【R18】生贄の姫は皇子に喰われたい

あまやどんぐり

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12.謁見

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『皇太子殿下が病を克服して、後継者教育に勤しんでいる』

 瞬く間に広まった噂に、皇帝に顔を合わせる者たちは口々に祝福と期待の言葉を捧げた。しかしその裏では、病に侵されていた期間も長く未だ未熟な若輩者であるが故、不安だという声も上がっていた。
 皇室を愚弄する愚か者たちを制するのは容易い。
 だが、世論も大事であることを皇帝は知っているので、彼らの言葉を聞くだけに留めた。

 確かに、信じ難いことだった。誰も、ギルバートが生きて姿を見せるとは思っていなかった。愚かにも、皇帝自身もそうだった。

 ギルバートを診た医師を呼び出して事実の確認をすると、もう薬も必要なくなった、奇跡としか言いようがないほど不思議なことだが、確かに治ったと医師は言った。
 それでもにわかに信じ難くて、遠目に見る形でギルバートの様子を伺いに足を運んだ。

 視界に映った一人の青年の姿に、幼かったあの子の姿が思い出された。それと、かつての弟の後ろ姿に見えてしまって胸が震えた。

 丁度その頃、武術の授業を受けていて、怪我をしたのか片腕に包帯を巻いていたけれど、ギルバートは気にもしない様子だった。
 そんなギルバートが心配になったので、すぐに医師を彼の元に送ったが包帯はもう取れており、怪我をした跡もなかったとの報告だった。



 ギルバートの後継者教育再開から9ヶ月が経った頃、皇帝はギルバートを呼び出した。
 実は、何度も呼び出そうとしたのだ。宰相からギルバートの報告を受けたときに打診されていたのだが、合わす顔もなかったので断った。
 それから3ヶ月程経つと、会いたくなった。だけど思い直してやめた。
 そして一月経って、やはり会いたくなった。だけど、やめた。
 それを何回も繰り返して、まるで恋する相手にやきもきする思春期の頃のようで……今更あの子に愛情を与えたがっている愚かな自分に笑いが出た。

「そろそろ皇太子殿下と今後についてお話されてはどうですか?」

 宰相とは幼馴染で付き合いが長く、友人でもある彼は度々物思いに耽ってはため息を漏らす皇帝を見兼ねて促した。

「いつまでも避けていられないでしょう」

 貴方の息子なのだから、恨んでいてもきっと態度には出しませんよ。そう言ってくれる彼にも、ギルバートの出生のことは秘密にしていた。

 宰相は知らないだろうが、心情を隠すのは弟の方が上手だった。
 だからギルバートが弟に似ているなら、確かにそうかもしれない。

「……わかった」

 宰相との会話で昔の懐かしい思い出を振り返りながら皇帝は頷いて、ギルバートを呼び出すように宰相に頼んだ。

 そして今――。

 幼かった面影がなく、顔つきは弟に似て、皇后と同じ青い瞳のギルバートと向かい合っている。
 想いが溢れて、零れそうになる。……のを、咳払いでごまかした。

 呼び出しておいて、いざ顔を合わせると掛ける言葉が見つからずにもどかしくて、互いに様子を見る時間だけが過ぎていた。
 そろそろ、皇帝である自分が声を掛けてやらねば、ギルバートに申し訳ない。

「あ……最近の、体調の方はどうだ?」

「念のために定期的に医師に診察してもらっていますが……問題ありません」

 答えると、にこやかに笑うギルバートの姿に安堵した。
 緊張が解れたのもそうだが、物腰柔らかな対応に肝が据わっていると感心した。

「うむ。息災でなによりだ」

 皇帝も目尻に皺を寄せて、笑みを返した。そして続けて

「後継者教育の方はどうだ?遅れた分を取り戻すのは苦労が多いのに、其方は随分と教師の舌を唸らせていると聞いているぞ」

 一度教えれば、するすると飲み込みが早く吸収力があって、教え甲斐のある生徒だと褒め称える教師がいる一方で、愚かにも皇太子に恥をかかせようと躍起になる者には一泡吹かせて見せる。
 病に臥せていたというのは嘘で、皆を驚かせようと皇帝がひっそりと皇太子を磨き上げていたのではと囁かれるようになって、世論の不安を自ら払拭したギルバートのことが皇帝は誇らしかった。

 生きて、成長している甥が夢ではなくて、現実に存在している。それが何より嬉しい。

 皇帝の言葉に、ギルバートは笑みを返してそれでも難しい点があって……と皇帝に助言を求める発言をすると、皇帝は喜んで指南した。
 そんなやりとりを繰り返した後に皇帝が言った。

「困ったことがあれば言いなさい」

 欲しい物でも、何でも与えてやりたかった。だけどそれは、皇帝が選ぶものではなくて、ギルバートが望むものでなくてはならない。
 何度も考えて、後悔した日々を思って出した答えだった。

