3 / 9
だめじゃない -孵化-③
しおりを挟む
仕事帰りに駅で直行と会った。スーパーで一緒に買い物をして帰る。
「今日も頑張ったな」
「ううん。前にしたミスと同じことしちゃった」
「それでも有人はちゃんと失敗した分を直して頑張ったんだろ? 有人はたくさん頑張ってる」
こんなふうに褒められるのはくすぐったい。自分なんかがそんな言葉をもらっていいのかわからないし、明らかに過分だ。
「俺にそんなこと言ってくれるのは直行だけだよ」
少し恥ずかしくて、それでも嬉しくて、直行と目を合わせられない。直行以外にこんなことを言ってくれる人は誰もいない。それだけ有人がだめなのだけれど、直行にとっては違って見えているようだ。
「有人は自分で考えるよりずっと周りに認められてるよ」
「そんなはずないよ」
だって有人自身でさえ、自分が必要かどうかがわからないのだ。それなのに直行は確信に満ちた瞳で言い切る。
「有人は頑張ってる」
心に絡まる鎖がとけていくのを感じる。直行のような言葉を有人も言えたらいいのに、と拗ねたように唇を尖らせてしまう。有人は自分のことばかりで周りを気にかける余裕がない。直行のような人になりたい。
「せっかくだから夕食一緒にどう?」
「うん」
一秒も迷わずに頷くと、なぜか笑われてしまった。
直行といると心が軽くなる。もっと一緒にいたい。変わっていないと思っていたけれど、昔以上に有人を勇気づけてくれる。言葉のひとつひとつが優しくて、固く閉ざしていたものが開かれて解放される感覚がある。それはとても心地よくて温かい。直行のそばにいると優しい気持ちになれる。自分を大事にしたいとまで思えてくる。
少しだけ自分を好きになれそうな、そんな不思議なことが起こる。
一週間仕事を頑張れた。ミスも少なかったし、初めて自分に対して「頑張った」と思えるかもしれない。いつもどこか諦めていた有人がこんなに変わるなんて思わなかった。金曜日の帰宅時間には歩くのもしんどいくらい疲れ切っていたけれど、それは嫌な疲れではなかった。
土曜日はゆっくり寝ていたら壁をノックする音が聞こえてきた。慌てて起きあがり、有人も同じように返すと静かになった。少ししてインターホンが鳴る。
「寝てた?」
「また寝ぐせついてる?」
「うん」
「恥ずかしいな」
あがってもらい、ふたりでコーヒーを飲んだ。寝間着だと直行が気まずそうにするのですぐに着替える。見苦しいものは見せたくない。
「こうしてると休みって感じ」
直行が有人を見て笑う。
穏やかな時間。一緒にいると心がほぐれていく。
「明日どこか出かけようよ」
「外出?」
「嫌?」
「嫌っていうか……」
外は少し怖い。会社に行くのは行かないといけないから外出するけれど、買い物とか絶対必要な場合以外はあまり部屋から出たくない。
「少し、怖い」
正直に気持ちを吐露する。呆れられてしまうだろうか、と不安になってけれど、直行は微笑んでくれた。
「俺がそばにいるから大丈夫」
「そ、っか……」
直行となら大丈夫。それが有人の支えだ。
翌日、直行が迎えに来てくれてふたりで出かけた。いつも部屋にこもっていたのでこうやって出かけるのは初めてかもしれない。
電車に乗ってどこに行くのだろうと思っていたら、着いた場所は遊園地だった。一日フリーパスで入場する。
「なに乗りたい?」
「えっと……」
「座ってゆっくり考えようか」
まさか遊園地に来るとは思わなかったのでまったく考えが浮かばない。焦る有人を直祐は急かさない。ほっとしてパンフレットを見る。
「絶叫系だめだよな、有人」
「うん。よく覚えてるね」
「あたりまえだろ。有人のことで忘れることなんて、ひとつもない」
中学の修学旅行の日程にも遊園地が入っていて、そのときのことをまだ覚えていてくれたことが嬉しい。
「優しいね」
「有人にだけな」
「他の人にも優しいの知ってるよ?」
「動機が違う」
どういう意味だろう。首を傾げると、「わからなくていい」と笑われてしまった。頭を撫でられても身体が強張らない。直行は大丈夫だと身体がわかっているかのようだ。
「空中ブランコに乗りたい」
「よし。行くか」
手を引かれて立ちあがる。大きな手は温かくて、触れ合うとどきどきした。
「つ、疲れた……」
「大丈夫か?」
「うん……」
体力のない有人は三つ乗るとばててしまった。直行は文句ひとつ言わず有人のペースに合わせてくれる。なんだか申し訳ない。
「直行は楽しんできて」
それがいいと思ったのに、渋い顔をされてしまった。
「有人のそばにいられればそれだけで楽しいんだよ」
優しい直行。彼がどうして自分なんかにこれほどよくしてくれるのかがわからない。
「なにもお返しができなくてごめんね」
「悪いことはなにひとつしてないんだから謝る必要ないよ。お返しが欲しくてやってることじゃないから」
