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番外編
番外編3・彼女たちの夏休みの日(◇聖女side◇+◆)
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◇砂里side◇
お店がお休みになったら遊園地に行こうと、谷口くんが言い出した。
誘われたのは、とし〇えん、と言う、近場にある遊園地で、そこにはプールもあって、水着のまま遊園地に行っても良いというちょっと変わった場所なのだけど、サースはその話を聞いたときに返事をする前に私の全身をじっと見つめた。
その視線を不思議に思っていると「遊園地にだけなら行ってもいい」とサースが答えて、谷口くんは笑ってた。
そっかぁ……。
サースの世界の人はきっと水着になることなんてあまりないんだろうし、抵抗があるんだろうなぁ……と思いながら、私たちは遊園地に行く約束をした。
それにきっとサースの水着姿なんて見てしまったら、ついに私の流血事件が起きてしまうだろうし……。もう少し未来に楽しみを残しておこうと思う。
そして当日、谷口くんは、なんと女の子を連れて来た。
長い茶色の髪の、洒落た眼鏡をかけた賢そうな女の子だった。僕の彼女、と紹介したところで、私もサースもとても驚いた。なんと!いつの間に!毎日異世界に行っていたのに!?
塾で知り合ったという彼女さんはしっかりしたお姉さんタイプの方で、あの谷口くんが嗜められたりしている。
なんとなく、谷口くんのタイプは、サースと似た感じの人なんじゃないかと思っていたのだけど(サースのおばあさまが好きだったと言っていたからなんだけど)そうでもないみたい。
そこには100年以上の歴史のある素敵な回転木馬があった。
サースと一緒に馬車に乗り込み、流れるメロディーの中で私は心からお姫様気分を味わった。
手を繋ぎながら乗っていると、向かいで谷口くんも真似するように彼女さんと手を繋ぎ出した。
恥ずかしいよ、という彼女さんに、でも僕ずっと見せつけられてたんだよ、と谷口くんが言うと、なぜか彼女さんも納得したように手を繋ぎ出した。一体何の会話をしているんだろう。
その後、ジェットコースターに乗って、海賊船に乗って、お化け屋敷に入った。遊園地デートでやってみたかったことが全部叶えられてしまった。
お化け屋敷に入っても、何のアトラクションなのかピンと来ていないサースの表情は面白かった。
とは言え、もちろん私はその横でしっかり彼の腕にしがみ付かせて貰っていたけれど。ガクブル。
連れて来てくれたお礼と、今日がとても幸せだと伝えると、谷口くんと彼女さんは顔を見合わせてから、ふふふと笑った。
そうして、また皆でデートしようね、と約束をして別れた。
こういうのなんて言うんだっけ。ダブルデート?
サースと二人きりもとても楽しいけれど、でも、サースにはもっといろんな人と触れ合う機会があった方が良いんだと思う。だから、一緒に楽しんでくれる谷口くんたちが居て、とても有難いなぁ、良かったなぁ、楽しかったなぁって心から思っていた。
夏休みは、まだ、半分残っている。
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◇メアリーside◇
夢だったのではないかともう忘れかけていた前世の名前をはっきりと思い出せたのは、サリーナ様との出会いがあったからでした。
わたくしの名前はメアリー・リトルバーリー。前世の名前はヨリコ・タナカです。
サリーナ様は前世で慣れ親しんだ家屋に良くある「押入れ」と言う存在からこの世界にやって来ていると言っていました。
その単語が出て来たことで、また記憶が鮮やかに蘇ります。
わたくしは暫くぼんやりとすることが多くなり、思い出に浸ることが多くなりました。
楽しい思い出はあまりありませんでした。
前世では、裕福な家庭に生まれ育ちましたが両親は不仲で、あまり笑えなくなった私は学校でも上手く友達と付き合えませんでした。
辛い気持ちを持ち続けてある日事故で亡くなりました。
それでも。わたくしが居なくなった後の世界は続いているのです。
彼女はそこから毎日やって来る。
ラザレス様が異世界の菓子を食べたと言っていたことがありました。物の持ち込みも出来るようです。
きっとわたくしが渡した物も持ち帰れるのでしょう。そう、もしもわたくしが、家族に手紙を書いたとしても。
わたくしは、前の生の中で知りあった方々に、伝えたいものがあるのでしょうか。
……ない訳ではありません。
両親は不仲でしたが、わたくしには優しかったですし、二人にも笑ってもらえる仲に戻って貰いたかったとずっと思っておりました。
疎遠になった友達の中にも、心配してくれた子もいました。
もっとこうしていればと、自分にも出来たことは山のようにあったのだと、終わってしまえば後悔ばかりの記憶です。
沈み込む私を気かけてくれて、ロデリック様が毎日のようにわたくしのもとにやってきます。
「僕にはなんでも話して欲しい」
そういう貴方に、わたくしはなんて答えたらいいのか困ってしまい、ただ微笑むだけでした。
そんなある日、ミュトラスの力を発動させ、対価として聖女の願いを与えられる条件をサリーナ様から聞くことになりました。
それは『他者や、何かの物事の幸福を、自分を捨てて願えたときだけ』というもの。
驚きました。そんなつもりはなかったからです。わたくしはいつも自分の気持ちすら分からず持て余し、他者の気持ちを汲むことなど難しいことだと思っていたのですから。
しかしそれならば、一度目はゲームの中のメアリーの幸福を願ったのだとして、二度目の発動はどういった理由だったのでしょうか。
幼いわたくしは、一体何を願ったのでしょう。
「メアリー、土産を持って来たよ」
夏休みに入ったある日、ロデリック様は領地の特産品を手土産に我が家に訪れました。
「まぁ……」
それは懐かしい、小さな緑色の果物です。程よい酸味と甘みがとても好みで、幼い頃に初めて頂いたときには感動致しました。
「君が好きだと思って」
ロデリック様はとてもお優しい方。幼い頃のお茶会での出来事のことでも覚えていて下さる。
