【R18】生贄の姫は皇子に喰われたい

あまやどんぐり

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25.想い馳せる、恋焦がれる(1)

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「……引き続き、彼女を探してくれ」

 しばらくしてから、声を掛けようにも言葉が見つからずにもどかしくて、俯いたままの宰相に向けて、ギルバートが言った。

「はい。それはもちろん、私が責任を持って」

 宰相は言ってから、気付いた。皇太子妃失踪に関しての責任は自分にあるのだと。

「……あの、私の処罰は……」

「いい。……私が悪いんだ。それに、あなたがいないと私が困る。陛下の見送りもしなければ……」

 ギルバートの声は、掠れていた。
 落ち着いた口調で話す彼は、後継者らしく見えるけれど、宰相には皇太子がそれらしく努めようと無理をしているように見えて、痛ましく思えた。

「……殿下」

 掛ける言葉も浮かばないけれど、声を掛けずにはいられなかった。

「罰が欲しいのなら、命尽きるまでその役目を全うしてくれ」

 吐き捨てるように言われたその一言が、気力も体力も限界を迎えている宰相を果てしない底まで落としたけれど、宰相は諦めて「そうします」と答えた。



 アリシアと過ごした宮殿は、割れた鏡と血で汚した床を下の者たちに掃除させた。
 あの部屋だけは、誰にも触らせないようにした。どうしても、アリシアとの思い出の場所に別の人間を入れるのを躊躇ってしまって。
 そして、アリシアの残したハンカチを持って本宮へ移動してから二日後――ギルバートは黒の衣に身を包んで、自室の窓から目には見えない遠くにある小さい宮殿を見つめていた。

 眠れば記憶の中のアリシアに会えるのだけど、手を伸ばしても触れられなくて、声を掛けても返事をしてくれない。そんな悪夢を見るから、目を覚ます。
 目を覚ませば、アリシアのいない現実の喪失感に襲われる。

 帝国からも去ってしまったアリシアは、可能性としてはボルゴレ夫妻と行動を共にしているらしい。夫であるボルゴレの家門を使者が訪れて、両親にどの国に行ったのか知っているか聞いてみると、実は三男とは喧嘩をしてしまっていて、連絡を取り合っていないのだという。
 もしも連絡を取ることがあれば、聞いてみるということだった。

 アリシアが、無事でいてくれているのなら、まだそれで良かった。
 元気でいるのか、不便なことはないか、怖い思いをしているのではないか。
 側にいられないなら、せめて彼女の平穏を守ってあげたかった。だから、探して欲しいと頼んだ。

 アリシアが生きて、どこかで暮らしているのなら、遠くからでも――いや、本当は、思っていない。そんなことじゃない。自分が願っているのは。

 だけど、そんなことでも願っていないと、生きていられなかった。耐えられない。心も、体もアリシアを求めて止まない。今すぐにでも皇宮を飛び出して、自分の役割なんて捨てて彼女の側に行きたい。

 アリシアの名を声に出したいのに、そうしてしまうと深い闇に堕ちてしまいそうだから、ため息に変えて吐き出した。


 ――トントントン。
 部屋をノックする音がして、侍従が部屋の外から声を掛けてきた。
 皇帝陛下の葬儀の準備が整ったと。


 白い衣を着せられた皇帝は、真っ白な顔色ではあったが穏やかな顔で眠っていた。
 ギルバートは、皇帝が死んでも尚「父」と呼べなかった。抵抗というよりも、違和感が拭えなくて。今でも、皇帝に対して関心がないせいかもしれない。

 皇帝を見送るために集まった帝国中の家門が順番に花を添えていく。
 皆、皇帝の死を悲しむよりも、皇帝の傍らに立つ皇太子に注目していた。皇太子が公の場に出るのは、この葬儀が初めてだったために。

 自分に関心を抱かれようが、好奇の目で見られようがギルバートにとってはどうでも良かった。
 感情のない眼差しで挨拶をする者たちを見下ろしていただけなのだが、それが却って威圧的な態度になったようで、皆恐縮すると共に、新皇帝の威厳ある風格に目を見張った。



 葬儀が終わると宰相から、皇帝陛下から預かっていた、と渡された一通の手紙を読んだ。

 焚かれた暖炉の火がパチパチと音を立てて、湯浴みを終えたギルバートを温かく迎えてくれたが、椅子に腰を掛けてそれを読むギルバートの表情は感情のないままだった。

 内容は、ギルバートの出自に関することだった。

 幼い頃に伝えてはいたが、記憶に残ってはいないだろう。いつか、話そうと思っていたが、直接伝えることができなくて申し訳ない。

 父親だと思っていた人は、叔父で、本当の父親は皇帝の弟で、ギルバートが生まれる前に亡くなってしまった。
 母親の皇后もギルバートを産んで亡くなってしまい、唯一の家族である皇帝自ら、ギルバートをあの宮殿に追いやり、見て見ぬふりをしたことを悔いているが、許さなくていい。

 せめて、実の両親が愛し合って、ギルバートが愛されて生まれてきたことだけは知っていて欲しい……と最後に記されていた。

 ――皇帝に抱いた違和感の正体がわかった。ギルバートの感想はそれだけだった。

 両親が愛してくれたから、なんだというのか。幼い子供を遠くに追いやって閉じ込めて、生きて戻れば手のひらを反すように愛情を押し付ける。自分勝手な人たち。

 (一方的に押し付ける愛――血筋なのか)

 家族を皮肉ると、笑いが出た。
 暖炉に手紙を放り投げて燃やすと、今度は虚しくなった。

 アリシアの温もりが恋しい。
 小さい手のひらに口付けをして、彼女の瞳を見つめると揺れる菫色に、熱が籠って欲望を誘う。

 アリシアが残したハンカチに口付けをすると、そんな情景が思い出された。
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