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だめじゃない -孵化-③
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仕事帰りに駅で直行と会った。スーパーで一緒に買い物をして帰る。
「今日も頑張ったな」
「ううん。前にしたミスと同じことしちゃった」
「それでも有人はちゃんと失敗した分を直して頑張ったんだろ? 有人はたくさん頑張ってる」
こんなふうに褒められるのはくすぐったい。自分なんかがそんな言葉をもらっていいのかわからないし、明らかに過分だ。
「俺にそんなこと言ってくれるのは直行だけだよ」
少し恥ずかしくて、それでも嬉しくて、直行と目を合わせられない。直行以外にこんなことを言ってくれる人は誰もいない。それだけ有人がだめなのだけれど、直行にとっては違って見えているようだ。
「有人は自分で考えるよりずっと周りに認められてるよ」
「そんなはずないよ」
だって有人自身でさえ、自分が必要かどうかがわからないのだ。それなのに直行は確信に満ちた瞳で言い切る。
「有人は頑張ってる」
心に絡まる鎖がとけていくのを感じる。直行のような言葉を有人も言えたらいいのに、と拗ねたように唇を尖らせてしまう。有人は自分のことばかりで周りを気にかける余裕がない。直行のような人になりたい。
「せっかくだから夕食一緒にどう?」
「うん」
一秒も迷わずに頷くと、なぜか笑われてしまった。
直行といると心が軽くなる。もっと一緒にいたい。変わっていないと思っていたけれど、昔以上に有人を勇気づけてくれる。言葉のひとつひとつが優しくて、固く閉ざしていたものが開かれて解放される感覚がある。それはとても心地よくて温かい。直行のそばにいると優しい気持ちになれる。自分を大事にしたいとまで思えてくる。
少しだけ自分を好きになれそうな、そんな不思議なことが起こる。
一週間仕事を頑張れた。ミスも少なかったし、初めて自分に対して「頑張った」と思えるかもしれない。いつもどこか諦めていた有人がこんなに変わるなんて思わなかった。金曜日の帰宅時間には歩くのもしんどいくらい疲れ切っていたけれど、それは嫌な疲れではなかった。
土曜日はゆっくり寝ていたら壁をノックする音が聞こえてきた。慌てて起きあがり、有人も同じように返すと静かになった。少ししてインターホンが鳴る。
「寝てた?」
「また寝ぐせついてる?」
「うん」
「恥ずかしいな」
あがってもらい、ふたりでコーヒーを飲んだ。寝間着だと直行が気まずそうにするのですぐに着替える。見苦しいものは見せたくない。
「こうしてると休みって感じ」
直行が有人を見て笑う。
穏やかな時間。一緒にいると心がほぐれていく。
「明日どこか出かけようよ」
「外出?」
「嫌?」
「嫌っていうか……」
外は少し怖い。会社に行くのは行かないといけないから外出するけれど、買い物とか絶対必要な場合以外はあまり部屋から出たくない。
「少し、怖い」
正直に気持ちを吐露する。呆れられてしまうだろうか、と不安になってけれど、直行は微笑んでくれた。
「俺がそばにいるから大丈夫」
「そ、っか……」
直行となら大丈夫。それが有人の支えだ。
翌日、直行が迎えに来てくれてふたりで出かけた。いつも部屋にこもっていたのでこうやって出かけるのは初めてかもしれない。
電車に乗ってどこに行くのだろうと思っていたら、着いた場所は遊園地だった。一日フリーパスで入場する。
「なに乗りたい?」
「えっと……」
「座ってゆっくり考えようか」
まさか遊園地に来るとは思わなかったのでまったく考えが浮かばない。焦る有人を直祐は急かさない。ほっとしてパンフレットを見る。
「絶叫系だめだよな、有人」
「うん。よく覚えてるね」
「あたりまえだろ。有人のことで忘れることなんて、ひとつもない」
中学の修学旅行の日程にも遊園地が入っていて、そのときのことをまだ覚えていてくれたことが嬉しい。
「優しいね」
「有人にだけな」
「他の人にも優しいの知ってるよ?」
「動機が違う」
どういう意味だろう。首を傾げると、「わからなくていい」と笑われてしまった。頭を撫でられても身体が強張らない。直行は大丈夫だと身体がわかっているかのようだ。