「あの日、僕を励ましてくれた君が、今でも僕を支えてくれている」
「……え?」
なんのことでしょう。
「初めて出会った子供だけのお茶会。その日多く用意されていた菓子や果実は僕の家の領地のものだったけれど、それを伝えると君は瞳を輝かせて賛辞をくれ、僕と僕の家の領地を敬ってくれた。そんなことは初めてだった。家を継ぐと言うのはこう言うことかと……思った」
覚えています。
ゲームの知識も夢か本物か分からないおぼろげな記憶として持っていた私は、大好きだったロデリック様の少年時代の姿に胸をときめかせ、そうして、苦し気な表情をする小さな男の子の肩に下ろされる重責を感じました。
記憶に残るゲームの中では分からなかったこの人は、こんなにも幼くして、耐えるように生きているのだと。
何も分からず恋をしていた夢の中のようなもう1人の私を恥ずかしいと思いながら。
せめて少なくとも心の中だけは自由に、幸せに、と願いました。
そう……幼いわたくしは、心から、願ったのです。
「元気が出て来たら、良かったら領地に遊びに来ないか?君が良ければだが」
「……ええ」
わたくしは答えてから、そっとロデリック様の手を握ります。
「メアリー?」
伝えたいもの、伝えたい気持ち。
今一番に伝えたいのは、この人に向ける想いと言葉です。
「貴方に聞いて頂きたいことがあります」
わたくしの長い話。信じて貰えなくてもいいのです。ただ知っていて貰いたいのです。もう存在しない、小さく、弱く、愚かで、愛おしかった、一人の少女の物語を。
残して来た誰かにではなく、今目の前の、この人に……伝えられたらいいのにと。
そう思う私の手を握り返すロデリック様は、優しく微笑まれます。
「僕はずっと、なんでも話して欲しいと言っているよ」
そうでした。だけどわたくしの心がそれを受け取れなかったのです。
「待たせてごめんなさい……」
「謝る必要はないよ、メアリー」
夏休みのとある一日。
長い話をした私とロデリック様は、ただ、話をしただけだというのに。
それまでよりずっと仲が良くなれた気持ちになれました。
それをそのまま伝えたところ、ロデリック様は「僕もそう思っているよ」と答えて下さいました。
この優しい人と、幼い日からたくさんの時間を過ごして参りました。それはまるで、前世で読んだ物語の中で繰り返し語り継がれて来たような、ありふれた婚約者同士のやりとりばかりだったように思えますが、その当たり前の”幸せ”を得られたメアリーは、学園を卒業したら、愛する人と夫婦になり共に生きて行くのです。
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◇ローザside◇
アラン様は、不思議なくらい私に好意を持ってくれます。
だけれど、私は、たまたま聖女の力を発動させただけのただの庶民で、本来ならばあの学園に通えるような身分ではありません。
私の名前は、ローザ・ヒギンズ。一般庶民です。
庶民は庶民。
町の外れの織物屋の娘。裕福とは無縁です。本来なら学園に通わず家の仕事を手伝うはずでしたが、数年前から聖女の力を発現させ続け、気が付くと学園に迎え入れられていました。
三度、ミュトラスの力を使ったのだそうです。
自分でもどうして使ったことになったのか分かりませんでした。
不安に思いながらも恐る恐る登校をしてみると、優しいメアリー様が気さくに話しかけてくれました。
とても綺麗で、優しくて、そして、笑顔の素敵な方。
私たちは二人中庭でたわいのないおしゃべりの時間を取ることが多くなり、小さなことでも笑い合えるような仲になれました。
そしてアラン様とは学園に編入してすぐに出会いました。
中庭で過ごしている私たちにまぜてもらいたいと、全くもって意味の分からない申し出を受けました。
ポカンとしてしまった私とは違い、メアリー様は笑顔で承諾し、また来るというアラン様が立ち去った後に小さな声で独り言のように言っていました。「アランルート×、×××××……」
呪文のように呟く外国の言葉の意味は分かりませんでしたが、メアリー様は振り返ると、婚約者様の話をしてくれました。
優しい婚約者様と幸せに過ごされているそうです。
私にもいつか好きな方が、愛し愛される方が出来るのでしょうか。
そんなことより学校を卒業することで今は精一杯です。
休日にカフェに誘われました。
あんなにキラキラとした王子様と一緒にいたのでは私が目立ってしまいます。
どうやって断ろうかと悩みましたが断り切れず、出掛けて見れば、お忍びの装いのアラン様は、同伴者を常に気に掛けてくれる紳士的な方でした。
一緒に居て居心地が悪くなく、何よりも話していてとても楽しい。
ただし、不思議なほど私を褒め称えてくれますので、そうすると途端に居心地が悪くなります。一体どういうことなのでしょうか。
ある日の昼休み、昼食を食べ終わった後に中庭で本を読んでいると、隣に座るアラン様が目を瞑りウトウトとされてます。
日頃お疲れのようですから少しでもお眠りになった方が良いと思い、声を掛けずそのまま本を読んでいると、小さなうめき声のようなものが聞こえ、アラン様がうなされているのが分かりました。
思わず声を掛けてしまうと、アラン様が目を覚まします。
「……夢か……」
苦し気な表情で吐き出すようにそう言うアラン様を見て、私は初めてアラン様に心から興味を持てたように思えます。
美しい笑顔で完璧な対応をする、非の打ちどころがない王子様は、こうして庶民の私の隣で夢にうなされる方なのです。
それからも、私の笑顔が好きなのだと、君はとても自然に幸福そうな笑顔を浮かべているのだと、アラン様は何度も私に言いました。
アラン様の笑顔の方が美しいとは思いましたが、だけれど私は、彼の美しく完璧な笑顔の裏に、恐らく毎夜のようにうなされているだろう彼の姿を垣間見ているような気がしていたのです。
もしかしたら彼は本心から、私の笑顔を好きだと、そう言っているのではないかと……。
だんだんとそう思えて来ました。
一言で言うと。
言葉には出来ませんが、ありがた迷惑に思えていた王子様からのご好意に、段々とほだされました。
日々ご一緒に過ごし、アラン様が心から笑っている瞬間に出会えたとき、私の心にも歓喜が沸き上がるような想いが芽生えて来ました。
