ヤンデレ育成論

やぶへび悶々丸

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Lv.3 芽生えました。

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幸紀様が銘条学園初等部に入学される事となった。…なぜか私も一緒に。

「しずおも、しずおも通うの。じゃないと僕行かないから」

私の方は普通に学区に振り分けられ普通の公立小学校に通うつもりだったが、幸紀様にストップがかかった。どんなに機嫌を取っても意思は変わらず、制服の採寸にも応じてくれない。
「志寿緒も銘条学園に入学しなさい」見かねたお父さんにそう促された。え…我が家の経済状態でそんな学費の高いとこに入れる訳がない。央太もいるし。そんな事を顔で訴えるとお父さんは苦笑して「大丈夫だから」と答えた。

「旦那様ならびに奥様からの命令だ。幸紀様のご意志に沿うようにとのこと、学費の援助は古賀寧家ですることになった。銘条学園は寮生活だ。名家のお子様の身の回りの世話をするために使用人も通う事もあるんだよ」

そういう事なら…私は了承した。
それに私だって幸紀様が心配でもあったし、本当は見守りたかった。確かに入学してそのまま高等部に上がれば、漫画本編が始まった時も状況を確認し対策が取れる。

幸紀様はもう漫画原作の面影がある。綺麗な男の子なのだが、どこか翳のあるような雰囲気が既にある。
ヤンデレの気はまだない、と思う。実際私には幸紀様の考えている事や心の成熟具合が分からない。ただ精神状態は時々不安定だと感じる。出来る限りの事はしてきて大事に育ててきたけれども、やはり両親からあまり愛情を受けられなかったのが効いているのかもしれない。

「良かった、しずおも同じクラスだね」

入学した銘条学園は私の知っている小学校とは違った。設備が洗練され整っており、敷地も少し郊外にあり広大でまるで学校番ディズニーランドだった。教育も充実しており、先生も優秀な人ばかりなようだった(経歴・学歴を公開している)。
寮も一人一人個室が与えられ、屋敷の幸紀様の自室くらいの広さだった。お食事は食堂で取るスタイルだ。
環境が大きく変わったので、幸紀様の心身に影響がないか心配だ。

「寂しくはありませんか?古賀寧家は恋しくありませんか?」

浴室で洗体しながら尋ねる。幸紀様の皮膚は強くないので掌で洗わなければならない。成長してきて異性に触られるのを嫌がるようならば止めようとは思っている。まだ申し出はない。当然のように幸紀様は大人しく洗われている。私はTシャツとショートパンツを着ている。

「大丈夫。しずおもいるし、そんなに変わらない」

「左様ですか。良かったです」

ついこの間まで新しい環境におかれると不安で泣いてしまっていたのに。お強くなられて…。
泡を洗い流し、屋敷のよりも流石に狭い浴槽に入れて退室する。後は自分で出てくるまで待つ。日に日に手がかからなくなってどこか寂しかった。

「しずおはお風呂入らないの?」

浴室の中から声がする。それに対して「ええ」と返事をする。

「幸紀さまがお休みになったあとに大浴場で済ませますから、お気遣いなく」

「え?なんで。前みたいに一緒に入ろうよ、あったかいよ」

うーん…そんな訳にはいかないのだという事をどうしたら分かって貰えるのだろう。古賀寧の屋敷ではそういう規則だからと使用人達で言い聞かせれば引き下がって貰えた。

「しずお。ねぇ、どこか行くの?やめて、一緒にいて。こわい」

浴室に響く涙声に居た堪れずに、ドアを開けた。幸紀様の意思以上に優先すべき事なんかあるはずなかった。

「…他の人には言ってはいけませんよ。使用人と入浴しているなんて笑われてしまいますからね」

ぴたりと素肌が密着する。私は精神的には大人なので、どうしてもいけないような事をしている気分になってしまう。幸紀様にはまだ気恥ずかしさがないようだ。くっついたまたかじかじと首元に歯を立てている。

「歯が痛みますか?」
「ううん。でもなんかうずうずする…」
「それはいけません。歯医者に行きましょう」

行かない、と幸紀様の前歯が私の柔らかい部分を求めて彷徨う。確かに定期歯科検診では特に異常はなかったが。

「ぅっ…」

脇肉に走った鈍い痛みについ声が出てしまった。
「しずお、痛い?」と聞く声にはまったく悪気の色はない。
痛いです、と正直に答える。少し大袈裟に顔を歪めてもみる。

「楽しい。しずおの苦しい声好き」

私は謝罪してほしかったのに、幸紀様から返ってきたのは真逆の言葉だった。これは良くない癖だ。叱らないといけない。「幸紀様」と私は低い声をあげた。

「うん。しずおにしかしない。分かってる」

幸紀様の歯が表皮を咀嚼しながら移動する。ふと胸の頂点を挟まれて私は短い悲鳴をあげた。私の反応が気に入ってしまったのか幸紀様はそこばかり強く噛んだり吸ったりするようになった。キツくて流石に幸紀様を引き離そうと力を入れるが、そうすればそうするほど強く固くしがみついてくる。
私は泣いた。本当に痛くて、痛みを逃がせなくて、酷いことをされて叱れない自分が情けなくて、辛くて我慢する間も無く泣いた。泣いても止めてくれなかった。乳首から血が出るまで続いた。

「…はぁ」

幸紀様は満足したのか入浴後身支度を済ませてすぐ眠った。天使のように可愛らしい寝顔も今日は複雑な心境で眺める。
私の乳首はまだじんじんと痛みと熱さを纏っている。

(何か変な癖が育ってる…?)

