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07:お嬢様は奥様になっても

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「契約結婚って、子作りしないと思ってた」
 ギクシャクと歩きながらソファまで行き、ドスンと座って痛みに「ぎゃっ!」と悲鳴をあげてからリリーアンヌが嘆く。
 ほぼ3日、本当に部屋に篭りきりになった弊害だ。

「それは、契約内容にもよるのではないですか?『後継者を産んだら好きにして良い』という契約もありますよ」
 メイドに買って来て貰った評判のお菓子と、リリーアンヌの好きな紅茶をテーブルに並べながらマリッサが答える。

「契約内容?」
 キョトンとしたリリーアンヌに、マリッサが怪訝な顔をする。
「交わしたんですよね?契約書」
 マリッサの問いに、リリーアンヌは勢いよく首を振る。
「1ヶ月以内に隣国へマリッサを連れて逃げる、としか約束してないわ」
「それは契約とは言わないのでは?」
「そうなの?」
「書面も交わしていないし、結婚するのに侍女を連れて行くって普通の事ですよね?1ヶ月ってのは、短過ぎますけど」

 リリーアンヌは暫く考え込んだ後、マリッサの顔をうかがうように見上げる。
「騙された?」
「騙されたというより、お嬢様……奥様があさはかなだけです」
「前にも思ったけど、あさはかって何?」
浅慮せんりょ思慮しりょが浅いさま。因みに思慮とは、注意深く心を働かせて考える事です」

「え?どういうこと?」
「平たく言うと、お馬鹿さんって事です」
「マジか」
「マジです」
「そっか~、お馬鹿さんか~」
 リリーアンヌはお菓子をひとつ口に入れ、紅茶を手に取った。



「ね、サイラス。契約の内容決めない?」
 父にも長兄にも同じ勘違いをされていた事に辟易していたサイラスは、自宅に帰って愛しい妻に駄目押しを喰らった。

「リリーは何を言ってるのかな?」
「だって、契約結婚でしょ?」
 サイラスは両手で顔を覆い、テーブルに突っ伏した。
 今は晩餐が終わり、食後の珈琲を飲んでいた。因みにリリーアンヌは甘めのカフェオレである。
「契約結婚なら、結婚前に契約内容を決めて、契約書を交わすでしょ」
 顔を上げずにサイラスが呟く。

「違ったの!?だってそんだけの顔に王子って地位なら、美女が見取みどりでしょ?」
「私はね、リリーに惚れて結婚したんだよ」
 サイラスの告白に、リリーアンヌは首を傾げた後笑い出す。
「うっそだ~!だって私が自慢出来る所なんて、おっぱいくらいだもん」
「いや、確かに見事だけど、それだけじゃないだろう」

「だって、私、口を閉じてないと公爵家令嬢じゃないよ」
「口を閉じていても、動いたら駄目ですね」
「マリッサ!今は口を挟まないで!」
「申し訳ありません。つい」

 サイラスは咳払いをしてから、リリーアンヌを見る
「リリーは可愛いし、優しいし、楽しい。とても素直で、ちょっと心配になるくらいだ」
『それは暗に馬鹿だと言ってませんか?』とリリーアンヌの後ろでマリッサが紙に書いて見せてくるが、サイラスは口元をピクリと動かすだけで耐えた。



「サイラスの私に惚れて結婚って本当だと思う?」
 湯浴みをしながら、リリーアンヌがマリッサに問い掛ける。
「嘘では無いでしょう。新婚だからって本当に3日も部屋に篭ってやりまくるなんて、普通じゃ有り得ませんよ」
「え?そうなの?もう、あちこちヒリヒリして大変なんだから」

「実際は、夜はともかく昼間は、結婚式の疲れを取るのにのんびりと過ごすものです」
「騙された~建前と本音って難しい」
 言われなくても、普通はわかるものですけどね、とは言わないでおいたマリッサだった。


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