これはもう駄目でしょう。
私は庶民です。学園を卒業したら家に戻るつもりでした。
この国は聖女第一主義のような傾向があります。
王妃には必ず聖女がなること。それは伝統的なしきたりでした。
なので恐ろしいことにわたしのような庶民にも、王族と婚姻し、いずれ王妃になれる可能性があるのだと言います。
もちろん、家柄がそぐわないことへの反発や、厳しい対応もされるのでしょうが。
その為の手助けも、王妃としての学びの機会も、用意周到に準備されているのだと言います。
後は私の気持ち次第、だったところに、完全にほだされてしまいました。
これではもう、彼の想いから逃げられません。
夏休み。
家に帰っていると、お忍びの服装で、供を連れたアラン様がやってきました。
「ローザ……迎えに来たよ」
甘く蕩けるような微笑みで、彼は私を見つめています。
「アラン様……」
私の呼びかけに、一層幸せそうに微笑まれる、孤独な王子様。
今日は、町一番の大きなお祭りの日。
願いを込めた魔力の球を空へと飛ばすのです。
私はきっと願うのでしょう。
この人が心から笑っていられるように。そうして私が、その隣に居られますように、と。
いずれ私が、彼の為に再びミュトラスの力を発動させることになるのは、また別のお話。
--------
◆サースside
砂里と共に、待ち合わせをしている学園の門へと向かった。
今日の砂里は頭に花冠をかぶり、薄緑色のワンピースを着ている。
これは夏祭りのときに着る伝統的な衣装で、なぜかユズルが用意してくれた。
「え、だって僕何度も行ってるから、知ってるし……」とユズルは言いながら「僕、こっちでデートあるから行けないけど楽しんで来てね」と衣装を手渡してくれた。どこから手にいれて来たのかも不明だが。
「サース……綺麗だね」
砂里はそう言いながら俺の髪の毛をじっと見つめている。
そう……不本意ながら、髪にいくつかの花を編み込まれてしまった。
「伝統だよ伝統」と言うユズルに、なぜか砂里も「デントウダヨデントウ」と良く分からない復唱をし編み込みを手伝っていた。
この夏の時期に咲く、この地域に咲き誇る、白い小さな花だった。
「砂里の方が綺麗だ……」
心もそして外見も清らかな砂里に、その小さな花はとても似合っていた。
砂里は大げさに赤くなり、そうして「サースにそう言われると困る……」と呟いていた。
待ち合わせ場所に行くと、皆はもう集まっていた。
……そして、髪飾りなどした男は一人も居なかった。
「え!?」
とラザレスとライは驚いた後に言う言葉に困っているようだった。
ロデリックとアランは飄々と「似合っているね」「これからは男も着飾る時代が来るんだろうね」などと言っている。
砂里と同じような衣装を着たローザとメアリーは、瞳を輝かせながらなぜか俺を見つめている。
「砂里……少しユズルに会いに行って来てもいいだろうか?」
「え……!ちょっと待ってサースっ」
やけに強い力で引き留められる。意思の強そうな瞳で砂里は俺を見上げる。
「サースは世界で一番綺麗だよ……私今日のサースと一日過ごしたい……」
瞳を潤わせそう言われると、俺は彼女の願いを聞かざるを得なくなる。
「嫌かな……?」
自信が無さそうに、俺の気持ちを確認するように言う砂里は、とても優しい小さな少女で。
この世で望めるどんな欲でも叶えることが出来るはずの少女が、こんな小さな願いを望むのなら、俺はどんなことでも叶えたいと思う。
「ああ……君が望むのなら叶えよう……」
「ありがとうサース……」
見つめ合う俺たちの後ろで、ラザレスとライが何か話している。
「慣れるって言ってたのにな」
「っていうかユズル彼女出来たんだって?」
「あれか?自分も好きな人出来たから気にならなくなったとか……」
「あー」
一体なんの話をしているんだろうか。
それから俺たちは丘の上の公園に向かった。
辺りは夕闇に染まり、多くの人が集まっていた。祭りの性質上、人々の大半は大切な人と来ているようだった。
魔力で球体を作り空に飛ばす。
その時に願い事を込めるのだが、愛し合う者同士がお互いの願いを込め合うと、まれに虹色の球体が出来上がることがあるのだという。
まるで俺たちの作り出した、万能な魔力のそれのように。
伝統的な行事の中でも、人々は、無意識に新たな魔力を作り出していたのかもしれない。
そうしてその可能性に、あの新たなゲームが無くても、俺たちは気付くことも出来たのかもしれない……。
暗くなった頃、鐘が鳴り響いた。
それを合図に、人々が少しずつ光の球を空に飛ばす。
「サース、作り方分かる?」
「ああ、手を貸して」
「うん」
「この手の上に、小さな円の中に入るように、願い事を思い浮かべるだけでいい」
「……うん」
目を瞑る砂里に手を合わせるように、俺も願い事を思い浮かべる。親しいもの同士なら、一つの球に込め合うのは珍しいことではないそうだ。
――彼女と、彼女を取り巻く世界が、幸せでありますように。
光り輝く球体が出来上がり、砂里が驚くように目を開けた。
七色に輝くような、美しい光の球体が出来上がっていた。
「綺麗……」
そう思うのは不思議ではない。なぜなら、今この場に居る全ての人の視線は、彼女の手の上の球体に注がれている。
稀にしか出現することのない、虹色の球体がそこにあるのだから。
砂里は、それに気が付いていない。
「……空に飛ばすぞ」
「うん」
少しだけ魔力で加速を付けると、空へと打ち上がって行った。
空には、今無数の光の球が飛んでいる。
光の織り成す幻想的な情景に、砂里の瞳が輝いている。
――彼女は、何を望んだのだろうか。
俺はそんなことを想いながら砂里を見つめていた。
俺の視線を受けた砂里は不思議そうな表情をしてから、少し考えるようにし、俺に顔を近づけるとこっそりと言った。
「サースと、サースの周りの世界が幸せでありますようにって願ったの」
知りたそうに見えたから……と、笑顔で言う彼女は、どこまでも俺の気持ちを考えてくれる優しい少女だった。
「……俺もだ。砂里」
きっとあの虹色の球体が稀にしか出来ない理由も、そうして、今日ここに出来た理由も、少しだけ分かるような気がしたが。
