だめじゃない -孵化-

すずかけあおい

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だめじゃない -孵化-④

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 平日は時間が合えば一緒に食事をした。直行はいつでも有人に優しく笑いかけてくれるが、その笑顔が痛く感じるときがあった。有人が彼をひとり占めしたいと思ってしまうときだ。そういうときは自分がとても悪いもののように感じて胸が苦しくなる。
 落ち込んでいる有人に気がつくと直行は手を握って「大丈夫だよ」と言ってくれる。それが嬉しくて心細い。直行が引っ越したときのように、また離れて行ってしまったら、有人は立ち直れない。

 土曜日に直行の部屋で映画を観ることになった。

「なに観るの?」
「ホラー」

 即答されて、「え」と固まる。怖いのは苦手だ。それに得体の知れないものは気持ち悪い。

「嫌?」

 思うままに答えていいだろうか。怒られないだろうか。直行は怒りの色を見せずに、ただ有人の答えを待っている。

「……怖いから、嫌」

 こんなことを言って、嫌われたらどうしよう。怖くて緊張する。震える指先をぎゅっと握って直行の言葉を待つ。
 破顔した直行は有人の頭を撫でた。

「それでいいんだよ」
「え?」
「嫌なものは嫌でいいんだ」

 自分には「嫌」が許されていないように感じていたことに気がつく。自身のことを直行に改めて教えてもらい、そうか、と納得した。直行は有人の口から「嫌」と言わせたかったのだとわかり、心がほぐれていく。

「明るい映画にしよう」

 どうしてそんなに自然にいろいろなことができるのだろう。

「直行」
「ん?」
「……なんでもない」

 有人の知らない自分自身が生まれていく。中学のときもそうだった。あの頃から、直行はたくさんのものをくれた。

 日曜日はふたりで近所の公園に行った。天気がよくて、初夏の風が気持ちいい。綺麗な景色は心を和らげてくれるけれども、それ以上に直行の存在が温かかった。
 直行といると怖いことがない。

「直行のおかげで人間になれた気がする」
「なんだそれ」
「笑わないで。本当なんだから」
「ごめんごめん」

 可笑しそうに表情を崩す直行に唇を尖らせると、頭をぽんぽんと撫でられた。頬がぽうっと熱くなる。

「有人はもとからちゃんとしてるよ。ちょっと自信がなくなっちゃってただけだ」

 手を握られ、胸が甘く締めつけられた。どうしてしまったのだろう、と胸もとに手をあてる。それはむずがゆくて、くすぐったい。
 直行の笑顔をもっと見たい。有人がもっと自分を受け入れられるようになったら、直行はもっと笑ってくれるだろうか。

「もっと頑張るね」
「頑張らなくていいんだよ」

 握った手に力がこもる。優しい温もりにとくんと心臓が跳ねる。

「でも、今のままじゃ直行がいないとだめだから」
「俺がいないとだめでいいんだよ」
「どういうこと?」

 目を細める直行の表情が綺麗で、ついじっと見つめてしまうと苦笑された。

「聞かなかったことにして」

 頭を撫でられても怖くない。自分でも驚くほどに自由になっている。すべては直行の優しさがほぐしてくれたもの。


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