4 / 44
4.アリシア
しおりを挟む
皇帝の15番目の側室となった身で、自ら皇太子である少年の世話係になった少女と、皇太子でありながらその存在を忘れられた少年は一つの部屋で一緒に過ごした。
寝る時は同じベッドで横になり、起きたときに隣にいるのが当たり前になって……。
少年が起きて、少女の姿をまじまじと見れるようになると、少年は窓を拭いて掃除をしている少女を呼んだ。
あう……と掠れた短い声であったが、少女は聞き逃さずに振り向いてくれた。
「どうしました?」
持っていた布巾を置いて、パタパタと近づいてくる少女の姿に、少年の顔は自然と綻んだ。
実は一緒に過ごして10ヵ月にもなろうとしているのに、少年は少女のことを知らなかった。
名前も素性も知らない。そんな彼女が甲斐甲斐しく世話をしてくれた。嫌な顔もせず弱音も吐かずに、離れずにいてくれた。目の前にいる少女を知りたいと思うのは自然なことだった。
声を出すのは難しいので、紙に書く。手を動かすリハビリにもなるので文字を書く練習を始めたのだが、長いこと文字を書いていなかったのと指に力が入らないことで、たどたどしい文字であった。
《きみの こと おしえ て》
「私のな、まえ……?」
少年の文字を声に出して読み上げてから、少女は少年の顔に視線を移した。
少年が頷こうとした拍子に咳込んでしまって、少女はすぐに答えることはできなかったけど、呼吸を整えながらクッションに寄り掛かる少年に向かって伝えた。
「アリシアです」
少女の口から出た回答が、鐘の鳴る音のように耳の中を伝って少年の頭の中に響いた。
「あい……ぃあ」
言いたかった。呼んでみたかった。その名を舌の上で転がしてみたくて、何度も唇を動かしてみた。
その様子を見ていたアリシアがクスリと笑って、ずれ落ちた布団を掛け直してくれた。
そして、ぽつぽつと話してくれた。
とても小さい国の王女であったこと。
ここにいる理由……皇帝の15番目の側室であると。
姉弟たちの話を懐かしみながら話してくれる少女の声に耳を傾けた。
売り渡される形でやってきた少女がもし、ここにいなければ少年は放っておかれたあの部屋で餓死していただろう。
あの部屋に、いつ、どうやって移されたのかも記憶になくて、視界はずっと暗くて、朝なのか夜であるかもわからない。時間も日付もわからない。
苦しいだけだった。
それを思い出すと、今生きていることが不思議で、夢を見ているような毎日だと思うほど、少年にとって貴重な日々だった。
夜、首を横に動かすと隣でこちらを向く形で横たわって、寝息をたてる少女がいる。
力を入れるのに震える腕を一生懸命に少しずつ動かして、少女の鼻先に手の甲が触れた。
そこに少女の息が掛かると、くすぐったくて指がぴくりと反応して動いてしまった。鼻先を手の甲が擦るように動いたことで、少女の顔が動いて指に唇が触れた。
瞬間、腹の下から熱が沸き上がる。同時に心臓が飛び跳ねるように鼓動した。
彼女の唇から伝わる体温と、自分に沸く熱のおかげで、少年は生きていると実感できた。
少女と出会えていなかったら……そんなこと、考えたくもない。
生きたい。生きて、そして……。眠る少女を見つめている青い瞳を揺らしながら願った。
そんな夜を何度も繰り返し過ごしていく内に、目の前の少女は成長して、幼さが残った可愛らしい顔から幼さが消えて、背は頭一つ分は伸びて、手足もすらりと長くなった。腰まで伸びた銀の髪が絹のように艶やかで、シルクのネグリジェが彼女の体の曲線を際立たせるようになった。
唇も厚みが増えたように思う。それでも小さい口は変わらないけれど。
アリシアの唇を、指で触れてそっと撫でる。毎晩そうしてきたから、その部分の変化にはすぐに気付けた。
ギルバートも体は痩せ細っているが、アリシアの小さい顔を覆い隠せるほど手は大きくなったし、身長もアリシアより3センチは伸びた。
そして体の成長と共に、隣で眠るアリシアを見つめていると、喉が渇いたように感じるようになった。
この渇きが、沸き上がる熱が、アリシアを求める欲情であると自覚したのはアリシアの16歳の誕生日であった。
