【R18】生贄の姫は皇子に喰われたい

あまやどんぐり

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26.想い馳せる、恋焦がれる(2)

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 雨の降る音と、人の足が雨水を蹴る音が行き交う。
 降り注ぐ通り雨に、急いで帰路を辿る人達の中、マントのフードが取れないように胸元を抑えて、アリシアは走っていた。
 すでに衣服の中までびっしょりと濡れていたが、この中を優雅に歩く気も起きなくて、一緒に行動していたメリアと共に劇団員たちが待つ宿まで急いだ。



 宿に着くと、心配して待っていてくれた団員からタオルを渡された。

「外はすごい雨みたいね。大丈夫?」

「雨季だとは聞いていたけど、こんなに突然降るなんて思ってなかったから、焦ったわよ!」

 出店で美味しそうなフルーツを見つけたのに買えなかったと、嘆いてお喋りの止まらないメリアと団員の姿が可笑しくて、アリシアは笑って二人の様子を見ていた。

「アリィは大丈夫?」

 メリアがアリシアの様子を伺う。

 団長であるラディに名乗ったその名を、嘘だと知っていながらラディも劇団の皆も"アリィ"を劇団に受け入れてくれた。アリシアの事情を無理に聞き出そうともせずに。

「私よりメリーの足が心配……」

 メリアも夫のラディと同じで、アリシアを問い詰めることはなかった。それよりも、友達になってほしいと言われて、嫌ではなかったので頷くと満面の笑みで子供のように飛び跳ねる彼女は、アリシアより3つ年上だと後で知った。
 メリー、アリィと呼び合っていると、まるで姉妹のようだと言われて、アリシアはかつての姉弟を思い出して、嬉しかった。

 そんなメリアは、一週間前に舞台で足を捻って痛めてしまっていた。
 それなのに雨の中を走って来たものだから、アリシアは心配したのだが。

「んー、少し痛いけど大丈夫よ!」

 床にダンダンと足を鳴らすメリアは、無理はしていない様子だったのでアリシアは安心したのも束の間――。

「あ、こら! メリア……!」

 そこに出迎えに来たラディが階段を降りながら、目撃した光景に声を上げた。
 出掛ける前に、無理はしないから行かせて欲しいと強請ったメリアに負けて外出を許したのにと、ぶつぶつ言いながらメリアの側に駆け寄った。

 メリアは「あ……」とばつの悪そうな顔をして、視線をラディに向けた。

「君は本当に……全く……」

 ラディが言いたいことは、メリアは舞台に立つ女優なのだから、自身の体を万全な状態にしておかないと、せっかく観に来てくれる客にも失礼だ。それに、痛いつらい苦しい思いをしている妻を見て、僕は悲しまないとでも思う?……昨夜、その話をしたばかりなのにと、呆れと心配が混ざって、ため息ばかりが出る。

「怒った?」

「……怒ってないように見える?」

 始めの頃は、二人が喧嘩をしてしまうのではないかと、アリシアは心配したのだが、実はこれも幼馴染の仲である二人ならではのやりとりらしい。つまりは、仲が良いということ。
 日常茶飯事の光景が微笑ましかったけれど、いつまでもびしょ濡れの状態でそこにいるわけにもいかず、ラディの湯浴みをして体を温めるようにとの言葉に、解散となった。



 お湯を張った浴槽に浸かると、思っていたよりも体が冷えていたようで、体の芯から温まっていくのを感じると、一息つけたように気分が解放されて、ふう、と息を吐いた。

 劇団に入ってから、半年が過ぎようとしている。
 帝国を出てから、3つ目の国になる。各地を廻って宣伝をしながら、依頼が入ると公演の準備に入る――アリシアの役割は裏方で、主に衣装の手直しと刺繍をする針仕事と、自炊をするときに料理をしたり、片付けや掃除をするなどの雑用も。
 簡単ではないし、忙しい日々だけど、ボルゴレ夫妻も団員の皆も優しくしてくれて、楽しい毎日を過ごしていた。

 アリシアがラディに投資をしたいと言ったのは、持て余すお金に困っていたから。
 ラディは決して少なくない金額のそれに、眉を顰めて悩んだ末にアリシアに契約を持ちかけた。

 まず第一に、人を簡単に信用してはいけない。
 騙して甘い蜜を吸いたい人がいるのが当たり前だと思わないとだめだと、ラディは簡単に小切手を見せたアリシアを叱責した。

 第二に、投資は受け取る。
 というのも、資金繰りが確かに苦しかったこともあるが、伝手がなかったわけではない。だが、アリシアの厚意に甘えようと思う。
 "融資"という形で、アリシアからお金を借りる。借りているお金なので、上乗せをして返済をする。

『その代わり、アリィはこの劇団に好きなだけ居ていいし、好きに過ごしてくれていい。もちろん、皆の迷惑にならないようにね』

 二人の間にあるテーブルに一枚の契約書を提示して見せて、ラディは言った。

 アリシアは、悩む素振りもなく頷いて、笑顔で承諾した。

『……それと』

 ごほん、と咳をしたラディにアリシアは既視感を覚えた。

 外でなるべく笑わないように努めるのは、アリシアにとってとても難しいことだった。
 何もなければ笑顔になる必要もないので、簡単なことではあるのだが、親切にしてくれる人や子供と会話するときは自然と笑みが零れてしまう。……ので、なるべくフードを引っ張って口元を隠す癖を付けるようにアリシアは努力した。


 浴場にある小さい窓に、通り雨が過ぎて静かになった外が、また慌ただしく雨を打ち付けた。


 雨の音を目を閉じて聞いていると、雨に打たれて濡れたギルバートが帰って来たある日のことを思い出した。

 タオルを頭から被せてあげようとしたのだけど、同じくらいの身長だった彼が、いつの間にかアリシアよりも頭一つ分背が高くて、手が届かなくてどうしようかと思っていたら、腰を屈めてにこやかに「拭いて」と強請る彼の髪から滴る雨水で濡れる顔を見て、アリシアの胸が高鳴った。

 あのときは解っていなかったけど、今は知っている。
 濡れた髪と顔が妙に色っぽく見えて、アリシアはギルバートのその姿が好きだと思ったのだと。

 タオルを被せて拭いてあげると、ふいに口を合わせてから唇を舐めてきて、アリシアの驚いた顔を見て愉しんでいた彼のそんな姿も思い出すと、頬を伝った涙が湯舟に一滴落ちた。
 その音に目を開けると、湯も冷めてきたように感じたので、上がることにして立ち上がった。

 未だに彼を思い出す理由は、恋焦がれているからだと理解している。
 忘れようと思っていても、願ってしまう。望んでしまう。

「……会いたい」

 手に持ったタオルに顔を埋めて、ぽつりと呟いた本音。

 今、彼はどうしているだろう。
 もう婚約者の女性を選んで、仲睦まじくお茶をしたり会話をしたり、触れ合ったりしているのだろうか。

 きっと彼は、私のことがもう必要ないから、忘れているはず――。

 本音とは反対の、考えたくもない現実を想像して、自分の心を傷つけて追い込むことで、湧き上がる想いも思い出す過去も消していく。苦しいけど、それが一番簡単な方法だった。

 涙が渇いて身支度を整えると、両頬を手のひらでぺちぺちと軽く叩いて、元気を出す。一連の締め方をこうすることで、気を引き締めようとアリシア自身で編み出した行動だった。

「よし」

 そして、衣装の手直しの途中のものを手に取って、アリシアは黙々と手を動かした。
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