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だめじゃない -孵化-⑤
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翌週は公民館に連れて行ってくれた。なにをするのかと思ったら、直行がバドミントンセットを借りて来た。
「バドミントンなんてやったことない」
「シャトルが飛んで来たら打ち返せばいいだけだよ」
「シャトルってこの羽みたいなの?」
「そう」
知らないことをやるのは緊張する。失敗するのではないか、と想像すると不安になってしまう。
「……できるかな」
不安がそのまま口に出た。直行が有人の手を包んで目線を合わせてくれる。
「有人にできないことなんてないんだよ。大丈夫」
力が湧く言葉に、不安が消えていく。不思議だ。直行がそう言うならそうなのだろうと思える。
「頑張る」
「頑張らなくていい。軽い気持ちで楽しもう」
頭を撫でられ、頷く。
直行は知らない世界をたくさん教えてくれる。直行とずっと一緒にいたい。中学生のとき以上にそう感じる。心が疼く感覚は、きっと直行が好きということ。
一秒も無駄にしたくない。直行といる時間のすべてを楽しんで大事にしたい。もっと頑張って、いい人になりたい。この眩しい人のそばにいてもいいと許されるような、そんな人になりたい。
今まで早く人生が終わって欲しいと願っていたのが嘘のように時間がもったいなく感じる。たくさんの時間を共有して、いろいろなことがしたい。そんな前向きな気持ちが生まれて、気持ちが軽くなっていく。
帰宅後は有人の部屋でのんびりした。なにをするでもない時間も、直行とならば楽しくて、ふたりでずっと笑っていた。
インターホンが鳴った。来客の予定はない。
「誰だろう」
モニターを見て身体が強張った。そこに映っているのは有人の母親だった。
「どうして……」
動けずにいるとドアをノックする音がして、身体がびくんと竦む。
「有人、いるんでしょう」
ドアの向こうから声をかけられて怖くなる。固まったままの有人を心配するように直行が追いかけて来た。
「誰?」
「……お母さん」
大丈夫、と言うように手をぎゅっと握られ、勇気を出してドアを開けた。表情を歪めている女性に怖くて逃げ出したくなる。
「さっさと開けなさいよ」
「ご、ごめん……あ」
あがっていいと言っていないのに部屋にあがり込んだ母親は部屋を見まわした。
「なんで、いきなり……」
「近くに用事があったから寄ってみただけ。散らかってるのね」
「……ごめんなさい」
直行に気がついた母親が表情をわずかに和らげた。
「もしかして直行くん?」
「はい」
「あんたまだ直行くんに迷惑かけてるの?」
「っ……」
迷惑。有人は直行に迷惑をかけているのだ。そう。母親の言うとおりだ。そんなつもりがなくても、彼女が言うならそうなのだ。
母親はなにも返せない有人を一瞥して不快そうに眉を寄せた。
「本当にだめなんだから。全然変わらないのね」
責められて身体がどんどん固まっていく。冷えた心が軋んで痛い。
「おばさん」
「だめで面倒くさい子でごめんね」
直行が声をかけても、母親は聞く気もなく言葉を続けた。母親にとって、自分がこうだと思うことは絶対なのだ。
「こんなの放っておいていいわよ。直行くん、昔から恰好よかったけど素敵になったわね。可愛い彼女ができたんじゃない?」
「いえ。それより」
「ほんと、有人と大違い」
直行の話を聞こうとせず、有人を責める。
「本当に有人はだめなんだから」
ずきずきと心が痛んで身体ががちがちに硬くなる。どうしたらいいかわからない。足もとに視線を落として小さく「俺はだめだ」と呟いた。
「また俯いて。暗いしどうしようもない子ね」
「おばさん!」
「ほんとにだめな子」
