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20.押し寄せる不穏
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アリシアの眠る姿を隣に横たわって眺める。そんな夜を何度も過ごしたけど、明日からはそれができない。手を伸ばせば触れられるのも、今だけ。
その時間が近づいてくると、ギルバートは寂しい気持ちが増してベッドから離れ難かった。
行くと決めたのは自分なのに、心が揺れて、アリシアを瞳に捉えたまま動けなかった。
アリシアのいない地で、耐えられるのか自信がなくて――。
アリシアの頬を撫でて、彼女の肌の感触を自分の手に覚えさせた。今度は額に口付けをして、唇に記憶する。
そして、アリシアの手を取って口付けをして、自分の頬に当てて彼女の温もりを感じた。
「アリシア……行ってきます」
彼女が眠っていて幸いだったかもしれない。アリシアの瞳を見つめてしまうと、決意したものが揺らいでしまいそうだったから。
部屋を出る前に、彼女と過ごしたこの空間を目に焼き付けてから、静かに出て行った。
出立の見送りに来た皇帝は、整列する騎士と兵士達へ激励の言葉を掛けると、ギルバートに一言。
「……信じているぞ」
言いたいことは、たくさんあった。
ギルバートの姿を見ると、込み上げる懺悔と後悔……そして愛情が織り交ざって複雑な心境になって、言葉に詰まってしまう。
皇后から継いだ青い瞳を目の前にして、皇帝は今もまだ胸に在る想いを噛み締めていた。
「はい。行ってまいります」
皇帝の心境など知る由もないギルバートは、皇帝に一礼すると、背中を向けて皇宮を後にした。
遠ざかる皇宮に居るアリシアに想いを馳せて、ギルバートは目を閉じた。彼女と過ごした小さい宮殿のあの部屋を思い出すと、そこにはアリシアが居る。そこに、帰ればいい。生きて、帰ればいいだけだと自分を慰めた。
同盟国に到着すると、迎えたのは同盟国の騎士数名だけだった。
第二王子が港で合流する手筈だったのだが、相手の組織が"解放軍"だと名乗りを上げて小さい領地ではあったが制圧を始めたことを受け、王室も慌てて動き出したために状況が変わったのだという。
拠点まで向かう道中、解放軍だと偽の名乗りを上げた賊が町を襲い、金品を奪っていると報告を受けて、ギルバート達は救出へ向かった。
突発的に行われた悪行であり、制圧は簡単だと思われていたそれは、実は緻密に計画されていたことで、その土地の領主による反乱であった。
領主は雇った賊に町を襲わせて、そこに来たギルバート達を袋叩きにしようと、私兵を出撃させて包囲に成功した。
帝国から持ってきた支援物資を置いて、降伏するなら良しと言う領主に従うはずもなく、戦は始まった。
ギルバートが戦場に出るのは初めてだということは、周知の事実だった。
今反乱を起こしている領主もそれを知っていて、侮っていたのだ。帝国軍の皇太子はほんの数年前まで病に臥せって病弱であったし、まだ未熟な若輩者だと。
しかしどうしたことか、領主の思惑は崩れ去る結果となった。
私兵の一人がギルバートの脇腹を斬り付けることに成功し、傷を負わせた。それが死に至る傷でないことはわかっていたが、誰でも痛みを感じれば一瞬の隙を見せるのだが、ギルバートは違った。
斬り付けられたことに気が付いてないのか、それとも痛みを感じない体なのか、一切の躊躇いも見せずにギルバートは振りかざした剣で私兵の腕を斬り落とした。
その後も、他の兵士を次々と倒していく。
ギルバートが流す血なのか、返り血なのか判別できない赤黒い血でギルバートの銀の鎧が染まっていく。そんな皇太子の姿に鼓舞された騎士達も、果敢に相手を攻めた。
私兵は予想に反した状況に戦意喪失し、領主は撤退を余儀なくされた。
そうやって戦闘に勝利を収めた帝国軍は、町の解放を終えると歩を進めた。
そして始まった戦争――同盟軍と解放軍……そこに反乱軍も加わって、三勢力で争うことになった戦場は予想以上に混乱した。
