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第5章 決戦
電撃戦
しおりを挟む「助かった。君がいなければ、前線は崩壊していただろう。感謝する」
「いえ、間に合ってよかったです」
私はそう返すと、前線に目を戻して永田大尉が口を開いた。
「見ての通りだ。白狐稲荷神社が村口たちに破壊されて以来、『厄災の王』、つまりはあやかしの王である白楼による抑えが効かなくなり、諏訪の各地で彼らが暴れまわっているという具合だ」
「それだけでなく、あやかしたちはここ一帯を占拠している兵士たちは襲わず、皆さんだけに攻撃しているんですよね?」
私がそう問うと、永田大尉は目を見開いたのち、渋く頷いた。
「その通り。まるで我々の部隊しか見えていないかのようにな。奴らと何らかの意思疎通を図ったのか、ある種の交渉がなされたのか――あるいは、村口たちに存在価値を見出したあやかしの側からすり寄ったのかもしれん」
私は霧の奥へと目を凝らした。うごめく気配が、すぐそこにある。
「その様子だと永田さんの部隊にいるはずの神職は負傷で離脱したのでしょう?私でよければ力になりますよ」
普通なら、永田大尉のようなエリート軍人であれば、そのプライドの高さもあって、私の申し出なんかは一喝して却下していただろう。けれど、彼は違った。
「助かった、本当にありがたい。君のような心強い味方を得られるとは。どうかよろしく頼む」
彼の瞳が、まっすぐに私を射抜く。たいてい、将校の目は厳めしくて冷たいものだけれど、彼の目には温かさが灯っていた。
「こちらこそ、光栄です。それで永田大尉。状況を教えていただけますか?」
「簡潔に言おう。反乱の首謀者・村口は、白狐稲荷神社の前に本部を構えている」
私は少し意外だった。もちろん村口たちが白狐稲荷神社を壊したのも知っているし、私が再度お銀の剥製を置いたときにも、彼らがまだ居座っているのも確認していた。けれど、あれから一か月近く経った。それでも、あの壊れた神社――瓦礫しかないうえ、高台でもなく、主要道にも接しておらず、兵站上も不便。そんな場所にいまだ本陣を構えるなんて、軍事に疎い私ですら、不自然に感じたのだ。
「おまけに面倒なのは、あやかしだけではなく、人間の数だ。村口一派の兵力は当初の想定を上回っているということだ」
永田大尉は眉間にしわを寄せる。
「もはやこれは村口個人の暴走とは考えにくい。おそらくこれは、陸軍内の一派閥――私たちが属する『統制派』とは対立関係にある『皇道派』と呼ばれる一派によるものだ」
永田大尉が語るには、この「皇道派」の目的は、民主主義を武力で破壊し、口先だけの『陛下による親政』を叫んでいる一派だそうだ。彼らは陸軍内部で暗躍し、この国を動かす権力を握ろうとしている一方で、国を裏から動かす工作もしているのだという。そのために多くの犯罪に手を染めており、葛城直輝少佐の親友だった村瀬詩織さんが遊女となった後、彼女が国家的犯罪に関わっていくのに手を貸したのも彼らだというのだ。
そして今回、村口大尉が占拠する兵力は、本来大尉レベルが動かせる人員ではとてもないのだそう。それでもこの諏訪の地を占拠できるだけの兵力が集結しているのは、「皇道派」が裏から支援しているからだと永田大尉は見ているのだという。それに対して、永田大尉が動かせる少ない兵力では、上諏訪すべてを制圧できるほどの力はないのだと彼は話す。
大尉は顎を固く引き締めた。
「ならば――急所を即座に撃つのだ。白狐稲荷神社を奪還し、指揮官の村口を制圧する。それが、この反乱を終わらせる唯一の道と言えるだろう」
私は丸眼鏡の下から見える大尉の力強い眼差しに対して頷き、決意を固めた。
*
「おい、お前たち何をしている!」
村口の声は焦りを隠し切れない様子が目に見えて分かった。顔には明らかに焦燥が浮かんでいる。
「たかが一個中隊相手に、何を苦戦しているのだ!?もっとまじめに戦わんか!」
永田大尉の指揮は、まさに電光石火だった。無駄を削ぎ落とした動きで最短経路を見出し、わずかな時間で白狐稲荷神社への道を切り拓いた。大尉本人の言葉によると、軍ではこれを「電撃戦」と呼ぶらしい。
村口の軍は、上諏訪一帯に兵力を分散させていた。あらゆる方向からの攻撃を警戒し、全域に防衛線を敷くために。けれど今回、それが裏目に出た。力を均等に薄く伸ばすことで兵力が分散されてしまっていて、彼らの防衛部隊がこちらの動きに気づいたときにはもう遅いというわけだ。各地に散った兵士たちをここへ集結させる前に、永田大尉は一点突破の素早い進軍を重視してまっすぐこの神社へと迫り、ほんのわずかな時間で到着できてしまったのだ。