「実は……お願いがあります」

 ギルバートは遠慮がちに言ったが、すでに皇帝は聞き入れるつもりでいた。

「言ってみなさい」

「アリシア様のことです」

「? 誰だ?」

「……15番目の側室です」

 皇帝がアリシアのことを忘れているだろうことは随分前からわかっていた。アリシアも会ったことがないと言っていたし、宮殿に皇帝の使いの者が来たことなど一度もなかったから。
 契約上、仕方のない呼称だとしても呼びたくないのが本音だった。だから敢えて"陛下の"とは付けなかった。

 ギルバートの言う"15番目の側室"を記憶から探して

「ああ、あの娘か……」

 と独り言のように皇帝は呟いた。

 興味も関心もなかった娘なので、大人しく過ごしてくれさえすれば特に気にしなかった。そしてその娘は、皇太子の世話係になりたいと許可を求めてきたくらいで、それ以上の接触はなかった。

 鉱山を買い取る際の契約にあった13歳の娘を皇室に迎え入れることにしたはいいが、自由に過ごさせるつもりもなかったし、住まいはどうしようかと考えていると、ふと幼いギルバートが浮かんで、何の気なしにギルバートを追いやった宮殿を住まいに指定した。

「彼女を、私の妻にください」

 ギルバートと歳が近い娘だから、友人になったのかと皇帝が考えを巡らせていると降ってきたギルバートの言葉に思考が止まった。

「……妻に?」

 使用人に欲しいとか、皇太子の世話係として褒美をやって欲しいとかではなくて、妻にしたいと?

 疑問を投げかける前にギルバートの様子を見ると、先程までにこやかに接していた態度とは変わって、真っすぐ皇帝に向かって、笑顔は消えて……膝の上で握っている拳が、緊張を表していた。

 皇帝の跡継ぎであるギルバートには、成年を迎える前に婚約者をあてがうつもりであった。帝国内外に関わらず、ギルバートの隣に相応しい娘を、と思っていた。

 ギルバートが望む娘の故郷は、国と名乗るには小さいところで、娘の身分が王族であっても、今はもう亡くなった国なのだ。
 鉱山を買い取った後、あの国の王や残っていた民は、皆何処かへ立ち去って、すでに国の名も過去の遺物として残されている。

 身分もそうだが、教育も不十分で、皇太子の妻として相応しいとは言い難い娘である。

 だが、ギルバートが望むのはその娘なのだ。
 身近にいた同じ年頃の娘に恋心を抱くのは、自然なことだろう。今が一番気持ちが盛り上がっている時期なのかもしれない。
 一時の感情に振り回されているだけではないのか。

 それでも、誰かに向ける愛を消すことの難しさを、皇帝は身を以て知っていた。
 それに、ギルバートの望みはなんでも叶えてやりたかった。

「わかった。……彼女を皇太子妃として迎えよう」

 皇帝が承諾すると、ギルバートの顔は安心したようで綻んだ。それを見ていると、まだ子どものように可愛らしいところがあると皇帝も嬉しくなった。

「だがな、ギルバート」

 望みを叶えるために、為さなければいけないことがある。
 その人が大切で、大事な存在ひとであるなら――。

「今すぐに、というわけにはいかない」

「……はい」

 皇帝の言葉に、ギルバートは頷いた。



 アリシアを皇太子妃とするために、ギルバートの立場を確立しなければいけない。何者もこの決定に反論できないように、ギルバートが彼女の盾にならなければ……。

 皇帝は、ギルバートに戦地に赴いて勝利を持ち帰ってきなさいと命を下した。

 帝国から海を渡った北の方角にある同盟国で、謀反を企てている組織が肥大化していて近い内に戦争が始まるのだと、その国の王から援助の要請があった。
 決して容易なことではない。命の危険もある。それでも、生きて帰ってくることで得られるものは唯一無二のものになるだろう。

 ギルバートはその皇命に跪いて応えた。

「感謝します。……陛下」

 父上、その言葉が脳裏を霞めたのだけど、言えなかった。 
 幼い頃の皇帝との秘密の話は、忘れられたものになっているため、ギルバートにとっての父は皇帝なのだが、父上と呼ぶには違和感があった。それに、不慣れでもあったから。

 出立は3ヶ月後――皇帝はギルバートが戦地に行っている間に、アリシアを皇太子妃に迎える準備を整えておこうと約束した。
 今まで関心を持たなかった娘だが、ギルバートが見初めたというのだから興味が湧いた。皇帝は一度顔を合わせようかと思ったが、水を差すだけになるので、思い留まった。

 今はただ、目の前の弟に似た笑みを見せる甥を眺める。それだけで良かった。
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