【R18】生贄の姫は皇子に喰われたい

あまやどんぐり

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11.皇帝

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 皇帝が存在すれば、おのずと隣の席には皇后が座っている。
 しかし、二つ並んだ金の装飾が施された豪華な玉座の一席は、空だった。

 この帝国の皇后は不在だった。

 皇太子であるギルバートを産んで、息子の顔を見ると、涙を流して微笑みながら息を引き取った。
 皇帝は産婆からそう伝え聞いた。実際には側にいることさえ許されなかったから、それが事実なのかは不明だが。

 皇帝は、皇后を愛していた。
 今でもその想いは変わらない。だからこそ、皇后の席を長く空席にしている。

 愛していた。こよなく。
 だけど、二人の間には婚姻を結んでから三年の月日が経っても、懐妊の兆しが見られなかった。
 宮廷医師に相談すると

「御二人のどちらか……あるいは共に、妊娠が難しいお体なのではと……」

 こればかりはなんとも言い難いと、申し訳無さそうに言った。
 皇帝に仕える家臣からは皇妃を迎え、後継者をと声が上がったが、皇帝は皇后が産んだ子しか望まなかった。

 皇室には、皇帝の弟である皇子が一人存在した。
 幼い頃から病弱で、ほとんどをベッドの中で過ごしていた。
 皇帝は弟のことも愛していた。
 幼い頃から兄である自分に懐いて、無邪気に笑う可愛い弟。
 
 後継者を産めない、義務を果たせないと嘆いた皇后のために、皇帝は言った。

 弟との間に子を成せばいい、と。
 そうすれば、皇室の血統を残せる。私のことは気にしなくていい。君が望むなら……。

 弟にも頭を下げて頼んだ。
 つらいことをさせるようで、心苦しい。だけど、頼めるのはお前しかいないのだと。

 皇后も弟も困惑していた。しかし、皇帝にはこの選択しかなかった。

 二人で、話し合って決めてほしいと、皇后を弟の部屋に送り届けた。
 
 誰にも知られてはいけない。
 皇后の産む子供は、あくまでも皇帝の子として皆に認知させなければいけないから。

 これは三人だけの秘密だった。
 死ぬまで……いや、死んでからも知られるわけにはいかない秘密の情事。

 二人の間にどのようなやり取りが行われたのか、皇帝は深くまで介入しなかった。
 自然の流れに任せた。
 たとえ、この情事で懐妊しなかったとしても、皇后を責めるつもりもなかったし、後継者問題はまたそのときに考えようと。

 皆が寝静まった夜に、皇后は弟の元へと通った。
 昼間は今まで通りの距離を保ち、夜だけ親密になる。

 皇帝は構わなかった。それで良かった。心からそうだった。
 愛する皇后と弟だから、何度体を重ねてどんな想いを絡め合おうと、一向に構わない。
 二人の子供を愛せる自信もあった。

 秘密の情事が繰り返されて1年後、皇后懐妊の知らせが届いた。
 嬉しかった。喜びの勢いで皇后の元へ駆けつけた。

 皇帝の顔を見ると、皇后は泣き崩れた。

「私はあの人を愛してしまった……ごめんなさい」

 何度も何度も謝る皇后に、それでもいいと伝えた。
 それでも、私は君を愛している。

 抱き締めようと伸ばした腕から、皇后が逃げた。離れて、二度と戻って来てくれなかった。

 皇帝は己の選択が、二人を傷つけてしまったと後悔の念がありながらも、それでも皇后の産む子が後継者である決定は崩さなかった。

 二人に顔向けが出来ずに、弟の部屋の前まで足を運んだ。
 弟に申し訳なかったと、一言でも伝えたかったから。

 部屋の中から、二人の声が聞こえた。
 皇后が弟に向けて「愛しています」と泣いて告白していた。弟も「ぼくも、あなたを愛しています」と返した。二人で愛を囁いている声を、部屋の前でじっと聞いていた。

