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28.想い馳せる、恋焦がれる(4)
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鉱山の視察を終えたギルバート一行は、近隣の国に立ち寄ってから帰路に就くことにした。
「せっかくなので、陛下も外の国で息抜きをしてはどうですか? 騎士達も喜ぶと思います」
提案したのは、宰相だった。
帝国に急ぎの仕事もなかったし、改めて己の愚かさに打ちひしがれていたので、ギルバートはその提案に頷いた。
騎士達は、宰相にお礼を言って騒いでいた。酒が飲めるぞ、旨い物を食べるぞ、遊ぶぞと。ギルバートにはよくわからない感覚だったが、とにかく嬉しそうだった。
そんな彼らを横目に、皇帝が傍にいれば気を遣うだろうからと船を降りると、ギルバートは一人で散策していた。
特に何かしたいわけではないのだけど、港町に足を向けて歩いた。
出店が立ち並ぶ通りに出ると、フルーツの甘い香りが食欲を誘い、売り買いする人たちの声で賑わって、横を走り過ぎる子供達の声が楽し気だった。
平和な雰囲気に、固かった表情を緩ませたそのとき、夫人同士で会話をしている内容に「ボルゴレ」と「劇団」の単語が混ざっていることに気付いて、ギルバートは騎士を装って彼女たちに声を掛けた。
二週間前まで、この場所に滞在していたボルゴレ劇団と名乗る人達がいて、彼らは近くの街にある小さい劇場を借りて、公演をしていたという。
夫人の一人が鑑賞したのだけど、歌を織り交ぜた冒険物語で、とても楽しい演劇だったと評価した。
今いる場所からすぐそこにある宿に泊まっていたようだけれど、二週間前に東の地に移動して、そこでまた活動すると言っていた。その後は海を渡るとも言っていて、次の機会があれば是非、また鑑賞してほしいと宣伝をして去って行ったという。
「銀の髪の女性? んー、私は見なかったわねえ」
「私、宿から出て来た彼らを見ましたよ。銀の髪の方はいなかったけど、フードを被った子が一人いたと思ったけど……」
人数が少なくて小さい劇団みたいだったから、見間違えてはいないと思う。と付け加えて教えてくれた夫人に、にこやかにお礼を言うとギルバートは次に、彼らが泊まったという宿に立ち寄った。
「銀の髪の子なら、いましたよ。とても可愛らしい方なのに、女優ではないと言ってました」
どうやら建物の中ではフードを外していたようだ。
宿の従業員の話から、アリシアがボルゴレ夫妻と共に行動をしていることはこれで確実になった。
「確か……アリィっていう名前だったと思います」
アリシアじゃなくて、アリィと名乗っているのだろうか。
疑問はあったが、アリシアの行方を知る情報を入手できたことで、ギルバートはこの地に寄ろうと言った宰相のことを、心の中で密かに称賛した。
すぐに宰相のところに戻りそのことを伝えると、宰相は夜の街に意気揚々と出掛ける準備をしている騎士達から三名を選んで、皇太子妃の追跡をするように任命した。
あからさまに嫌な顔をされたが、帰ってきてからの報酬と休みの話をすると、任命された騎士は喜んで請け負った。
宰相は騎士に、皇太子妃を見つけても接触することを禁ずる。見守るだけに留めなさい。連れ戻すことが目的ではないからと念を押して、皇太子妃の様子を帝国まで報告をするようにと皇命を伝えた。
ギルバートは皇太子妃を連れ戻して妃に迎えると思っていたのに、宰相は思ってなかった皇帝からの命令に戸惑いつつも、それが皇帝の意思ならと従わざるを得なかった。
アリシアを連れ戻すことは容易い。無理にでも彼女を引っ張ってくればいいだけのこと。だけど、それを彼女は望んでいないだろう。
何一つ、良いことなんてなかった。あの場所に帰りたいなんて思うはずがない。ましてや嫌っている男の側なんて、しかも妃になんてなりたくないと。
今は、アリシアが無事でいてくれた。それだけで満足しなければと、ギルバートは自分に言い聞かせた。
帝国に戻ってから半月後に、アリシアの行方を追った騎士が一人戻ってきた。見守りだけの命令だったので、様子を見ただけの報告であったけど、皇太子妃は現在、立ち寄った国から隣の国に移動して、中央に位置する都市に滞在中だという。
劇団に馴染んだ雰囲気で、特にボルゴレ夫人とは共に行動することが多く、楽し気に会話をしていたと。
宰相は戻ってきた騎士に約束通りの報酬と休みを与えると、皇太子妃の追跡任務を続行中の騎士を交代させるための人材を、皇室にいる騎士の中から選別した。
そして交代の騎士と入れ替わりで戻った騎士からも、皇太子妃は無事で、元気に過ごしているとの報告を受けた。
ギルバートは、アリシアが平穏に過ごせているなら何よりだと、騎士からの報告を伝えた宰相に静かに答えた。
「……よろしいのですか?」
哀愁を漂わせるギルバートが不憫でならない。
自分が皇太子妃の元に行って、事情を説明して戻ってもらうように言えば……宰相の提案は、却下された。
「……いいんだ」
皇帝は、後継者を残すために皇后を迎えなくてはならない。
