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だめじゃない -孵化-⑥
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近所の公園まで走ってベンチに座る。木々のざわめきが遠くに聞こえる。
「もう嫌だ……」
涙が零れ、膝の上で拳を握る。
先週直行とここに来たときにはあんなに温かい気持ちだったのが嘘のように心が冷え切っている。怖くてなにも言い返せなかった自分が情けなくて悔しい。
どうしてこんなにだめなのだろう。どうしてこんなにどうしようもない人間なのだろう。
自分を責めて唇を噛むと視界に影が映り、顔をあげると息を切らした直行がいた。
「ごめん」
俯くと直行は隣に座った。
「おばさん、相変わらずだな」
呆れたような声が、有人に呆れているように聞こえてきて怖くなる。直行に見放されたら何も残らない。
「こんな俺でごめん」
「有人はなにも悪いことしてないだろ」
優しい言葉に首を横に振る。有人は存在自体が悪いことなのだ。
「もっとちゃんとするから、もっと頑張るから……嫌いにならないで」
「有人?」
「もっと、もっとちゃんと、頑張るから……そばにいて」
「有人……」
驚いたような直行の声にはっとする。言ってはいけないことを言ってしまった。
「ご、ごめん。今のなし」
「もうちゃんとしてるし、たくさん頑張ってる。俺が有人を嫌いになるはずがない」
手を握られ、どくんと心臓と高鳴った。そう言ってくれるのは、有人の気持ちを知らないからだ。言ってはいけない――そう思うのに口を開いてしまった。
「でも、俺が直行を好きだって言ったら離れていくでしょ」
触れ合った手がぴくりと震える。怖くて思わずぎゅっと目を瞑ってしまうと、「こっち見て」と穏やかな声が聞こえて来た。
「本当に俺が好き?」
「……」
「大丈夫だから、教えて」
「……好き」
涙が零れて直行がゆらゆら歪んで見える。溢れた涙は止まらず、次々伝い落ちていく。
「好き。そばにいたい。……こんな俺でごめん」
「有人の繊細さは俺の宝物だよ」
直行は有人を責めず、優しく涙を拭ってくれる。温かな手に触れて、涙がすうっとおさまっていく。
「有人を守りたい。ずっとそばにいたい」
「直行……」
「有人が俺を好きだったら、それ以上に嬉しいことはない。俺も有人が好きだ」
引っ込んだ涙がまたこみあげてくる。微笑みが揺れて、夕陽できらきらして見える。有人の太陽。
「俺でいいの……?」
直行は微笑んで頭を撫でてくれた。
「有人といると頑張れるんだ」
「直行はいつも頑張ってるじゃない」
「そんなことないよ」
有人の目には直行はいつでも頑張っているようにしか見えない。どんなことにもまっすぐで一生懸命で、誰より優しい直行が好きだ。
「有人とずっと一緒にいたいし、もっといいところを見せたいと思うからたくさん頑張れる」
温かい言葉。そんなふうに考えているなんて知らなかった。有人は信じられず、首を傾げてしまった。
「有人を守るよ」
肩を抱き寄せられて力が湧いてくるのを感じる。不思議だ。自分ひとりではなにもできなくても、直行がいれば大丈夫だと確信できる。
「俺も守られてばかりじゃないように強くなる」
決意を言葉にすると緊張したけれど、直行は微笑んでくれた。
「帰ろう」
「うん」
立ちあがり、手を繋ぐ。直行の言葉は魔法のように有人をしっかり強めてくれたような気がした。
帰宅すると母親はまだいた。強くなりたいと思ったのに、もう身体が震える。
「本当に直行くんに迷惑ばかりかける、だめな子ね」
ため息とともに吐き出され、心臓が貫かれるように痛かった。支えるように背中に大きな手を添えられ、顔をあげられた。
「……俺はだめじゃない」
震える声を絞り出すと、母親が驚いたように表情を変えた。それが怖くて、今にも叩かれるのではないかと不安になる。それでも負けたくなかった。
「だ、だめなところもあるだろうけど、それは直したいし、頑張りたい」
眉をひそめる母親が怖い。明らかに不快感を表している。
「俺がだめだって、決めつけないで」
なんとか口にした言葉は自分で想像するよりはっきり言えた。母親はおもしろくなさそうに顔を歪め、大きなため息をついた。
「あんたみたいな子は、どんなに頑張ってもだめなままよ」
言い捨てるように吐き出して、母親は帰って行った。ドアが閉まる音で全身から力が抜けて座り込んでしまった。
「有人!」
「……」
「大丈夫か?」
「……うん」
慌てた直行が手をとって立ちあがらせてくれる。まだ心臓がどきどきしている。初めて母親に逆らった。だが悪い気分ではなかった。
「俺、頑張れた?」
「すごく頑張った!」
抱きしめられて、ほっと息をつく。少しだけ前進できたように感じられてまた視界が揺らめき始めた。
「有人はだめじゃない。なにより価値のある大切な人だよ」
「ありがとう」
顔を覗き込まれ、少し恥ずかしくなってしまうが見つめ返した。ふに、と唇が重なった。
「好きだよ、有人。そのままで好き。どんな有人でも、世界で一番好きだ」
直行の言葉は優しい。有人ももっと強くなりたい。
