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だめじゃない -孵化-②
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次の日は珍しく朝から気分がよかった。直行のおかげでしかない。昨日のことを思い出しながらパンを焼いて食べた。
食器を片づけていると、壁をこんこんとノックするような音が聞こえた。直行の部屋のほうからだ。どうしたらいいのかと思いながら、こんこんとゆっくりノックを返すと、こんこんこん、とリズムよく三回のノックがされた。また同じように返すと静かになった。
「なんだろう」
首を傾げていたらインターホンが鳴った。もしかして、とモニターを確認するとやはり直行だった。急いでドアを開ける。
「起きてたか」
「うん」
「昨日より顔色いいな」
「あがって」
今日はすんなりあがってくれた。着替えておいてよかった、とほっとした。
コーヒーの入ったマグカップを渡して向かい合って座る。
「直行は引っ越してからどうしてたの? 元気だった?」
「ああ。こっちはなにも変わりない」
高校にあがるときに直行が引っ越して以来だからいろいろ聞きたい。大学はこちらの学校を受けて戻ってきたということだった。もっと早く再会したかったな、と贅沢なことを考えてしまう。
「こっちに戻ってきたときに有人の家に行ったんだけど引っ越してて、もう会えないのかと思った」
直行がそのときのことを思い出すように表情を曇らせる。
「ずっと有人が心配だった」
優しい言葉は昔の直行のままで、心がほわんとまるくなった。とげだらけで、自分で触れても痛かったのに、直行の言葉ひとつで簡単にとげが消える。不思議だけれど、それが直行なのだ。
「ありがとう」
自然に微笑むことができた自分に驚いてしまう。とても温かい気持ちだ。
「よかったら夕食一緒にどう?」
「うん。直行と一緒がいい」
「じゃあ夕方にまた迎えにくるよ」
コーヒーを飲み終えたマグカップをシンクに運び、当然のように洗ってくれた。やるよ、と言ったのに、ごちそうになったからこれくらいは、と譲らなかった。直行らしくて笑ってしまう。笑っている自分が不思議で、思わず頬に触れて確認してしまった。
「どうした?」
「なんか変な感じだから」
「変?」
「うん。なにがどうとは言えないんだけど」
こんなに楽しくていいのだろうか、と考えてしまうくらいふたりの時間が楽しい。
カップを洗った直行は隣に戻って行った。急に寂しくなって心細い。早く夕方になって欲しくて時計の針を動かしてみたけれども、そんなことをしたところで夕方にはならない、と落ち込んだ。
そわそわと動きまわっていたけれど、椅子に座ったらうとうととし始め、テーブルに顔を伏せて寝てしまった。
インターホンの音がする。瞼をあげると真っ暗だった。時計を見るともう五時すぎで驚いてしまう。もう一度インターホンが鳴った。
「あ……」
直行が迎えに来てくれたのだと急いで玄関に向かう。モニターを見るとやはり待ち人だった。
「寝てた?」
「え?」
「頬に線がついてる」
頬を撫でられて、触れられた場所がぽうっと熱くなる。顔に触れられても怖くなかった。直行は不思議だ。
「ごめん。ちょっと寝ちゃった」
「休みなんだからゆっくりしたらいいよ。夕食やめとくか?」
「ううん。行く」
直行の後について隣に行く。同じ間取りだけれど、置いてあるものでまったく雰囲気が違って見える。
「まだ片づけの途中で散らかってるけど」
「そんなことないよ」
段ボールがいくつか残っているが、きちんと整理されている。散らかっている有人の部屋とは正反対だ。
直行の部屋だ、と思うとほっとした。落ち着くにおいがする。
「なにが食べたい?」
「なんでもいい」
自分がどうしたいかがわからない。なにが食べたいか、なにが飲みたいか、そういうことを答えるのが特に苦手だ。情けなくて思わず俯いてしまう。
