【R18】生贄の姫は皇子に喰われたい

あまやどんぐり

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19.彼の名が届かない場所へ

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 ラディ・ボルゴレ……男爵家の三男である彼は、主に家具やランプを取り扱う事業を展開する家業の手伝いをしながら、劇団を立ち上げて世界に羽ばたく夢を見ていた。

 幼い頃から本を読むのが好きで、童話や恋愛、推理小説といった物語に触れることがとても大好きだった。
 その世界の中に自分も入ってみたくて、主人公や脇役、適役……色んな役の真似をした。

 経済的に余裕のない家であることは判っていたけれど、一度だけでいいからと親にわがままを言って連れて行ってもらった劇場。そこで観た劇は、ラディの心にあらゆる感情を与え、体中が感動で震えて、夢を膨らませるきっかけになった。

 家業の繋がりで知り合った伯爵家の次女であるメリアは、お人形遊びが好きだと言ってラディを強引にそこへ参加させた。
 本来なら、女の子同士で遊ぶのが常であったが、そのときたまたま遊べる同じ年の子がラディしかいなかったのだ。

 しかしラディは嫌がるどころか、積極的に参加した。

 メリアの人形遊びの演技が気に喰わなくて、ラディは「そうじゃない。こうした方が迫力がある」などの指導をすると、メリアは素直に聞き入れてやってみた。それが思いのほか楽しくて、メリアは人形遊びがもっと好きになった。

 メリアの性格は強引だけど、ラディも負けじと強引なところがあった。メリアがやりたい役と、ラディが表現したいもの……ぶつけ合って、話し合って、次第に子供の遊びで始まった人形遊びが、芝居になって――。
 ラディの夢が、いつしか二人の夢になった。



 劇団を立ち上げて1年……劇団員は7名。まだこれからだという今、このタイミングで、ラディは思い悩んでいた。

 メリアが勧誘した子は、公演の後に倒れ、医者に診てもらったところ身体に異常が見られず、倒れる前の状態を説明すると"心の傷"が原因ではないかと言われた。

 眠った彼女は、メリアが一目惚れしたことに頷ける容姿であった。
 まるで、童話にあった眠るお姫様のイメージそのものであった。

 旅の人だと聞いた、とメリアは言ったが、どう見ても旅をしている風貌ではなかった。どちらかと言えば、家出をした人。

 何やら事情がありそうな彼女は、目が覚めると、お願いがあると言った。

 劇団に入れてほしいと。
 演技はやったことがないので、難しいけれど、針仕事や料理、掃除などはできると。それと……と続けて

「投資をさせてください」

 カバンから出した小切手を差し出して、言った。
 お金はあるのだけど、使い道に困っていて、家もないし、帰る故郷もないので、同行させてほしいと……見つめてくる瞳から今にも涙が零れそうで、ラディは頷くことが出来ずに言葉に詰まってしまう。

 なぜなら、ラディはその小切手が何であるのか知っていたから。

 家業を手伝う際に、小切手を見る機会はたくさんあった。
 その中には、稀ではあったが皇室専用の小切手もあった。

 彼女が手にしているそれは、紛れもない皇室専用の小切手。
 簡単に手を伸ばせる代物ではないから、ラディの頭を悩ませた。

「……え、と……まず、君の名前を聞いてもいいかな」

 彼女は、俯いて少し悩んでから答えた。

「アリィ……です」

 小切手には"アリシア"と書いてある。彼女は、嘘をついている。

「事情を聞いてもいい?」

 追及したいわけではないけど、何も知らずでは可否の判断はできないから。

「……ごめんなさい」

 何があったか話せない。そうだろうとは思っていた。
 皇室が絡んでいるのであれば、口外禁止とされているだろうと。

 ラディは悩んだ。

 妻が連れてきた、儚く見える彼女。彼女の容姿があれば、ある程度の宣伝効果もあるだろう。劇団を知ってもらうきっかけになる。
 だけど、ラディは誰かの力を借りてこの劇団を広めたいのではなかった。
 彼が夢見たものは、自分たちが築いた劇を色んな人たちに観てもらい、感動させたい。かつての自分が感じたあの震えるような喜びを、人々に伝えたい。そういうものだった。

 だから断る……とも簡単に言えなかった。

 メリアが無理矢理連れてきた手前ということもあるし、彼女を外に放り出すのは簡単だが、きっと彼女はすぐに人攫いに遭うだろう。
 彼女の容姿は、どうしても人の目を引いてしまうだろうし、乱暴な者はどこにでもはびこっている。

 かといって、彼女と関わることで皇室との確執が生まれでもしたら、実家にまで影響が出てしまうだろうし――。

 ラディは唸った。頭を抱えて、掻きむしりたい衝動を抑えて、善と悪が戦って、可否を左右に乗せた天秤がゆらゆらと揺れて、判断を下さなければいけない今この現状を藻掻いた。

 藻掻いて、藻掻いて……ラディの心は、善に傾いた。
 彼女を放り出せば、きっと、妻が……メリアが悲しむだろうなと思ったら、答えを出すのは案外、簡単だった。

「……うん。わかった」

 取り乱した気持ちを落ち着かせようと、ふう、と一息吐いた。

「とりあえず、食事をしてから契約の話をしよう。あと……これからのことも」

 ラディが言うと、アリシアは下を俯いて目に溜まった涙を拭くと顔を上げた。

「ありがとう」

 嬉しくて微笑んだアリシアに、息を呑んだラディは、後にアリシアの平穏のためと称して決め事を作った。

「君は笑顔一つで人の心を奪ってしまうから、外では笑わないように」



 ボルゴレ夫妻と劇団員の人たちは、アリシアを迎えた後、帝国を出る準備に大忙しだった。広場にセットされた舞台や資材の片付け、船に乗せる積み荷の整理など……皆が忙しない中で、アリシアは小切手を換金してから改めて刺繍に使う糸を買いに行った。一人では心配だからと同行してくれたメリアと共に。

 店のドアに取り付けられた鈴は、客の出入りを知らせるためについているのだとメリアが教えてくれた。
 メリアが衣装作りに使う布生地を選んで、アリシアはそれに合わせて糸を選んだ。
 誰かと些細な会話をして、好きなことを共有していることが、嬉しくて楽しくて、幸せだった。

 ただ、それでも……どうしても、あの人を思い出してしまうから、青い糸だけは見て見ぬふりをして買えなかった。



 潮風がアリシアの頬を撫でると、ふいに呼ばれた気がして振り返った。
 船の上から見える海が、記憶に刻まれた瞳の色を思い出させて、アリシアの胸を締め付けた。

 帝国ここにいると、嫌でも耳にしてしまうだろう。彼のこと。いずれ、彼の婚約者になる人のことも。
 だから、アリシアはこの地に残りたくなかった。帝国を去ることに後ろ髪を引かれる思いがする反面、安堵した。

「アリィ、大丈夫?」

 遠ざかる国を見て、物思いに耽ったアリシアを気遣うメリアは、夫のラディ同様アリシアの事情を深く追及しなかった。
 所々で気を使ってくれる彼女たちに、心配ばかり掛けてはいけない。彼の事を忘れる努力をしようと、アリシアは首を振って大丈夫だと答えようとしたのだけれど、咄嗟にラディに言われた決め事を思い出して、控えめに微笑んだ。
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