「空中ブランコに乗りたい」
「よし。行くか」
手を引かれて立ちあがる。大きな手は温かくて、触れ合うとどきどきした。
「つ、疲れた……」
「大丈夫か?」
「うん……」
体力のない有人は三つ乗るとばててしまった。直行は文句ひとつ言わず有人のペースに合わせてくれる。なんだか申し訳ない。
「直行は楽しんできて」
それがいいと思ったのに、渋い顔をされてしまった。
「有人のそばにいられればそれだけで楽しいんだよ」
優しい直行。彼がどうして自分なんかにこれほどよくしてくれるのかがわからない。
「なにもお返しができなくてごめんね」
「悪いことはなにひとつしてないんだから謝る必要ないよ。お返しが欲しくてやってることじゃないから」
なだめるような言葉に優しさが心にしみる。もっと直行といたい、と思ってしまうのが悪いことのように感じて胸が詰まった。有人なんかにつき合わせていていいのだろうか。
のんびりアトラクションを楽しんでいたら、あっという間に夕方になってしまった。明日は直行も有人も仕事だからあまりゆっくりはできない。
「観覧車乗ろう」
寂しくなっていたら手を引いてくれた。もう帰るのかと思ったのでとても嬉しくて心が弾んだ。
ゆっくり高くなる景色を見渡していると直行に笑われた。
「ごめん。きょろきょろしちゃった」
「今有人は悪いことした?」
「してない、と思う……」
「そういうときは謝らなくていいんだ」
感情が生き返るような、枯れていた草が力をつけて花を咲かせるような、そんな息吹を感じる。淀んでいた流れがスムーズになっていく心地よさ。
「観覧車の頂上でキスすると幸せになれるらしいな」
「キス……」
一瞬頭の中に直行とキスをする自分が浮かび、頬が熱くなった。どうしてそんなことを想像したのだろう。
「顔赤い」
ますます恥ずかしくなってしまう。
彼とキスをする人はどんな人だろう、と考えたら心がずんと重くなった。直行なら素敵な人とキスをするのだろう。考え始めるとどんどん落ち込んでいく。
「有人」
顔をあげるといつもの優しい微笑みに出会った。
「景色が綺麗だよ」
「……うん」
痛む心に蓋をする。直行をひとり占めしたいなんて、そんなのはだめだ。
「今日も頑張ったな」
「ううん。前にしたミスと同じことしちゃった」
「それでも有人はちゃんと失敗した分を直して頑張ったんだろ? 有人はたくさん頑張ってる」
こんなふうに褒められるのはくすぐったい。自分なんかがそんな言葉をもらっていいのかわからないし、明らかに過分だ。
「俺にそんなこと言ってくれるのは直行だけだよ」
少し恥ずかしくて、それでも嬉しくて、直行と目を合わせられない。直行以外にこんなことを言ってくれる人は誰もいない。それだけ有人がだめなのだけれど、直行にとっては違って見えているようだ。
「有人は自分で考えるよりずっと周りに認められてるよ」
「そんなはずないよ」
だって有人自身でさえ、自分が必要かどうかがわからないのだ。それなのに直行は確信に満ちた瞳で言い切る。
「有人は頑張ってる」
心に絡まる鎖がとけていくのを感じる。直行のような言葉を有人も言えたらいいのに、と拗ねたように唇を尖らせてしまう。有人は自分のことばかりで周りを気にかける余裕がない。直行のような人になりたい。
「せっかくだから夕食一緒にどう?」
「うん」
一秒も迷わずに頷くと、なぜか笑われてしまった。
直行といると心が軽くなる。もっと一緒にいたい。変わっていないと思っていたけれど、昔以上に有人を勇気づけてくれる。言葉のひとつひとつが優しくて、固く閉ざしていたものが開かれて解放される感覚がある。それはとても心地よくて温かい。直行のそばにいると優しい気持ちになれる。自分を大事にしたいとまで思えてくる。
少しだけ自分を好きになれそうな、そんな不思議なことが起こる。
一週間仕事を頑張れた。ミスも少なかったし、初めて自分に対して「頑張った」と思えるかもしれない。いつもどこか諦めていた有人がこんなに変わるなんて思わなかった。金曜日の帰宅時間には歩くのもしんどいくらい疲れ切っていたけれど、それは嫌な疲れではなかった。
土曜日はゆっくり寝ていたら壁をノックする音が聞こえてきた。慌てて起きあがり、有人も同じように返すと静かになった。少ししてインターホンが鳴る。
