上 下
12 / 15
第一章

12―元居た世界に………?

しおりを挟む
「帝斗!帝斗!」

俺の名前を呼び掛ける声に、重く閉じていた瞼を薄く開いた。
柔らかく明るい色の見知らぬ天井、見知らぬ部屋、見知らぬ空間……

だが薄く開いた目に映る部屋の様相を見れば、今、自分が居るこの場所が病室でありベッドの上であると、すぐ理解した。


「父さん……母さん……。」


目の前には父親と母親、そして医師や看護師が居て、目を覚ました俺を取り囲んで慌ただしくバタバタと動き始めた。


「帝斗っ!良かった!良かった!!
もうっ…二度と目を覚まさないかもと……!」


ベッドに横たわる俺に、縋り付く様に上半身を乗せて号泣する母親。
そんな母親の背を撫でながら喜びを共有する様に涙を浮かべ何度も頷く父親。

俺は二人から視線を外し、何もない部屋の隅に視線を向けた。


「……そう…か……終わったんだな……。」


口にして呟いた瞬間、涙が溢れて止まらなくなった。
そう、終わったのだ。



俺が生まれ、生きてきた証があった世界は終わった。
あの世界はもうどこにも無い。

そして、あの世界で生きていた17歳の真神帝斗という少年ももう居ない。


ここは、俺が元居た世界と同じ様な創りをした全く別の世界。

見知らぬ母親、見知らぬ父親、だがこの世界に於いて二人は俺、真神帝斗の両親で間違い無い。


両親を呼ぶ時に口から自然と出てしまう「父さん、母さん」が気持ちが悪い。
違和感が酷過ぎて脳がエラーを起こしている様だ。

既に25年を生きた俺だが、この世界で目覚めた俺の姿はクラスごと異世界に飲まれた時と同じ高校二年生のままだ。
それもまた、違和感となって俺を苛む。

まぁ…あの世界では肉体的な成長が一切無かったのだから、何年経っても変わらない自分の姿は見慣れてはいるのだが。



「学園の校舎を中心に学園の敷地一帯が、大規模な地盤沈下により地下に呑まれたのよ…。
帝斗は下校途中で校門の辺りにいたから、穴の淵に引っ掛って助かったの。
それでも三ヶ月、意識を失ったままで…。」


「残念だが、放課後の教室に残ったクラスメートは全員亡くなったそうだ…。
幼馴染のマナちゃんも…。」



━━学校ではなく学園。
幼馴染のマナちゃん?……ははっ、誰だソレ。━━



この世界は元からあった世界のようには感じられない。

だから、この世界に元々居た「真神帝斗」の中身と俺が入れ代わり、この世界生まれの彼の人生を奪った……とは違う様だ。


これは俺を迎え入れる為に、以前と同じ様な過ごし方が出来るようにとソレっぽく造られた現実世界。


何だろうなこれは……
池で泳いでいたメダカの俺が、池と全く同じ様な環境に整えられた人工池に移された様な感じに思える。

居心地が悪い訳ではない。
だが、ここは俺の知る世界ではない。


「学園も、マナちゃんも……俺は知らない。」


病室のベッドの上で自身の手の平を見た。
あちらの世界で俺は、身体の一部であるかの様に刀を握り続けていた。
手の平にマメが出来るほどに……いや、あの世界ではマメなんて出来なかった。
身体的な変化は死を目前にしなければ殆ど無かった事になっていたのだから。


それでも俺は刀を握り、振る感触を覚えている。
筋肉が付いているかは分からないが、身体の動かし方は覚えている。
何なら、今この部屋にモンスターが現れても、レベル20程度ならば俺は刀無しで倒す位は出来るだろう。


