ヤンデレ育成論

やぶへび悶々丸

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Lv.2 発育されました。

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子どもの成長スピードはものすごい。
3歳になるともう爆発的に語彙も増えるしコミュニケーションが取れるようになるし、感情も表現できるようになる。運動機能だって格段に向上した。

「幸紀さま」

幸紀様はそれはもう可愛いらしかった。世界一かわいい。
私は彼の遊び相手として育った。昼間は保育教諭の資格がある使用人がまとめて私達のお世話をしてくれた。
でも私は単なる使用人の子なので、出来る限りの事は自分でした。食事も自分でスプーン使って食べるし、なんなら食器も自分で運ぶ。トイレもおまるで完璧にする。着替えももたつかずに着脱できる。
「し、しずおちゃんはすごいね~。えぇ…」保育士の先生には若干ドン引きされていた。

「しずお」

幸紀様に認知されて名前を呼んでいただける。なんて幸せなんだろう。幸紀様は慣れてしまえば素直で甘えん坊な幼児だった。上機嫌になってはしゃいで走り回ったり、かと思えば怒って泣いて駄々こねたり、単純で複雑で。自分の中に大人の人格があるから私にはよく分からないけれど幸紀様が特別とかじゃなくそんなものなのかもしれない。
私と幸紀様は喧嘩などせず仲良しだった。あんまり甘やかすのも良くないと思ったが、要求されれば叶えずにはいられなかった。おやつもあげちゃうし髪の毛引っ張らさせちゃうしお馬さんごっこの馬役だってする。だって幸紀様はあまり両親と触れ合う機会は無くてなんだか不安定に見えたのだ。単純に忙しいのか。旦那様それは古賀寧グループという大企業を取りまとめているから忙しいのだろう。ただ奥様は…?未就学児をこんなに使用人に任せきりにするものなんだろうか。

「しずお行かない。いや!」

夜になってお母さんが私を連れ帰りにくる。ある時幸紀様は私の腕を引っ張り帰宅を阻止しようとしてきた。

「幸紀様…」

困った顔をしたのはお母さんだった。今でも年端のいかない自分の娘が雇用主に不用意に近くにいて粗相でもしないか心配しているのだ。

「ママ、だいじょぶ。しずおは残ります。お着替えをあとでください」

「え…」

「幸紀さまのことは任せて」

「えぇ…」

幸紀様を悲しませて私が帰宅するという選択なんかない。
ここで非情なことをして負のヤンデレが進んでしまったら良くない。小さなうちから不快な事は出来る限り遠ざけてあげなければいけないと思った。

「ありがとう。しずおはお側にいますよ、幸紀さま」

ぎゅうして、私を望んでくれた事に感謝。両親や周りの使用人には不審がられているけど。周囲の信頼はこれから稼げばいいか。
幸紀様がなぜ私を引き留めたのか、眠る頃になって気付いた。犯罪防止の観点から使用人では添い寝までは出来ないのである。だからひとりぼっちだ。奥様も当然のように屋敷に来ない。聞くとバカンス中らしいという事だ。
はぁ、ため息が出てしまった。幸紀様のお着替えをお手伝いして、だだっ広い子供部屋の巨大なローベットに寝かせた。もっと早くに気付けばよかった。幸紀様は寂しかったのだ。幸紀様は感情を表出させてちゃんと要求される方だから油断していた。おそらくまだ寂しいが足りないが分からない。
ぴたりとくっつくと暖かくなって、幸紀様は直ぐ健やかな寝息を立てていった。

私はただの使用人の家族で、こんな事をして後で両親は処分されるかもしれない…とちょっと不安にもなったが許されたらしくその後も私がお屋敷に泊まっても怒られたり止められたりはしなかった。

それが成功体験になったのか、幸紀はやだやだを言い出すようになった。遅れてきたイヤイヤ期だろうか。使用人達が困っていたので宥めて様子をよく見ることにした。

「お稽古いやだ!行きたくない!」

バイオリンと英会話の屋敷に通いに来ている講師を見ると、ちょっと変な人だった。男女それぞれ一人だったがどちらもあまり教育の質が良くなかったし幸紀様に邪な欲求を抱いている節があったので、人を入れ替えてと両親から伝えてもらった。私が後ろで控えていると幸紀はお利口にレッスンを受けるようになった。…そういえば原作の漫画で、「小さい頃に悪戯されて性癖歪んじゃった」とか言っていた。あっぶな…阻止できてよかった…。

「このお洋服着たくない!」

そう言って着替えを拒否されたけれど、よくよく見れば幸紀には軽度のアトピー性皮膚炎があって素材をきちんと選ぶ必要があった。これは単純に使用人の配慮が足りなかった。肌触りの良い服を選んで、汗をかいたらこまめに身体を拭いて保湿を徹底したら奇跡的に落ち着いて来た。

「お母様は!違う、お母様がいい!お母様っ」

保育士の先生の手を払い退けて幸紀様は大泣きした。
…それはどうにも出来なかった。「奥様はお忙しいのですよ」としか使用人も宥める事ができない。我儘だと誰も幸紀を責められない。一ヶ月近く奥様は幸紀様に会いに来てはなかった。
使用人一同嘆願したが、なかなか叶わなかった。