なだめるような言葉に優しさが心にしみる。もっと直行といたい、と思ってしまうのが悪いことのように感じて胸が詰まった。有人なんかにつき合わせていていいのだろうか。
のんびりアトラクションを楽しんでいたら、あっという間に夕方になってしまった。明日は直行も有人も仕事だからあまりゆっくりはできない。
「観覧車乗ろう」
寂しくなっていたら手を引いてくれた。もう帰るのかと思ったのでとても嬉しくて心が弾んだ。
ゆっくり高くなる景色を見渡していると直行に笑われた。
「ごめん。きょろきょろしちゃった」
「今有人は悪いことした?」
「してない、と思う……」
「そういうときは謝らなくていいんだ」
感情が生き返るような、枯れていた草が力をつけて花を咲かせるような、そんな息吹を感じる。淀んでいた流れがスムーズになっていく心地よさ。
「観覧車の頂上でキスすると幸せになれるらしいな」
「キス……」
一瞬頭の中に直行とキスをする自分が浮かび、頬が熱くなった。どうしてそんなことを想像したのだろう。
「顔赤い」
ますます恥ずかしくなってしまう。
彼とキスをする人はどんな人だろう、と考えたら心がずんと重くなった。直行なら素敵な人とキスをするのだろう。考え始めるとどんどん落ち込んでいく。
「有人」
顔をあげるといつもの優しい微笑みに出会った。
「景色が綺麗だよ」
「……うん」
痛む心に蓋をする。直行をひとり占めしたいなんて、そんなのはだめだ。
「今日も頑張ったな」
「ううん。前にしたミスと同じことしちゃった」
「それでも有人はちゃんと失敗した分を直して頑張ったんだろ? 有人はたくさん頑張ってる」
こんなふうに褒められるのはくすぐったい。自分なんかがそんな言葉をもらっていいのかわからないし、明らかに過分だ。
「俺にそんなこと言ってくれるのは直行だけだよ」
少し恥ずかしくて、それでも嬉しくて、直行と目を合わせられない。直行以外にこんなことを言ってくれる人は誰もいない。それだけ有人がだめなのだけれど、直行にとっては違って見えているようだ。
「有人は自分で考えるよりずっと周りに認められてるよ」
「そんなはずないよ」
だって有人自身でさえ、自分が必要かどうかがわからないのだ。それなのに直行は確信に満ちた瞳で言い切る。
「有人は頑張ってる」
心に絡まる鎖がとけていくのを感じる。直行のような言葉を有人も言えたらいいのに、と拗ねたように唇を尖らせてしまう。有人は自分のことばかりで周りを気にかける余裕がない。直行のような人になりたい。
「せっかくだから夕食一緒にどう?」
「うん」
一秒も迷わずに頷くと、なぜか笑われてしまった。
直行といると心が軽くなる。もっと一緒にいたい。変わっていないと思っていたけれど、昔以上に有人を勇気づけてくれる。言葉のひとつひとつが優しくて、固く閉ざしていたものが開かれて解放される感覚がある。それはとても心地よくて温かい。直行のそばにいると優しい気持ちになれる。自分を大事にしたいとまで思えてくる。
少しだけ自分を好きになれそうな、そんな不思議なことが起こる。
一週間仕事を頑張れた。ミスも少なかったし、初めて自分に対して「頑張った」と思えるかもしれない。いつもどこか諦めていた有人がこんなに変わるなんて思わなかった。金曜日の帰宅時間には歩くのもしんどいくらい疲れ切っていたけれど、それは嫌な疲れではなかった。
土曜日はゆっくり寝ていたら壁をノックする音が聞こえてきた。慌てて起きあがり、有人も同じように返すと静かになった。少ししてインターホンが鳴る。
「寝てた?」
「また寝ぐせついてる?」
「うん」
「恥ずかしいな」
あがってもらい、ふたりでコーヒーを飲んだ。寝間着だと直行が気まずそうにするのですぐに着替える。見苦しいものは見せたくない。
「こうしてると休みって感じ」
直行が有人を見て笑う。
穏やかな時間。一緒にいると心がほぐれていく。
「明日どこか出かけようよ」
「外出?」
「嫌?」
「嫌っていうか……」
外は少し怖い。会社に行くのは行かないといけないから外出するけれど、買い物とか絶対必要な場合以外はあまり部屋から出たくない。
「少し、怖い」
正直に気持ちを吐露する。呆れられてしまうだろうか、と不安になってけれど、直行は微笑んでくれた。
「俺がそばにいるから大丈夫」
「そ、っか……」
直行となら大丈夫。それが有人の支えだ。
翌日、直行が迎えに来てくれてふたりで出かけた。いつも部屋にこもっていたのでこうやって出かけるのは初めてかもしれない。
電車に乗ってどこに行くのだろうと思っていたら、着いた場所は遊園地だった。一日フリーパスで入場する。
「なに乗りたい?」
「えっと……」
「座ってゆっくり考えようか」
まさか遊園地に来るとは思わなかったのでまったく考えが浮かばない。焦る有人を直祐は急かさない。ほっとしてパンフレットを見る。
「絶叫系だめだよな、有人」
「うん。よく覚えてるね」