自分が情けなくて、母親の顔がもう見たくなくて、直行にこんな惨めな自分の姿を見られたくなくて、考えるより先に部屋を飛び出していた。直行の慌てたような声が追いかけて来たけれど、振り返れなかった。
「バドミントンなんてやったことない」
「シャトルが飛んで来たら打ち返せばいいだけだよ」
「シャトルってこの羽みたいなの?」
「そう」
知らないことをやるのは緊張する。失敗するのではないか、と想像すると不安になってしまう。
「……できるかな」
不安がそのまま口に出た。直行が有人の手を包んで目線を合わせてくれる。
「有人にできないことなんてないんだよ。大丈夫」
力が湧く言葉に、不安が消えていく。不思議だ。直行がそう言うならそうなのだろうと思える。
「頑張る」
「頑張らなくていい。軽い気持ちで楽しもう」
頭を撫でられ、頷く。
直行は知らない世界をたくさん教えてくれる。直行とずっと一緒にいたい。中学生のとき以上にそう感じる。心が疼く感覚は、きっと直行が好きということ。
一秒も無駄にしたくない。直行といる時間のすべてを楽しんで大事にしたい。もっと頑張って、いい人になりたい。この眩しい人のそばにいてもいいと許されるような、そんな人になりたい。
今まで早く人生が終わって欲しいと願っていたのが嘘のように時間がもったいなく感じる。たくさんの時間を共有して、いろいろなことがしたい。そんな前向きな気持ちが生まれて、気持ちが軽くなっていく。
帰宅後は有人の部屋でのんびりした。なにをするでもない時間も、直行とならば楽しくて、ふたりでずっと笑っていた。
インターホンが鳴った。来客の予定はない。
「誰だろう」
モニターを見て身体が強張った。そこに映っているのは有人の母親だった。
「どうして……」
動けずにいるとドアをノックする音がして、身体がびくんと竦む。
「有人、いるんでしょう」
ドアの向こうから声をかけられて怖くなる。固まったままの有人を心配するように直行が追いかけて来た。
「誰?」
「……お母さん」
大丈夫、と言うように手をぎゅっと握られ、勇気を出してドアを開けた。表情を歪めている女性に怖くて逃げ出したくなる。
「さっさと開けなさいよ」
「ご、ごめん……あ」
あがっていいと言っていないのに部屋にあがり込んだ母親は部屋を見まわした。
「なんで、いきなり……」
「近くに用事があったから寄ってみただけ。散らかってるのね」
「……ごめんなさい」
直行に気がついた母親が表情をわずかに和らげた。
「もしかして直行くん?」
「はい」
「あんたまだ直行くんに迷惑かけてるの?」
「っ……」
迷惑。有人は直行に迷惑をかけているのだ。そう。母親の言うとおりだ。そんなつもりがなくても、彼女が言うならそうなのだ。
母親はなにも返せない有人を一瞥して不快そうに眉を寄せた。
「本当にだめなんだから。全然変わらないのね」
責められて身体がどんどん固まっていく。冷えた心が軋んで痛い。
「おばさん」
「だめで面倒くさい子でごめんね」
直行が声をかけても、母親は聞く気もなく言葉を続けた。母親にとって、自分がこうだと思うことは絶対なのだ。
「こんなの放っておいていいわよ。直行くん、昔から恰好よかったけど素敵になったわね。可愛い彼女ができたんじゃない?」
「いえ。それより」
「ほんと、有人と大違い」
直行の話を聞こうとせず、有人を責める。
「本当に有人はだめなんだから」
ずきずきと心が痛んで身体ががちがちに硬くなる。どうしたらいいかわからない。足もとに視線を落として小さく「俺はだめだ」と呟いた。
「また俯いて。暗いしどうしようもない子ね」
「おばさん!」
「ほんとにだめな子」
自分が情けなくて、母親の顔がもう見たくなくて、直行にこんな惨めな自分の姿を見られたくなくて、考えるより先に部屋を飛び出していた。直行の慌てたような声が追いかけて来たけれど、振り返れなかった。
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