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5.16歳の日
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アリシアは朝から胸がそわそわして落ち着かなかった。
今日、彼女は16歳になった。
この日を心待ちにして、指折り数えていた今日の日付を間違えて認識していないか不安で、侍従と下働きの者数人に確認しながら宮殿内を歩いた。
宮殿内に働く人たちは、相変わらずアリシアと皇太子を遠ざけて距離を置いていたけれど、そんなことはどうでもよかった。
それよりもアリシアは気付いてしまったのだ。
どうやって彼に血を飲ませればいいのか、ということに。
一族の言い伝えを信じてこれまで過ごしてきたけれど、いざ言われた歳になっても体に変化があったかと問われれば、特には……ない、としか答えようがないほど何も感じなかった。
飲ませる方法も、ただ飲ませればいいのか。しかしどうやって――。
朝食を乗せたカートを押しながら気付いてしまった問題の解決を急いだ。
食器の中にあるナイフを見て、体の一部を斬り付けることを想像した。
人を斬ったこともないし、加減を知らないから下手をすれば死んでしまうかもしれない。
それに、そうやって得た血を彼に差し出して何も聞かずに飲むか……想像を巡らせてみたが、もし自分の立場でも受け入れ難い、と別の方法を考えようとしたところで、部屋の前に到着した。
「シア」
部屋に入ると、ギルバートがアリシアを呼んだ。
声を出せるようになって、まずアリシアの名前を呼んだ日はすでに懐かしいと言える過去の話だ。
アリシアの名前を口ずさむように一日に何度も呼ぶ彼は、アリシアが彼を「殿下」と呼ぶのを嫌った。
二人のときは名前で呼び合いたい。それなりに自分たちは親しい仲ではないかと、やけに積極的に詰め寄る彼が珍しくて、可愛らしく見えたのでアリシアは快く承諾した。
「ギル」
彼に呼ばれたので、呼び返した。
私の名はギルバートだから「ギル」でアリシアのことを「シア」と愛称で呼び合おう。
彼からの提案にも頷いてからお互いをそう呼び合うようになってから2年も月日が経ったので二人にとっては慣れた風景だった。
ギルバートが言葉を流暢に話せるようにリハビリを始めると同時に、一人で起き上がったり立ったりする練習も少しずつ始めた。
アリシアの看病の甲斐があってか、固形物を食べられるまで胃腸が回復すると少し肉付きが良くなって、唇や肌、髪に潤いが戻って本来の若さを取り戻してきた。
体力も回復してきたのを感じると、ギルバート自ら動けるようになりたいと願い出たので、アリシアも協力した。
立ち上がるまでがとても大変で、一歩踏み出せるまでどれだけの月日を費やしたか……。
そして今、アリシアが部屋を出る時はベッドに居た彼が、ソファに腰掛けていた。
「一人で移動したの? すごい!」
わあ、と感動したアリシアの笑顔を見て、ギルバートも微笑んだ。
昨日まで杖を使うだけでは歩行が難しくて、アリシアの肩も借りて歩く練習をしていたのに……。
「転ばなかった? 大丈夫だった?」
近付いてギルバートの様子を見ると、首筋に汗が垂れていた。呼吸も少し乱れているので、ここに到着するまでの苦労が伺えた。
うん、と頷いた彼にポケットから取り出したハンカチで汗を拭いてあげると「ありがとう」と呼吸を整えたギルバートが感謝を伝えると、隣に座ってと続けて言った。
隣に座って、なあに?とギルバートと目を合わせた。
海のように深い青の瞳に、アリシアの菫色の瞳が映される。
初めて自分に声を掛ける少女の姿を視界に捉えたとき、最初に映されたのはその瞳だった。
毎日一緒に居て、一日に何度見つめてもまた見たいと思う。その瞳に自分を映してほしいと願って、用事もないのに彼女の名を呼んだことは数えきれないほど。
「誕生日おめでとう、シア。君が生まれた日を祝えることが……心から嬉しいよ」
生きて今日を迎えられたことが、とても嬉しい。
君の名を呼んで、君に名を呼んでもらえて、君にこうして触れることができて――。
アリシアの手を取って、甲に口付けた。
アリシアの色白で滑らかな肌が唇に触れると、ギルバートは甘い香りを感じた。このまま甘い蜜を求めて噛みつきたい衝動が込み上げたが、アリシアの反応を見ると、彼女は頬を桃色に染めて微笑んでいた。
その姿が愛らしいと思ったら、まだ伝えたい言葉があったのに忘れてしまったし、アリシアの笑顔を見ていたかったので今はやめておこうと静かに身を引いた。
時を同じくして……アリシアは、ギルバートの唇が触れるやいなや、下腹が熱くなる感覚に襲われていた。
月のものが始まるときも似たような感覚がある。
でもそれは違う。先日、月のものの期間が終わったのだから。
波打つような、鼓動にも似た感覚。
彼の唇に触れる手が熱くなってくるのを感じると、自然と顔が火照ってきた。
アリシアは、なんとなくわかっていた。
この沸き上がる熱がなんであるか。
これは、自分の中に流れる血の本能なのだと。
自分の体が言い伝えの通りに熟し始めたのか、確認の手立てもわからなかったが、思いもしなかった形で知ることになった。