幸紀様の嫌には理由があった。それをどんどん外に出すのは悪くはない。全て叶えてあげられる事は出来なかったけれど。
断乳は済んでいるのに、幸紀様の指しゃぶりが止まらない。抱きしめてくすぐらないと直らない。

使用人がこそこそ話しているのを聞いてしまった。
奥様には至る所に見目のいい愛人がいて、毎日渡り歩き遊びまわっているらしい。奔放な性格なのはずっと前からで、それに呆れた旦那様が離縁しようとした際に引き留めるために作られた子が幸紀様なのだと。旦那様のお子かも怪しいのだという。長男次男とは歳が離れており皆聡明でしっかりされた方で、旦那様の幸紀様への関心は見限るまでいかなくても薄い。奥様もごく小さな時は世話をしたが手がかかるようになると使用人に丸投げするようになってしまった。

…それは歪みますわ。あぁぁ、そういう生育歴だったのか。

「幸紀さま、えらいです。すごい。がんばりました」

こんなに小さい頃からよく我慢した。もっと爆発したって大変な癇癪起こしたって不思議ではない。
いきなり褒められて抱きしめられて「なんでぇ」と幸紀様は不思議がっていた。まだ彼は自分のことや両親のことを理解はしきっていないだろう。ただ直感で感じ取っている、自分に向けられる感情を。

「しずおは幸紀様が大好きです。ずっとずっと大事に思うと約束します」

ただの遊び相手の下賎な人間に言われても、幸紀様は少しも慰められないかもしれない。言っている事も伝わっていないかもしれない。
がぶ。肩に噛みつかれた。嫌だったのかなと思って体を離そうとしたらさらに深く歯が食い込んだ。しがみつく力も強くて苦しい。ちょっと泣きそうになるほど痛かったけれど我慢した。

「他の子にはしてはいけませんからね」

言い含めて、その頭を慎重に撫でた。





4歳になると幸紀様は幼稚園に入られるようになった。
セレブばかり通う幼稚園だ。元々地頭がよく聞き分けも良い方の幸紀様はするりと入学試験をパスされた。何故か私が鼻高々だった。

「しずおは乗らないの?」

車で幼稚園に送迎する幸紀様を見送る私に、不安そうな声をあげた。

「はい。楽しんで来てくださいねっ。園でのお話楽しみにしていますよ」

私は…今更幼稚園も保育園も行くつもりなかったし、両親も妙に達観している私には馴染めないと思ってか勧めなかった。

「やだぁ、行かない行かない!しずおがいないなら行かない」

喚いた幸紀様だったが後部座席の窓がウィーンと閉まり、車はそのまま発車してしまった。良かった、直前まで言わないでいておいて。あとは幼稚園で上手いことお友達ができるといいのだけれど。
その間、使用人としてのお仕事を両親や他の使用人から習った。

「志寿緒は本当に幸紀様のお力になりたいのね」

もう両親は未就学児に似合わない私の行動にいちいち驚いたりしなかった。プリキュアに見向きもしない私を異常だと気味悪がったり排除したりしない二人でほんとラッキーだった。お母さんは妊娠しておりまた産休に入る。私が幸紀様の身の回りのお世話を少しでもできるようになれば、屋敷の業務も手薄になったり外部から応援を呼ばなくてもいいようになる。


幸紀様はお昼すぎ、ぱんぱんに泣き腫らしながら帰ってきた。
不安で心細かったと訴えた。嘘つき嘘つき!と幸紀様は私の顔を見てまたわんわん泣いた。

「ひじり君に手下になれっていわれた…古賀寧の人間だからって」

いじめか…?とドキッとしたが、よくよく話を聞くと鳳堂 聖と出会い友人関係を結んだらしい。
…鳳堂 聖は「極わた」のヒーローの名前だった。確かに幼馴染とは言っていたが、この時からの知り合いかー…。幸紀様の破滅へのカウントダウンが始まったような気がして、私は人知れず拳を握りしめた。

「それはそれは。…大丈夫。きっと悪いようにはされません」

今はまだ。
実は鳳堂の遠い親戚が、古賀寧だ。だけどその規模には歴然とした差がある。鳳堂は経済的にも他に比べるものもないほどの力のある一族だ。日本中のどの企業も直接的・間接的にも鳳堂の下にあるような強大な存在だ。その子息に声をかけられて親しくするよう命じられるなんて、本当はものすごく光栄な事だ。この漫画世界の常識的にそうなのだ。

「さ、手洗いうがいしますよ。ご昼食にしましょう」

手をしっかり握って、幸紀様を導く。
うまく出来ているだろうか。私は頭の中で(あと14年…)と数えた。

大丈夫だろうかと心配していたが、幸紀様は外では大人しいし周りも良家のお子様ばかりなので特に大きな問題はなく幼稚園を通われた。たまに鳳堂を屋敷に招待していたから、関係は良好なようだった。
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