なんちゃって調理師と地獄のレストラン

SAKAHAKU

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第四十六話(タルトの喋り方について)

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「なあ、タルトさんよぉ」

「はい。なんですか」

「そのな、あのな、えっとな……」

「はい……?」

「どうしておまえ、そんな喋り方してんの?」

今日はまあまあの客入りで、そこそこに忙しかったオーガニックだが、午後の3時を過ぎたあたりでだんだんと店の中は人気がなくなりがらがらになってきた。
自然と俺とタルトの作業ペースは遅くなって、ちょっとした余暇がうまれる。
そこで俺は、前々から疑問に感じていた件について、タルトに直接聞いてみることにした。

「そんな喋り方と言いますと……?お兄ちゃんが何をおっしゃりたいのかわかりません」

まあ、タルトからしたら唐突に何だよって話だよな。

「それだよ、それ!おまえさ、鬼子とかヒスイに敬語なのはわかるんだけど、どうして身内の俺にまで敬語なわけ?なんかちょっと気味悪いんだけど!」

昔のタルトは俺に対して敬語で話すようなやつじゃなかった。
いったいいつからこんな他人行儀っぽい喋り方をするようになってしまったのやら。
いつから今のような喋り方をするように変わったのか、俺は全く覚えていない。気付いたらこうだったのだ。

「元凶のお兄ちゃんがそれを言いますか。全く心当たりが無いとしたら世も末です」

「お、俺が元凶……?冗談キツイぜ」

俺がタルトの口調を変えちまったトリガーだっただと……?
なにかの間違いだろ。俺はどっちかで言ったら、今のこいつの口調を気味悪がってんだぜ。

「冗談でも嘘でもないです。生前お兄ちゃんは、あるアニメを観ながら私にこう言いましたよね……」

「ど、どう言ったのかな……?」

恐る恐る尋ねてみる。
俺はじわじわと、昔の自分が恐ろしくなってきていた。

「『俺このキャラ好きだわ。タルトちゃんさ、ちょっとこのキャラの台詞真似してみてくんない?』と、こんな無茶振りをしたんです」

「やべぇ……まったく記憶にねぇな」

タルトが口にした昔の俺のセリフは実に気持ちの悪いものだった。
ほんとうにそんなこと言ったのか……?と、疑いたくなるほどには。

「喫茶店で働いている真面目で仕事熱心な女の子です。ちょうど今の私と同じくらいの齢の。好きでしたよね」

「あ、ああ……いたね、そんなアニメキャラ。最近は深夜アニメの数が膨大に増えたせいか、同じようなキャラが乱立して憶えるのが難しくなってきたよな」

「ですね。と共感するのは難しいですが、お兄ちゃんのチェックしてるアニメの数を見たらなんとなくわかります。50近いアニメを録画してますし……この際なので、一つ聞いてもいいですか」

「あん?なんだよ」

ここ鬼ヶ島には知っての通り、圧倒的に楽しめる娯楽が少ない。
生成スキルで作ったテレビには録画機能がついていて、自分の好きな番組を際限なく保存できるようになっている。
悲しいことに、ヒスイと海で遊ぶ以外だと、テレビを見ることくらいしかやることがない。
どうやらタルトは、俺が録画したアニメについて物申したいらしい。