「あたりまえだろ。有人のことで忘れることなんて、ひとつもない」
中学の修学旅行の日程にも遊園地が入っていて、そのときのことをまだ覚えていてくれたことが嬉しい。
「優しいね」
「有人にだけな」
「他の人にも優しいの知ってるよ?」
「動機が違う」
どういう意味だろう。首を傾げると、「わからなくていい」と笑われてしまった。頭を撫でられても身体が強張らない。直行は大丈夫だと身体がわかっているかのようだ。
「空中ブランコに乗りたい」
「よし。行くか」
手を引かれて立ちあがる。大きな手は温かくて、触れ合うとどきどきした。
「つ、疲れた……」
「大丈夫か?」
「うん……」
体力のない有人は三つ乗るとばててしまった。直行は文句ひとつ言わず有人のペースに合わせてくれる。なんだか申し訳ない。
「直行は楽しんできて」
それがいいと思ったのに、渋い顔をされてしまった。
「有人のそばにいられればそれだけで楽しいんだよ」
優しい直行。彼がどうして自分なんかにこれほどよくしてくれるのかがわからない。
「なにもお返しができなくてごめんね」
「悪いことはなにひとつしてないんだから謝る必要ないよ。お返しが欲しくてやってることじゃないから」
なだめるような言葉に優しさが心にしみる。もっと直行といたい、と思ってしまうのが悪いことのように感じて胸が詰まった。有人なんかにつき合わせていていいのだろうか。
のんびりアトラクションを楽しんでいたら、あっという間に夕方になってしまった。明日は直行も有人も仕事だからあまりゆっくりはできない。
「観覧車乗ろう」
寂しくなっていたら手を引いてくれた。もう帰るのかと思ったのでとても嬉しくて心が弾んだ。
ゆっくり高くなる景色を見渡していると直行に笑われた。
「ごめん。きょろきょろしちゃった」
「今有人は悪いことした?」
「してない、と思う……」
「そういうときは謝らなくていいんだ」
感情が生き返るような、枯れていた草が力をつけて花を咲かせるような、そんな息吹を感じる。淀んでいた流れがスムーズになっていく心地よさ。
「観覧車の頂上でキスすると幸せになれるらしいな」
「キス……」
一瞬頭の中に直行とキスをする自分が浮かび、頬が熱くなった。どうしてそんなことを想像したのだろう。
「顔赤い」
ますます恥ずかしくなってしまう。
彼とキスをする人はどんな人だろう、と考えたら心がずんと重くなった。直行なら素敵な人とキスをするのだろう。考え始めるとどんどん落ち込んでいく。
「有人」
顔をあげるといつもの優しい微笑みに出会った。
「景色が綺麗だよ」
「……うん」
痛む心に蓋をする。直行をひとり占めしたいなんて、そんなのはだめだ。
10
あなたにおすすめの小説
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ルームメイトが釣り系男子だった件について
perari
BL
ネット小説家として活動している僕には、誰にも言えない秘密がある。
それは——クールで無愛想なルームメイトが、僕の小説の主人公だということ。
ずっと隠してきた。
彼にバレないように、こっそり彼を観察しながら執筆してきた。
でも、ある日——
彼は偶然、僕の小説を読んでしまったらしい。
真っ赤な目で僕を見つめながら、彼は震える声でこう言った。
「……じゃあ、お前が俺に優しくしてたのって……好きだからじゃなくて、ネタにするためだったのか?」
罰ゲームって楽しいね♪
あああ
BL
「好きだ…付き合ってくれ。」
おれ七海 直也(ななみ なおや)は
告白された。
クールでかっこいいと言われている
鈴木 海(すずき かい)に、告白、
さ、れ、た。さ、れ、た!のだ。
なのにブスッと不機嫌な顔をしておれの
告白の答えを待つ…。
おれは、わかっていた────これは
罰ゲームだ。
きっと罰ゲームで『男に告白しろ』
とでも言われたのだろう…。
いいよ、なら──楽しんでやろう!!
てめぇの嫌そうなゴミを見ている顔が
こっちは好みなんだよ!どーだ、キモイだろ!
ひょんなことで海とつき合ったおれ…。
だが、それが…とんでもないことになる。
────あぁ、罰ゲームって楽しいね♪
この作品はpixivにも記載されています。
宵にまぎれて兎は回る
宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…
兄の特権
しち
BL
誰にでも優しくて人気者の太陽みたいなお兄ちゃんの豪(プロバスケ選手)、が年子の弟・庵(ファッションモデル)前ではほんのり調子の悪い素の顔も見せるし庵にとってはそれが役得、だったりするという話。
弟→兄の永遠のテーマは〝誰にも見せない顔を見せて〟です!
兄の特権はそのまま、弟の特権でもあるのかもしれない…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる