【R18】生贄の姫は皇子に喰われたい

あまやどんぐり

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21.残されたもの

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 皇帝は、ギルバートを遠く離れた宮殿に追いやると、それまで以上に公務に没頭した。かと思えば、ふいにふさぎ込んでやる気を失くしたりと、気分の浮き沈みが激しくなった。

 そして皇后に一途だった皇帝が、側室を次々と引き入れた。
 さすがに許諾出来ないと、宰相は皇帝に意見した。臣下として言っているのではない。友人として言ったのだ。
 後で後悔するのは自分だと。そんなに自分を痛めつけたいのかと。

 皇帝は、微笑んだ。

「側室だからと言って、私を思うままにすることも、皇室を自由にさせることもない。安心しろ」

 そう言って、側室とする女性たちとの契約書を見せられた。
 そこには<皇帝が亡き後は、側室の身分を剥奪し、即刻退去させる>とあった。

「いや、だから……そういうことを言っているのではないんですよ」

「まあ、そのときはお前に彼女たちの処理を任せるよ」

「だから……!」

 心配して言っているのに、全く聞く耳を持たない皇帝にもどかしくて地団太を踏んだ。そんな宰相を見て笑う皇帝の悲しみがどれほどのことかなんて、結局のところ宰相には理解しきれていなかった。
 宰相はそれがとても悔しくて、寂しかった。



 皇太子との謁見後、皇帝は目に見えてご満悦だった。

「ご子息とのお話は楽しかったですか?」

 会議室に向かう道中――皇太子と話をするように自分が背中を押すまで物思いに耽ってため息を吐いていた人が、吹っ切れたように軽やかに歩いているのを見て、宰相は呆れ気味に聞いた。

「うむ。有意義な時間であった!」

 皇帝は、声高らかに息子の自慢話に花を咲かせた。宰相の前でだけはこのように無邪気な一面を見せる皇帝に、宰相は久しぶりに見たその姿に安心した。
 だけど、会議室の前に到着すると

「これで私も、思い残すことはない」

 静かに言った皇帝は、それを聞いて戸惑う宰相を振り返り、続けた。

「良い後継者に恵まれて幸せ者だな、私は」

 ふいに不安が過ぎった。
 明るく振る舞う皇帝の心に抱えるものを、また、理解してあげられないのかと複雑な思いが込み上げたが、宰相は微笑みで返した。



 それからの皇帝は日々の公務の他に、身辺整理を始めた。
 後の皇帝になるギルバートに残したいものと、残したくないものに分けて処理をしている様子が何だか急いているように見えて、休む時間も惜しんで机に向かう皇帝に宰相はまだ先のことだと、体を休めるように促した。

 皇帝は笑って大丈夫だと言うので、宰相はそれ以上何も言えなかった。

 皇太子が同盟国の戦に向かった後、しばらくして皇帝が咳をした。
 続けて出るそれに、医師をすぐに呼んで診てもらったが、無理がたたって風邪を引いたようだと診断された。
 薬を飲んで少し安静にすると体調は快復したので、医師の言うとおりただの風邪だったのだと思っていた。

 そしてまた忙しない日々を送る皇帝を心配しながらも、かつての病的な没頭の仕方とは違って、目的があっての行動だから好きにさせてあげようかと見守ることにした。

 そして数ヶ月後、皇帝は倒れて高熱に魘された。
 医師の診断は、余命が長くないと――。

 皇帝が病で倒れた。余命宣告を受けたと噂を広められても困るし、この混乱に乗じて皇室を脅かす恐れもあったから、宰相はすぐに側室それぞれの宮殿に騎士を配置して、一切の出入りを禁止した。
 皇帝が元気な内は、出入りを許された者は文句を垂れたが、皇命とあらば従わざるを得ない。