「録画されてるアニメについて少し疑問が」

「疑問ねぇ。聞こうじゃないか」

「こみっくじょし八話、冴えてるあいつ九話、ハッポースチロールメモリーズ三話、全部バラバラに残されています。これ、なにか意味でもあるんですか?」

「おまえ、そりゃあれだよ。察しが悪いな、察してくれよ。抜きネタに決まってんだろ。お色気シーンがあった回だけ残してんだよ」

なんか最近、現実の女よりもアニメキャラの方が魅力的かつ色っぽく感じる。
俺はもしかしたら、相当なヤバイやつかもしれない。

「抜きネタとか、妹相手になんて話してるんですか。セクハラです。この期に及んで、私をネタにしてるとか明言したりしませんよね」

「安心しろ。ふだんお兄ちゃんに冷たく接する妹に需要はねぇ」

「そんなことありません。お兄ちゃんは頭の中で、優しくて可愛げのある私を想像しておかずにしてるんです。妄想たくましい変態さんで困ります」

優しくて可愛げのある妹だぁ?
そんなやつがどこにいる。
ここに確かにいるのは、一切の可愛げも優しさもない兄に冷たすぎる妹だけだが。

「おかずとか言うなや。おまえそれ、自分で言ってて恥ずかしくならねーの」

「ほんとーのことなので全然恥ずかしくないです」

「おかずっつっても、食べ物のことじゃねぇって説明はいるか?」

「いりません。お年頃の中学生や高校生はおませさんが多いですからね。釈迦に説法です」

「しゃかが何だって?頭痛いわー。お願いだからお兄ちゃんとの会話中に難しい言葉使わないでくれる?おまえさんと違っておいら頭悪りぃのよ」

こいつはよく、俺には理解不能な言葉を頻繁に使う。
汗顔のなんたらがコイツの口癖のようになってるが、俺にはあのセリフの意味もよくわかっていないんだ。
そこはかとなくバカにされてる気はするが……。

「えらく話が脱線しましたね。話の内容を元に戻しましょう」

「……だな。で、なんの話だっけ」

「あきれました。お兄ちゃんが先に話題にあげたんですよ。まさか健忘症ですか?ほんとーに汗顔の至りです。私の言葉遣いの件でしょう?」

出たよ。汗顔の至り。
ほんとーにこいつはそのフレーズが好きだな。

「そーだったな。なんかだんだんどーでもよくなってきたわ。アニメの話聞いたらなんとなく思い出してきたし」

「思い出しましたか。それはなによりです。とにかくお兄ちゃんは、嫌がる私に何度も何度も命令しました」

「またまた言い方にトゲがある。お願いはしたとしても命令はしてない筈だ。嫌なら今にでもやめてくれていいんだぞ」

「実はですね、この言葉遣いが染み付いてしまってやめようにもやめられなくなってしまったんです。今更お兄ちゃんに対して砕けた話し方をしても、違和感を感じてしまうほどに。つまり、もう手遅れってことです」

「……マジか」

「マジです。私、これから一生この喋り方のまま死を迎えるのかもしれませんね。お兄ちゃんから与えられた負の遺産を抱えたまま……めちゃ恥ずかしいです」

一生も何も、ここ(鬼ヶ島)にいる時点でおまえはすでに死んでいる。

「悪いことばかりじゃないぞ。誰に対してもタメ口で話す奴よりかは数倍印象がいい」

「自分の過去の過ちをどうにか正当化しようと必死ですね」

「悪いな、妹よ。おまえのようななんちゃって敬語モンスターを生み出しちまった兄ちゃんをどうか許しておくれ」

「なんちゃって敬語モンスター!?今私のことめちゃくちゃディスってましたよね?誠実さのかけらも無いじゃないですか。それで謝ってるつもりなら病院に行ったほうがいいです。言動に難ありですよ」

過去を変えることなんかできねーからなぁ……昔の俺はほんとうに余計なことをしてくれたぜ。
なんとかしてこいつを元の状態に戻してやりたいが、中々難しそうだ。
口調くらいなら、練習や慣れでどうとでもなりそうなものだけどな。

「じゃあおまえはどうしたら俺を許してくれるわけ?土下座でもすりゃいいのか」

「土下座は結構です。そんなことしてもらってもなんの解決にもなりませんから。地面に頭を擦り付けるお兄ちゃんの姿なんか見ても全然面白くないですし。他に何かいい案はないですか?」

「そうだなぁ…………じゃあ、こういうのはどうだ」

「こういうの……?どういうのですか?」

「昔の自分に全力でなりきってみる。ただの芝居だと思えば、俺と話すのだって違和感なくできるんじゃないか?」

やってみないうちから断念するのはよくないぞ。諦めるのはいろいろな方法をとことん試してからでも遅くはないだろう。練習あるのみだ。
料理だって練習次第でそれなりのものを作れるようになるんだからな。

「なるほど、むかしの私のお芝居をすればいいんですね。そのくらいならできそうな気はしますが……えっと、昔の私ってどんなのでしたっけ?」

「まあ、お兄ちゃん大好きっ子だったのは確かだな。四六時中俺に甘えてくる可愛げのある奴だった。残念ながら、今では過去の栄光だが」

「私の黒歴史と言っても過言ではないでしょう。否定はしませんが、少し誇張し過ぎじゃないですか」

「昔はほんとうに可愛かったんだよなぁ」

今とは雲泥の差ってやつだぞ、マジで。
今のこいつとは比べものにならないくらいに可愛かった。別人と言っても過言じゃない。
これが成長ってやつかと思うと、時の流れは残酷だな。

