【R18】生贄の姫は皇子に喰われたい

あまやどんぐり

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27.想い馳せる、恋焦がれる(3)

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 皇帝の葬儀が終わると、次は新皇帝の戴冠式、その次は新皇帝就任祝いと公の場に出る機会が続いて、準備もさることながらその合間に片付ける公務もあり、ギルバートは忙しない日々を送っていた。

 宰相の他に、補佐官も加わって公務を急ぎのものから片付けていると、ふと補佐官の口から鉱山についての進捗報告がされて、アリシアが皇室に嫁ぐことになったきっかけの、先帝が買い取った鉱山のことが頭を過ぎった。

 アリシアは、故郷の話をしてくれたときに、もう帰れないと言っていたけど、そのときは自由が許されていないからで、今なら……もしかしたら、そこに行けば――。

 すぐに宰相にそのことを伝えたのだが、宰相の口からはアリシアの故郷はすでに亡くなった国で、皇太子妃がいる可能性は低いという返答だった。
 それでも、彼女の故郷を一目でも見たかったから、宰相に皇室所有の鉱山の視察という名目で訪問する予定を組むように言った。



 葬儀のときは、初めて目にする皇太子に興味があっても、笑顔で接する場ではないから、皆我慢していたのだろう。
 皇宮で開かれた新皇帝就任祝いの場では、挨拶をするためにギルバートの前にやって来た者たちの声が明るく、目が輝いていた。
 必ず、娘もしくは親戚の令嬢と連れ立って来る彼らが何を期待しているのかは、聞かずとも一目で判る。

 公表はされていないが、皇太子にはすでに妃が存在していた。皇太子妃は皇帝崩御の混乱の最中に行方不明となったと、密やかな噂は瞬く間に広がって、今では周知の事実となっている。

 可哀相な皇帝と囁かれ、慰み者でもいいから懐に入り込みたいと企みを含んだ愚か者もいるし、純粋に皇帝に好意を持つ令嬢もいる。
 そんな中、ギルバートは彼らに関心がないとはいえ、挨拶を無視するわけにもいかないので、一言二言は言葉を返すが、やはり感情が動くことはなかった。

 一連の流れを繰り返すだけの退屈で仕方のない場面に、温もりのない隣が寂しく感じられて、またアリシアを求めてしまう。煌びやかに彩られた会場とは裏腹に、気持ちが暗く淀んで沈んだ。ギルバートは挨拶を一通り終わらせると、補佐官に後を任せて会場を後にした。

 アリシアに想いを馳せると、底の無い沼に落ちたような気持ちになって何も手につかなくなるので、執務室に行って書類の片付けに没頭した。
 ――どのくらい時間が経ったのか、窓の外から雨音が聞こえて、手を止めた。

 雨の音が、ある日の思い出を呼び起こして、胸を締め付ける。
 しばらく窓の外を眺めて、やはり作業が進まなくなったので、今日はここまでにして休むことにした。



 新皇帝が初めて参加する会議では、各地に割り当てられる国費が今回の議題であったのだが、議論を交わす前にと臣下の一人が手を上げたので発言を許すと、ギルバートの婚約者を決めないのかという質問だった。
 一人が声を上げると、他の臣下も後継者問題もあるし、他国から妃候補を決めるのか帝国内の令嬢にするのか、早く決めた方が……と次々に声を上げた。

「先代のこともあるし、後継者問題に懸念があるだろう。妃候補については……考えている。もう少し、時間をくれないか?」

 先皇といい、ギルバートの父親だった人も、ギルバート自身も、皇室の血統が病に侵されやすい体質であると、今は健康体となったギルバートもいつ病に臥すかわからないと心配の声も上がっていることは知っていた。

 後継者がたったの一人では心配なので、子をたくさん成せる健康的な女性を妃候補にされてはどうかと、ギルバートの気持ちを無視した話に花を咲かせる彼らに苛立ちはしたが、彼らは帝国の行く末を心配して言っているだけなことを理解して、静かに微笑んでその苛立ちを抑え込んだ。

「……陛下、大丈夫ですか?」

 会議室を出ると、宰相が心配して声を掛けた。

 アリシアを皇室から追い出した責任を問わないことにされたとはいえ、やはり拭えない念に囚われた宰相は、ギルバートが帰還した後もあれこれと忙しく動いたせいで日に日にやつれていって、さすがに見過ごせなくなったギルバートが昨日まで一週間休みを取るように命を下した。
 その休みで充分に老いた体を休めたからか、今日の宰相の声はいつもより張りがあった。

「あの愚か者……いえ、野蛮人……いや、彼ら」

 ギルバートの心に抱えている傷がどれほどのものか、知らない愚か者たちに怒りが湧いた宰相が、言われた本人よりも怒りを露わにしてかっかする姿が可笑しくて、ギルバートは思わず鼻で笑ってしまった。

「いい。気にしていない」

 それと

「……ありがとう」

 気にしていない、は嘘だった。けれど、代わりに彼らの悪口を言って怒りを代弁してくれた宰相に胸がすっとしたのは事実だった。

「陛下がそうおっしゃるなら、いいのですけど」

 ギルバートに感謝されたことに、じんわりと感動して照れた後に「あ……」と宰相が思い出したように続けた。

「例の鉱山の視察ですが、三カ月後の予定となりました」



 アリシアの故郷は、帝国からかなりの距離を移動してやっと辿り着く鉱山に囲まれた辺鄙な場所であった。

 冷たい風が吹き荒れる中、山を下りた所で上がる息を吐いて、その景色を眺めていた。
 国、と呼ぶにはあまりにも狭い土地だった。
 一族が暮らす集落のようにぽつぽつと立ち並ぶ家屋は、住む人が居なくなってだいぶ経ったように風穴が空いて、崩れかかっていた。

 歩きながら家の中を覗いてみたけれど、やはり人一人いない様子だった。

 奥に建てられた小さい城は、天井が崩れて一階から二階に繋がる階段が外に剥き出しの状態で残っていた。

 劣化で朽ちた、というより襲撃を受けたように見えて、ギルバートは警戒して辺りを見回した。
 個人的な目的であったから、騎士を一人も連れて来なかった。

 風の吹く音が生き物のうめき声にも聞こえたが、特に問題はなさそうだったので、もう一度城跡に視線を移して、瓦礫の上を歩いてみた。

 亡くなった国――その名の通り、朽ちていくだけの土地。
 閉鎖的なこの場所で、アリシアは生まれ育った。
 13歳の幼い少女が、あの長い距離を辿って、どんな思いで皇室に嫁いだのだろう。
 皇室に来てからも、自由を許されなくて、命尽きそうな少年の世話をして、褒美を貰うどころか小さい部屋に閉じ込められたままだった日々――いつも、あの部屋で、アリシアは何を思っていたのだろうか。

 アリシアの気持ちを知ろうと思わなかった。そのままでいいのだと、勝手に決めつけていた。
 自分の愛も受け入れて貰えると思い込んでいた。そんな愚かな自分だから、嫌われても当然だと、今になって気付いた。

 やっと自由になれたアリシアは、何を見て、何を感じて、何を思っているのか……少なくとも、自分のことではないだろうけど――。

 見上げた空に淀んだ雲が見えたのでそろそろ戻ることにして、ギルバートはこの場所の景色を山の上から一望して記憶に残して、背を向けた。
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