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5. どうしてこうなってしまったの
魅了の術をかけてから一月ほど経った日のことだった。
クリスタはこの日も王太子に呼び出されて王宮を訪れていた。
最近は毎日だ。朝から来て夜まで一緒にいることも多く、王太子としての責務を果たせているのか、さすがのクリスタでも少し不安になる。
「アレクシス様、毎日こうしてお会いできるのは嬉しいんですけど……」
「君と会っていないと身が引き裂かれそうな思いがするんだ。こうやって一緒にいる間だけ安心できる……。ああ、クリスタ、どこにも行かないで欲しい……」
アレクシスは虚ろな眼差しをクリスタへ向け、いつもと同じ柔和な笑みを浮かべる。
その金に輝く瞳にはクリスタしか映していない。
いつもと同じ筈なのに、背筋が冷えるのはどうしてだろう。
クリスタは思わず立ち上がった。
「すみません、ちょっと体調が優れなくて、本日はこれで失礼させてもらいますね!」
「行ってしまうのか……?」
アレクシスがクリスタを引き留めようと手を伸ばす。
「来ないで!」
クリスタは思わず叫んでいた。
すると、アレクシスはすっと手を戻し、穏やかな口調で言った。
「クリスタが、そういうなら……」
クリスタは逃げるようにアレクシスの部屋を退室した。
(最近の王太子は、おかしい。魅了の術が効きすぎているのかも……)
でも、リーリエが書き残した手順通りに術を行っただけのクリスタにはどうしていいかわからない。
(そもそも、お姉様が悪いんだわ、そんな危険性のある術なら書き残さなければよかったのよ)
無責任に思考を巡らせながら歩いていると、ふと、聞き慣れた声がしてクリスタは思わず足を止めた。
このやや低めの甘い声は、ディートリヒのものだ。すぐ側の部屋の中から聞こえる。
クリスタはそっと中を覗き見た。
ディートリヒと二人きりで話しているのは――。
(嘘、お姉様……?)
最近部屋に籠もりきりだった筈の、リーリエだった。
何を話しているのか聞き取ろうと、クリスタはそっと聞き耳を立てる。
「兄上を廃嫡することが決まった。あの様子では、仕方ないだろう」
「ずっとあの子に夢中で、本来の責務を何も果たせていないそうですし……。妹が、大変申し訳ございません」
「いや、リーリエ嬢の責任ではないから、謝る必要はない」
ディートリヒは深い溜息をついた。
「元々の婚約者はリーリエ嬢だというのに。父上は貴女のことを大変気に入っていたから、かなりお怒りだ」
「私が至らないばかりに……」
リーリエは遠慮がちに目を伏せる。
それを見たディートリヒは、再び嘆息した。
「兄上は貴女のことを分かっていないようだ。貴女ほど国母に相応しい女性はいないのに……。」
「勿体ないお言葉ですわ」
「兄上は廃嫡される。もうすぐ王太子は私になる。考えては貰えないだろうか? 国母になることを……」
よほど驚いたのか、普段は淑女然とした表情を崩さないリーリエの表情が驚愕に彩られた。
クリスタは、たまらずそこから逃げ出した。
姉がまた、クリスタのものを奪おうとしている。
秀麗なディートリヒと美しいリーリエが並ぶ姿は、一対の人形のように完成されていた。
奪いたい、壊したい。
でも、魅了の術はもう使えない。
クリスタは悔しさに顔を歪ませた。
その翌朝だった。
いつもは静かな公爵邸は、騒然としていた。
王宮の兵士たちが突然やってきたのである。
「クリスタ・フォン・エーレンベルクはいるか!」
彼らの目的は、クリスタだった。
「なに!? なんなの!? いや、離して!」
クリスタは必死に抵抗するが、鍛えられた兵士たちの拘束から抜け出すことは出来ない。
兵士は、クリスタの叫びは無視して、呆然と見守る公爵へと声をかける。
「アレクシス殿下からクリスタ嬢の魔力が検知されました。現在、リーリエ嬢が解呪を試みていますが、この女が何らかの呪いをかけたのは間違いないと王宮魔術師たちは見ています。王太子を害そうとした罪は重い。クリスタ嬢は拘束させていただきます。……連れて行け!」
「そんな! 待ってくれ! クリスタを連れて行かないでくれ!」
「クリスタ! 待って、その子はそんなことする子じゃないわ!」
公爵とクリスタの母は口々に言い募ったが、兵士たちは何も返答をすることなく、クリスタを連行したのだった。