それに答えを出す必要などないだろうと、俺はただ思っていた。
その後は、屋台で買ったものを食べたり、ダンスをしたり、夏祭りは夜通し盛り上がるようだった。
「なー、俺そっちの世界行けるのかな?」
「ふぇ?」
ラザレスの突然の言葉に、砂里が驚いている。
「冒険が、したいんだよな。もっと。この世界だけじゃなくて。知らない世界がそこにあるのに、行かない理由もないと思うんだよ」
ラザレスは将来騎士になることを目標としているはずだが、確かに彼の言う通り、冒険など学生の内にしか出来ないことなのだろう。
「俺が飛ばしてやってもいい」
「いいの!?」
「ふぇぇ?」
砂里は小声で「いいのかな?いい……のかな?」と繰り返している。
「まぁ……多少、基礎知識を教えてからだが」
「やった!すげー嬉しい。ありがとう!」
ラザレスは、屋台の串焼きを手に持ちながら、明るい笑顔で語る。
「なんか、どこかに、俺にもっと出来ることがあるような不思議な感じがするんだよなぁ」
……ラザレスに、この世界で出来ないことなど数えるほどしかないだろうと思っていた。
誰とでも交流し、和を乱すことなく愛される。
勉学も運動も魔法も人並み以上にこなせるラザレスが、そんなことを思っていたとは思わなかった。
「まー、世界越えて付き合ってるお前たち見てたからそう思うのかもしれないけど」
愛嬌のある笑顔で笑うラザレスに、砂里も嬉しそうに笑い返す。
「じゃあ、一緒に遊びに行こうね」
「おう。世話になるな」
「ううん。私も楽しいよ」
そう、この二人はなんだかんだと気が合うようだ。
以前、俺はこの二人の姿を見ていて、訳も無く不快を抱えたことがあったが。
……それは、誰にでもある感情なのだと、砂里が教えてくれた。
「今度ねー、ゲームのコラボイベントにサースが出演するから、ラザレスも見に来れるかも!」
「え……まじで?ゲームの?」
「ラザレスは来なくていい」
「冷たくない!?」
「じゃあバイトしてるカフェにおいでよ。そこでもちらっとコラボイベントする予定なんだよ」
「ほー」
なんだかんだと、瑞希のオファーを受けてしまっている。この夏は少し忙しくなる。
「ライも行く?」
「んー。俺はこっちで勉強したいし、いいかな」
魔法院って入るのも難しいんだよ、とライが言う。
ロデリックもアランも、その責任を果たすべく日々を過ごしている。
この夏。
それぞれが道を決め、そうして未来に歩もうとしていた。
夜が更け、俺と砂里は魔法で砂里の部屋に戻って来た。
俺は彼女を抱き締めながら、言うべき言葉を考えていた。
「……砂里」
「うん……?」
俺の声の響きの重さに、砂里が慎重に顔を上げる。
「すぐにではない……もう少し準備を整えてからだが」
「……うん」
「暫く海外で暮らしてもいいだろうか」
砂里が目を見開いて俺を見つめた。
「この世界のことを調べれば調べるほど……情報が足りない。この国の中で手に入れられる情報も限られている」
動かなくなった砂里の頭を優しく撫でながら、俺は続けて言った。
「幸いなことに、今の時点でも、メールでやり取りをしたことがある研究者や機関が、俺の存在に興味を持っている。資金も多少は貯めている」
まっすぐに俺を見つめる彼女の瞳は微動だにしない。
「毎日君が飛んで来てもいいような住居を用意するつもりだ。俺が来てもいい。君が望むのなら毎夜一緒に眠っても構わない。君を一人にするつもりなど微塵もない」
だが……と俺は続ける。
「俺の世界と同じように終焉が訪れようとしているのならば、俺は一刻も早く動いた方がいい」
言い終わると、砂里は俺の胸にしがみついて来た。
「……うん。行って来てサース」
「いいのか?」
「うん……あのね、サース」
「なんだ?」
「やってみたかったデートの夢が、全部叶っちゃったの」
デートと言うとここ最近のことを指していると思うのだが、全部叶うと言うほど出掛けていたとは思えなかった。
「全部。サースがいる間にやってみたかったことだったの」
「……」
「私の側で私の事を気に掛けてたら何も出来なくなっちゃうから……」
だから、と言いながら砂里は顔を上げた。
「待ってるから。気を付けて行って来てね」
彼女が望めばどんな状況でも覆る可能性があるのに。
瞳に涙に湛えた彼女は笑顔で言った。
「いつでも、行ってらっしゃいサース……」
「ああ」
きっと夏が終わるころ。俺は旅立つだろう。そして彼女の日常は変わらずこの地で続くのだろう。
そうしてすべてが終わった頃、俺は帰るべき場所へと帰るのだろう。
たった一人の、女の元へ。
愛してるよ、そう言うと彼女は、私も、と答える。
口付けを落とすと、当たり前のように受け入れてくれる。
俺が魔王にならなかったように。
彼女が俺を受け入れてくれたように。
この世界にも受け入れなくてはならない何かが隠されているのだろう。
「私ね学校を卒業したら、専門学校に行かせてもらえることになりそうなの。料理の。だから、私精一杯学んでるよ。毎日きっと忙しいよ。サースはこっちのことは気にしないで……頑張って来てね」
「ああ」
(そうして彼女を残して旅立ったのは、それから二月後の事だった)
→次回、結婚式編
お店がお休みになったら遊園地に行こうと、谷口くんが言い出した。
誘われたのは、とし〇えん、と言う、近場にある遊園地で、そこにはプールもあって、水着のまま遊園地に行っても良いというちょっと変わった場所なのだけど、サースはその話を聞いたときに返事をする前に私の全身をじっと見つめた。
その視線を不思議に思っていると「遊園地にだけなら行ってもいい」とサースが答えて、谷口くんは笑ってた。
そっかぁ……。
サースの世界の人はきっと水着になることなんてあまりないんだろうし、抵抗があるんだろうなぁ……と思いながら、私たちは遊園地に行く約束をした。
それにきっとサースの水着姿なんて見てしまったら、ついに私の流血事件が起きてしまうだろうし……。もう少し未来に楽しみを残しておこうと思う。
そして当日、谷口くんは、なんと女の子を連れて来た。
長い茶色の髪の、洒落た眼鏡をかけた賢そうな女の子だった。僕の彼女、と紹介したところで、私もサースもとても驚いた。なんと!いつの間に!毎日異世界に行っていたのに!?