 私も、愛している。

 空虚に想いだけ残して、その場を去った。

 それからは、皇帝は二人に会いに行くことをしなかった。
 皇后の体を思って、静かに過ごせるように。

 そうしていると、弟の危篤の知らせが届いた。
 すぐに駆けつけると、そこに皇后の姿はなかった。
 愛する人との別れほど、悲しいものはない。
 弟との別れに立ち会えるほどの覚悟もできず、私達の秘密のこともあって、来れないのだろう。
 どれだけもどかしい気持ちでいるか、悲しんでいるか……皇后を思うと苦しかった。

「兄上……あ、りが、とう」

 ほとんどが息となって吐き出された言葉と共に、最後の力で笑顔を見せた弟の顔が、涙で滲んで見えなかった。
 
 愛した弟を連れて、広い草原を馬で駆けてその先の湖まで行った懐かしい光景がよみがえって、目の前の亡骸を抱き締めて、縋るように謝った。
 私の身勝手な選択に巻き込んで、ごめん。
 つらい思いをさせて、ごめん。
 せめて、私が皇后を手放せたなら、二人だけの最後の時を過ごさせることができたなら……。

 皇后は、弟の葬儀にも参列できないほど体調を崩してしまったようで、姿を現さなかった。
 皇后の負担になりたくなくて、見舞いに行かなかった。
 また伸ばした手を拒まれたくもなかったから、ゆっくり療養するように、体を大事にしてほしいと侍従に言伝を頼んだ。

 臨月になる一月前、皇后の出産に皇宮内が騒がしくなった。早産で、母子共に危険だと知らされて、胸が押し潰された。
 皇后のことも、二人の子供のことも心配で……だけど、側にいたら彼女が苦しむからと駆けつけたい気持ちを押し殺した。
 やはり落ち着かなくて、公務を放り出して執務室でうろうろと歩き回っていると、ばたばたと駆けつけた皇后の使いの者がやってきて――。

 時間の経過がわからなくなるほど、目を瞑った目覚めない皇后を見つめていた。

 私が、愛している人。弟が、愛した人。
 死体になるまで私に姿を見せないことが彼女の復讐だったのなら、成功したと言える。
 愚かな選択をした私を責めてくれたなら、挽回する機会もあっただろう。
 だがそうさせてくれなかった。

 私は、そんな君でも

「愛している」

 消えてくれないのだ。どれだけ憎まれても恨まれても、愛している。私の皇后。私の妻。

 どこまでも愚かで、惨めな姿が滑稽だと己を嘲笑った。そして、声が枯れるまで泣いた。
 
 愛した二人が続けて逝ってしまった。
 取り残された孤独感に苛まれて、皇宮を彷徨っていると、産婆と医師が皇帝を見つけて声を掛けた。
 産まれた赤子は皇子で、早産だったけれど元気に泣いて息をしていると。

 連れて行かれた先に、ぽつりと置いてあった小さな籠の中を覗き見ると、皇族が代々引き継ぐ黒髪をした赤子がいた。
 小さい顔をくしゃくしゃにして、あくびをしてから開いた目が青かった。

 皇后の瞳の色だった。

 枯れたと思った涙がぼろぼろと零れ落ちた。
 愛した二人の色を継いだ子が、愛しくて堪らなくて――。

 守りたいと、強く思った。

「この子は、ギルバートと名付けよう」

 あの日、二人が愛を囁き合った会話の中で子供の名前の話をしていた。男の子なら、ギルバートと名付けたいと。弟の願いだった。
 愛し合った二人の想いを継いで、どうかこの子も愛に溢れた人生を送れるように。
 
 皇帝は皇太子に、最高のものを用意した。皇太子の乳母も服もおもちゃも部屋も全て。
 周りは皇帝が息子を溺愛していると、感慨深いと噂した。

 皇帝は、自分がそれだけ皇太子を大事に思っていると周りに見せつけることで、周りも同じように皇太子に敬意を示さないといけないことを警告した。

「ギルバート、お前のお母様の話をしてあげようか」

 それと、父親の話も。
 ギルバートが3歳の頃、ベッドの上で寝かしつけるために隣に横たわって、皇后と弟の話をした。
 懐かしい思い出を振り返ると、皇帝の心も救われるような気がした。