愛している人がいても、その義務からは逃れることができない。それを承知の上で、頷いているのか……寂しく笑うギルバートの心の内を、未だに理解できないもどかしさが宰相の胸で渦巻いた。
「せっかくなので、陛下も外の国で息抜きをしてはどうですか? 騎士達も喜ぶと思います」
提案したのは、宰相だった。
帝国に急ぎの仕事もなかったし、改めて己の愚かさに打ちひしがれていたので、ギルバートはその提案に頷いた。
騎士達は、宰相にお礼を言って騒いでいた。酒が飲めるぞ、旨い物を食べるぞ、遊ぶぞと。ギルバートにはよくわからない感覚だったが、とにかく嬉しそうだった。
そんな彼らを横目に、皇帝が傍にいれば気を遣うだろうからと船を降りると、ギルバートは一人で散策していた。
特に何かしたいわけではないのだけど、港町に足を向けて歩いた。
出店が立ち並ぶ通りに出ると、フルーツの甘い香りが食欲を誘い、売り買いする人たちの声で賑わって、横を走り過ぎる子供達の声が楽し気だった。
平和な雰囲気に、固かった表情を緩ませたそのとき、夫人同士で会話をしている内容に「ボルゴレ」と「劇団」の単語が混ざっていることに気付いて、ギルバートは騎士を装って彼女たちに声を掛けた。
二週間前まで、この場所に滞在していたボルゴレ劇団と名乗る人達がいて、彼らは近くの街にある小さい劇場を借りて、公演をしていたという。
夫人の一人が鑑賞したのだけど、歌を織り交ぜた冒険物語で、とても楽しい演劇だったと評価した。
今いる場所からすぐそこにある宿に泊まっていたようだけれど、二週間前に東の地に移動して、そこでまた活動すると言っていた。その後は海を渡るとも言っていて、次の機会があれば是非、また鑑賞してほしいと宣伝をして去って行ったという。
「銀の髪の女性? んー、私は見なかったわねえ」
「私、宿から出て来た彼らを見ましたよ。銀の髪の方はいなかったけど、フードを被った子が一人いたと思ったけど……」
人数が少なくて小さい劇団みたいだったから、見間違えてはいないと思う。と付け加えて教えてくれた夫人に、にこやかにお礼を言うとギルバートは次に、彼らが泊まったという宿に立ち寄った。
「銀の髪の子なら、いましたよ。とても可愛らしい方なのに、女優ではないと言ってました」
どうやら建物の中ではフードを外していたようだ。
宿の従業員の話から、アリシアがボルゴレ夫妻と共に行動をしていることはこれで確実になった。
「確か……アリィっていう名前だったと思います」
アリシアじゃなくて、アリィと名乗っているのだろうか。
疑問はあったが、アリシアの行方を知る情報を入手できたことで、ギルバートはこの地に寄ろうと言った宰相のことを、心の中で密かに称賛した。
すぐに宰相のところに戻りそのことを伝えると、宰相は夜の街に意気揚々と出掛ける準備をしている騎士達から三名を選んで、皇太子妃の追跡をするように任命した。
あからさまに嫌な顔をされたが、帰ってきてからの報酬と休みの話をすると、任命された騎士は喜んで請け負った。
宰相は騎士に、皇太子妃を見つけても接触することを禁ずる。見守るだけに留めなさい。連れ戻すことが目的ではないからと念を押して、皇太子妃の様子を帝国まで報告をするようにと皇命を伝えた。
ギルバートは皇太子妃を連れ戻して妃に迎えると思っていたのに、宰相は思ってなかった皇帝からの命令に戸惑いつつも、それが皇帝の意思ならと従わざるを得なかった。
アリシアを連れ戻すことは容易い。無理にでも彼女を引っ張ってくればいいだけのこと。だけど、それを彼女は望んでいないだろう。
何一つ、良いことなんてなかった。あの場所に帰りたいなんて思うはずがない。ましてや嫌っている男の側なんて、しかも妃になんてなりたくないと。
今は、アリシアが無事でいてくれた。それだけで満足しなければと、ギルバートは自分に言い聞かせた。
帝国に戻ってから半月後に、アリシアの行方を追った騎士が一人戻ってきた。見守りだけの命令だったので、様子を見ただけの報告であったけど、皇太子妃は現在、立ち寄った国から隣の国に移動して、中央に位置する都市に滞在中だという。
劇団に馴染んだ雰囲気で、特にボルゴレ夫人とは共に行動することが多く、楽し気に会話をしていたと。
宰相は戻ってきた騎士に約束通りの報酬と休みを与えると、皇太子妃の追跡任務を続行中の騎士を交代させるための人材を、皇室にいる騎士の中から選別した。
そして交代の騎士と入れ替わりで戻った騎士からも、皇太子妃は無事で、元気に過ごしているとの報告を受けた。
ギルバートは、アリシアが平穏に過ごせているなら何よりだと、騎士からの報告を伝えた宰相に静かに答えた。
「……よろしいのですか?」
哀愁を漂わせるギルバートが不憫でならない。
自分が皇太子妃の元に行って、事情を説明して戻ってもらうように言えば……宰相の提案は、却下された。
「……いいんだ」
皇帝は、後継者を残すために皇后を迎えなくてはならない。
愛している人がいても、その義務からは逃れることができない。それを承知の上で、頷いているのか……寂しく笑うギルバートの心の内を、未だに理解できないもどかしさが宰相の胸で渦巻いた。
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