ギルバートは、自身の体が傷ついてもすぐに回復することを知っていた。痛みは感じるが、傷口はすぐに塞がるし、斬り落とされさえしなければ無事であると。
訓練を受けていたときに気付いた。誤って腕を傷付けてしまい、思った以上の血が流れたのだけど、すぐに収まり、傷口が塞がった。
そして、アリシアの体を味わうと傷跡さえなかったように消えてしまうと……。
今はこの場に彼女はいないから、傷跡は残るが、ギルバートは戦場で傷付いて、どう動けば避けることができるか、相手より有利に動くことができるのかを体で覚えていった。
そうやって経験を積んで戦闘を勝利に導くことで、皇太子に向けられた悪評を払拭したのだけど、ギルバートの体は時折アリシアを欲した。
一度覚えてしまったからなのか、それとも彼女に生かされた体だから、依存してしまっているのか。
アリシアの甘い香りが鼻をくすぐった夜を思い出して、喉が渇く。水を飲んで潤しても、それは止まなかった。
アリシアの蜜の味を思い出して、疼く体が熱くて、吐き出せない欲望の渦に追い込まれると、ギルバートは鍛錬に励んだ。体を極限まで疲労させると、どうにか抑えることができたから。
そうしている内に、体力も筋力も向上したので結果的には良かった。
皇太子が誰よりも努力家であると、事情を知らない騎士たちが感銘を受けて、己を過信せずに鍛錬しようと活気溢れる軍内は可笑しな空気に包まれていたけれど、そんな中でもギルバートの心はアリシアを想った。
早く会いたい。帰ったら、まずはアリシアを抱き締めて彼女の香りを楽しんで、それから――。
戦場を駆け巡って2年が経った。
同盟軍と解放軍の対立は、反乱軍という共通の敵の出現により一時休戦を強いられ、最終的に和解条約を結ぶことで落ち着く形で収めることになった。
戦禍を被った村や町の復興と、反乱軍の残党や混乱に乗じて強奪を繰り返す賊を討伐する日々を過ごしていた。
そんなギルバートの元に、帝国からの使者が訪れた。
皇帝崩御の知らせを持って。
「……ア……シア……は?」
耳鳴りがして、自分がどれほどの声量でその言葉を吐いたのかわからなかった。
会議室で第二王子と騎士団長らと会議をしていたところに使者が来たから、ギルバートの言葉を聞いた者は皆、何を言ったのかを聞き取れなくてその声に集中して黙りこくって、静けさだけが残された。
肝心のギルバートは固まって動けずにいて、使者はギルバートがそれだけ驚愕しているのだと思ったが、まだ伝える事項があったので静けさを断ち切って言った。
「宰相様より、戦況が落ち着いているのなら、すぐにお戻りになって頂くようにと言付かっております」
戻る、帰る……頭の中に浮かぶ単語を繰り返して、ブツブツと呟くギルバートの様子に、騎士団長が声を掛けた。
「殿下、ここの指揮は私が責任を持って行いますので、どうか帝国にお戻りになってください」
耳鳴りが止まらない。胸がざわついて、落ち着かなくて、ギルバートは呆然としたまま口を開いた。
「……そう、だな。わかった。すぐに帰ろう」
そう。帰らなければ。
残る騎士や第二王子に満足に挨拶もしないで、ギルバートは帰路へ就いた。
海を渡らなければいけないから、船の上で港までの道のりを、ざわつく心がどうにも落ち着かずに不安な気持ちを煽って、じっとしていられなくてうろうろと歩き回った。
使者に皇帝がなぜ亡くなったのかを詳しく聞くと、ギルバートが出立してから半年後に倒れた後、病に臥せってベッドから出られないまま……詳しいことは宰相しか知らないという。
「……陛下の側室たちはどうしている?」
「ほとんどを宰相様が代理で動かしていて、私も殿下へお伝えするために急ぎ出て来たため、詳しくは知らないのです」
ただ……と使者が続けた。
「陛下がお倒れになられてすぐに、側室の方々の宮殿に騎士を配置して一切の出入りを禁止にしておりました」
アリシアの所にも、そうしたのだろうか。
突然のことで、きっと驚いただろう。ずっと穏やかに過ごして欲しいのに、思わぬところで、ましてや自分が不在のときにそんな事態になったことに怒りが湧いて、ため息を吐いた。
「……なぜ、そのときに私に使いを寄越さなかったんだ?」
「あ……陛下が、それだけはだめだとおっしゃられたと……」
これも、詳しい話は宰相でないとわからない、申し訳ございませんと頭を下げる使者に舌打ちをしたい気持ちを押し殺して、下がるように言った。
「シア……アリシア」
祈るように手を合わせて、額に当てた。
不安にさせたくない。悲しませたくない。傷つけたくない。……大切な人。どうか無事であって欲しい。何事もないといいのだけど――。
港に着くや否や、ギルバートは用意された馬に跨って、単身で皇宮に向かった。後ろで待機していた騎士と置いて行かれた使者の慌てふためく声が聞こえたが、気持ちが急いてそれどころではなかった。
通常であれば3日掛かる距離を、休憩も無しで馬を走らせると、一日も持たずに馬は体力の限界を迎えた。
残りの距離は半分ほど……馬を置いて、ギルバートは走った。
皇帝は、ギルバートがいない間にアリシアを皇太子妃に迎える準備をしておくと約束してくれた。
ギルバートは、その皇帝の言葉に甘えてしまっていた。それに、アリシアが皇帝の側室という立場であることに、嫉妬していた。
そんな独占欲に拘っていないで、アリシアのことを事細かく伝えておけば良かった。
出立の日に、自分がいない間のアリシアのことを頼むと、念を押して願い出ておけば良かった。
もしくは、宮殿に仕えるあの愚か者たちに、命を掛けてでもアリシアを守るように言っておけば――いや、彼女を独り占めにしたくて周りに隠すのではなくて、自慢して歩けば良かった。
アリシアを独りにしなければ……後悔だけが波のように押し寄せた。
不安が拭えない。
アリシアに伝えたい言葉があって、してあげたいことがたくさんあった。だけど、それが伝えられない。してあげられない。なぜだかそんな焦燥感に襲われる。
いずれは辿り着く、皇宮に。アリシアは小さい宮殿で、自分を待っている。
そう信じて、ひたすら走り続けた。
その時間が近づいてくると、ギルバートは寂しい気持ちが増してベッドから離れ難かった。
行くと決めたのは自分なのに、心が揺れて、アリシアを瞳に捉えたまま動けなかった。
アリシアのいない地で、耐えられるのか自信がなくて――。
アリシアの頬を撫でて、彼女の肌の感触を自分の手に覚えさせた。今度は額に口付けをして、唇に記憶する。
そして、アリシアの手を取って口付けをして、自分の頬に当てて彼女の温もりを感じた。
「アリシア……行ってきます」
彼女が眠っていて幸いだったかもしれない。アリシアの瞳を見つめてしまうと、決意したものが揺らいでしまいそうだったから。
部屋を出る前に、彼女と過ごしたこの空間を目に焼き付けてから、静かに出て行った。
出立の見送りに来た皇帝は、整列する騎士と兵士達へ激励の言葉を掛けると、ギルバートに一言。
「……信じているぞ」
言いたいことは、たくさんあった。
ギルバートの姿を見ると、込み上げる懺悔と後悔……そして愛情が織り交ざって複雑な心境になって、言葉に詰まってしまう。
皇后から継いだ青い瞳を目の前にして、皇帝は今もまだ胸に在る想いを噛み締めていた。
「はい。行ってまいります」
皇帝の心境など知る由もないギルバートは、皇帝に一礼すると、背中を向けて皇宮を後にした。
遠ざかる皇宮に居るアリシアに想いを馳せて、ギルバートは目を閉じた。彼女と過ごした小さい宮殿のあの部屋を思い出すと、そこにはアリシアが居る。そこに、帰ればいい。生きて、帰ればいいだけだと自分を慰めた。
同盟国に到着すると、迎えたのは同盟国の騎士数名だけだった。
第二王子が港で合流する手筈だったのだが、相手の組織が"解放軍"だと名乗りを上げて小さい領地ではあったが制圧を始めたことを受け、王室も慌てて動き出したために状況が変わったのだという。
