【R18】生贄の姫は皇子に喰われたい

あまやどんぐり

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17.求めていたもの

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 皇室の馬車は目立ってアリシアが注目されてしまうからと、送ってもらえたのは街の近くまでだった。
 案内人は申し訳なさそうにしたけれど、アリシアは構わなかったので微笑んで返した。
 すると今度は、首を後ろに回して咳払いをした案内人を見てまた不思議に思ったけど、それよりも早く街に行きたくて逸る気持ちでそわそわしていた。

 馬車を降りてから目的の店まで、アリシアはフードを被って、案内人と共に歩いた。
 街に入ると色んな店が立ち並んでいて、平民だったり貴婦人だったり……大人も子供も、色んな人が交差する風景が珍しくて、アリシアは見るものが多すぎて首をあちこちに動かすのに忙しかった。
 案内人はそんなアリシアを気遣いながら、歩幅を合わせてとても親切に案内してくれた。

 そして目的の店の前に到着すると、荷物を渡された。

「それでは、お気をつけて。……失礼します」

 別れの挨拶とお辞儀をして、案内人は去って行った。

 店の扉を開けるとチリン、と鈴の音がした。なんだろうと音のした方向を見る。扉に付けられた鈴を見つけたのだけど、初めて見るものだったから、なぜ鈴を扉に付けているのかと好奇心が湧いた。

 店の中を見渡すと、フードが少し邪魔に感じたので、取った。外ではないから、大丈夫だろうと思って。
 改めて見て回ると、色とりどりの糸が並べられた棚は鮮やかで、特にラメ糸が並んだ場所は目立つように小さいライトが当てられて、キラキラと輝いているように見えた。
見ているだけで楽しかった。近くに寄って、見たいと思ったがふと、目に映ったドレスに視線を奪われた。
白いドレスに金色のラメ糸で花模様の刺繍を施してある。それがとてもきれいで魅入っていた。

「あの」

 そこに突然、顔を覗き込まれて、驚いて一歩下がると赤い髪の女性がにこやかにアリシアを見ていた。
 おそらく、歳は同じか少し年上くらいだと思う。

「旅の御方ですか?」

 目を輝かせて聞いてくる姿に少し圧倒された。
 旅というより、家無しなのだが……説明するには長くなってしまうので

「……まあ、そんなところです」

 と答えると、ふと貰った小切手の換金をしていないので一文無しのまま店に入ってしまったことに気が付いた。

「それなら! ご一緒しませんか?」

 満面の笑みでせっかく空けた距離を詰められた。そして間髪入れずに

「時間あります? お茶しません?」

 お茶しながら説明しますね!と積極的というより、半ば強引に……いや、無理矢理手を引っ張られて外に連れ出された。
 彼女は店内に向けて「また来まーす」と元気に言って、アリシアの手を握ったまま歩いて、戸惑うアリシアを気にしないで一人ぺちゃくちゃと喋っていた。

 アリシアは、自分の置かれた状況の整理と彼女の話を整理することで頭の中が忙しくて、目が回るようで、何も答えられないまま……気付けばお茶の席について、にこにこと笑顔を絶やさない彼女と向かい合っていた。

「あの……私、お金」

「あ、ここは私が払うので気にしないでください」

 それならいいか、と呑気に考えると、ここが外であることを思い出して、アリシアは慌ててフードを被った。
 傍から見れば怪しい素振りに見えるアリシアのそれに、お構いなしに赤い髪の彼女は話し始めた。

「私、メリア・ボルゴレと言います」

 自己紹介から始まった彼女の一人語りによると、夫と二人で幼い頃からの夢だった劇団を立ち上げて1年……まだ小さく団員も少ないけれど、活動範囲を他国まで広げようと数日後に海を渡る予定なのだそう。
 団員を増やすために募集をかけたりもしているのだが、中々人材に恵まれないので、たまにスカウトもしているらしい。
 今日はこれから広場で公演が行われるのだけど、その前に街を散策していたら偶然アリシアを見つけて、一目惚れをしたと言う。

「演劇に興味ないですか?」

「……演劇……観たことない」

「それなら、今日の公演観てください! ぜひ!」

 アリシアには、持て余すほどの時間があるし拒否する理由もないから、頷いた。

 メリアと名乗った彼女は、アリシアの容姿を絶賛した。
 遠目から見ても絹のように艶のある銀髪が美しい。近くで見たら透明感のある肌に、菫色の瞳が宝石みたいで澄んだ色のアイオライトのように綺麗。童話の中から出てきた妖精なのかと思ったと。

「そう、なの?」

 初めて容姿をそんな風に事細かく褒められて、なんだか気恥ずかしかった。
 なんとなく、フードを被った方がいいと渡されたマントの意味がわかったような気がして、昨夜の使者とここまで案内してくれた彼に心の中で感謝した。

「そろそろ準備しないといけないから、行きましょう」

 出会ってからずっと一人で喋り続けたメリアに連れられて、街の広場に来ると、他の劇団員が客の呼び込みをしていて、舞台の前に並べられた椅子には、ちらほらと人が座っていた。