塾で知り合ったという彼女さんはしっかりしたお姉さんタイプの方で、あの谷口くんが嗜められたりしている。
なんとなく、谷口くんのタイプは、サースと似た感じの人なんじゃないかと思っていたのだけど(サースのおばあさまが好きだったと言っていたからなんだけど)そうでもないみたい。
そこには100年以上の歴史のある素敵な回転木馬があった。
サースと一緒に馬車に乗り込み、流れるメロディーの中で私は心からお姫様気分を味わった。
手を繋ぎながら乗っていると、向かいで谷口くんも真似するように彼女さんと手を繋ぎ出した。
恥ずかしいよ、という彼女さんに、でも僕ずっと見せつけられてたんだよ、と谷口くんが言うと、なぜか彼女さんも納得したように手を繋ぎ出した。一体何の会話をしているんだろう。
その後、ジェットコースターに乗って、海賊船に乗って、お化け屋敷に入った。遊園地デートでやってみたかったことが全部叶えられてしまった。
お化け屋敷に入っても、何のアトラクションなのかピンと来ていないサースの表情は面白かった。
とは言え、もちろん私はその横でしっかり彼の腕にしがみ付かせて貰っていたけれど。ガクブル。
連れて来てくれたお礼と、今日がとても幸せだと伝えると、谷口くんと彼女さんは顔を見合わせてから、ふふふと笑った。
そうして、また皆でデートしようね、と約束をして別れた。
こういうのなんて言うんだっけ。ダブルデート?
サースと二人きりもとても楽しいけれど、でも、サースにはもっといろんな人と触れ合う機会があった方が良いんだと思う。だから、一緒に楽しんでくれる谷口くんたちが居て、とても有難いなぁ、良かったなぁ、楽しかったなぁって心から思っていた。
夏休みは、まだ、半分残っている。
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◇メアリーside◇
夢だったのではないかともう忘れかけていた前世の名前をはっきりと思い出せたのは、サリーナ様との出会いがあったからでした。
わたくしの名前はメアリー・リトルバーリー。前世の名前はヨリコ・タナカです。
サリーナ様は前世で慣れ親しんだ家屋に良くある「押入れ」と言う存在からこの世界にやって来ていると言っていました。
その単語が出て来たことで、また記憶が鮮やかに蘇ります。
わたくしは暫くぼんやりとすることが多くなり、思い出に浸ることが多くなりました。
楽しい思い出はあまりありませんでした。
前世では、裕福な家庭に生まれ育ちましたが両親は不仲で、あまり笑えなくなった私は学校でも上手く友達と付き合えませんでした。
辛い気持ちを持ち続けてある日事故で亡くなりました。
それでも。わたくしが居なくなった後の世界は続いているのです。
彼女はそこから毎日やって来る。
ラザレス様が異世界の菓子を食べたと言っていたことがありました。物の持ち込みも出来るようです。
きっとわたくしが渡した物も持ち帰れるのでしょう。そう、もしもわたくしが、家族に手紙を書いたとしても。
わたくしは、前の生の中で知りあった方々に、伝えたいものがあるのでしょうか。
……ない訳ではありません。
両親は不仲でしたが、わたくしには優しかったですし、二人にも笑ってもらえる仲に戻って貰いたかったとずっと思っておりました。
疎遠になった友達の中にも、心配してくれた子もいました。
もっとこうしていればと、自分にも出来たことは山のようにあったのだと、終わってしまえば後悔ばかりの記憶です。
沈み込む私を気かけてくれて、ロデリック様が毎日のようにわたくしのもとにやってきます。
「僕にはなんでも話して欲しい」
そういう貴方に、わたくしはなんて答えたらいいのか困ってしまい、ただ微笑むだけでした。
そんなある日、ミュトラスの力を発動させ、対価として聖女の願いを与えられる条件をサリーナ様から聞くことになりました。
それは『他者や、何かの物事の幸福を、自分を捨てて願えたときだけ』というもの。
驚きました。そんなつもりはなかったからです。わたくしはいつも自分の気持ちすら分からず持て余し、他者の気持ちを汲むことなど難しいことだと思っていたのですから。
しかしそれならば、一度目はゲームの中のメアリーの幸福を願ったのだとして、二度目の発動はどういった理由だったのでしょうか。
幼いわたくしは、一体何を願ったのでしょう。
「メアリー、土産を持って来たよ」
夏休みに入ったある日、ロデリック様は領地の特産品を手土産に我が家に訪れました。
「まぁ……」
それは懐かしい、小さな緑色の果物です。程よい酸味と甘みがとても好みで、幼い頃に初めて頂いたときには感動致しました。
「君が好きだと思って」
ロデリック様はとてもお優しい方。幼い頃のお茶会での出来事のことでも覚えていて下さる。
「あの日、僕を励ましてくれた君が、今でも僕を支えてくれている」
「……え?」
なんのことでしょう。
「初めて出会った子供だけのお茶会。その日多く用意されていた菓子や果実は僕の家の領地のものだったけれど、それを伝えると君は瞳を輝かせて賛辞をくれ、僕と僕の家の領地を敬ってくれた。そんなことは初めてだった。家を継ぐと言うのはこう言うことかと……思った」
覚えています。
ゲームの知識も夢か本物か分からないおぼろげな記憶として持っていた私は、大好きだったロデリック様の少年時代の姿に胸をときめかせ、そうして、苦し気な表情をする小さな男の子の肩に下ろされる重責を感じました。
記憶に残るゲームの中では分からなかったこの人は、こんなにも幼くして、耐えるように生きているのだと。