拗れないよう大切に見守っていたのに。あの爛々とした目の幸紀様に何も届かない無力感に襲われる。しまいには滲んできた血まで舐めていた。
大丈夫か…私は幸紀様の将来が心配になった。他人にはしないと言っていたから無闇にしてはいけないと理解しているようだけれど。しっかり幸紀様の交友関係を観察して他人に危害を加えないようにしよう。
子どもの体温が暑くなってきたから布団から出ようとするも、しっかりと手足が絡みついていて動いてしまったら起こしそうでやめた。


幸紀様の学校生活は順調だった。
日本でも有数の名家で富豪でもある古賀寧 幸紀に何か突っかかる人間はこの学校にはいなかった。それに鳳堂ほうどう 聖ひじりの友人となれば誰も手出しはできない。
それに幸紀様は美形であるし、人見知りで大人しめであるけれど洗練されているので同級生から人気はそこそこあった。

「ねぇ、あなた古賀寧さんの使用人なんでしょう?これを届けてくださる?」

女生徒はませている。私の記憶のなかの小学一年生よりもずっと。私はよく呼び出されては幸紀様宛の手紙やプレゼントを渡した。

「…返却する。どの組のどの子か案内して、しずお」

だけれど幸紀様は少しも喜ばずにそれを突き返してしまう。大喜びするのもあれだけれど、ここまで響かないのも何か妙ではないだろうか。

会話はするが入学して半年が経過して、幸紀様はお友達というほど仲良くされる生徒は鳳堂様以外ほとんどいなかった。周りからアプローチはあったが、幸紀様はそれを受け入れなかった。

「同級生は苦手でございますか?」

傷つくだろうかと思って避けていた質問を投げかけてみる。

「うん、怖い。あんまり近付きたくない」

怖い…?幸紀様には一体どう見えているのか分からない。

「仲良くしようとするのも値踏みされてるみたいで、嬉しくない。僕を通じて聖に近付きたいのは見えているから」

「そんなことは…。幸紀様の人柄を気に入ってお話したい子もいますよ?」

「必要ない。僕は別に話したくない。しずおがいるから話し相手は困らない」

「幸紀さま…」

こんなに幼いうちから、厭人の気がある。
なんでだろう。トラウマなど受けないように徹底したはずだった。両親から放っておかれても、使用人達でたくさん話しかけてあたたかく育てたつもりだった。幸紀様自身もそれを嫌がる素振りはみせなかったのだが。本人の生まれ持った素質なんだろうか。
だけど、幸紀様に無理に人付き合いを強いる事はできない。出来るだけ小さなうちから色んな人間と関わってコミュニケーション能力を鍛えていってはほしいけど。急に人を好きになって加減も分からなくて自分を止められない状態にならないようにと願うばかりだ。

「しずおも僕じゃない人と仲良くしたらだめだよ」

長く垂らしていた横髪を幸紀様に掬われて、つんと軽く引っ張られた。首を掴まれた猫みたいに途端に動けなくなるのが我ながら不思議だった。

若干の不安要素はありつつも、表面上は波風は立たずに初等部での日々はそんなこんなで過ぎていった。


「お前、ユキの使用人か」

鳳堂に声をかけられるイベントもあった。幸紀様や鳳堂など上流階級中の上流階級の生徒が集まるサロンに呼び出されたのだ。内心ガクブルしていた。
慌てて頭を下げる。地味に初めてエンカウントした。古賀寧の屋敷に来る事もあるのだが、その時はもっと警護の人間もがっつり入り給仕もベテランの使用人が対応するので会った事がなかった。初等部に入学した際も、幸紀様が鳳堂に会う時は無礼がないように席を外していた。

「いい、顔上げろ。…はぁ?こんなんがユキのお気に入りなのか。普通の下々の女子じゃないか」

不躾にじろじろ眺められて失礼な事を言われたが腹は立たない。天井人がその辺の虫ケラを嘲笑うようなものだ。
そしてまだほんの子どもだというのにすごいオーラだった。美形は美形だがギラギラした真夏の太陽を思わせる美貌だった。なまじ普段接する幸紀様が月のような静謐の美の人だから余計圧を感じる。

「聖。やめて、しずおに近寄らないでよ。失礼な事を言うな」

幸紀様に引っ張られ後ろに下がる。喧嘩が始まるのではないかとどぎまぎしたが、鳳堂は意外にも大人しく「悪かった」と謝ってきた。

「あまりにユキが、しずおしずお言うから気になってたんだよ。よっぽど目を引く容姿かと思ったんだが、性格も落ち着いていてつまらない」

「それは失礼しました」

「ほんとに使用人の子なんだね~。同い年なのに身の程弁えてるじゃない」

横からまた別の生徒が口を挟んできた。
くるくるのゆるやかな巻き髪の男子生徒だった。あ、当て馬。失礼ながらそう心の中で呟いた。
彼は東雲しののめ 瑠衣。東雲家も東堂に次ぐ揺るぎない名家だ。東雲とは初等部からか…。極わたにおける彼は二番手ヒーローだったと記憶している。今は女の子と見紛うような見た目だが成長すると色気ムンムンの美男子になる。そして、鳳堂と主人公を取り合う事になる。

「えー、なんかよくよく仲良くなったら楽しそう。ユキ、うちのと少しの間交換しない?」

「絶対いやだ!もう帰るからっ。二度としずおに話しかけないで!」

ぷりぷり怒っている幸紀様に連行されてその場を退室した。
なんだ、少ないながらも友達には自然に話せたり感情を出せているしいい関係を築けているようで、なんだか憤慨している幸紀様には申し訳ないけど安堵した。
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