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18.想いは箱の中へ
しおりを挟む「まあ! どうしたんですか?」
令嬢を演じていたメリアは、公演を終えて舞台から見たアリシアの様子がおかしかったのですぐに駆けつけた。血……と見せかけた液体の付いた衣装のまま。
「感動してくれ……たわけじゃないみたいですね。あ、血が怖かったの? これ偽物だから、怖くないですよ……」
下を向いて泣きじゃくっているアリシアの前で、あわあわと慌てた。
衣装だから差し出すハンカチもないし、そういえば泣きじゃくる彼女の名前を聞いてないということに気付いて、なんと言って慰めればいいのかもわからなくて、周りをきょろきょろしていると、そこに。
「メリア? この子は?」
メリアの夫が来てくれた。
「あ……あのね」
アリシアの前で二人がやり取りをしていたが、アリシアは止まらない涙と溢れる想いに胸が苦しくて、それどころではなかった。
段々と呼吸が速く、荒くなってきて、息苦しい。聞こえる声も遠くなった。
「……! いけない!」
誰の声かわからないけど、その人は息がし辛くて苦しいアリシアの手を握った。
「ゆっくり息を吐いて。大丈夫だから、落ち着いて。……ゆっくり」
(ゆっくり……?)
眩暈がして、朦朧とする意識のまま、言われた通りに息を吐いた。
「吸って」
これも言われた通りに吸った。
「ゆっくり吐いて」
もう一度、ゆっくり吐いた。
同じことを何回か繰り返すと、呼吸が落ち着いて、苦しかった胸も治まってきたので、顔を上げた。
涙でまだ目が霞んで、目の前の人はぼやけていたけど、優しく微笑んでいるように見えた。
(ギル……?)
そこにいないはずの彼が、脳裏に浮かんで、アリシアは崩れ落ちた。
「……う、だね」
微かに聞こえる声に、アリシアの瞼がピクリと動いた。
まだ意識がぼんやりとしていて、目を開けることができなかったけど、声だけは次第に鮮明に聞こえてきた。
「安静にしていれば、大丈夫でしょう」
「そうですか……ありがとうございます」
(女性の声……メリア、さん。安静に……誰の事……?)
アリシアは、ぼんやりと考えて、メリアに会った記憶、舞台を見た記憶までぽつぽつと一つずつ思い出すと、今、自分がベッドに横たわって診察を受けたのだと、答えに辿り着いた。
「この子、何処から来たって?」
(男性の声……)
倒れる前に優しく声を掛けてくれた人と、その人の声が重なった。
「まだ、聞いてなくて……」
メリアの声が、落ち込んでいた。
「また無理矢理引っ張ってきたの?」
「……うん」
(あ、だ、だめ……)
メリアが叱られると思って、重い瞼にぎゅっと力を入れると、少しだけ目を開けることができた。
「なんでもかんでも先走って動いたらいけないって、言ってるじゃないか」
(待って。違うの)
「わかってるんだけどね。どうしても」
(彼女は悪くない。私が……)
「……めん、なさい」
メリアが言いかけたところで、アリシアは微かに声を出すことができた。
「……! あ、起きました?」
「私……何日かちゃんと眠れてなくて……それで……」
今もまだ、頭がぼやけていて眠いのだけど、説明しないと……そう思っているのに、言葉が出て来ない。
「いいですよ。また起きたらお話しましょう」
そんなアリシアを気遣ったメリアの言葉が、とても有難かった。その声が優しくて、嬉しくて、安心した。
「……うん」
意識が遠のいていく――。
夢の中で、見慣れた風景が広がっていた。もう戻れない思い出の場所。
相変わらず、この部屋にはアリシア一人だけが居る。部屋の模様もそのままだった。
ふと、足元を見ると、アリシアが刺繍をしたハンカチがカーペットの上に散らばっていた。一枚ずつ、きれいに折りたたんで箱に仕舞ったはずなのに……。
一枚拾うと、いつかのギルバートとの思い出がよみがえってきた。
朝、起きると隣で横になっていたギルバートが、アリシアを見つめていた。
初めて、ギルバートの瞳にアリシアの姿が映った日。
アリシアが「おはよう」と声を掛けると、青い瞳を揺らして、ギルバートが微笑んだ。
もう一枚拾うと、違う場面が浮かんだ。
朝の日課になっていた抱擁をしていたとき、ふいに
『アリ、シア』
ギルバートがアリシアの名を呼んだ。
ギルバートは、アリシアの名前を知ってからというもの、言葉を話す練習をなぜかアリシアの名前でしていた。その成果だった。
そしてその日、初めて言葉にできたアリシアの名を、ギルバートは嬉しそうにずっと口ずさんでいた。
あのときのくすぐったい感覚がよみがえって、思わず顔が綻んでしまう。
(でも、仕舞わないと……)
ハンカチを畳んで、箱の中に入れた。
落ちたハンカチを拾う度に、いつかの思い出がよみがえる。
二人で過ごした穏やかな日々……幸せだった。
熱に溺れた淡い日々……嬉しかった。
すれ違う日々……寂しかった。虚しかった。
独りで、部屋で過ごす日々……切なかった。
全部、彼への想いでいっぱいだった。
一つ一つ丁寧に畳んで、伝えられない想いを、言葉にできないそれを、箱の中に仕舞い込んだ。
きっと、いつまでも忘れることはできないだろうけど、こうやって仕舞うことはできる。
もしも、溢れて止まらなくなっても、涙で流してしまおう。
そして、最後の一枚を箱に仕舞った。
「……ギル」
もう呼べない彼の名を零して、蓋を閉めた。
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