何も分からず恋をしていた夢の中のようなもう1人の私を恥ずかしいと思いながら。
せめて少なくとも心の中だけは自由に、幸せに、と願いました。
そう……幼いわたくしは、心から、願ったのです。
「元気が出て来たら、良かったら領地に遊びに来ないか?君が良ければだが」
「……ええ」
わたくしは答えてから、そっとロデリック様の手を握ります。
「メアリー?」
伝えたいもの、伝えたい気持ち。
今一番に伝えたいのは、この人に向ける想いと言葉です。
「貴方に聞いて頂きたいことがあります」
わたくしの長い話。信じて貰えなくてもいいのです。ただ知っていて貰いたいのです。もう存在しない、小さく、弱く、愚かで、愛おしかった、一人の少女の物語を。
残して来た誰かにではなく、今目の前の、この人に……伝えられたらいいのにと。
そう思う私の手を握り返すロデリック様は、優しく微笑まれます。
「僕はずっと、なんでも話して欲しいと言っているよ」
そうでした。だけどわたくしの心がそれを受け取れなかったのです。
「待たせてごめんなさい……」
「謝る必要はないよ、メアリー」
夏休みのとある一日。
長い話をした私とロデリック様は、ただ、話をしただけだというのに。
それまでよりずっと仲が良くなれた気持ちになれました。
それをそのまま伝えたところ、ロデリック様は「僕もそう思っているよ」と答えて下さいました。
この優しい人と、幼い日からたくさんの時間を過ごして参りました。それはまるで、前世で読んだ物語の中で繰り返し語り継がれて来たような、ありふれた婚約者同士のやりとりばかりだったように思えますが、その当たり前の”幸せ”を得られたメアリーは、学園を卒業したら、愛する人と夫婦になり共に生きて行くのです。
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◇ローザside◇
アラン様は、不思議なくらい私に好意を持ってくれます。
だけれど、私は、たまたま聖女の力を発動させただけのただの庶民で、本来ならばあの学園に通えるような身分ではありません。
私の名前は、ローザ・ヒギンズ。一般庶民です。
庶民は庶民。
町の外れの織物屋の娘。裕福とは無縁です。本来なら学園に通わず家の仕事を手伝うはずでしたが、数年前から聖女の力を発現させ続け、気が付くと学園に迎え入れられていました。
三度、ミュトラスの力を使ったのだそうです。
自分でもどうして使ったことになったのか分かりませんでした。
不安に思いながらも恐る恐る登校をしてみると、優しいメアリー様が気さくに話しかけてくれました。
とても綺麗で、優しくて、そして、笑顔の素敵な方。
私たちは二人中庭でたわいのないおしゃべりの時間を取ることが多くなり、小さなことでも笑い合えるような仲になれました。
そしてアラン様とは学園に編入してすぐに出会いました。
中庭で過ごしている私たちにまぜてもらいたいと、全くもって意味の分からない申し出を受けました。
ポカンとしてしまった私とは違い、メアリー様は笑顔で承諾し、また来るというアラン様が立ち去った後に小さな声で独り言のように言っていました。「アランルート×、×××××……」
呪文のように呟く外国の言葉の意味は分かりませんでしたが、メアリー様は振り返ると、婚約者様の話をしてくれました。
優しい婚約者様と幸せに過ごされているそうです。
私にもいつか好きな方が、愛し愛される方が出来るのでしょうか。
そんなことより学校を卒業することで今は精一杯です。
休日にカフェに誘われました。
あんなにキラキラとした王子様と一緒にいたのでは私が目立ってしまいます。
どうやって断ろうかと悩みましたが断り切れず、出掛けて見れば、お忍びの装いのアラン様は、同伴者を常に気に掛けてくれる紳士的な方でした。
一緒に居て居心地が悪くなく、何よりも話していてとても楽しい。
ただし、不思議なほど私を褒め称えてくれますので、そうすると途端に居心地が悪くなります。一体どういうことなのでしょうか。
ある日の昼休み、昼食を食べ終わった後に中庭で本を読んでいると、隣に座るアラン様が目を瞑りウトウトとされてます。
日頃お疲れのようですから少しでもお眠りになった方が良いと思い、声を掛けずそのまま本を読んでいると、小さなうめき声のようなものが聞こえ、アラン様がうなされているのが分かりました。
思わず声を掛けてしまうと、アラン様が目を覚まします。
「……夢か……」
苦し気な表情で吐き出すようにそう言うアラン様を見て、私は初めてアラン様に心から興味を持てたように思えます。
美しい笑顔で完璧な対応をする、非の打ちどころがない王子様は、こうして庶民の私の隣で夢にうなされる方なのです。
それからも、私の笑顔が好きなのだと、君はとても自然に幸福そうな笑顔を浮かべているのだと、アラン様は何度も私に言いました。
アラン様の笑顔の方が美しいとは思いましたが、だけれど私は、彼の美しく完璧な笑顔の裏に、恐らく毎夜のようにうなされているだろう彼の姿を垣間見ているような気がしていたのです。
もしかしたら彼は本心から、私の笑顔を好きだと、そう言っているのではないかと……。
だんだんとそう思えて来ました。
一言で言うと。
言葉には出来ませんが、ありがた迷惑に思えていた王子様からのご好意に、段々とほだされました。
日々ご一緒に過ごし、アラン様が心から笑っている瞬間に出会えたとき、私の心にも歓喜が沸き上がるような想いが芽生えて来ました。
これはもう駄目でしょう。
私は庶民です。学園を卒業したら家に戻るつもりでした。
この国は聖女第一主義のような傾向があります。
王妃には必ず聖女がなること。それは伝統的なしきたりでした。
