【R18】生贄の姫は皇子に喰われたい

あまやどんぐり

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2.出会い

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 少女が売られたところは、帝国であった。それも皇帝陛下の側室として。
 皇帝はあらゆる国から政略的、または興味のある女性を複数人も側室に迎える色狂いの皇帝として有名だった。
 少女はその皇帝の15番目の側室になった。

 皇帝は資金源となる鉱山を探していた。そこに丁度良く舞い込んできた縁談。値段も手頃だったこともあって、おまけのように幼い少女を皇室に招き入れることになったが、気にしなかった。
 13歳と未熟な娘に興味も関心もなかった皇帝は、少女を本宮から離れた、目の届かない場所に建設された宮殿を住まいに提供した。

 他の宮と比べると小さくて、通された部屋も中央階段横にある小さい部屋だった。
 小さいと言っても少女からすれば、祖国の自室よりも大きく広かったので全く気にしなかった。

 少女にとってはそんなこと、だった。

 新しい生活を始める前もその後も、少女は皇帝に会うことはなかった。
 皇帝陛下に挨拶をと願い出たが、部屋まで案内してくれた侍従によると、陛下と会うことは難しい。多忙が理由だと。

 少女に許されたことは宮殿内の決まった範囲で大人しく過ごすことだけだった。
 欲しい物があれば侍従を通して用意してもらい、したいことは皇帝の許可が下りないと勝手を許されなかった。

 ここに来るまでに見たあの色鮮やかな景色を目にすることが難しいのかと、気持ちが沈んだ。

 それでも初めの数日は、不慣れなことが多くて緊張状態だったから考える余裕がなかった。
 時間の余裕ができると同時に、自分の置かれた状況に疑問を抱き始めると沸き上がってきた感情は……寂しさだった。

 このまま大人しくしていれば、衣食住に困らない不自由のない生活を送れるだろう。
 もう少し少女が大人で、上手く立ち回れる歳であれば…かつての姉の姿が思い出されて、少女は寂しさが込み上げて泣いた。
 泣いても誰も助けてくれない。抱き締めてくれない。私を気にかけない。
 涙が流れる度に寂しさが増した。ぼたぼた流れ落ちる涙が自然に乾くまで、泣いた。体中の水分が出て行って、頭が痛くなるまで。

 喉が渇いた。そう思って部屋を出た。
 水が欲しいけれど、闇に包まれた静寂な宮殿内の使者は全員明日の仕事の為に各々の住居へ帰ってしまって、誰一人いなかった。
 水を求めて厨房に向かおうとした。
 暗闇の中、がらんと人気がなくて広いこの建物の中で少女は改めて、独りぼっちだということに気付いて取り残されたその場所にしばらく立ちすくんだ。

 そうしていると、何も聞こえなかった闇の中で微かに咳込む音が聞こえてきた。
 獣が隠れ住んでいるのか、はたまた誰か?少女だけのはずのこの場所で……?
 もしかしたら、使者の誰かが帰れずに残っているのかもしれない。そう考えているとまた聞こえてきた。

 長く咳込む音が、少女を呼んでいるように思えた。
 探りながらうろうろと歩き回った。
 暗闇の中で目が慣れてきたのと、月明かりで薄っすらと視界がはっきりとしてきた。
 静かになると耳を澄まして、また音が聞こえるとそれを頼りに歩いた。

 そうこうしていると、中央階段を挟んで隣の部屋の前に辿り着いた。

 ドアに耳をつけると、中から咳の音が聞こえた。
 そっと開けて覗き込むと、中は月明かり以外の灯りはなかった。
 目を凝らしても人がいるように見えなかった。足を踏み入れると、まず床に散らばるごみくずがつま先に当たった。眉を顰めて辺りを見渡すと、整理整頓されていない衣類や物もあって、明らかに管理されていない状態の部屋だった。
 こほこほと力のない咳が近くから聞こえて驚いて、びくりと肩が跳ねた。
 首だけ動かして目に飛び込んだベッドを見やる。
 視力は悪くないが、目を細めて視線の先に集中すると確かに、いる。
 微かに動く布と、盛り上がったように見える布団の中に。

 ――誰?恐る恐る近付いた。

 そこには、仰向けに寝かされた少年がいた。
 苦しそうに胸の辺りにある布団を掴んで、必死に呼吸を整えようと荒い息を吐いていた。

 本当に生きている人間なのか、不安に思って少年の頬を指で軽く撫でた。
 すると、薄っすらと少年は瞼を開けた。けれど焦点が合っていない。
 少女は指先で感じた人の感触に、目の前の少年が生きていると確信した。

 どうして少年がここに寝かされているのか、少年が誰で何者で……なんて、そんなこと今はどうだっていい。

「……待ってて」

 ぽつりと少年に向けて言うと、駆け足で厨房に向かった。
 暗闇の厨房の灯りを探すのにまず手間取って、器などのある場所を探すのにガチャガチャと物音が響いていたが、ここには自分しかいないので、気にしないで作業を続けた。

 お湯を沸かしている間に、飲み水ときれいな布をカートに乗せた。
 沸いたお湯をあらかじめカートに乗せておいた桶に注いで、その上から水を注いで人肌程度になるまで温度調整をした。
 準備ができると、カートを押して少年のいる部屋へと急いで持って行った。

 ある程度の生活力は備わっていた。
 火を起こす方法も知っているし、簡単な料理も少しだけできる。祖国では王族といっても使者を雇える人口もなかったから、暮らしとしては民と然程変わらなかった。

 だから病気の姉弟の面倒も見たことがある。その経験からの行動だった。

 少年の続いて出る咳が苦しそうだったので、まず枕やクッションを拾い集めてそれを背もたれに少年を抱き起してあげた。
 コップに水を注いで、少年の口に水が触れるまで傾けるとそれを一口飲んでくれたのを見て安堵した。生きるための行動だったから。



 少女は少年に生きて欲しかった。だから懸命に看病した。
 咳込む少年を横向きにして、背中を擦ってあげた。苦しいものを取り除いてあげたくて、ゆっくり、優しく……少年の呼吸が落ち着いて眠りにつけるまで、ずっと。
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