寝る時は同じベッドで横になり、起きたときに隣にいるのが当たり前になって……。
少年が起きて、少女の姿をまじまじと見れるようになると、少年は窓を拭いて掃除をしている少女を呼んだ。
あう……と掠れた短い声であったが、少女は聞き逃さずに振り向いてくれた。
「どうしました?」
持っていた布巾を置いて、パタパタと近づいてくる少女の姿に、少年の顔は自然と綻んだ。
実は一緒に過ごして10ヵ月にもなろうとしているのに、少年は少女のことを知らなかった。
名前も素性も知らない。そんな彼女が甲斐甲斐しく世話をしてくれた。嫌な顔もせず弱音も吐かずに、離れずにいてくれた。目の前にいる少女を知りたいと思うのは自然なことだった。
声を出すのは難しいので、紙に書く。手を動かすリハビリにもなるので文字を書く練習を始めたのだが、長いこと文字を書いていなかったのと指に力が入らないことで、たどたどしい文字であった。
《きみの こと おしえ て》
「私のな、まえ……?」
少年の文字を声に出して読み上げてから、少女は少年の顔に視線を移した。
少年が頷こうとした拍子に咳込んでしまって、少女はすぐに答えることはできなかったけど、呼吸を整えながらクッションに寄り掛かる少年に向かって伝えた。
「アリシアです」
少女の口から出た回答が、鐘の鳴る音のように耳の中を伝って少年の頭の中に響いた。
「あい……ぃあ」
言いたかった。呼んでみたかった。その名を舌の上で転がしてみたくて、何度も唇を動かしてみた。
その様子を見ていたアリシアがクスリと笑って、ずれ落ちた布団を掛け直してくれた。
そして、ぽつぽつと話してくれた。
とても小さい国の王女であったこと。
ここにいる理由……皇帝の15番目の側室であると。
姉弟たちの話を懐かしみながら話してくれる少女の声に耳を傾けた。
売り渡される形でやってきた少女がもし、ここにいなければ少年は放っておかれたあの部屋で餓死していただろう。
あの部屋に、いつ、どうやって移されたのかも記憶になくて、視界はずっと暗くて、朝なのか夜であるかもわからない。時間も日付もわからない。
苦しいだけだった。
それを思い出すと、今生きていることが不思議で、夢を見ているような毎日だと思うほど、少年にとって貴重な日々だった。
夜、首を横に動かすと隣でこちらを向く形で横たわって、寝息をたてる少女がいる。
力を入れるのに震える腕を一生懸命に少しずつ動かして、少女の鼻先に手の甲が触れた。
そこに少女の息が掛かると、くすぐったくて指がぴくりと反応して動いてしまった。鼻先を手の甲が擦るように動いたことで、少女の顔が動いて指に唇が触れた。
瞬間、腹の下から熱が沸き上がる。同時に心臓が飛び跳ねるように鼓動した。
彼女の唇から伝わる体温と、自分に沸く熱のおかげで、少年は生きていると実感できた。
少女と出会えていなかったら……そんなこと、考えたくもない。
生きたい。生きて、そして……。眠る少女を見つめている青い瞳を揺らしながら願った。
そんな夜を何度も繰り返し過ごしていく内に、目の前の少女は成長して、幼さが残った可愛らしい顔から幼さが消えて、背は頭一つ分は伸びて、手足もすらりと長くなった。腰まで伸びた銀の髪が絹のように艶やかで、シルクのネグリジェが彼女の体の曲線を際立たせるようになった。
唇も厚みが増えたように思う。それでも小さい口は変わらないけれど。
アリシアの唇を、指で触れてそっと撫でる。毎晩そうしてきたから、その部分の変化にはすぐに気付けた。
ギルバートも体は痩せ細っているが、アリシアの小さい顔を覆い隠せるほど手は大きくなったし、身長もアリシアより3センチは伸びた。
そして体の成長と共に、隣で眠るアリシアを見つめていると、喉が渇いたように感じるようになった。
この渇きが、沸き上がる熱が、アリシアを求める欲情であると自覚したのはアリシアの16歳の誕生日であった。
3
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる