【R18】生贄の姫は皇子に喰われたい

あまやどんぐり

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34.想い馳せる、恋焦がれる(10)

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 帝国軍の船が狼煙の上がる方角へ向かうと、ギルバートは部隊を陸から攻める隊と、海から攻める隊の二つに分けて突撃することにした。

 陸の部隊を引き連れて、森の中を進むと、砦が見えた。
 狼煙に気付いた敵が十数人、辺りを警戒しながらうろついている。

 弓を構えた兵士が一斉に矢を放つと、それが開戦の合図となった。

 怒号が飛び交い、武器がぶつかり合う音が激しくなるのは一瞬だった。
 船を降りる前に、ギルバートは被害者の救出が最優先であるが、敵は容赦なく斬り落とせと命令した。帝国に手を出せばどうなるのか、見せしめにしてやれと。
 その命に従った騎士達が、果敢に攻める。けれど、敵も怯むことなく立ち向かって来て、互いの攻防戦が繰り広げられていた。

 戦闘が始まると、敵の増援が砦内部から出てきて戦場はさらに激しさを増した。

 早く、アリシアの元に駆け付けたいのに、目の前を塞ぐ敵が邪魔で、一人、二人と斬って前に進んだ。砦の入り口を目指して。

「陛下……!」

 ギルバートを呼ぶ声の方に振り向くと「被害者が!」と叫ぶ騎士の視線を追いかけると、その先に人を担いで走る男が数人見えた。
 被害者を連れて逃げるつもりなのかと目を凝らして見た。

 争う人の間を通り過ぎる人影――男が抱えている、銀髪の女性が見えた。

「アリシア!」

 一瞬の景色だった。目の前を塞ぐ男が視界を覆って、捉えたそれが見えなくなった。斧をギルバートに向けて振りかざした男の腕を斬り落として、脇腹を蹴飛ばして退かすと、先程見えた先に向かって、駆けだした。

 戦闘を繰り広げる人の合間を潜り抜けると、微かにアリシアの声が聞こえた。
 騒がしい戦場の嵐にすぐに搔き消されたけど、確かに聞こえた自分を呼ぶ声。その声の方向に目を凝らすと、見つけた。

「アリシア……!」

 急いで向かうも、逃亡を手助けしようと、追いかけるギルバートの邪魔をする敵が左右から同時に襲い掛かって来て、片方に応戦した隙にもう片方の敵の攻撃がギルバートの腕を斬りつけた。

 そこに、逃亡を図る男たちを追いかける騎士が援護に入ると、ギルバートは、また走った。
 途中、斬りかかってくる敵を避けて、脇腹を斬りつけられても止まらなかった。痛みなんてそんなもの、どうでも良かった。

(アリシア……シア!)

 目標の男と同方向に走りながら、徐々に距離を詰めるとアリシアの姿がはっきりと見える。彼女を抱える男に向ける怒りで、奥歯を噛み締めた。
 男の脚を斬って、動きを止めようと剣を握った手に力を込めた。その時――弓兵の放った矢が、背後から男の肩を射抜いた。

 男の体が崩れると、肩に抱えられたアリシアが宙に浮いた。

 目に映る光景に息が止まって、心臓が早鐘を打つ。地面を蹴って、手を伸ばした。
 落ちていくアリシアを掴んで、胸に抱えるとギルバートは地面に背中を滑らせた。
 ――間一髪の瞬間だった。



 止めていた息を吐くと、大きく吸って肺を動かした。
 荒い呼吸を整えていると、頭がズキズキと痛んだ。打ったのかもしれない。けれど、自分の痛みよりも何よりも、腕に抱えた彼女が気掛かりだった。

「……アリシア」

 ゆっくりと起き上がってアリシアの様子を見ると、彼女は目を強く瞑って震えていた。
 アリシアの両手を拘束している手錠が目に入ると、彼女に怖い思いをさせた賊どもが憎くて仕方なかった。