「寝てた?」
「また寝ぐせついてる?」
「うん」
「恥ずかしいな」
あがってもらい、ふたりでコーヒーを飲んだ。寝間着だと直行が気まずそうにするのですぐに着替える。見苦しいものは見せたくない。
「こうしてると休みって感じ」
直行が有人を見て笑う。
穏やかな時間。一緒にいると心がほぐれていく。
「明日どこか出かけようよ」
「外出?」
「嫌?」
「嫌っていうか……」
外は少し怖い。会社に行くのは行かないといけないから外出するけれど、買い物とか絶対必要な場合以外はあまり部屋から出たくない。
「少し、怖い」
正直に気持ちを吐露する。呆れられてしまうだろうか、と不安になってけれど、直行は微笑んでくれた。
「俺がそばにいるから大丈夫」
「そ、っか……」
直行となら大丈夫。それが有人の支えだ。
翌日、直行が迎えに来てくれてふたりで出かけた。いつも部屋にこもっていたのでこうやって出かけるのは初めてかもしれない。
電車に乗ってどこに行くのだろうと思っていたら、着いた場所は遊園地だった。一日フリーパスで入場する。
「なに乗りたい?」
「えっと……」
「座ってゆっくり考えようか」
まさか遊園地に来るとは思わなかったのでまったく考えが浮かばない。焦る有人を直祐は急かさない。ほっとしてパンフレットを見る。
「絶叫系だめだよな、有人」
「うん。よく覚えてるね」
「あたりまえだろ。有人のことで忘れることなんて、ひとつもない」
中学の修学旅行の日程にも遊園地が入っていて、そのときのことをまだ覚えていてくれたことが嬉しい。
「優しいね」
「有人にだけな」
「他の人にも優しいの知ってるよ?」
「動機が違う」
どういう意味だろう。首を傾げると、「わからなくていい」と笑われてしまった。頭を撫でられても身体が強張らない。直行は大丈夫だと身体がわかっているかのようだ。
「空中ブランコに乗りたい」
「よし。行くか」
手を引かれて立ちあがる。大きな手は温かくて、触れ合うとどきどきした。
「つ、疲れた……」
「大丈夫か?」
「うん……」
体力のない有人は三つ乗るとばててしまった。直行は文句ひとつ言わず有人のペースに合わせてくれる。なんだか申し訳ない。
「直行は楽しんできて」
それがいいと思ったのに、渋い顔をされてしまった。
「有人のそばにいられればそれだけで楽しいんだよ」
優しい直行。彼がどうして自分なんかにこれほどよくしてくれるのかがわからない。
「なにもお返しができなくてごめんね」
「悪いことはなにひとつしてないんだから謝る必要ないよ。お返しが欲しくてやってることじゃないから」
なだめるような言葉に優しさが心にしみる。もっと直行といたい、と思ってしまうのが悪いことのように感じて胸が詰まった。有人なんかにつき合わせていていいのだろうか。
のんびりアトラクションを楽しんでいたら、あっという間に夕方になってしまった。明日は直行も有人も仕事だからあまりゆっくりはできない。
「観覧車乗ろう」
寂しくなっていたら手を引いてくれた。もう帰るのかと思ったのでとても嬉しくて心が弾んだ。
ゆっくり高くなる景色を見渡していると直行に笑われた。
「ごめん。きょろきょろしちゃった」
「今有人は悪いことした?」
「してない、と思う……」
「そういうときは謝らなくていいんだ」
感情が生き返るような、枯れていた草が力をつけて花を咲かせるような、そんな息吹を感じる。淀んでいた流れがスムーズになっていく心地よさ。
「観覧車の頂上でキスすると幸せになれるらしいな」
「キス……」
一瞬頭の中に直行とキスをする自分が浮かび、頬が熱くなった。どうしてそんなことを想像したのだろう。
「顔赤い」
ますます恥ずかしくなってしまう。
彼とキスをする人はどんな人だろう、と考えたら心がずんと重くなった。直行なら素敵な人とキスをするのだろう。考え始めるとどんどん落ち込んでいく。
「有人」
顔をあげるといつもの優しい微笑みに出会った。
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「……うん」
痛む心に蓋をする。直行をひとり占めしたいなんて、そんなのはだめだ。
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