「じゃあ牛肉と豚肉だったらどっち食べたい?」
「牛肉、かな」
「オーケー」
さすがだ。直行は有人の扱いに慣れている。答えやすい質問に変えてくれる優しさに、ほうと息を吐き出した。
直行が冷蔵庫から牛肉のパックを出している。
「なに作るの?」
「炒めるだけ。料理は変わらず苦手なんだ」
はにかむ直行が可愛くて、胸が疼く。その感覚が不思議で胸もとに手をあてた。
そういえば直行は中学の頃も料理は苦手だった。
「無理して作らなくても、どこか食べに行ってもいいよ」
「やらないとうまくならないだろ」
微笑みかけられてどきりとする。やはりその感覚が不思議だ。
直行のこういうところを本当に尊敬している。昔から変わらない姿勢が眩しい。
それに比べて有人はやる前から諦める。これではだめだとわかっているのに動けない。
「なに落ち込んでるんだ」
「う、ううん。なんでもない」
慌てて首を横に振る。直行は可笑しそうに笑って「一緒に作ろう」と誘ってくれた。いそいそと隣に並ぶ。頑張ろう。
「……」
頑張ろうはどうしたのだろう、というくらい野菜の皮むきも綺麗にできない。それでもなるべく頑張って丁寧に皮をむく。食べるところがなくなってしまったら大変だ。
「偉いな」
「え?」
「有人はちゃんとできてるよ」
それは皮むきに対して言ってくれたのかもしれないけれど、他のことに対してのようにも聞こえた。
「ふたりで料理上手になったら店開けるかもな」
笑いながらも真面目な口調でそんなことを言うものだから可笑しくなってしまう。ぎこちない手つきは直行も有人と変わらないけれど、彼ならば本当に店を開けるくらいまで上達させそうだ。「する」のではなく「させる」。どんなことでも自分で変えていきそうな直行が眩しい。
「おいしい!」
「うまいな」
できあがった肉野菜炒めをふたりで食べたら声が出てしまった。
「直行がお店を開いたら毎日食べに行くよ」
「そうなれるまでに何百年かかるかな」
照れたように笑う直行が可愛い。ふたりで楽しく食事をすると、いつもひとりで食べるのとは違ってとてもおいしく感じる。
直行は有人の光だ。
食器を片づけていると、壁をこんこんとノックするような音が聞こえた。直行の部屋のほうからだ。どうしたらいいのかと思いながら、こんこんとゆっくりノックを返すと、こんこんこん、とリズムよく三回のノックがされた。また同じように返すと静かになった。
「なんだろう」
首を傾げていたらインターホンが鳴った。もしかして、とモニターを確認するとやはり直行だった。急いでドアを開ける。
「起きてたか」
「うん」
「昨日より顔色いいな」
「あがって」
今日はすんなりあがってくれた。着替えておいてよかった、とほっとした。
コーヒーの入ったマグカップを渡して向かい合って座る。
「直行は引っ越してからどうしてたの? 元気だった?」
「ああ。こっちはなにも変わりない」
高校にあがるときに直行が引っ越して以来だからいろいろ聞きたい。大学はこちらの学校を受けて戻ってきたということだった。もっと早く再会したかったな、と贅沢なことを考えてしまう。
「こっちに戻ってきたときに有人の家に行ったんだけど引っ越してて、もう会えないのかと思った」
直行がそのときのことを思い出すように表情を曇らせる。
「ずっと有人が心配だった」
優しい言葉は昔の直行のままで、心がほわんとまるくなった。とげだらけで、自分で触れても痛かったのに、直行の言葉ひとつで簡単にとげが消える。不思議だけれど、それが直行なのだ。
「ありがとう」
自然に微笑むことができた自分に驚いてしまう。とても温かい気持ちだ。
「よかったら夕食一緒にどう?」
「うん。直行と一緒がいい」
「じゃあ夕方にまた迎えにくるよ」
コーヒーを飲み終えたマグカップをシンクに運び、当然のように洗ってくれた。やるよ、と言ったのに、ごちそうになったからこれくらいは、と譲らなかった。直行らしくて笑ってしまう。笑っている自分が不思議で、思わず頬に触れて確認してしまった。
「どうした?」