彼の薬になれる。
それが確信になって、とても嬉しくて顔が綻んだ。
今日、彼女は16歳になった。
この日を心待ちにして、指折り数えていた今日の日付を間違えて認識していないか不安で、侍従と下働きの者数人に確認しながら宮殿内を歩いた。
宮殿内に働く人たちは、相変わらずアリシアと皇太子を遠ざけて距離を置いていたけれど、そんなことはどうでもよかった。
それよりもアリシアは気付いてしまったのだ。
どうやって彼に血を飲ませればいいのか、ということに。
一族の言い伝えを信じてこれまで過ごしてきたけれど、いざ言われた歳になっても体に変化があったかと問われれば、特には……ない、としか答えようがないほど何も感じなかった。
飲ませる方法も、ただ飲ませればいいのか。しかしどうやって――。
朝食を乗せたカートを押しながら気付いてしまった問題の解決を急いだ。
食器の中にあるナイフを見て、体の一部を斬り付けることを想像した。
人を斬ったこともないし、加減を知らないから下手をすれば死んでしまうかもしれない。
それに、そうやって得た血を彼に差し出して何も聞かずに飲むか……想像を巡らせてみたが、もし自分の立場でも受け入れ難い、と別の方法を考えようとしたところで、部屋の前に到着した。
「シア」
部屋に入ると、ギルバートがアリシアを呼んだ。
声を出せるようになって、まずアリシアの名前を呼んだ日はすでに懐かしいと言える過去の話だ。
アリシアの名前を口ずさむように一日に何度も呼ぶ彼は、アリシアが彼を「殿下」と呼ぶのを嫌った。
二人のときは名前で呼び合いたい。それなりに自分たちは親しい仲ではないかと、やけに積極的に詰め寄る彼が珍しくて、可愛らしく見えたのでアリシアは快く承諾した。
「ギル」
彼に呼ばれたので、呼び返した。
私の名はギルバートだから「ギル」でアリシアのことを「シア」と愛称で呼び合おう。
彼からの提案にも頷いてからお互いをそう呼び合うようになってから2年も月日が経ったので二人にとっては慣れた風景だった。
ギルバートが言葉を流暢に話せるようにリハビリを始めると同時に、一人で起き上がったり立ったりする練習も少しずつ始めた。
アリシアの看病の甲斐があってか、固形物を食べられるまで胃腸が回復すると少し肉付きが良くなって、唇や肌、髪に潤いが戻って本来の若さを取り戻してきた。
体力も回復してきたのを感じると、ギルバート自ら動けるようになりたいと願い出たので、アリシアも協力した。
立ち上がるまでがとても大変で、一歩踏み出せるまでどれだけの月日を費やしたか……。
そして今、アリシアが部屋を出る時はベッドに居た彼が、ソファに腰掛けていた。
「一人で移動したの? すごい!」
わあ、と感動したアリシアの笑顔を見て、ギルバートも微笑んだ。
昨日まで杖を使うだけでは歩行が難しくて、アリシアの肩も借りて歩く練習をしていたのに……。
「転ばなかった? 大丈夫だった?」
近付いてギルバートの様子を見ると、首筋に汗が垂れていた。呼吸も少し乱れているので、ここに到着するまでの苦労が伺えた。
うん、と頷いた彼にポケットから取り出したハンカチで汗を拭いてあげると「ありがとう」と呼吸を整えたギルバートが感謝を伝えると、隣に座ってと続けて言った。
隣に座って、なあに?とギルバートと目を合わせた。
海のように深い青の瞳に、アリシアの菫色の瞳が映される。
初めて自分に声を掛ける少女の姿を視界に捉えたとき、最初に映されたのはその瞳だった。
毎日一緒に居て、一日に何度見つめてもまた見たいと思う。その瞳に自分を映してほしいと願って、用事もないのに彼女の名を呼んだことは数えきれないほど。
「誕生日おめでとう、シア。君が生まれた日を祝えることが……心から嬉しいよ」
生きて今日を迎えられたことが、とても嬉しい。
君の名を呼んで、君に名を呼んでもらえて、君にこうして触れることができて――。
アリシアの手を取って、甲に口付けた。
アリシアの色白で滑らかな肌が唇に触れると、ギルバートは甘い香りを感じた。このまま甘い蜜を求めて噛みつきたい衝動が込み上げたが、アリシアの反応を見ると、彼女は頬を桃色に染めて微笑んでいた。
その姿が愛らしいと思ったら、まだ伝えたい言葉があったのに忘れてしまったし、アリシアの笑顔を見ていたかったので今はやめておこうと静かに身を引いた。
時を同じくして……アリシアは、ギルバートの唇が触れるやいなや、下腹が熱くなる感覚に襲われていた。
月のものが始まるときも似たような感覚がある。
でもそれは違う。先日、月のものの期間が終わったのだから。
波打つような、鼓動にも似た感覚。
彼の唇に触れる手が熱くなってくるのを感じると、自然と顔が火照ってきた。
アリシアは、なんとなくわかっていた。
この沸き上がる熱がなんであるか。
これは、自分の中に流れる血の本能なのだと。
自分の体が言い伝えの通りに熟し始めたのか、確認の手立てもわからなかったが、思いもしなかった形で知ることになった。
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