【R18】生贄の姫は皇子に喰われたい

あまやどんぐり

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16.15番目の側室

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 皇帝が崩御……つまり、亡くなったということ。
 病気?……怪我?それとも……。
 突然のことで、アリシアは言葉が出て来なかった。

 皇帝が亡くなったことを伝えに来た使者は、事態を飲み込めていないのか、困惑して自分を見るだけのアリシアを見て、ため息を吐くと、書状を目の前にかざして言った。

「皇帝陛下からの命を申し上げます。側室として召し上げた貴殿に離縁を申し付ける。承諾書にサインをし、皇室から退去するように、とのことです」

 言われたことは、理解した。けれど、もう少し詳しく教えて欲しいと使者に頼むと、咳払いをしてから教えてくれた。

 鉱山と一緒に売られる形で側室となったアリシアだが、取引の契約内容に<皇帝が亡くなった際には、側室の身分を剥奪し、即刻退去するよう求める>とあって、今の状況に繋がるそうだ。

 但し、慰謝料として金は充分に支払うと。

「……今すぐ出て行かないといけませんか?」

「……いえ、明朝から昼の時刻までの間には退去していただきます」

「わかりました」

 アリシアの了承の言葉を聞くと、使者は離縁承諾書を出してサインする場所を指した。受け取ったアリシアは、それを持って部屋に戻る。

 使者は、ドアを開けてから今の時点まで、自分を覗き込むように見つめてきたアリシアの瞳に罪悪感が湧いていた。
 実は、アリシア以外の側室のところへ行って同じように皇帝の命を伝え、承諾書にサインをさせて歩いて、最後に辿り着いたのがこの宮殿だった。

 本宮から一番遠い場所に建てられた、小さい宮殿。
 そこにいた側室は、それまでに会った側室の誰よりも若く、透明感のある肌に菫色の瞳が儚く咲く花のようで、絹のような銀髪が美しくて、童話の中にいる妖精のようにか弱く見えた。
 それに、一方的に離縁を申し付けられても文句も言わず、素直に聞き入れた、唯一の側室であった。
 側室全員が、どうにか皇室に残ろうと泣いたり怒ったり暴れたり……ここまでの苦労を思い出すと、心が救われるようでもあった。

 だが、使者は皇命の任を果たさなければならない。
 アリシアを皇室から追い出すことに躊躇いの気持ちはあるが、遂行しなければと閉まったドアを見つめて、気を引き締めた。

 部屋から改めて出てきたアリシアから、サインがされた離縁承諾書を確認して受け取ると、皇室から預かっていた小切手をアリシアに差し出す。

「こちらが、慰謝料になります。銀行に行けば、お金に換えられます。それと、この宮殿にあるものは好きなものを持って行って良いとのことです」

「はい……。ありがとうございます」

 静かに微笑んだアリシアが可哀相に思えて、胸が痛んだ。
 皇帝陛下はなぜこの子を側室にして、こんな離れた宮殿に住まわせていたのだろうか。アリシアの行く末が心配でならなかった。
 けれど、ただの使者がアリシアにできることは……

「それでは、明日迎えの者が来ますので。……失礼いたします」

 お辞儀をして、別れの挨拶をすることだけだった。



 ドアを閉めると、アリシアはそのまま、そこに立ち尽くしていた。
 自分が売られる際に、そんな契約の内容があったなんて、知らなかった。

 つい一週間前には、いつまでもここに独りでいないといけないのだと絶望していたのに、突然事態が変わって、呆然としていた。

 言われるがまま、サインした。
 出て行けと言われたら、そうするしかないので、そうした。出て行かない理由もなかった。

 頭の中を、使者の言葉がぐるぐる繰り返されていた。
 皇帝の崩御、慰謝料、離縁……退去、明日の昼までに……。
 好きなものを持って行っていいという言葉に辿り着くと、部屋の中を見回した。

 ――あの日の二人はいなかった。

 テーブルの上に置かれたやりかけのままの刺繍……青い鳥と、隣り合う菫色の鳥が残り半分のところで放って置かれていた。
 おもむろに手に取って、ソファに座るとアリシアを呼ぶ声が聞こえた気がしたけど、振り向かなかった。

 離縁を言い渡されたとき、もう必要ないのだと、言われた気がした。
 だけど、悲しくはなかった。
 それでも、心の隅にあるものがまた切なくさせたので、残ったハンカチを完成させた。
 きれいに折り畳んで、箱に仕舞う。
 これは全部、置いていく。仕舞い込んだ想いは、ここに全部。



 服を数着と、刺繍の道具セットを適当なカバンにしまって、迎えが来るのを部屋で待っていた。
 その間に、初めてここへ来た頃の思い出がよみがえった。
 この部屋に辿り着くまでに見た景色と胸が躍って緊張した旅路。
 あの景色は、まだ同じようにあそこにあるのだろうか。
 あの日のように胸が高鳴って、足が落ち着かない感じがするけれど、もう床に届くまでになったので、あの頃みたいに宙をぷらぷらとはならなかった。

 ドアを叩く音が聞こえて、開けるとそこにいたのは迎えに来た案内人だった。

「おはようございます、アリシア様。お迎えに上がりました」

 丁寧にお辞儀をしてくれる案内人に、アリシアもお辞儀をした。
 お互いに顔を上げると、アリシアの手に持ったカバン一つの荷物を見て

「荷物はそれだけですか?」

 と聞かれたので「はい」と答えると、何か言いたそうに躊躇いがちに

「そうですか……」

 と零してから荷物を持ってくれた。それと

「実は、これを……」

 手に持っていた物を渡された。
 昨夜、部屋を訪れた皇帝の使者に託されたらしい、フード付きのマント。

「アリシア様は、その……目立ってしまうので、なるべくフードで髪を隠した方が安全だと……」

 それに、まだ風も冷たいのでと言われて、よくはわからなかったけどお礼を言って羽織った。

 馬車まで案内されると、相変わらず豪華に装飾されたもので、エスコートを受けて乗り込んでみると前と変わらない、触り心地も座り心地も良い椅子だった。
 どうやら、片道にはなるが好きな所まで馬車で送ってくれるらしい。
 どこまで行きますか?と聞かれて、アリシアは

「街まで、お願いします」

 と願い出た。それと、針や糸を扱ってる店を知っていたら教えて欲しいと付け加えると、そこまで案内してくれると言ってくれた。

「ありがとうございます」

 親切にしてもらえて嬉しかったので、自然と笑みで返したのだけど、案内人は口を手で隠して、ぼそぼそと何か独り言を言っていた。

「な、なるほど……」

 何がなるほどなのか、不思議に思ったけど、アリシアはすぐに窓の外に目をやった。

 動き出した馬車。動く景色。遠ざかる、皇宮。
 ふと、青い瞳の少年が脳裏に浮かんだけど、数秒だけ目を閉じて、そして目を開けて、見慣れない風景を菫色の瞳に映し出して、記憶の上書きをしようと努めた。

 そうやって、最後に離縁通達を受けた15番目の側室は、誰よりも先に皇宮を後にした。
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