する危険があると思いませんか?」
 もしも、想像が当たって彼はヒーローで。バレて存在とか記憶とかを消されては嫌なので念を押す。
 もう、アスラの時のようなことを引き起こしたくはなかった…………とかいう偽善。
 私はいつだって、打算で動いてしまう人間なのだ!
 だって、自分の所為で誰かが不幸に陥るとか、罪悪感過ぎるでしょ。
「おめぇ、さっきから馬鹿にしてんのか? いくら自由にされててもよ、扉が開かなきゃ出られねぇだろ。こんな地下牢はよ」
 おじさんの後ろには、鉄格子の扉があった。確かに、あの狭さはすり抜けられないなと思う。
「それによぉ、あんま女子供に手を出すのは好きじゃねぇが……」
 言いながらおじさんは、持ち出したフォークとスプーンを片手で握り曲げた。
「ほらよ。おめぇもこうならねぇように、黙って食いな」
 拳状に並々にされたそれを見せつけられ、思わず、わぉと声が出た。
 それにしても、なんて、やっぱり何処かの変態王子に聞かせてやりたいものだ。
 取り敢えずの懸念を払拭した私は、小間肉を手掴みで口に放り込む。
 ん、塩気がきいて美味しいな……。とか感動して、舌鼓を打った所ですぐにおじさんに止められた。
「待て待て! おめぇ、なに手で食ってんだ!」
「……でも、それ曲がってて食べにくそうですし」
 そっと置かれたフォークとスプーンに目をやった。
「だからって、手で食うか⁉︎」
「? 別に普通じゃないですか? よくこうやって食べてましたよ」
 貧乏の時は。洗い物の水が勿体無いからね。
 しかし、おじさんはなにを焦ったか、私の汚れた指をハンカチで綺麗に拭き出した。
 え……、え――……?
 流石に戸惑っていると、おじさんは少し苛立ちをあらわにして、
「おめぇ、本当に貴族のお嬢様かよ」
「いや、違います」
「……はぁ⁉︎」
「嘘です。一応、端っこ貴族の長女です」
 ちょっとしたエスプリのつもりが、おじさんの苛立ちを煽りそうだったので早々に撤退した。
 
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