あの世界で最期に戦った葵は、5体の竜神を従えて自身を守らせ、攻撃をさせていた。

ブレザーの制服を着た女子高生姿ではあるが、彼女は女神そのものだった。

彼女以上に強く、そして綺麗な姿をした化け物を……

俺はいまだ見た事が無い。



「俺は本当に葵を倒したのだろうか……」


最期の戦いの記憶を思い出さなければ……













フェンリルと会った坑道のある町を出てから北東に在るという大きな街を目指して歩き続ける事、20日余り。

特に大きなトラブルもなく、順調に歩を進めていると思う。

襲い掛かって来る奴らは魔物も野盗も取り敢えず皆殺しにしてしまうスコルとハティ。

野盗からは、ちゃっかりと金目のモノを奪って路銀に当てる。

街に着くまでには、まだ暫く掛かりそうだが途中途中、小さな集落を見つけては立ち寄り、野盗から奪った金で宿を取って寝泊まりし、買い物したりした。

いやぁまったく平和な毎日だな。


ダイが、自分で自分の身を守るんだと安物の細身の剣を買ったのだが、持ち方も振り方もへっぽこ過ぎて見るに堪えない。


とは言え、俺も我流だから正しい剣さばきが出来る訳では無いから教える事も出来ない。
今はもう、刀も剣も殆ど握らないしな。


「危なっかしくて見てらんないな。
お前、剣なんか持った事無いんだろう?」


俺は木賃宿の軒先で木箱に腰掛けてペットボトルの水を飲みながら、へっぴり腰で構えた剣をガクガク揺らすダイに声を掛けた。


「だって俺だけ、自分の身を守る物が無いんだよ!?
ニイチャン達だって、俺を守らないって言ってたじゃん!
ニイチャン達が居ない所で、襲われたらどうすんのさ!」


「俺達が居ない所?いつも俺達にくっついてるお前が、俺達の居ない所って、一人で何処に行くつもりなんだよ。」


「そ、それはホラ…どうしても離れる時、あるじゃない!」


「…………あ、クソしに行く時とかか?」


ダイの足元にカランと軽い音を立て剣が落ちた。
ダイが両手で顔を覆ってうずくまっている。


「アアアアアー!!ワーワー!!」


うるさっ。何を大声出して誤魔化しているんだか。
俺達の会話を聞いてスコルとハティがクスクス笑っているからと言って、そんな照れる事でも無いだろうが。
何度も言ってるが、コイツら美少女でも美少年でも無いから。

多感なお年頃の若者は扱いが面倒くさい。



「だったら使い物になるか分からない剣より、俺の武器のが使い易いだろ。
ひとつ貸してやるよ。」



俺は木箱に座った態勢で少し前屈みになり、開いた足の間に置いた右手をスッと上げた。
俺の手には、俺の愛用の銃より小さな拳銃が握られている。


「それが、ニイチャンの魔法の武器?」


俺は手にしたベレッタをダイに見せた。
銃の無い、こちらの世界では、こんな小さな物体が離れた所にいる人を殺傷出来るのは魔法の力だと思われている様だ。


「まぁ、そんなようなモンだな。
言っておくが、コレを何処かに持ち去る事は出来ないぞ。
お前の大好きなシリアルバーと同じで、俺から一定以上の距離を置いた所で消えて無くなるからな。」


「うん、何しろ魔法だもんね!
術者のニイチャンから離れたら効かなくなるしね!」


魔法って、そういうもんなのか?
俺は自身が魔法を使えた事が無いから、その仕組みや縛りがよく分からんが。


「コイツはベレッタっていうんだが………
ダイ、コイツを相手に向ける時は、殺すつもりでいろ。」


俺はベレッタをダイの手に握らせ、構え方と引き金を引く指の動作を教えた。


「構えたらコイツは勝手に相手の急所に狙いを定める。
こちらの世界の奴らはコイツを知らないから脅しには使えない。
怯まない奴を前にお前が構えてしまったら、後はもう引き金を引くだけになる。
死なせたくない相手には、絶対に向けるな。」