彼はこの作戦を前から考えていたのだろうけど、軍人のほかにあやかしも永田大尉の部隊を襲う現状では、うまく実行に移せなかったのだと思う。でも、今は私がいる。あやかし退治専属の私を加えた部隊ではついに、この作戦実行が現実味を帯びることになったのだ。私は彼の指揮を妨げないよう、襲い来るあやかしを御幣で退散させていった。
「くそ、くそっ――!ああ、ああ、よくやったな、永田。兵力差を機動力で補い、裏を書いたつもりなんだろうな。だがな――詰めが甘えんだよ」
嘲笑のような笑いでその場をしのごうとしているのが見え見えの、無理のある響きだった。自分がまだ有利に立っている、そう自分自身に言い聞かせたいかのようだった。
「お前は今直面している現実がわかっていないのだ。たまたま我々の本拠地に早く来れたことで粋がっているようだがな、ここにはお前たちよりはるかに上回る兵力がいるのだ!聞きたいか?その兵力差を。絶望しかないぞ」
「四百五十だ。私の中隊は二百五十。お前の部隊は、おおむね七百。斥候がとっくに確認している」
「な――」
村口の表情から、先ほどの強がっている笑みですら消えた。対して永田大尉の様子は先ほどと全く変わらず、村口との対比が強調されるかのようだった。
「ぐぬぬ、いや、だから、だから何だと言うのだ!お前の調査能力がいかに優れていようがどうでもいい!要するにだ、この兵力差でお前らに勝ち目はないということだ。平静を装ってカッコつけていようがお前らなど瞬殺してやるわ!」
「そうか。では、これを見た上でもまだ私に銃を向けられるというのだな?」
その発言を訝しむ様子の村口に対し、永田大尉は毅然とした態度で懐から一枚の紙を取り出す。村口の目が、その紙に吸い寄せられた。永田大尉の手にあるのは、美しい署名と精緻な印影が記されていた。
村口の表情が凍りつく。永田大尉はかすかに口元を曲げて言った。
「見えるか村口。これがいわゆる『御名御璽』。陛下が下す公式の文書にのみ載せられるものだ」
そう言うと永田大尉は紙を裏返して表面を自分の方に向け、内容を読み上げ始めた。
「朕(ちん)はここに、我が帝国軍に属する将兵が、朕の裁可を経ることなく、私的に長野県諏訪の地へ兵力を展開し、これを占拠し、独断にて統治を行っているという報を受けた。
この行為、朕の名を借りた明らかな暴挙にして、建国の精神を踏みにじり、帝国の秩序を著しく損なうものなり。
よって朕はここに、村口大尉を中心とする武装勢力を、帝国に反旗を翻した正式なる反乱軍と認定する。
併せて、帝国陸軍大尉・永田鉄山に対し、速やかなる鎮圧を命ずるものとする。
朕は、帝国の正義と秩序が、再びこの地に戻らんことを切に願う。
大正三年八月二十七日
御名御璽」
村口はガタガタと震え出し、声を出すのも精一杯な様子だった。
「馬鹿な――そんなもん偽造だ、だまされんぞ!お前は知らないんだろうがな、皇道派もすでに大本営に食い込んでいるんだ。大本営の認可なくして陛下の裁可などありえん。猿知恵だったな永田!」
「ああ、桑名恒彦大将のことか。大本営にいる君たちの首領って奴は」
必死に言い返そうとしている村口だったけれど、自分たちの首領を調べられていたことに愕然としたようで、さすがに無理のある強がった笑いも、無意味な罵倒の言葉も凍り付いてしまったようだ。
私も驚いたのだけれど、永田大尉は皇太子殿下の家庭教師に選定され、兵制について講義するなどの機会が多くあったのだという。その縁で、殿下ご本人はおろか、陛下のご信任も永田大尉に対して厚く存在するというのだ。噂では聞いていたのだけれど、現在陛下はご病身。そのため、優秀で信頼できる若手の補佐役を探していた中で、ちょうど永田大尉がその役割にはまったということだった。
「私は先に陛下に根回しをした。正式な裁可をいただく前に文案の形で下賜を仰ぎ、御名だけ先にもらってたのだ。驚いたか? 私が陛下と直接やり取りしているとは」
通常、陛下に回される文書というのは下から上へと承認が上がっていく。軍関係であれば大本営という陸海軍の上層部メンバーで採択がなされたのち、陛下がそれを承認する。でも永田さんは陛下と親しかったから、先に陛下の意思を確認して署名をもらったのちに大本営に回したのだという。陛下の署名を見た大本営一同は皇道派首領である桑名大将も含めて仰天、これは陛下の意思だと早合点して皆早々と村口大尉一派掃討を承認してしまったのだ。後は正式に陛下が上がってきた書類に印鑑である御璽を押すだけ。
つまり村口一派は、早々に皇道派首領である桑名大将から切り捨てられてしまったのだ。自分の置かれている状況を知った村口の顔から血の気がみるみる引いていくのがわかる。
「今や君たちは、帝国陸軍でも皇道派ですらもない――ただの反乱軍にすぎないということだな」
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