「なんか変な感じだから」
「変?」
「うん。なにがどうとは言えないんだけど」
こんなに楽しくていいのだろうか、と考えてしまうくらいふたりの時間が楽しい。
カップを洗った直行は隣に戻って行った。急に寂しくなって心細い。早く夕方になって欲しくて時計の針を動かしてみたけれども、そんなことをしたところで夕方にはならない、と落ち込んだ。
そわそわと動きまわっていたけれど、椅子に座ったらうとうととし始め、テーブルに顔を伏せて寝てしまった。
インターホンの音がする。瞼をあげると真っ暗だった。時計を見るともう五時すぎで驚いてしまう。もう一度インターホンが鳴った。
「あ……」
直行が迎えに来てくれたのだと急いで玄関に向かう。モニターを見るとやはり待ち人だった。
「寝てた?」
「え?」
「頬に線がついてる」
頬を撫でられて、触れられた場所がぽうっと熱くなる。顔に触れられても怖くなかった。直行は不思議だ。
「ごめん。ちょっと寝ちゃった」
「休みなんだからゆっくりしたらいいよ。夕食やめとくか?」
「ううん。行く」
直行の後について隣に行く。同じ間取りだけれど、置いてあるものでまったく雰囲気が違って見える。
「まだ片づけの途中で散らかってるけど」
「そんなことないよ」
段ボールがいくつか残っているが、きちんと整理されている。散らかっている有人の部屋とは正反対だ。
直行の部屋だ、と思うとほっとした。落ち着くにおいがする。
「なにが食べたい?」
「なんでもいい」
自分がどうしたいかがわからない。なにが食べたいか、なにが飲みたいか、そういうことを答えるのが特に苦手だ。情けなくて思わず俯いてしまう。
「じゃあ牛肉と豚肉だったらどっち食べたい?」
「牛肉、かな」
「オーケー」
さすがだ。直行は有人の扱いに慣れている。答えやすい質問に変えてくれる優しさに、ほうと息を吐き出した。
直行が冷蔵庫から牛肉のパックを出している。
「なに作るの?」
「炒めるだけ。料理は変わらず苦手なんだ」
はにかむ直行が可愛くて、胸が疼く。その感覚が不思議で胸もとに手をあてた。
そういえば直行は中学の頃も料理は苦手だった。
「無理して作らなくても、どこか食べに行ってもいいよ」
「やらないとうまくならないだろ」
微笑みかけられてどきりとする。やはりその感覚が不思議だ。
直行のこういうところを本当に尊敬している。昔から変わらない姿勢が眩しい。
それに比べて有人はやる前から諦める。これではだめだとわかっているのに動けない。
「なに落ち込んでるんだ」
「う、ううん。なんでもない」
慌てて首を横に振る。直行は可笑しそうに笑って「一緒に作ろう」と誘ってくれた。いそいそと隣に並ぶ。頑張ろう。
「……」
頑張ろうはどうしたのだろう、というくらい野菜の皮むきも綺麗にできない。それでもなるべく頑張って丁寧に皮をむく。食べるところがなくなってしまったら大変だ。
「偉いな」
「え?」
「有人はちゃんとできてるよ」
それは皮むきに対して言ってくれたのかもしれないけれど、他のことに対してのようにも聞こえた。
「ふたりで料理上手になったら店開けるかもな」
笑いながらも真面目な口調でそんなことを言うものだから可笑しくなってしまう。ぎこちない手つきは直行も有人と変わらないけれど、彼ならば本当に店を開けるくらいまで上達させそうだ。「する」のではなく「させる」。どんなことでも自分で変えていきそうな直行が眩しい。
「おいしい!」
「うまいな」
できあがった肉野菜炒めをふたりで食べたら声が出てしまった。
「直行がお店を開いたら毎日食べに行くよ」
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照れたように笑う直行が可愛い。ふたりで楽しく食事をすると、いつもひとりで食べるのとは違ってとてもおいしく感じる。
直行は有人の光だ。
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