【R18】生贄の姫は皇子に喰われたい

あまやどんぐり

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36.交わす約束(下)

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 どんな言葉が彼の口から吐き出されるのか、不安なまま聞いていたアリシアは、騎士が自分を呼んだ"妃殿下"の意味を今、初めて聞いて知った。

 あの宮殿で一人でいたときにギルバートがそう思っていたなんて、そんな約束を皇帝としていたなんて……思いもしなかった真実を聞いて、戸惑うけれど、嬉しくもあった。

 愛されていないなんて、自分が勝手に想像した悪い夢だったのか……悲しむ必要なんてなかったのではないか。

「もう、言ってくれないの?」

 手を伸ばして、ギルバートの唇に指先で触れると、息を吐き出すのと同時に「いいの
 ?」と小さい声を漏らした彼に向けてアリシアは微笑んだ。

「……愛してる」

 ぽつりと、吐いた言葉と一緒に、ギルバートの瞳から涙が零れた。

 アリシアを独りにして、寂しい思いをさせて、自分勝手な想いをぶつけただけの一方通行の愛だった。アリシアは無条件にそれを受け止めてくれると決めつけて、言わずにいた告白。

「愛してる、アリシア」

 声に出しても、伝えたい人がいない空間では虚空に消えるだけだった言葉を、今目の前にいる彼女に向ける。
 ぼろぼろと零れる涙で濡れる頬をアリシアの手が包んでくれると、その温もりにまた涙が溢れた。

「どこにも行かないで、傍にいて欲しい。……君がいないと、私は生きて、いけない……」

 アリシアが手を差し伸べたときから、身も心も彼女のものだった。
 独りにしないで、行かないで。相変わらず勝手な想いを吐き出して、押し付けていることは自覚しているけれど、それでも、そんな愛し方しかできなくても、アリシアを求める心を止めることはできなかった。

「シア……愛してる」

 あんなに、情けないみっともない自分の姿をアリシアに見せることを嫌がっていたのに、結局そんな姿を晒す自分が滑稽だと思った。アリシアに嫌われて、拒絶される瞬間が怖くて、目を閉じた。

 ギルバートが肩を震わせる姿が弱々しく見えて、かつての自分の姿と重なった。
 行き場のない想いが、虚しさを呼んで次第に心を蝕んで空っぽにしたあの日の自分と。

 悲しい思いをしたかったわけじゃない。愛し合いたかっただけ。
 その想いを上手く紡ぐことができなくて、解れてしまったのだとアリシアは過去を振り返った。

「……ギル」

 呼べば、返事をしてくれる。二人の日常だったあの日のように、閉じた目を開けたギルバートの青い瞳が涙で濡れて、ゆらゆら揺れる海のようできれいだと思った。
 皇宮を出て、初めて気付いた想い――二人でいた頃に気付ければ良かったと何度も後悔して、忘れなければと努力した。
 なのに、海を眺めて彼を想った。刺繍をすれば、いつも隣にいた彼を思い出した。

「離れている間、寂しかった。……ずっと、会いたかった」

 恋しくて仕方なかった。紛らわすために、あんなにたくさんのハンカチに刺繍をした。

「……私も、愛してる」

 心の隅にあった想いを隠すように箱の中に仕舞ったけど、もうそんなことする必要もないし、するつもりはなかった。

「もう離さないで。寂しくさせないで……もっと、愛してるって言って」

 素直に気持ちを吐き出すと、溢れる想いが込み上げて、改めて彼に向ける想いの深さを知った。思っていたより、自分はわがままなのだとアリシアは気付いた。
 だから、ありのままに欲しがろうと、彼の温もりを求めて、強く抱きしめて欲しくて、ギルバートの首に腕を絡めた。

「約束するよ、シア……」

 アリシアの要望を喜んで受け入れると、ギルバートは腰を屈めて、アリシアの額に自分の額を擦り合わせた。すると、アリシアの方から口を合わせて来た。

 最後の夜に、そうしたように。

 けれど、あの夜とは違う。

「愛してる」

 二人同時に言葉を交わすと、唇を重ねて、抱擁で互いの温もりを感じ合った。




「ギル……婚約者の人はどうしたの?」

 二人でベッドに腰掛けて、触れ合って、顔や体のあちこちに口付けをして戯れながら会話をしていると、ふとアリシアが思い出したように言った。

 とんでもないことを吐き出したアリシアの言葉に、ギルバートは驚愕するしかなかった。

「……なっ、誰が、そんなこと……!」

 やってもいない濡れ衣なのに、冷や汗が垂れる。

「い、いないよ。そんな人……考えたこともないっ」

 必死にアリシアに訴えた。

「アリシアだけだよ。私には、君しか……!」

 焦るギルバートの瞳が、揺れてアリシアに許しを乞うた。そんなこと、思ってもいないから怒らないで、嫌わないでと訴える姿が、アリシアはただ愛しかった。

 にこやかにギルバートを見ていると、もう一つだけ、確認したかったことを思い出して、ギルバートの膝の上に跨って彼に向かい合った。
 そんなアリシアに戸惑って、見つめるギルバートに疑問を投げかけた。

「いつになったら、抱いてくれるの?」

 いつも私の体を味わうだけで、それだけで満足なの?

「……私とは、繋がりたくない?」

 やけに積極的なアリシアの姿に戸惑って、これまたとんでもない疑問を投げる彼女のせいで、理性と欲情が混ぜこぜになってギルバートの頭の中は忙しなかった。

「違う、そういうことじゃないんだ。アリシア……」

 あのとき、アリシアを最後まで抱かなかったのは、己の体力の無さと痩せ細った体のまま抱くには心がまだ幼く、弱かったから。
 最後の夜も、もしものことを考えたらと思うと怖かったと、白状した。

 それと、今は血の匂いが染み付いた体のまま抱きたくないと、正直に伝えた。

「……帰ったら、そのとき」

 帝国に帰ったら、もう我慢しない。思う存分、アリシアを抱きたい。

「……待っていてくれる?」

 やるべきことを終えたら、アリシアの待つ所に帰るから、待っていて欲しい。
 今度は、あの小さい宮殿ではないし、一人にさせない。何処で過ごしてもいいし、皇宮の外に自由に出てもいい。
 だけど、危ないから護衛は必ず連れて行ってと、注意を忘れずに付け加えたギルバートの言葉に、アリシアは素直に頷いた。

「待ってる……」

 最後に、再会を約束してアリシアを含む被害者達を乗せた船は先に帝国へ帰還した。

 同盟国の諍いを収めた後、ギルバート率いる帝国軍が帰還したのは、それから半年後だった。
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