「へぇ…?」


よく分からないけど、みたいな顔をしやがったな。


俺の持つ銃は無尽蔵に弾が出続けるし、照準は自分で撃ちたい箇所を明確に狙わなければ、オートで眉間に照準を合わせちまうし。

姿かたちは現代地球の武器だが、これはこれで魔法武器みたいなモンかも知れない。
正直な所俺もよく分からないが。


「ついでに言わせて貰えば、そいつで俺を攻撃しても効かないからな。」


「ニイチャンを攻撃なんて、するわけ無いだろ!!
おっそろし!!
て言うかさ、人に武器を向けたくないよ。」


改めてダイと自分の認識の違いを知った。
ダイが手にしたかった攻撃手段は、対モンスターのみだった様だ。
敵意を向けて来るなら人も魔物も関係なく全て殺すつもりの俺とは違う。

なるほど、人と魔物は別物だと線引きしているのだな。

そんな感覚を、俺はとうの昔に捨てたもんな。












━━3ヶ月前に学園を中心に起こった大規模な地盤沈下による多数の被害者の中、奇跡的な生還を果たした唯一の生存者。

それが、8年過ごしたヘドロの様な緑色の空を持つ異界から帰ったばかりの俺の、この世界での立場だ。

いや、帰ったなんて表現は間違っている。

此処は俺の知る世界に似てはいるが、俺が生まれ育った世界ではない。
だから帰ったのではなく、ここも新たに来た俺の知らない異世界だ。

なぜなら、前の世界で葵が『異世界では出来る』と教えてくれたように

この世界でも俺は自分の『ステータス』を開いて見る事が出来る。


「ははは、マジか。レベルが100って、どんだけだよ。」

葵と戦う前は80そこそこだったレベルが20も上がるって、葵を倒して得られた経験値、どんだけスゲーんだよ。

ゲームでは、ラスボス倒したらエンディングってのが定番だから、ラスボス倒した後に自分のレベルがどれだけ上がったかとか、あまり見た記憶が無い。

そもそもゲーム自体をそんなにしてなかった俺だが、大輔が言ってた事があったな。


強くてニューゲームってのがあると。


まさか、今がその状況か?また何かが始まると……







災害が起こってからの3ヶ月間。

俺は意識を取り戻さずに寝たきりだったらしい。
そんな状態で3ヶ月を過ごした俺の身体は、医師も驚くほど健康そのもので、筋肉の衰えなども一切ないと言われた。

俺からしてみれば、目を覚ます数時間前まで葵と戦っていたので、そりゃまぁ筋肉の衰えなんぞあるはずもない。
意識だけ、こちらの世界の真神帝斗に憑依したのではなく、丸ごと俺のまんまなのだから。


意識を取り戻してから肉体的、精神的に苦痛を感じたりしないかとカウンセリングや色々な検査をされたが、特に異状もなく二週間ほどで退院の許可がおりた。


多くの医師や看護士に見送られ、病院から出てタクシーに乗るまでに、集まった多くの報道陣に矢継ぎ早に質問をされたが全て無視した。


「自分だけ生き残るって、どんな気分だ?」


こんな言葉を、病院前に集まった野次馬らか離れた場所から面白がるように俺に投げつけてくる。
生きている俺を妬む被害者の家族も、憎しみを込めて同じ言葉を投げつけてくる。

知らない奴らの死なんか、どうでもいい俺にとってそれらは雑音でしかなく、全く反応をしなかった。


「無視すんなよ!疫病神が!!」


野次馬の一人が俺の頭に向けて石を投げて来た。


投げられた石は俺が指先だけで捕った。

驚く事も焦る事も振り向く事も一切せず、右手を左側のこめかみの辺りに上げた俺は欠伸が出るほど遅い投石を見る事も無く指先だけで摘むように受け取り、そのまま指先だけで泥の塊を潰すように砕いた。