 震えるアリシアを抱き締めたかった。でも、そうしてもいいのか……彼女は嫌がるのではないかと躊躇してしまって、声を掛けることしかできなかった。

「……シア」

 もう一度呼ぶと、震える銀の睫毛からそっと覗いた瞳が、あの日の彼女を思い出させる。初めて見た、菫色の瞳――あの日の想いを呼び起こす彼女の瞳が、胸を震わせた。

 目をぱちぱちさせて見つめてくる瞳に、愛しさが込み上げた。
 あの日から、いや、それよりも前から自分の心を奪った愛しい人が、生きて目の前にいる。安堵したのも束の間――。

「……シア?」

 視線を逸らしてどこか遠くを見るアリシアが不思議で、心配になって声を掛けた。
 その声に視線を戻した菫色の瞳に、ギルバートの姿が映る。

 もしかして、頭を強く打ったのかもしれない。自分が、ちゃんと受け止めてあげられなかったのかと、心配で仕方のないままアリシアの様子を見守っていた。

 すると、ゆっくりとアリシアの手が伸びてきて、ギルバートの頬に触れた。

「……ギル?」

 ずっと、聴きたかった声。幻聴ではない、アリシアの声。
 触れたかった肌、求めていた温もりがアリシアの指先から伝わってくると、抑えていた想いが溢れて涙が込み上げた。

「そうだよ……シア」

 会いたくて仕方なかった。焦がれた、愛しい人。
 でも会えなかった。怖くて。自分は嫌われても当然だから……拒絶されたら、それこそ生きていけないと。

 頬に触れるアリシアの小さい手にギルバートの手を重ねると、互いに握り合った。
 絡み合う視線も、感触も、夢ではないのだと、互いの存在を確かめたくて。


「……陛下!」

 騎士の呼び声と、武器のぶつかり合う音が、戦場であることを思い出させた。
 ギルバートは顔を上げて振り返ると、倒れた男たちと血で汚れた惨状に目を細めて、アリシアに視線を戻すと「少しの間、目を瞑っていて」と優しく言った。

 頷いたアリシアが言われたとおりに目を閉じると、ギルバートはアリシアを抱きかかえてその場を後にした。



 アリシアは目を閉じると視界が真っ暗になって、武器のぶつかり合う音と怒号が飛び交う声が聞こえてくるけど、怖くはなかった。揺れる体を力強く支えてくれる大きな手と、鼻をくすぐる彼の匂い……それと「もう少しだから、大丈夫だよ」と優しい声が安心させてくれるから。

 会いたいと願った。愛しい人。
 青い瞳の彼が、想い人であると認識すると胸の奥に仕舞っていた想いが溢れてきて、何から言葉にすればいいのかわからなかった。
 会いたかった。寂しかった。あの日、最後の夜に伝えたかったこと……色んな言葉が浮かんだけど、そんなことよりも目の前の彼の温もりが欲しくて、手を伸ばした。

「アリシア、目を開けてもいいよ」

 指先に残っていた温もりを噛み締めていると、ギルバートの声が降ってきて目を開けた。視線を上げると、青い瞳が見えた。

「立てる?」

 ギルバートの瞳から目が離せなかった。頷いて答えると、そっと降ろされて温もりが離れるのがとても寂しく感じた。

 ギルバートに駆け寄った騎士が鍵を渡すと、アリシアの手錠が外される。自由になった手を、ギルバートが握った。

 見つめ合う瞳が、互いを求めた。
 ギルバートは、アリシアを抱き寄せたくて、アリシアは、ギルバートの首に絡みついて温もりを感じ合いたかった。

「アリィ!」

 遠くからアリシアを呼ぶ声が、二人の空気を遮ると、ギルバートが先に手を離した。

「私は片付けることがあるから……また後でね、シア」

 名残惜しそうに言葉だけを残して、背中を向けたギルバートに声を掛ける暇もなく、アリシアは駆け寄ってきたメリアに抱き付かれて「怖かった。無事で良かった」と、わあわあと泣き出した彼女を慰めるのに忙しくなって、気付けば姿の見えない彼の居た場所を見つめるだけだった。
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