一歩踏み出せた自分を褒めてあげたいと思った。自分に対してこんな気持ちになったのは初めてだ。それは少しくすぐったかった。
「もう嫌だ……」
涙が零れ、膝の上で拳を握る。
先週直行とここに来たときにはあんなに温かい気持ちだったのが嘘のように心が冷え切っている。怖くてなにも言い返せなかった自分が情けなくて悔しい。
どうしてこんなにだめなのだろう。どうしてこんなにどうしようもない人間なのだろう。
自分を責めて唇を噛むと視界に影が映り、顔をあげると息を切らした直行がいた。
「ごめん」
俯くと直行は隣に座った。
「おばさん、相変わらずだな」
呆れたような声が、有人に呆れているように聞こえてきて怖くなる。直行に見放されたら何も残らない。
「こんな俺でごめん」
「有人はなにも悪いことしてないだろ」
優しい言葉に首を横に振る。有人は存在自体が悪いことなのだ。
「もっとちゃんとするから、もっと頑張るから……嫌いにならないで」
「有人?」
「もっと、もっとちゃんと、頑張るから……そばにいて」
「有人……」
驚いたような直行の声にはっとする。言ってはいけないことを言ってしまった。
「ご、ごめん。今のなし」
「もうちゃんとしてるし、たくさん頑張ってる。俺が有人を嫌いになるはずがない」
手を握られ、どくんと心臓と高鳴った。そう言ってくれるのは、有人の気持ちを知らないからだ。言ってはいけない――そう思うのに口を開いてしまった。
「でも、俺が直行を好きだって言ったら離れていくでしょ」
触れ合った手がぴくりと震える。怖くて思わずぎゅっと目を瞑ってしまうと、「こっち見て」と穏やかな声が聞こえて来た。
「本当に俺が好き?」
「……」
「大丈夫だから、教えて」
「……好き」
涙が零れて直行がゆらゆら歪んで見える。溢れた涙は止まらず、次々伝い落ちていく。
「好き。そばにいたい。……こんな俺でごめん」
「有人の繊細さは俺の宝物だよ」
直行は有人を責めず、優しく涙を拭ってくれる。温かな手に触れて、涙がすうっとおさまっていく。
「有人を守りたい。ずっとそばにいたい」
「直行……」
「有人が俺を好きだったら、それ以上に嬉しいことはない。俺も有人が好きだ」
引っ込んだ涙がまたこみあげてくる。微笑みが揺れて、夕陽できらきらして見える。有人の太陽。
「俺でいいの……?」
直行は微笑んで頭を撫でてくれた。
「有人といると頑張れるんだ」
「直行はいつも頑張ってるじゃない」
「そんなことないよ」
有人の目には直行はいつでも頑張っているようにしか見えない。どんなことにもまっすぐで一生懸命で、誰より優しい直行が好きだ。
「有人とずっと一緒にいたいし、もっといいところを見せたいと思うからたくさん頑張れる」
温かい言葉。そんなふうに考えているなんて知らなかった。有人は信じられず、首を傾げてしまった。
「有人を守るよ」
肩を抱き寄せられて力が湧いてくるのを感じる。不思議だ。自分ひとりではなにもできなくても、直行がいれば大丈夫だと確信できる。
「俺も守られてばかりじゃないように強くなる」
決意を言葉にすると緊張したけれど、直行は微笑んでくれた。
「帰ろう」
「うん」
立ちあがり、手を繋ぐ。直行の言葉は魔法のように有人をしっかり強めてくれたような気がした。
帰宅すると母親はまだいた。強くなりたいと思ったのに、もう身体が震える。
「本当に直行くんに迷惑ばかりかける、だめな子ね」
ため息とともに吐き出され、心臓が貫かれるように痛かった。支えるように背中に大きな手を添えられ、顔をあげられた。
「……俺はだめじゃない」
震える声を絞り出すと、母親が驚いたように表情を変えた。それが怖くて、今にも叩かれるのではないかと不安になる。それでも負けたくなかった。
「だ、だめなところもあるだろうけど、それは直したいし、頑張りたい」
眉をひそめる母親が怖い。明らかに不快感を表している。
「俺がだめだって、決めつけないで」
なんとか口にした言葉は自分で想像するよりはっきり言えた。母親はおもしろくなさそうに顔を歪め、大きなため息をついた。
「あんたみたいな子は、どんなに頑張ってもだめなままよ」
言い捨てるように吐き出して、母親は帰って行った。ドアが閉まる音で全身から力が抜けて座り込んでしまった。
「有人!」
「……」
「大丈夫か?」
「……うん」
慌てた直行が手をとって立ちあがらせてくれる。まだ心臓がどきどきしている。初めて母親に逆らった。だが悪い気分ではなかった。
「俺、頑張れた?」
「すごく頑張った!」
抱きしめられて、ほっと息をつく。少しだけ前進できたように感じられてまた視界が揺らめき始めた。
「有人はだめじゃない。なにより価値のある大切な人だよ」
「ありがとう」
顔を覗き込まれ、少し恥ずかしくなってしまうが見つめ返した。ふに、と唇が重なった。
「好きだよ、有人。そのままで好き。どんな有人でも、世界で一番好きだ」
直行の言葉は優しい。有人ももっと強くなりたい。
一歩踏み出せた自分を褒めてあげたいと思った。自分に対してこんな気持ちになったのは初めてだ。それは少しくすぐったかった。
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