拠点まで向かう道中、解放軍だと偽の名乗りを上げた賊が町を襲い、金品を奪っていると報告を受けて、ギルバート達は救出へ向かった。
突発的に行われた悪行であり、制圧は簡単だと思われていたそれは、実は緻密に計画されていたことで、その土地の領主による反乱であった。
領主は雇った賊に町を襲わせて、そこに来たギルバート達を袋叩きにしようと、私兵を出撃させて包囲に成功した。
帝国から持ってきた支援物資を置いて、降伏するなら良しと言う領主に従うはずもなく、戦は始まった。
ギルバートが戦場に出るのは初めてだということは、周知の事実だった。
今反乱を起こしている領主もそれを知っていて、侮っていたのだ。帝国軍の皇太子はほんの数年前まで病に臥せって病弱であったし、まだ未熟な若輩者だと。
しかしどうしたことか、領主の思惑は崩れ去る結果となった。
私兵の一人がギルバートの脇腹を斬り付けることに成功し、傷を負わせた。それが死に至る傷でないことはわかっていたが、誰でも痛みを感じれば一瞬の隙を見せるのだが、ギルバートは違った。
斬り付けられたことに気が付いてないのか、それとも痛みを感じない体なのか、一切の躊躇いも見せずにギルバートは振りかざした剣で私兵の腕を斬り落とした。
その後も、他の兵士を次々と倒していく。
ギルバートが流す血なのか、返り血なのか判別できない赤黒い血でギルバートの銀の鎧が染まっていく。そんな皇太子の姿に鼓舞された騎士達も、果敢に相手を攻めた。
私兵は予想に反した状況に戦意喪失し、領主は撤退を余儀なくされた。
そうやって戦闘に勝利を収めた帝国軍は、町の解放を終えると歩を進めた。
そして始まった戦争――同盟軍と解放軍……そこに反乱軍も加わって、三勢力で争うことになった戦場は予想以上に混乱した。
ギルバートは、自身の体が傷ついてもすぐに回復することを知っていた。痛みは感じるが、傷口はすぐに塞がるし、斬り落とされさえしなければ無事であると。
訓練を受けていたときに気付いた。誤って腕を傷付けてしまい、思った以上の血が流れたのだけど、すぐに収まり、傷口が塞がった。
そして、アリシアの体を味わうと傷跡さえなかったように消えてしまうと……。
今はこの場に彼女はいないから、傷跡は残るが、ギルバートは戦場で傷付いて、どう動けば避けることができるか、相手より有利に動くことができるのかを体で覚えていった。
そうやって経験を積んで戦闘を勝利に導くことで、皇太子に向けられた悪評を払拭したのだけど、ギルバートの体は時折アリシアを欲した。
一度覚えてしまったからなのか、それとも彼女に生かされた体だから、依存してしまっているのか。
アリシアの甘い香りが鼻をくすぐった夜を思い出して、喉が渇く。水を飲んで潤しても、それは止まなかった。
アリシアの蜜の味を思い出して、疼く体が熱くて、吐き出せない欲望の渦に追い込まれると、ギルバートは鍛錬に励んだ。体を極限まで疲労させると、どうにか抑えることができたから。
そうしている内に、体力も筋力も向上したので結果的には良かった。
皇太子が誰よりも努力家であると、事情を知らない騎士たちが感銘を受けて、己を過信せずに鍛錬しようと活気溢れる軍内は可笑しな空気に包まれていたけれど、そんな中でもギルバートの心はアリシアを想った。
早く会いたい。帰ったら、まずはアリシアを抱き締めて彼女の香りを楽しんで、それから――。
戦場を駆け巡って2年が経った。
同盟軍と解放軍の対立は、反乱軍という共通の敵の出現により一時休戦を強いられ、最終的に和解条約を結ぶことで落ち着く形で収めることになった。
戦禍を被った村や町の復興と、反乱軍の残党や混乱に乗じて強奪を繰り返す賊を討伐する日々を過ごしていた。
そんなギルバートの元に、帝国からの使者が訪れた。
皇帝崩御の知らせを持って。
「……ア……シア……は?」
耳鳴りがして、自分がどれほどの声量でその言葉を吐いたのかわからなかった。