「あなたはここに座って観てて」

 他の観客からは離れた場所に一個の椅子を用意してくれた。
 特別席だと用意された椅子は、決して座り心地が良いとは言えない粗末なものであったが、アリシアは構わずに座った。

 メリアが舞台に上がるための準備にアリシアの側を離れると、それまで騒がしかった声が聞こえなくなって、静かになるとアリシアはやっと一息吐けた。

 これからの生活をどうしようか、何一つ考えずに皇室を出たから、メリアに声を掛けられなければ途方に暮れていただろう。
 劇団……メリアの勧誘に、少しだけ心が揺れていた。数日後に海を渡って他国へ行くと言っていたから、それに同行させてもらおうか。
 頼る人も、帰る故郷もないアリシアにとっては唯一の助けだった。

 その前に換金して、さきほどの店にまた行って……そんなことを考えていると、始まりの呼び声と観客の拍手が広場に響いた。



 ――開演。

 貴族の令嬢が、一人の騎士に恋をした。
 彼を自分のものにしたくて、恋焦がれて、騎士に想いを伝えたのだけれど、騎士は令嬢に言った。

「貴女と私では身分が違いすぎます。……私のことは忘れて下さい」

 騎士は、平民だった。

 令嬢は詰め寄った。

「そんなこと、なんとでもできるわ。どうか……どうか、私の想いを受け取って……愛してる。愛しているの」

「すみません、お嬢様」

 騎士は令嬢に背を向けて、去ってしまった。

 それからも令嬢は騎士への想いを断ち切ることは出来なかった。更に増すばかりだった。
 彼を想って、彼を見つめる日々が続いた。
 それでも、騎士は令嬢に振り向くことはなかった。

 そんなある日、いつものように騎士を見つめていると一人の女が騎士に近付いた。
 騎士は、女に微笑んで声を掛けて、女の腰を抱いた。そんな二人の仲睦まじい様子に、令嬢は腸が煮えくり返り、愛情とは別の憎悪を抱くようになった。

 女は、令嬢よりも身分が低いが他家の令嬢であった。

「身分の差を理由に私を断っておいて、あの女は許されるの?」

 令嬢は女を蹴落とすことに躍起になり、とうとう家門ごと消し去るという暴挙に出た。そして、人を雇って女を暗殺した。

 令嬢は、己の権力があれば騎士を自分のものにできることを悟った。
 夫にならなくとも、奴隷にしてやればいいと。そして、騎士を奴隷にして家屋に閉じ込めた。

「さあ、私を愛しなさい」

 貴方は私のものだから、服従して、ひざまついて、媚びなさい。
 令嬢の言葉が聞こえないと言うように、騎士は令嬢のいない方向に視線を向けていた。

 令嬢は怒り狂い、鞭で騎士を痛めつけた。
 騎士は黙って打たれた。

 どれだけ痛めつけても、騎士は令嬢を見なかった。

「どうして? なぜ私を見てくれないの? こんなに、貴方を愛しているのに」

 問いかけにも答えてくれない騎士に、令嬢は泣いて縋った。

「一度だけでいいの。一度だけ……私を抱いて」

 それまで一言も口を聞かなかった騎士は答えた。

「愛してないから、抱けない」

 相変わらず、令嬢のいない方向を見ていた。

 令嬢は、騎士の家族や親しい友人……同僚、騎士と関わりのあった人を次々と消していった。
 孤独になれば、私を見てくれるに違いないと、狂った。

 騎士にそのことを告げると、騎士は静かに令嬢に視線を向けた。

「私の愛を、受け取ってください」

 令嬢は歓喜に震えた。
 やっと、私のものになった。高笑いが止まらなかった。

 瞬間、令嬢の心臓を刃が貫いた。

「……これが、私からの愛だ」

 血が、花開くように床に広がっていく。

 ――終演。



 観客の拍手の音が確かに聞こえるのに、アリシアの耳には別の声が響いていた。

『愛してないから、抱けない』

 アリシアがよく知っている声で、再生されるその言葉が頭の中に沁み込んで、ずっと胸の中にあった疑問を解消してくれた。
 考えないように、奥に仕舞っていたもの。

 ギルバートは最後まで抱いてくれない。
 出立の前日の夜も、抱かなかった。

 それはなぜなのか……その、理由は――。

 愛してないから。

 ストンと心に入って、腑に落ちた。

 だから、彼は抱かなかった。私は、愛されてなかった。

「……あ」

 頬に熱いものが伝って、目が霞んでいることを自覚すると、腑に落ちたものから波打つように、想いが溢れてきた。
 心の隅にあった、よくわからなかった想い。

「ああ……」

 そう。そうなの。

 私は、愛して欲しかった。愛されたかった。
 生贄の本能じゃなくて、私の心が、あの人を求めてた。

 そして、私も――。



 愛したかった。



 もう二度と会えない彼に、二度と伝えられない想いが溢れて止まらなくて、涙がアリシアの膝の上にぼろぼろと零れ落ちた。
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