人間離れした俺の動きと力に、辺りがシン…と静まり返る。

それらを無視したまま、俺は両親と共にタクシーに乗った。



「帝斗、お前が落ち着いたら、新しい学校への転入手続きをしようと思っているんだが…どうだろう?」


「あなた!帝斗は今日、退院したばかりなのよ!?
それに……新しい学校へ行っても、さっきみたいに奇異の目で見られたりして帝斗が傷付くのは嫌だわ。
まだ早いわよ。しばらくは家に居て……」


先程の俺の行動には父親も驚いたのだろう。

タクシーが走り出してすぐ、俺の顔色を伺う様に転入の意志を訊ねて来た父親だったが、母親がそれを止めた。

だが、この先はきっと『強くてニューゲーム』の世界なんだろう。
俺は立ち止まる事を許されない。


「いいよ父さん。転入手続きをして。」


タクシーの外を流れる街並みを見る。
自動車での移動も、近代的な建物が並ぶ街並みも、何より青い空を見るのも久しい。

強くてニューゲームの舞台は、この世界なのだろうか。
また、別の世界に飛ばされるのだろうか。

どの世界に飛ばされたって俺は立ち止まらない。
歩き続ける。生き続ける。

いつか何処かで、葵に会うまで…………



葵は何処かで生きている。


俺は間違い無くラスボスを名乗る葵を倒した。

だが葵は死んでいない。

死ななかったのだ。━━












「よく私を倒せたわね、帝斗。
大輔君も死んで仲間もおらず、たった一人で。

でもまぁそんなんだから、私もついサービスしてあげなきゃって、手を抜いた部分が無いワケじゃないけど。
それでも、この私を単身で倒すなんて凄い事なのよ?

だから、その素晴らしい功績を讃えてラスボス討伐報酬である、この世界からの脱出に加えて、私からご褒美をあげる。

任意で機能させられる物理無効のスキルよ。
僅かだけど時を遡って、不意に受けたダメージでも無かった事に出来るわ。

コレ、常時発動型のパッシブスキルにしちゃうと治療も無効化させちゃうんだもん!
注射や点滴も受け付けなくなんの!あはは!」



緑色の空の下で宙に浮いたような葵の遺体。
瞳孔が開いた目は生気が無く、口からは鮮血を滴らせている。

葵を護るように取り囲む五色の五体の竜も、それぞれがダラリと長い首をもたげてしかばねと化していた。

そんな葵の前に居る俺は、葵の心臓に渾身の一撃とばかりに深く刀を貫かせた状態で、静止画の様に停まったままになっていた。
意識はあるが少し遠く、思考が回らない。

そんな俺と、俺に貫かれたままの葵の遺体の周りで、元気な葵がくるくると忙しなく動き回り、宙に向かい何らかの操作をしていた。


「うーん、やっぱり駄目だったなぁ。
この世界はまだ幼すぎて、ここでは私の夢は叶えられなかった。

帝斗、もっともっと強くなってね。
そして、いつかまた逢いましょ。」


ヘドロの空の、あの無限廊下の校舎の異世界は、手の平を出した葵を中心に、渦を巻くように葵の手の平に吸い込まれて消えていった。

生き残ったクラスメートが居たかどうかも確かめる術もなく、あの世界は葵に消去された。

何も無くなった白紙の様な白い世界に立ち俺に手を振る葵を見たのを最期に


俺は見知らぬ世界の病院で目が覚めたのだ。












「田上様は、ご存知でしょうか?
こちらの世界では、奪いたい奴隷の主を倒す事が出来れば、奴隷の所有権が倒した者に移ります。

田上様がマカミテイトを倒す事が出来れば、その美少女の従者は田上様のものとなりましょう。」


世話係の案内によりバーロン王との謁見を許された田上が玉座に向かおうとした際に、恭弥は田上に最期の忠告をした。


「魔法もマトモに使えないお前が、誰にも頼らず一人で生き延びる事が出来た転校生を倒せるワケ無いだろう。
なんで、そんな事も分かんねーんだよ。」


「ハァ~、何だよ恭弥。お前、ビビってんのか?
相手はあの、ボーッとしたサンドバッグ君だぞ?」


「だから!!それは、アイツが抵抗しなかったからだろうが!
抵抗出来なかったんじゃなくて、しなかったんだ!
無抵抗を弱さだと履き違えてんじゃねえよ!お前、死ぬぞ!」


