【R18】生贄の姫は皇子に喰われたい

あまやどんぐり

文字の大きさ
25 / 44

24.消えた皇太子妃

しおりを挟む
 時は遡り、数日前――。

 15番目の側室が皇太子妃となるはずだったと知った宰相は、離縁通達を持って側室たちの宮殿を回った使者の元へ急いだ。

 汗だくであるのに、顔色が真っ青な宰相を使者は心配したのだけど、そんなことはどうでもいいと一喝された。

「15番目の側室はどうした! まだ宮殿にいるか?!」

「……は、いえ。二日前の朝一番に退去されました」

 通達を受けた翌日の昼までには退去させろと、宰相が言ったのに、そんなことを聞かれたので、使者は呆気に取られていた。
 15番目の側室……あの、か弱い彼女がどうかしたのかと記憶を巡らせて、マントを持たせた案内人のことを宰相に伝えた。
 途端、宰相は案内人の元へ駆けた。

 その嵐が案内人の元にやって来て、使者にしたように問い詰めた。

「15番目の側室をどこまで送ったんだ!?」

「あ、アリシア様なら街に行きたいとおっしゃったので、近くまで送りました。……それと」

「それと?」

「行きたい店があると言うので、そちらまでご案内しました」

 宰相はすぐに捜索しなければ……連れ戻さなければとブツブツ言いながら気付いた。

「アリシア様はどのような見た目なんだ?」

 肝心の、その人の姿を目にしたこともなければ、人伝に聞いたこともない。そういえば、彼女のいた宮殿には皇太子殿下もいた。少し考えれば思いつく二人の共通点を、見落としていたことに宰相は肩を落とした。

「アリシア様は……銀の髪が腰までの長さで、それはもう絹のように艶があって……瞳は、菫色で宝石のように澄んできれいでした。それと肌が色白で、笑顔がとてもかわ……」

 宰相の「お前は何を言っているんだ?」と訴える視線に、案内人は発言を止めて咳をした。

「そ、捜索をされるなら、私も参加致します!」

 アリシアの姿を一目でも見たことのある案内人と、アリシアの宮殿を守衛していた第4番隊の騎士たちも動員して捜索が開始された。
 アリシアが立ち寄った店の主人は、昨日まで姪に店番を頼んでいたので自分は見ていないと言った。
 その姪は今は旅行に出掛けていて、戻ってくるのは5日後だという。

 アリシアに、人目を引く銀の髪を隠すようにとフード付きのマントを渡したと案内人は言った。そのせいで、銀の髪をした女性を目撃した人はこの街には一人もいなかった。
 旅人も往来するこの街に、マントを着用する人はたくさんいて、それっぽい人も見当たらなかった。

 宰相は側室たちに小切手を渡していることを思い出して、銀行に駆け込んだが、すでに換金されていて、アリシアは銀行に預けずに持って行ったと。

 それ以上の足取りはわからなかった。

 頼みの綱である店主の姪が戻るまで、手掛かりのない捜索は続いた。



 未だ先の進まない段階の内に、皇太子が帰還した。
 血塗れの状態で倒れたギルバートに騎士たちを呼んで応急処置を施し、医師を呼んで治療をさせた。
 額に鏡の破片が少し刺さっていたぐらいで、傷口はそこまで深くなかったのか、大きな傷はなかった。
 それにしても、出血の量が多かったように思えたが……皇太子が無事であるなら、それで良かった。

 ギルバートが眠っている内に、遅れて港から荷馬車や使者たちが帰ってきた。
 話を聞くと、皇太子が港に着くなり馬に跨って飛ぶように走り去ってしまって、慌てて後を追いかけて来たという。
 途中で皇太子が乗っていった馬を見つけたというので、皇太子が単身で帰ってきたことを思い出すと、自身の足で皇宮に辿り着いたのだと予想できた。

 (体力を消耗して、皇太子妃の不在に心痛もあって、追い込まれて自身を傷つけてしまうなんて……)

 宰相は謝っても謝り切れない無力感に苛まれたまま、ギルバートが目覚めるのを待った。

 どんなにつらくても、苦しくても、皇帝陛下の葬儀を進めなければいけないし、その後は後継者であるギルバートの戴冠式を執り行わなければならない。新皇帝の就任を祝う席も設けて……公務も溜まっているものがたくさんある。

 宰相は眉間を抑えて、ため息を吐いた。

 (誰よりも君主に寄り添える相談役でありたいのに、私はそのような才を持ち合わせていないのだ)

 せめて、皇太子妃が見つかってくれれば……それだけが唯一の救いだった。

 けれど現実は残酷で、騎士が持ち帰った情報によると、皇太子妃はすでに帝国を出て海を渡って他国へ行ってしまったという。

 店主の姪の話によれば、皇太子妃はボルゴレ夫人と一緒にいたと言う。
 ボルゴレ夫人は、夫と共に劇団を経営していて、他国への進出のために買い物に来たその日に、街を出て港に向かったようだと。
 どの国に行ったのかまでは知らないということだった。

 他国に行くには、色々な手続きを挟まなければいけないし、そのボルゴレ夫妻と一緒に皇太子妃が行動しているとは限らないため、捜索はさらに困難を極めた。

 目覚めた皇太子に、この事実を報告しなければいけない。
 聞いた後、皇太子は正気でいられるだろうか……。



 皇太子妃の報告を受けて意気消沈した宰相が眠る皇太子の元に戻ると、ギルバートは起きて、ベッドの上で虚空を見つめていた。

「殿下……私の声が聞こえますか?」

 意識があるのか声を掛けて確認すると、ギルバートは頷いた。

「その……アリシア様のことですが」

 アリシア。その名に反応して、ギルバートの顔が宰相に向けられた。

「アリシア様はすでに帝国を発ってしまっており、捜索は困難となっております。引き続き、捜索を……」

「……」

 夢から覚める度に、アリシアのいない現実を突きつけられる。
 同じ地にいることすら、嫌になったのか。そこまで、彼女は自分を嫌っていたのか――。
 ギルバートの頬を涙が伝った。

「殿下……」

 宰相の心が痛んだ。慰めることもできなくて、その場から離れることもできずに、ただ立ち尽くすだけだった。
 肩を震わせて泣くギルバートの姿が見ていられなくて、目を伏せて皇太子が落ち着くまでそのままでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました

ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。

処理中です...