なので恐ろしいことにわたしのような庶民にも、王族と婚姻し、いずれ王妃になれる可能性があるのだと言います。
もちろん、家柄がそぐわないことへの反発や、厳しい対応もされるのでしょうが。
その為の手助けも、王妃としての学びの機会も、用意周到に準備されているのだと言います。
後は私の気持ち次第、だったところに、完全にほだされてしまいました。
これではもう、彼の想いから逃げられません。
夏休み。
家に帰っていると、お忍びの服装で、供を連れたアラン様がやってきました。
「ローザ……迎えに来たよ」
甘く蕩けるような微笑みで、彼は私を見つめています。
「アラン様……」
私の呼びかけに、一層幸せそうに微笑まれる、孤独な王子様。
今日は、町一番の大きなお祭りの日。
願いを込めた魔力の球を空へと飛ばすのです。
私はきっと願うのでしょう。
この人が心から笑っていられるように。そうして私が、その隣に居られますように、と。
いずれ私が、彼の為に再びミュトラスの力を発動させることになるのは、また別のお話。
--------
◆サースside
砂里と共に、待ち合わせをしている学園の門へと向かった。
今日の砂里は頭に花冠をかぶり、薄緑色のワンピースを着ている。
これは夏祭りのときに着る伝統的な衣装で、なぜかユズルが用意してくれた。
「え、だって僕何度も行ってるから、知ってるし……」とユズルは言いながら「僕、こっちでデートあるから行けないけど楽しんで来てね」と衣装を手渡してくれた。どこから手にいれて来たのかも不明だが。
「サース……綺麗だね」
砂里はそう言いながら俺の髪の毛をじっと見つめている。
そう……不本意ながら、髪にいくつかの花を編み込まれてしまった。
「伝統だよ伝統」と言うユズルに、なぜか砂里も「デントウダヨデントウ」と良く分からない復唱をし編み込みを手伝っていた。
この夏の時期に咲く、この地域に咲き誇る、白い小さな花だった。
「砂里の方が綺麗だ……」
心もそして外見も清らかな砂里に、その小さな花はとても似合っていた。
砂里は大げさに赤くなり、そうして「サースにそう言われると困る……」と呟いていた。
待ち合わせ場所に行くと、皆はもう集まっていた。
……そして、髪飾りなどした男は一人も居なかった。
「え!?」
とラザレスとライは驚いた後に言う言葉に困っているようだった。
ロデリックとアランは飄々と「似合っているね」「これからは男も着飾る時代が来るんだろうね」などと言っている。
砂里と同じような衣装を着たローザとメアリーは、瞳を輝かせながらなぜか俺を見つめている。
「砂里……少しユズルに会いに行って来てもいいだろうか?」
「え……!ちょっと待ってサースっ」
やけに強い力で引き留められる。意思の強そうな瞳で砂里は俺を見上げる。
「サースは世界で一番綺麗だよ……私今日のサースと一日過ごしたい……」
瞳を潤わせそう言われると、俺は彼女の願いを聞かざるを得なくなる。
「嫌かな……?」
自信が無さそうに、俺の気持ちを確認するように言う砂里は、とても優しい小さな少女で。
この世で望めるどんな欲でも叶えることが出来るはずの少女が、こんな小さな願いを望むのなら、俺はどんなことでも叶えたいと思う。
「ああ……君が望むのなら叶えよう……」
「ありがとうサース……」
見つめ合う俺たちの後ろで、ラザレスとライが何か話している。
「慣れるって言ってたのにな」
「っていうかユズル彼女出来たんだって?」
「あれか?自分も好きな人出来たから気にならなくなったとか……」
「あー」
一体なんの話をしているんだろうか。
それから俺たちは丘の上の公園に向かった。
辺りは夕闇に染まり、多くの人が集まっていた。祭りの性質上、人々の大半は大切な人と来ているようだった。
魔力で球体を作り空に飛ばす。
その時に願い事を込めるのだが、愛し合う者同士がお互いの願いを込め合うと、まれに虹色の球体が出来上がることがあるのだという。
まるで俺たちの作り出した、万能な魔力のそれのように。
伝統的な行事の中でも、人々は、無意識に新たな魔力を作り出していたのかもしれない。
そうしてその可能性に、あの新たなゲームが無くても、俺たちは気付くことも出来たのかもしれない……。
暗くなった頃、鐘が鳴り響いた。
それを合図に、人々が少しずつ光の球を空に飛ばす。
「サース、作り方分かる?」
「ああ、手を貸して」
「うん」
「この手の上に、小さな円の中に入るように、願い事を思い浮かべるだけでいい」
「……うん」
目を瞑る砂里に手を合わせるように、俺も願い事を思い浮かべる。親しいもの同士なら、一つの球に込め合うのは珍しいことではないそうだ。
――彼女と、彼女を取り巻く世界が、幸せでありますように。
光り輝く球体が出来上がり、砂里が驚くように目を開けた。
七色に輝くような、美しい光の球体が出来上がっていた。
「綺麗……」
そう思うのは不思議ではない。なぜなら、今この場に居る全ての人の視線は、彼女の手の上の球体に注がれている。
稀にしか出現することのない、虹色の球体がそこにあるのだから。
砂里は、それに気が付いていない。
「……空に飛ばすぞ」
「うん」
少しだけ魔力で加速を付けると、空へと打ち上がって行った。
空には、今無数の光の球が飛んでいる。
光の織り成す幻想的な情景に、砂里の瞳が輝いている。
――彼女は、何を望んだのだろうか。
俺はそんなことを想いながら砂里を見つめていた。
俺の視線を受けた砂里は不思議そうな表情をしてから、少し考えるようにし、俺に顔を近づけるとこっそりと言った。