「うるせぇぞ恭弥!てめぇはリーダーでも何でもねぇ!
偉そうに意見すんじゃねぇぞ!?」


田上は恭弥の胸ぐらを掴み、顔にツバを飛ばしまくりながら怒鳴り散らすと、突き飛ばすように恭弥の胸ぐらを解放した。


「……そうかよ、だったら多分……これが最期の別れになるわ。
まぁ、せいぜい頑張………」


恭弥は言葉を切った。
頑張れ?何を?頑張った所で、もうどうにもならない。
言い損だ。

この世界で選択を間違う事は、死に直結する。

そして田上は選択を間違えた。

城側としては田上が城を出て行くのは、無駄飯食いを一人処分出来る位にしか思われていない。
城の者が、田上が真神帝斗を倒せるかも知れないと思っているだなんて、これっぽっちも無いのに。
田上はそんな簡単な事も気付いてなかったのか…。


「遅かれ早かれ、このままだと俺も末町も城を追い出される日が来る……。そんなん、死ねって言われてんのと同じだ!
…生き残る為には何か活路を開かねぇと…!」


恭弥が頭を掻きむしりながらブツブツ呟き、末町の居る部屋に戻った。





一方、玉座の間に招かれて謁見を許された田上は、バーロン王の前に跪くアオイを紹介された。
国王陛下の前では跪かねばならないという常識を知らない田上は終始立ちっぱなしで、周りの者たちの嘲笑混じりの丁寧で遠回しの侮蔑の言葉にも、意味が分からないまま楽しげににウンウンと頷いていた。


「転校生の真神!アイツは裏切者だ!!
俺がぶっ潰してやるよ!!
かわいそうな奴隷の美少女ちゃんも、俺が救ってやるさ!」



何をして、この男はマカミテイトを裏切者だと言うのか。
アオイは頭を垂れたまま、憐れむ様な暗い表情で子どもの様にはしゃぐ田上を見た。


アオイは、バーロン王は田上という異世界からの勇者候補に対し、同郷の者であればマカミテイトを懐柔出来ないかとの実験材料程度にしか見てないのだと気づいた。

そこには田上がマカミテイトに殺されてしまっても痛くも痒くもない程度の者でしかない事を窺わせる。


━━マカミテイト……奴は自分に敵対する者には容赦が無いが、歯牙にも掛けない程度の弱者であれば、自らがすぐ手を下す事は無い。
命を狩るのを楽しんでいるのは、むしろ奴隷だと思われている二人の少女の方だ。━━


アオイが余計な事を口にしないようにバーロンが睨みを効かせた。


そう、これは実験であり━━

同じ異世界から召喚された者同士が殺し合えるかどうかを賭ける、城の者達の娯楽のひとつなのだ。

邪魔立てする事は決して許されない………。


アオイは田上の方に向き直り、頭を下げた。


「私が、田上様をマカミテイトの所まで案内致します。
無事マカミテイトの元まで辿り着けるよう、道中は私が田上様をお守り致しましょう。」


「マジで!?やったぁ!アンタ、強そうだしな!
一緒に行動するって事は、アンタの倒した化け物の経験値も俺に入るんだ!
すぐレベル上がるじゃん!!」


経験値……?レベル?
俺が魔物を倒すのを側で見ているだけで自分も強くなる?