クリスタはこの日も王太子に呼び出されて王宮を訪れていた。
最近は毎日だ。朝から来て夜まで一緒にいることも多く、王太子としての責務を果たせているのか、さすがのクリスタでも少し不安になる。
「アレクシス様、毎日こうしてお会いできるのは嬉しいんですけど……」
「君と会っていないと身が引き裂かれそうな思いがするんだ。こうやって一緒にいる間だけ安心できる……。ああ、クリスタ、どこにも行かないで欲しい……」
アレクシスは虚ろな眼差しをクリスタへ向け、いつもと同じ柔和な笑みを浮かべる。
その金に輝く瞳にはクリスタしか映していない。
いつもと同じ筈なのに、背筋が冷えるのはどうしてだろう。
クリスタは思わず立ち上がった。
「すみません、ちょっと体調が優れなくて、本日はこれで失礼させてもらいますね!」
「行ってしまうのか……?」
アレクシスがクリスタを引き留めようと手を伸ばす。
「来ないで!」
クリスタは思わず叫んでいた。
すると、アレクシスはすっと手を戻し、穏やかな口調で言った。
「クリスタが、そういうなら……」
クリスタは逃げるようにアレクシスの部屋を退室した。
(最近の王太子は、おかしい。魅了の術が効きすぎているのかも……)
でも、リーリエが書き残した手順通りに術を行っただけのクリスタにはどうしていいかわからない。
(そもそも、お姉様が悪いんだわ、そんな危険性のある術なら書き残さなければよかったのよ)
無責任に思考を巡らせながら歩いていると、ふと、聞き慣れた声がしてクリスタは思わず足を止めた。
このやや低めの甘い声は、ディートリヒのものだ。すぐ側の部屋の中から聞こえる。
クリスタはそっと中を覗き見た。
ディートリヒと二人きりで話しているのは――。
(嘘、お姉様……?)
最近部屋に籠もりきりだった筈の、リーリエだった。
何を話しているのか聞き取ろうと、クリスタはそっと聞き耳を立てる。
「兄上を廃嫡することが決まった。あの様子では、仕方ないだろう」
「ずっとあの子に夢中で、本来の責務を何も果たせていないそうですし……。妹が、大変申し訳ございません」
「いや、リーリエ嬢の責任ではないから、謝る必要はない」
ディートリヒは深い溜息をついた。
「元々の婚約者はリーリエ嬢だというのに。父上は貴女のことを大変気に入っていたから、かなりお怒りだ」
「私が至らないばかりに……」
リーリエは遠慮がちに目を伏せる。
それを見たディートリヒは、再び嘆息した。
「兄上は貴女のことを分かっていないようだ。貴女ほど国母に相応しい女性はいないのに……。」
「勿体ないお言葉ですわ」
「兄上は廃嫡される。もうすぐ王太子は私になる。考えては貰えないだろうか? 国母になることを……」
よほど驚いたのか、普段は淑女然とした表情を崩さないリーリエの表情が驚愕に彩られた。
クリスタは、たまらずそこから逃げ出した。
姉がまた、クリスタのものを奪おうとしている。
秀麗なディートリヒと美しいリーリエが並ぶ姿は、一対の人形のように完成されていた。
奪いたい、壊したい。
でも、魅了の術はもう使えない。
クリスタは悔しさに顔を歪ませた。
その翌朝だった。
いつもは静かな公爵邸は、騒然としていた。
王宮の兵士たちが突然やってきたのである。
「クリスタ・フォン・エーレンベルクはいるか!」
彼らの目的は、クリスタだった。
「なに!? なんなの!? いや、離して!」
クリスタは必死に抵抗するが、鍛えられた兵士たちの拘束から抜け出すことは出来ない。
兵士は、クリスタの叫びは無視して、呆然と見守る公爵へと声をかける。
「アレクシス殿下からクリスタ嬢の魔力が検知されました。現在、リーリエ嬢が解呪を試みていますが、この女が何らかの呪いをかけたのは間違いないと王宮魔術師たちは見ています。王太子を害そうとした罪は重い。クリスタ嬢は拘束させていただきます。……連れて行け!」
「そんな! 待ってくれ! クリスタを連れて行かないでくれ!」
「クリスタ! 待って、その子はそんなことする子じゃないわ!」
公爵とクリスタの母は口々に言い募ったが、兵士たちは何も返答をすることなく、クリスタを連行したのだった。
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