【R18】生贄の姫は皇子に喰われたい

あまやどんぐり

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33.想い馳せる、恋焦がれる(9)

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 同盟国の港に着く前に、甲板に出たギルバートを呼ぶ声が聞こえて振り向くと、騎士が遠くに見える狼煙を指差した。

(アリシア……!)

 すぐに彼女の元に駆け付けたい衝動と、しかしそこは他国であるから勝手は許されないと理性が戦って、ギルバートは歯を噛み締めてその方向を睨んだ。

 同盟国とはいえ、他国である地を好き勝手に動き回って、引っ掻き回すわけにはいかない。自国で湧いた蛆虫は、自国の人間に処理をしてもらう。暗黙の了解であり、これまでもそうしてきた。あくまでも応援部隊で、帝国は後ろ盾になる。前面には出ないように努めてきた。

 しかし今は、一刻を争う。国王からの許可を待てる状態ではない。

 それに、帝国の民に手を出されたことを口実に、独断で攻め込んだことを容認してもらえばいいだけのこと――後の事は、今は考えないことにした。

 船を停止させて、補佐官と支援物資を積んだ船は予定通り港へ。相手の海への退路を断つためにも、ギルバートはこのまま狼煙が上がる方角へ前進することにした。




「おい! 急いで準備しろ! 張られてるぞ!!」

 男が数人で被害者の売値を話し合いながら、順番に牢屋を回っているときだった。ドタバタとやって来た男が、仲間に向かって叫んだ。

 次の準備をしに外に出ると、城近くの森から狼煙が上がっているのが見えた。すぐに敵軍が来る。急いで逃げなければと、男たちが慌ただしく動き出すと、被害者達に鎖の付いた首輪を無理矢理取り付けると、鎖を引っ張って外に連れ出し始めた。

「いやだ!」

「助けて! お父さん!」

 必死に抵抗した。連れて行かれれば、もう戻れない、助からないと最後の足掻きだった。
 男たちは抵抗する被害者に怒号を浴びせて、鎖を引っ張って連れて行こうとするが、なるべく傷を付けたくない様子で、舌打ちをすると手の空いている男は売り物を運ぶようにと応援を呼んだ。

 男が一人、または二人まとめて抱えて運ぶことにしたようだ。

 それでも暴れる人を運ぶのは大変で、被害者達も抵抗を止めなかった。
 ここにいれば、助けが来ると、時間を稼ごうと必死だった。

 その時だった――。

 この場所に来るまでに通った洞窟の奥から、わあわあと大人数の騒ぎ声が響いてきた。

「……帝国軍だ! 帝国軍が攻めて来たぞ!!」

 船に待機していた男の一人が、知らせに飛んで来た。

「急げ!」

 来るのが早い。こんな筈じゃなかったのにと焦りを隠せない様子で、男たちがさらに慌ただしく動き出すと、アリシアのいる牢屋から先に運び出せと命令する声が聞こえた。

 (帝国軍……?)

 恋しい人が、浮かぶ。頭の中に響く声が、どこからか聞こえてくるような気がして、アリシアは洞窟の先を見つめた。
 途端、手を掴まれて引っ張られると、その痛みで自分の現状に気が付いた。

「あ……」

 気付いたときには遅くて、アリシアは軽々と持ち上げられて、男の肩に担がれた。

「いや……!」

 恰幅の良い男にとって、アリシアの体はとても小さくて、抵抗する力も弱くて敵わない。
 それでも、遠ざかる洞窟の先に彼がいる気がして、アリシアは必死に抵抗した。

「……ギル」

 会いたい人、恋しい人の名を口に出すと、愛しさが増した。

「ギル……!」

 その名を呼ぶと、想いが溢れて止まらないことを知っていたから、口に出すのを躊躇っていた。
 記憶に刻まれた彼が、アリシアを何度呼んでも目を伏せて抑えた。

 だけど今は、胸の奥に仕舞っていた彼の名を、必死に呼んだ。

「ギル!……ギル!」

 薄暗くて見え辛かった視界が明るくなると、外に出たのだと気付いた。
 あちこちで騎士と賊の男達が戦闘を繰り広げている光景が見えて、さらに彼の名を叫んだ。

 それでも段々と遠ざかる景色が、涙でぐしゃぐしゃになった視界のせいで見えなくなっていく。
 このまま……彼に会えないまま、行ってしまう。

「……やだ……ギル」

 何度も抵抗するために男に叩きつけた手は、力尽きて動かせなかった。
 声を何度も張り上げたせいで、喉が疲れて掠れてきた。

「ギル……」

 ――会いたい。呟いたとき、アリシアを抱える男が走るせいで大きく揺れていた体に突然、衝撃が走った。
 体が浮いて、そのまま引っ張られる感覚に襲われる。
 それは一瞬の出来事で、死ぬかもしれないと怖くて、目をぎゅっと瞑った。

 さらに、体を叩きつけられるような衝撃に見舞われたけど、痛みはなかった。それでも、怖くて目を開けられなくて、震えることしかできなかった。

『アリシア』

 彼の声が、頭に響いた。会いたいと強く願ったから、記憶が呼び起こした幻聴だと思った。

「……シア」

 もう一度呼ばれると、その声が頭の中ではなくて、目の前から降ってくることに気が付いて、恐る恐る瞼を開いた。
 アリシアを愛称で呼ぶ人は、この世にたった一人だけ――もしかして……胸の高鳴りが、やけに耳に響いた。


 何度もアリシアの名前を口ずさむ、彼の声が好きだった。
 呼ばれて振り向くと、微笑んで優しく見つめてくる彼の姿が好きだった。
 海のように深くて、青い瞳の温かい眼差しが……大好きだった。


 ――目を開けると、目の前にある青い瞳。

 見慣れた瞳が、知っている瞳が、すぐ目の前にある。
 だけど、アリシアを見下ろしているその人は、見慣れない男の人だった。

 目をぱちぱちさせて、その人の後ろを見ると、空が見えた。
 顔を少し動かすと、後頭部に砂利が当たる感覚があって、背中にもその感覚があったから、自分が地面に横たわっているのだと理解した。

「……シア?」

 目線をあちこちに動かすアリシアに声を掛ける目の前の人の口から、彼の声が聞こえると、アリシアは再び青い瞳を見つめた。

 黒い髪と青い瞳、それと声。
 最後の夜に見た彼の姿と、目の前の彼の姿が、重なって見えた。

「……ギル?」

 最後に会った夜、眠りに落ちる前に見た瞳が、鮮明に思い出される。
 手を伸ばして、指先で彼の頬に触れると、青い瞳が揺れた。
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