アオイには田上が何を言って喜んでいるのか理解出来なかった。


「うむ……アオイよ、マカミテイトに辿り着く前に尽きさせてしまう様な、つまらぬ結果は許さんぞ。」


「はっ。承知致しました。」


ニヤリと何かを含めた様な厭らしい笑みを浮かべたバーロン王に対し、アオイは感情を隠して今までと同じ自分を演じた。

フェンリルと会うまで感じる事の無かった、胸の内側に渦巻き始めた王への猜疑心を極力表に出さぬように。











「恭弥、田上を止めに行ってたんだ?
お前らしくない事するじゃん。」


自室として与えられた部屋に戻った恭弥に、末町がボソッと呟いた。
恭弥の顔を見れば、それが徒労に終わった事も分かる。


「この城に来てからの、俺達の処遇に不満を持って苛立ってんのは俺も分かるからな。
だが、真神を倒したらアイツの持つモノが自分のモノになると思ってるとか…頭ワリイとしか思えねーわ。」


「田上は、真神をレアモンスターだって言ってたからな。
真神を倒したらレベルが上がるだの経験値が入るだの。
精神的に追い詰められてたのかもだがよ………なぁ、恭弥

『ステータス、オープン』って、どう思う?」


恭弥は末町の唐突な質問に固まった。
田上が、この世界をゲームになぞらえてレベルが上がるだの経験値が入るだの言っていたのを、精神的に追い詰められた上での現実逃避した言葉ではないかと言った末町までもが、この世界をゲームの世界だとでも言いたいのかと。


「何だよ、そのくだらねー質問は。
知るかよ、ステータスオープンなんて。」


「真神が、それしているの知ってるか?」


「転校生、やっぱり中二病オタクの引きこもりだったのか?
んな事、恥ずかしげも無く言えるなんてよ。」


「俺、異世界転移だとか自分が魔法使えたりとか、信じられ無い出来事が自分の身に起き過ぎて、他人の事なんかスルーしていたんだけど、真神は本当に自分のステータスを見れてるみたいなんだよ。

今さらなんだけど、アイツってさぁ……こーゆーことに慣れてる気がしないか?」


「慣れてる?異世界に転移する事に?
こんなアホみたいな出来事がそう何度も起こってたまるかよ。
第一、何度も異世界に転移してるから何だってんだ。」


京弥は自分のベッドにドカッと腰を下ろし、興味なさげに末町から視線を外して話を終わらせようとした。
そっぽを向いた恭弥に末町が話を続ける。


「逆に言えばさぁ、元の世界に戻る方法も知ってたりしてさ。
だって、俺達が会ったのは日本の高校だったんだからさ。
異世界に行ったとしても戻れてるって事だろ?」


末町の話を聞いた恭弥が、バッと末町の方に顔を向けた。
やっと興味を持ったらしい恭弥を見た末町が、口の端を上げてニイッと笑う。
一瞬見せたその表情は、どこか女性らしさを漂わせ、恭弥は思わずたじろいだが、末町はすぐ普段と同じ顔に戻った。


「元の世界に戻る…。
その方法を…いや、せめてヒントだけでも聞けるなら。
俺達も真神に会った方がいいのか?
田上みたいに敵対するつもりはないのだと伝えて……。」


「まぁ、それは賛成なんだがー…俺達がアイツにしてきた事を考えたら、安々と情報をくれたりはしないだろうな。

まずは田上がどうなるかだよな…それから考えようぜ。」



「あぁ、そうだな。
………末町、お前って……そんな爪を噛む癖あったっけ?」



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【R18】私の担当は、永遠にリア恋です!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:973pt お気に入り:377

いとなみ

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:1,889pt お気に入り:16

人形と皇子

BL / 連載中 24h.ポイント:12,362pt お気に入り:4,412

噂の不良は甘やかし上手なイケメンくんでした

BL / 連載中 24h.ポイント:7,493pt お気に入り:1,479

転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきます

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:8,956pt お気に入り:7,618

オネェな王弟はおっとり悪役令嬢を溺愛する

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:31,667pt お気に入り:2,964

後悔はなんだった?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:8,847pt お気に入り:1,478

処理中です...