「サースと、サースの周りの世界が幸せでありますようにって願ったの」
知りたそうに見えたから……と、笑顔で言う彼女は、どこまでも俺の気持ちを考えてくれる優しい少女だった。
「……俺もだ。砂里」
きっとあの虹色の球体が稀にしか出来ない理由も、そうして、今日ここに出来た理由も、少しだけ分かるような気がしたが。
それに答えを出す必要などないだろうと、俺はただ思っていた。
その後は、屋台で買ったものを食べたり、ダンスをしたり、夏祭りは夜通し盛り上がるようだった。
「なー、俺そっちの世界行けるのかな?」
「ふぇ?」
ラザレスの突然の言葉に、砂里が驚いている。
「冒険が、したいんだよな。もっと。この世界だけじゃなくて。知らない世界がそこにあるのに、行かない理由もないと思うんだよ」
ラザレスは将来騎士になることを目標としているはずだが、確かに彼の言う通り、冒険など学生の内にしか出来ないことなのだろう。
「俺が飛ばしてやってもいい」
「いいの!?」
「ふぇぇ?」
砂里は小声で「いいのかな?いい……のかな?」と繰り返している。
「まぁ……多少、基礎知識を教えてからだが」
「やった!すげー嬉しい。ありがとう!」
ラザレスは、屋台の串焼きを手に持ちながら、明るい笑顔で語る。
「なんか、どこかに、俺にもっと出来ることがあるような不思議な感じがするんだよなぁ」
……ラザレスに、この世界で出来ないことなど数えるほどしかないだろうと思っていた。
誰とでも交流し、和を乱すことなく愛される。
勉学も運動も魔法も人並み以上にこなせるラザレスが、そんなことを思っていたとは思わなかった。
「まー、世界越えて付き合ってるお前たち見てたからそう思うのかもしれないけど」
愛嬌のある笑顔で笑うラザレスに、砂里も嬉しそうに笑い返す。
「じゃあ、一緒に遊びに行こうね」
「おう。世話になるな」
「ううん。私も楽しいよ」
そう、この二人はなんだかんだと気が合うようだ。
以前、俺はこの二人の姿を見ていて、訳も無く不快を抱えたことがあったが。
……それは、誰にでもある感情なのだと、砂里が教えてくれた。
「今度ねー、ゲームのコラボイベントにサースが出演するから、ラザレスも見に来れるかも!」
「え……まじで?ゲームの?」
「ラザレスは来なくていい」
「冷たくない!?」
「じゃあバイトしてるカフェにおいでよ。そこでもちらっとコラボイベントする予定なんだよ」
「ほー」
なんだかんだと、瑞希のオファーを受けてしまっている。この夏は少し忙しくなる。
「ライも行く?」
「んー。俺はこっちで勉強したいし、いいかな」
魔法院って入るのも難しいんだよ、とライが言う。
ロデリックもアランも、その責任を果たすべく日々を過ごしている。
この夏。
それぞれが道を決め、そうして未来に歩もうとしていた。
夜が更け、俺と砂里は魔法で砂里の部屋に戻って来た。
俺は彼女を抱き締めながら、言うべき言葉を考えていた。
「……砂里」
「うん……?」
俺の声の響きの重さに、砂里が慎重に顔を上げる。
「すぐにではない……もう少し準備を整えてからだが」
「……うん」
「暫く海外で暮らしてもいいだろうか」
砂里が目を見開いて俺を見つめた。
「この世界のことを調べれば調べるほど……情報が足りない。この国の中で手に入れられる情報も限られている」
動かなくなった砂里の頭を優しく撫でながら、俺は続けて言った。
「幸いなことに、今の時点でも、メールでやり取りをしたことがある研究者や機関が、俺の存在に興味を持っている。資金も多少は貯めている」
まっすぐに俺を見つめる彼女の瞳は微動だにしない。
「毎日君が飛んで来てもいいような住居を用意するつもりだ。俺が来てもいい。君が望むのなら毎夜一緒に眠っても構わない。君を一人にするつもりなど微塵もない」
だが……と俺は続ける。
「俺の世界と同じように終焉が訪れようとしているのならば、俺は一刻も早く動いた方がいい」
言い終わると、砂里は俺の胸にしがみついて来た。
「……うん。行って来てサース」
「いいのか?」
「うん……あのね、サース」
「なんだ?」
「やってみたかったデートの夢が、全部叶っちゃったの」
デートと言うとここ最近のことを指していると思うのだが、全部叶うと言うほど出掛けていたとは思えなかった。
「全部。サースがいる間にやってみたかったことだったの」
「……」
「私の側で私の事を気に掛けてたら何も出来なくなっちゃうから……」
だから、と言いながら砂里は顔を上げた。
「待ってるから。気を付けて行って来てね」
彼女が望めばどんな状況でも覆る可能性があるのに。
瞳に涙に湛えた彼女は笑顔で言った。
「いつでも、行ってらっしゃいサース……」
「ああ」
きっと夏が終わるころ。俺は旅立つだろう。そして彼女の日常は変わらずこの地で続くのだろう。
そうしてすべてが終わった頃、俺は帰るべき場所へと帰るのだろう。
たった一人の、女の元へ。
愛してるよ、そう言うと彼女は、私も、と答える。
口付けを落とすと、当たり前のように受け入れてくれる。
俺が魔王にならなかったように。
彼女が俺を受け入れてくれたように。
この世界にも受け入れなくてはならない何かが隠されているのだろう。
「私ね学校を卒業したら、専門学校に行かせてもらえることになりそうなの。料理の。だから、私精一杯学んでるよ。毎日きっと忙しいよ。サースはこっちのことは気にしないで……頑張って来てね」
「ああ」
(そうして彼女を残して旅立ったのは、それから二月後の事だった)
→次回、結婚式編
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