「まるで今は可愛くないみたいな言い方ですね」

「いや、いまのおまえも十分に可愛いんだが、いかんせん、おれに対する接し方がなぁ……いつからこんな生意気になってしまったのだろう。あの頃の純粋無垢なタルトちゃんを返しておくれ」

今のタルトは見た目だけは一級品だが、兄の扱いが絶望的に酷い。
あの頃のタルトは見て呉れは勿論、俺との接し方話し方も何もかもが完璧だったもんな。比べるのも失礼で烏滸がましいほどに。

「お兄ちゃんもしかしてロリコンってやつですか?私が成長しておっきくなったから興味が無くなったんですね。そうでしたかそうでしたか。納得です」

「誰がロリコンだ!?勝手に納得されては困るんだが!だったら今のおまえだって、十分にそれに当てはまる年齢だからな?」

「それはお兄ちゃんにとっての許容範囲が過ぎたからですよ。私より歳の若い子が好みなんですね。それってバリバリ小学生じゃないですか」

「どうやらおまえは是が非でも俺をロリコンに仕立て上げたいらしいな」

確かに小さかったころのおまえは何もかもが可愛かったさ。俺に馬鹿みたいに懐いててさ。それは認める。
……だがな、ロリコンだけは許容できねぇ。
何故なら俺は、断じてロリコンじゃないからだ。

「小さかったころの私にいたずらとかしてませんでしたか?」

「するか!もうこの話終了な。なんの得にもならねぇ」

「そうですか。私はけっこう楽しめました。お兄ちゃんをからかうのは面白いですから」

「俺をからかって楽しむとか昔のおまえなら絶対にしなかったぞ。『お兄ちゃんおなかすいたー』『お兄ちゃんあそぼー』『お兄ちゃんだっこー』という具合に可愛いが溢れていた」

「私そんな恥ずいセリフ言ってましたか……?想像するだけで吐き気がします。今すぐにでも死にたいです」

死にたいですって……だからおまえはすでに死んでるんだって!

「まあそう言うな。おまえはこの頃の自分に戻りたいんじゃなかったのか?」

「喋り方の話ですよね。お兄ちゃんに自ら甘えに行くような、無防備で可哀想な子には戻りたくないです」

「おい、その表現だと俺が危険人物みたいじゃねぇか……」

俺がロリコンかロリコンじゃないかの話はどうでもいい。
お前の口調の話から変な方向にシフトしちまったじゃねぇか。

「はあ……このぶんだとお兄ちゃんの情報は役に立ちそうにありませんね。潔く昔の自分は諦めることにします」

「自分自身で思い出せないならそうなるわな。どうだ、この際ツンデレという文化を極めてみては」

「冗談は顔と料理の腕だけにしてください。怒りますよ」

「おまえ……実の兄を貶して楽しいか?」

「またお兄ちゃんのいいなりになるくらいならこのままでいいです。ツンデレなら鬼子さんがいるじゃないですか」

「何度も言うようだが、あいつにツンの要素はあってもデレの要素は無いからな。あれをツンデレとは言わない」

鬼ヶ島で暮らし始めてからこれまで、鬼子が一瞬でも俺に対してデレたときがあっただろうか?
断言しよう。一度たりとも無い。
あいつがほんとうにそうだったら少しは可愛げもあるってもんなのにな。
タルト同様、容姿だけはずば抜けてるってのにもったいねぇ。

「鬼子さんがお兄ちゃんに好意を持てば実現可能ですね。その可能性は万に一つも無さそうですが」

「はん、鬼子程度、俺の魅力にかかればーー」

「せいぜい頑張ってください。ちょっとだけなら応援します」

「ちょっとだけかよ。精一杯応援しろよ」

精一杯の強がりだ。
実際問題、あの鬼子を俺がどうこうできるとは思えねぇ。

「お客さんが来店されたみたいですね。無駄話はこのくらいにしておきましょう。お仕事に戻ります」

タルトと長々と立ち話を敢行していたそんな中、客の来店を知らせるベルが鳴った。

「おい、話の方はもういいのか?」

「もういいって、さっき言いました。今更喋り方を変更したところで、慣れるのに時間がかかりそうですからね。もともと私はそこまで気にしていませんでしたし、なにより効率的じゃないです」

ーーま、結局あいつには、今の喋り方が一番しっくりくるのかもな。

一時的に客足が途切れたことでできた、妹との束の間の無駄話。
そんな他愛もない時間は、新たな客の来店によって幕を閉じた。










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