「この話は、私とお前だけの秘密だよ」

 ギルバートは青い瞳を丸くしてぱちぱちさせているだけだった。
 
 可愛い、私の甥。額に口付けをして、頭を撫でてあげた。
 
 愛した二人がいなくなって、想いの行き場所を失くした。その皇帝に残された小さな命。
 皇后と弟に向けた愛情を全て、ギルバートに注いだ。

 ギルバートはよく熱を出して寝込むことがあった。幼い頃は皆そうだと医師が言い、薬を飲めば落ち着いたので、そうか……と納得した。
 だが、病弱だった弟のことが思い出されて不安だった。

「皇太子殿下は心臓が弱く、長く生きられるか……」

 ギルバートが5歳の頃、肺炎を起こして死の淵をさまよったときに医師からそう伝えられた。
 どうにか治療法を探して欲しいと頼んだが、力を尽くしてみるとしか答えてもらえなかった。

 ギルバートが熱で魘される姿が、弟の姿と重なった。

 弟も治療法がなくて、苦しい人生を送っていた。
 自分が代わってやれるなら、代わってあげたかった。それか、分け合えたなら弟も少しは楽になれるだろうか、と。

 帝国内の医師を呼び集めても、皆一様に首を横に振った。
 弟のときもそうだった。

 皇帝は恐ろしくなった。
 自分が愛した人が、目の前から消えていなくなる。
 自分の愚かな選択で傷付けた皇后と弟。その愚かな選択で生まれてきた甥にまで、つらい人生を与えてしまっている。

 私の選択が、愛が、この子を苦しめてしまう。

「ギルバート……」

 一命を取り留めたギルバートが眠る姿を眺めていた。
 眺めるだけ。触れてしまったら、次こそ消えてしまいそうで怖かった。
 
 まだ幼くて、大人の助けがないと生きていくのは難しいだろう。
 だけど、私は側にいてやれない。

 怖い。愛しい人が目の前で永遠に眠る姿を見るのが。
 自分の選択で苦しむ姿を見るのが、つらい。

 乳母と医師と侍従に任せて、皇帝はギルバートを自分の目に映らない本宮から離れた、小さい宮殿に移送させた。

「報告はいらない」

 虚ろな目で、傷心しきった顔で、吐き捨てた皇帝の言葉に異論を唱える者はいなかった。

 離れていても、いつギルバートの命の灯火が消えるか怖くて堪らなかった。

 何も考えたくなかった。
 公務に没頭し、時には他国を侵略して恐怖を忘れる努力をした。
 侵略した国から連れ去った女、気に入った娼婦、自ら近づいてきた女……側室を何人も迎え入れて、女に狂った。

 時折、正気に戻ると虚しくて、惨めで、寂しかった。
 心から、愛したい。愛してると言いたい。
 吐き出したい、行き場のない想いが込み上げてきて苦しかった。

 どれだけの年月が過ぎたのか、数えることも忘れて生きていた。
 本当はあの世に逃げたかったけど、皇帝という立場がそうさせてくれなかった。

 狂うことにも疲れてきたと思っていた。そんなときに

「皇太子殿下が後継者教育の再開を始めました」

 皇太子?一瞬、誰のことを指して言っているのか理解できなかった。

 皇太子、それは――。

「ギルバートが? なぜ?」

 あの子は体が弱いのに。座学もそうだが、体を動かすことすらつらいだけの身であるのに。
 未来がないと本人が知っているはずなのに。

「医師が言うには“奇跡が起きた”そうです」

 つまり、治ったから、生きて未来を歩めると。

「そう……そうか」

 言いながら、両手で顔を覆って、動揺を隠した。

「……あの子は、何歳になった?」

「16歳です」

「もうそんなに……」

 11年という長い時間が経ったことを知ると、生きた心地のしなかった鼓動の音が、まるで時計の針のように動き出した。
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