 そして皇室に仕える者たちに皇帝の状態を外に漏らさないよう緘口令を敷いた。

 戦場にいる皇太子に知らせを届けようとしたのだが、皇帝が熱に魘されながらしきりに「言うな」と言うので、宰相はその意思に従った。

 皇帝は、自身の体が病に侵されていることを知っていたのだろうか。
 医師を問い詰めると、実は……と白状した。
 3年前から皇帝の体に陰りが見えて、元気に見えてもそれは密かに体内を侵食し、いずれは死に至ると、皇帝にそのままを伝えたと。どのくらい生きられるのかは、その病の進行次第だと言うと、皇帝は微笑んで頷いて、誰にも言うなと命を下したのだという。

 皇帝は、いつもそうだ。
 自分の弱い所、悩みを独りで抱えて、隠そうとする。隠しきれてなくても、心配さえさせてくれない。
 宰相は、友人として頼って欲しかった。

 (せめて、私にだけは打ち明けてくれてもいいのに……)

 もどかしかった。何もできない、してあげられない無力感が宰相の心を蝕んだ。しかしそれでも、宰相は皇帝の代理として動かなければいけない。唯一、それだけが彼にできることだった。

 熱が治まっても、皇帝はベッドから出ることはなかった。
 日に日に体力が落ちて、痩せていった。
 宰相は代理で行った公務などの報告を欠かさなかった。皇帝が生きている内は、勝手は許されない。
 それに、自分に貴方の代わりは荷が重い……まだ皇帝が必要だと、生きていて欲しいと本音を吐露した。
 皇帝は、微笑むだけだった。



 いつ、その日が訪れるか……いや、いつ来てもおかしくない状態だった。皇帝の危篤。駆け付けると、医師数名が皇帝を囲んでいて、皆、皇帝を見つめてじっとしているだけだった。

 延命処置を施そうとしたところ、皇帝から止められたと言った。
 皇帝の命の灯が消えるまで、このまま待てと。何もせず。何も出来ずにその場に突っ立っているだけだった。

 最後まで、何もできない。そんな自分が恨めしくて、悔しくて……友と別れるのが悲しくて、涙が止まらなかった。

「皇后陛下が貴方を待っていてくれるといいですね」

 最後の会話で、宰相が皮肉めいたことを言うと、皇帝は微笑んで返した。

「……私が、会いに行くから大丈夫」

「皇太子殿下に、残す言葉があればお伝えします」

「ギ……ル……大、丈夫だ。あの子は、可愛い……私の……だから」

 思い出に浸るように、微かに開いていた瞼を閉じた皇帝は、そのまま息を引き取った。



 皇帝崩御の知らせを、同盟国に滞在する皇太子へ急ぎ伝えるように、使いを向かわせた。
 そして宰相は、予め用意しておいた書面を使者に持たせて、側室たちへ離縁通達を届け、迅速に対応するように指示をした。

 悲しみに浸っている時間はなかった。

 皇帝の葬儀の準備をして、皇太子の帰還を待つ。
 その間に、皇帝の残した途中経過の書類を整理していた。
 積み重なる書類の量は少なくなかったし、皇帝が倒れてから休む暇もなく働いていたので、宰相にも疲労の色が出てきていた。

 もう少しだけ整理したら少し休もうと思いながら、皇帝の机の引き出しを開けた。

 一枚の書類に皇帝のサインが記されて、仕舞ってあった。

 "第15側室アリシアを皇太子ギルバートの妃として皇室へ迎える"

 そこに記された文言を、見間違えたのかと思って何度も瞳だけ動かして読んだ。

「皇太子妃……?」

 皇帝のサインはしてあるが、ギルバートとその皇太子妃となる人のサインの部分は空白であった。

 一体、いつ、どのようにそんな話になったのか。
 皇帝は何を考えて……いや、何も言わなかった。

「な、どう……っ」

 言葉が出て来なかった。
 アリシア?15番目の側室……側室は――。

 皇室から追い出すように指示を出してから3日経っていた。
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