会議室で第二王子と騎士団長らと会議をしていたところに使者が来たから、ギルバートの言葉を聞いた者は皆、何を言ったのかを聞き取れなくてその声に集中して黙りこくって、静けさだけが残された。
肝心のギルバートは固まって動けずにいて、使者はギルバートがそれだけ驚愕しているのだと思ったが、まだ伝える事項があったので静けさを断ち切って言った。
「宰相様より、戦況が落ち着いているのなら、すぐにお戻りになって頂くようにと言付かっております」
戻る、帰る……頭の中に浮かぶ単語を繰り返して、ブツブツと呟くギルバートの様子に、騎士団長が声を掛けた。
「殿下、ここの指揮は私が責任を持って行いますので、どうか帝国にお戻りになってください」
耳鳴りが止まらない。胸がざわついて、落ち着かなくて、ギルバートは呆然としたまま口を開いた。
「……そう、だな。わかった。すぐに帰ろう」
そう。帰らなければ。
残る騎士や第二王子に満足に挨拶もしないで、ギルバートは帰路へ就いた。
海を渡らなければいけないから、船の上で港までの道のりを、ざわつく心がどうにも落ち着かずに不安な気持ちを煽って、じっとしていられなくてうろうろと歩き回った。
使者に皇帝がなぜ亡くなったのかを詳しく聞くと、ギルバートが出立してから半年後に倒れた後、病に臥せってベッドから出られないまま……詳しいことは宰相しか知らないという。
「……陛下の側室たちはどうしている?」
「ほとんどを宰相様が代理で動かしていて、私も殿下へお伝えするために急ぎ出て来たため、詳しくは知らないのです」
ただ……と使者が続けた。
「陛下がお倒れになられてすぐに、側室の方々の宮殿に騎士を配置して一切の出入りを禁止にしておりました」
アリシアの所にも、そうしたのだろうか。
突然のことで、きっと驚いただろう。ずっと穏やかに過ごして欲しいのに、思わぬところで、ましてや自分が不在のときにそんな事態になったことに怒りが湧いて、ため息を吐いた。
「……なぜ、そのときに私に使いを寄越さなかったんだ?」
「あ……陛下が、それだけはだめだとおっしゃられたと……」
これも、詳しい話は宰相でないとわからない、申し訳ございませんと頭を下げる使者に舌打ちをしたい気持ちを押し殺して、下がるように言った。
「シア……アリシア」
祈るように手を合わせて、額に当てた。
不安にさせたくない。悲しませたくない。傷つけたくない。……大切な人。どうか無事であって欲しい。何事もないといいのだけど――。
港に着くや否や、ギルバートは用意された馬に跨って、単身で皇宮に向かった。後ろで待機していた騎士と置いて行かれた使者の慌てふためく声が聞こえたが、気持ちが急いてそれどころではなかった。
通常であれば3日掛かる距離を、休憩も無しで馬を走らせると、一日も持たずに馬は体力の限界を迎えた。
残りの距離は半分ほど……馬を置いて、ギルバートは走った。
皇帝は、ギルバートがいない間にアリシアを皇太子妃に迎える準備をしておくと約束してくれた。
ギルバートは、その皇帝の言葉に甘えてしまっていた。それに、アリシアが皇帝の側室という立場であることに、嫉妬していた。
そんな独占欲に拘っていないで、アリシアのことを事細かく伝えておけば良かった。
出立の日に、自分がいない間のアリシアのことを頼むと、念を押して願い出ておけば良かった。
もしくは、宮殿に仕えるあの愚か者たちに、命を掛けてでもアリシアを守るように言っておけば――いや、彼女を独り占めにしたくて周りに隠すのではなくて、自慢して歩けば良かった。
アリシアを独りにしなければ……後悔だけが波のように押し寄せた。
不安が拭えない。
アリシアに伝えたい言葉があって、してあげたいことがたくさんあった。だけど、それが伝えられない。してあげられない。なぜだかそんな焦燥感に襲われる。
いずれは辿り着く、皇宮に。アリシアは小さい宮殿で、自分を待っている。
そう信じて、ひたすら走り続けた。
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