上 下
3 / 68

03:高級料理店

しおりを挟む
 


「なぜ彼女は何も食べていないのだ?」
 突然、タイテーニア達の居るテーブルの横で男性が立ち止まり、案内していた店員へと問い掛けた。
 タイテーニアとニーズ、そして子爵令嬢の視線が男性へと向く。

 あっ!と思ったのはタイテーニアで、ニーズは不機嫌さを隠さずに睨み、子爵令嬢は視線を送っている。
 立ち止まった男性の視線はテーブルの上。
 ニーズと恋人の前には、豪華なフルコースがあり、タイテーニアの前には無料の水が1杯だけ。

 男性に問われた店員は、戸惑いながらも素直に答える。
「こちらのお客様の指示で、何も出すなと」
 こちら、と言いながら、店員はニーズを手で示す。
「店に連れて来て、何も出すなと?」
 男性の地を這うような声に、全員の動きが止まる。

「理由は何だ。使用人には見えないが?」
 男性に問われたニーズは、一瞬目を泳がせたが、新しい恋人にいい格好をしたかったのだろう、偉そうに話しだした。

「この女は俺の婚約者だ。今日は新しい恋人を紹介する為に呼んだだけで、自分の立場を解らせる為に何も与えないんだ!」
 一気に話し、フフンと偉そうに胸を張るニーズ。
 しかしニーズの予想とは違い、子爵令嬢は席を立ち男性に近寄った。

「私、別に恋人じゃありません!今日はお食事に誘われて……身分が上の方だから断れなかっただけなのです」
 媚を売る子爵令嬢の視線に、男性はピクリと片眉をあげた。


 あらら、見事な い
 タイテーニアの視界には、子爵令嬢から男性へ向かい赤いモヤが流れて行くのが見えていた。
 この赤いモヤは、先程まではニーズに向かっていた。
 ただしその量は10倍は違うが。

 男性の顔色が僅かに悪くなる。
 どうしようか迷っているタイテーニアの目の前に、白く美しい、しかししっかりとした男性の手が差し出された。
「こんなくだらない席に居る事は無い」
 無表情だが端正な男性の顔を、タイテーニアは見上げた。



 混沌カオスだ。
 タイテーニアは混乱していた。

 類稀たぐいまれなる美貌の持ち主である男性が突然、婚約者にないがしろにされていたタイテーニアに手を差し伸べてきた。
 その婚約者は、男性に存在を馬鹿にされ、恋人だった筈の子爵令嬢にまで関係を否定され、顔を真っ赤にしている。
 くだんの子爵令嬢は、男性に媚を売りに行ったのに、無視されてワナワナと震えている。
 そんな状況を見て、店員は固まっていた。

 ここは個室ではなく、どちらかというと通路脇の席だ。
 この男性を案内する予定なのは、少なくとも個室。更に上のVIPルームの可能性もある。
 どちらに味方した方が得なのか、タイテーニアでもすぐに解った。


「ボトン様、本日はありがとうございました。お代は結構です」
 店員がうやうやしくニーズに向かい頭を下げた。
 いや、どちらかというと慇懃無礼なのかもしれない。
 なぜなら、ニーズ達はまだ食事を終わっていないからだ。

 ニーズは、お店から食事中なのにもかかわらず「金はいいからさっさと帰れ」と言われたのだった。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約破棄の翌日に謝罪されるも、再び婚約する気はありません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,471pt お気に入り:6,428

〖完結〗冤罪で断罪された侯爵令嬢は、やり直しを希望します。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:3,709

似て非なる双子の結婚

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:72,746pt お気に入り:4,428

図書室の名前

青春 / 完結 24h.ポイント:1,107pt お気に入り:0

拝啓お母様、俺は隣人に殺されるかもしれません

BL / 完結 24h.ポイント:681pt お気に入り:262

夏休みは催眠で過ごそうね♡

BL / 完結 24h.ポイント:688pt お気に入り:129

【完結】結婚しておりませんけど?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:3,625

俺のガチャ神様が俺と本気で結婚してくれようとしている

BL / 連載中 24h.ポイント:789pt お気に入り:23

ラビリンス

ホラー / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:0

処理中です...