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29.想い馳せる、恋焦がれる(5)
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――帝国を出てから、もうすぐ1年が経とうとしていた。
あちこちを飛び回って宣伝と公演をした甲斐があって、ボルゴレ劇団の評判を聞いた劇場数か所からラディの元へ公演依頼が来るようになった。
この1年で団員も7名増えて、劇団を立ち上げた頃よりも賑わう食卓を眺めて、団長のラディは笑顔で……見守りたかったのだが、心配事が一つあって、ため息を吐きながら手が進まず、目の前の皿の食事を見つめていた。
他の団員と妻のメリアと親し気に会話をしているアリィ……気掛かりなのは、彼女のことだった。
アリィは、仕事に対して誠実で、針仕事……特に刺繍はそっちの商売でも食べていけるだろうと思うくらい、丁寧で完成度の高い腕前である。
この劇団の融資者であるので、仕事なんてしなくてもいいのに、何かしていないと落ち着かないようで、無理をしないことを約束させて好きにさせているのだが……心配なのは、そういうことではなかった。
出会った頃に、医者が言った"心の傷"……それのせいかわからないけれど、時折、一人で泣いているようだと妻のメリアが零したことがあった。
友達のメリアにも話せない悩みを、傷を抱えているアリィをとても心配していた。
(誰にだって話したくないこともあるし、悩みだって抱えるだろうけど……)
無理に聞き出す必要もないので、そっとしておくのが自分なりの優しさであった。彼女自身から聞いて欲しいと言うまでは、そうするつもりだった。
「一度、帝国に帰ることにしたよ」
朝食を終えたアリシア一人だけを呼び止めて、ラディは話を切り出した。
「……帝国に?」
「……うん」
ラディの予想するアリシアの悩みの原因は、帝国にあると思っている。恐らく、皇室絡みで。
思った通り、ラディの言葉に目を伏せて落ち込むアリシアを見て、ラディは言った。
「帝国では仕事のことは気にしなくていいよ。無理に外に出ることもしなくていいから、ゆっくり宿で休んでてもいいよ」
無理はしてほしくないのだけど、帝国の南に位置する街の劇場から依頼があって、引き受けるつもりなのだと続けた。
アリシアは、個人の都合で劇団に迷惑を掛けるつもりはなかった。
ただ、帝国と聞いただけで浮かんだ彼のことに、胸が痛かっただけ。
「……ありがとう。私は大丈夫だから、気にしないで」
何より、こんな自分を気遣ってくれる優しさで溢れるこの劇団が、アリシアにとってはとても大切だった。だから、困らせたくない。
浮かんだ記憶をかき消して、笑顔で答えた。
無理は絶対だめだと強めに言うラディにも笑顔で頷いて、アリシアは部屋に戻った。
その後、ラディから話を聞いたメリアが、アリシアのことを心配して声を掛けてくれたけど、アリシアはラディのときと同じように笑顔で返した。
それから数日後、帝国に向かう船に乗り込んで、アリシアは出港の時間まで港を行き交う人を眺めていた。
1年も経てば、カバン一つだった荷物が三つまで増えて、移動する準備に時間も掛かってしまうため、ラディは帝国に戻ったら自宅の倉庫に荷物を置いてくると言っていた。
荷物の整理や準備を整えて、今度は依頼を受けた場所のあちこちを飛び回る日々を送る予定だそうだ。
なので、帝国に滞在する期間は2ヶ月ぐらいだと――。
相変わらず、目に映る青い海が、胸の奥にしまったはずの彼の瞳を思い出させる。
さざ波の音が、揺れる心を呼び起こして、会いたいと願ってしまう。
溢れるそれを散らすように、頬をぺちぺち叩いていると、出港の合図が鳴った。
あちこちを飛び回って宣伝と公演をした甲斐があって、ボルゴレ劇団の評判を聞いた劇場数か所からラディの元へ公演依頼が来るようになった。
この1年で団員も7名増えて、劇団を立ち上げた頃よりも賑わう食卓を眺めて、団長のラディは笑顔で……見守りたかったのだが、心配事が一つあって、ため息を吐きながら手が進まず、目の前の皿の食事を見つめていた。
他の団員と妻のメリアと親し気に会話をしているアリィ……気掛かりなのは、彼女のことだった。
アリィは、仕事に対して誠実で、針仕事……特に刺繍はそっちの商売でも食べていけるだろうと思うくらい、丁寧で完成度の高い腕前である。
この劇団の融資者であるので、仕事なんてしなくてもいいのに、何かしていないと落ち着かないようで、無理をしないことを約束させて好きにさせているのだが……心配なのは、そういうことではなかった。
出会った頃に、医者が言った"心の傷"……それのせいかわからないけれど、時折、一人で泣いているようだと妻のメリアが零したことがあった。
友達のメリアにも話せない悩みを、傷を抱えているアリィをとても心配していた。
(誰にだって話したくないこともあるし、悩みだって抱えるだろうけど……)
無理に聞き出す必要もないので、そっとしておくのが自分なりの優しさであった。彼女自身から聞いて欲しいと言うまでは、そうするつもりだった。
「一度、帝国に帰ることにしたよ」
朝食を終えたアリシア一人だけを呼び止めて、ラディは話を切り出した。
「……帝国に?」
「……うん」
ラディの予想するアリシアの悩みの原因は、帝国にあると思っている。恐らく、皇室絡みで。
思った通り、ラディの言葉に目を伏せて落ち込むアリシアを見て、ラディは言った。
「帝国では仕事のことは気にしなくていいよ。無理に外に出ることもしなくていいから、ゆっくり宿で休んでてもいいよ」
無理はしてほしくないのだけど、帝国の南に位置する街の劇場から依頼があって、引き受けるつもりなのだと続けた。
アリシアは、個人の都合で劇団に迷惑を掛けるつもりはなかった。
ただ、帝国と聞いただけで浮かんだ彼のことに、胸が痛かっただけ。
「……ありがとう。私は大丈夫だから、気にしないで」
何より、こんな自分を気遣ってくれる優しさで溢れるこの劇団が、アリシアにとってはとても大切だった。だから、困らせたくない。
浮かんだ記憶をかき消して、笑顔で答えた。
無理は絶対だめだと強めに言うラディにも笑顔で頷いて、アリシアは部屋に戻った。
その後、ラディから話を聞いたメリアが、アリシアのことを心配して声を掛けてくれたけど、アリシアはラディのときと同じように笑顔で返した。
それから数日後、帝国に向かう船に乗り込んで、アリシアは出港の時間まで港を行き交う人を眺めていた。
1年も経てば、カバン一つだった荷物が三つまで増えて、移動する準備に時間も掛かってしまうため、ラディは帝国に戻ったら自宅の倉庫に荷物を置いてくると言っていた。
荷物の整理や準備を整えて、今度は依頼を受けた場所のあちこちを飛び回る日々を送る予定だそうだ。
なので、帝国に滞在する期間は2ヶ月ぐらいだと――。
相変わらず、目に映る青い海が、胸の奥にしまったはずの彼の瞳を思い出させる。
さざ波の音が、揺れる心を呼び起こして、会いたいと願ってしまう。
溢れるそれを散らすように、頬をぺちぺち叩いていると、出港の合図が鳴った。
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