37 / 44
36.交わす約束(下)
しおりを挟む
どんな言葉が彼の口から吐き出されるのか、不安なまま聞いていたアリシアは、騎士が自分を呼んだ"妃殿下"の意味を今、初めて聞いて知った。
あの宮殿で一人でいたときにギルバートがそう思っていたなんて、そんな約束を皇帝としていたなんて……思いもしなかった真実を聞いて、戸惑うけれど、嬉しくもあった。
愛されていないなんて、自分が勝手に想像した悪い夢だったのか……悲しむ必要なんてなかったのではないか。
「もう、言ってくれないの?」
手を伸ばして、ギルバートの唇に指先で触れると、息を吐き出すのと同時に「いいの
?」と小さい声を漏らした彼に向けてアリシアは微笑んだ。
「……愛してる」
ぽつりと、吐いた言葉と一緒に、ギルバートの瞳から涙が零れた。
アリシアを独りにして、寂しい思いをさせて、自分勝手な想いをぶつけただけの一方通行の愛だった。アリシアは無条件にそれを受け止めてくれると決めつけて、言わずにいた告白。
「愛してる、アリシア」
声に出しても、伝えたい人がいない空間では虚空に消えるだけだった言葉を、今目の前にいる彼女に向ける。
ぼろぼろと零れる涙で濡れる頬をアリシアの手が包んでくれると、その温もりにまた涙が溢れた。
「どこにも行かないで、傍にいて欲しい。……君がいないと、私は生きて、いけない……」
アリシアが手を差し伸べたときから、身も心も彼女のものだった。
独りにしないで、行かないで。相変わらず勝手な想いを吐き出して、押し付けていることは自覚しているけれど、それでも、そんな愛し方しかできなくても、アリシアを求める心を止めることはできなかった。
「シア……愛してる」
あんなに、情けないみっともない自分の姿をアリシアに見せることを嫌がっていたのに、結局そんな姿を晒す自分が滑稽だと思った。アリシアに嫌われて、拒絶される瞬間が怖くて、目を閉じた。
ギルバートが肩を震わせる姿が弱々しく見えて、かつての自分の姿と重なった。
行き場のない想いが、虚しさを呼んで次第に心を蝕んで空っぽにしたあの日の自分と。
悲しい思いをしたかったわけじゃない。愛し合いたかっただけ。
その想いを上手く紡ぐことができなくて、解れてしまったのだとアリシアは過去を振り返った。
「……ギル」
呼べば、返事をしてくれる。二人の日常だったあの日のように、閉じた目を開けたギルバートの青い瞳が涙で濡れて、ゆらゆら揺れる海のようできれいだと思った。
皇宮を出て、初めて気付いた想い――二人でいた頃に気付ければ良かったと何度も後悔して、忘れなければと努力した。
なのに、海を眺めて彼を想った。刺繍をすれば、いつも隣にいた彼を思い出した。
「離れている間、寂しかった。……ずっと、会いたかった」
恋しくて仕方なかった。紛らわすために、あんなにたくさんのハンカチに刺繍をした。
「……私も、愛してる」
心の隅にあった想いを隠すように箱の中に仕舞ったけど、もうそんなことする必要もないし、するつもりはなかった。
「もう離さないで。寂しくさせないで……もっと、愛してるって言って」
素直に気持ちを吐き出すと、溢れる想いが込み上げて、改めて彼に向ける想いの深さを知った。思っていたより、自分はわがままなのだとアリシアは気付いた。
だから、ありのままに欲しがろうと、彼の温もりを求めて、強く抱きしめて欲しくて、ギルバートの首に腕を絡めた。
「約束するよ、シア……」
アリシアの要望を喜んで受け入れると、ギルバートは腰を屈めて、アリシアの額に自分の額を擦り合わせた。すると、アリシアの方から口を合わせて来た。
最後の夜に、そうしたように。
けれど、あの夜とは違う。
「愛してる」
二人同時に言葉を交わすと、唇を重ねて、抱擁で互いの温もりを感じ合った。
「ギル……婚約者の人はどうしたの?」
二人でベッドに腰掛けて、触れ合って、顔や体のあちこちに口付けをして戯れながら会話をしていると、ふとアリシアが思い出したように言った。
とんでもないことを吐き出したアリシアの言葉に、ギルバートは驚愕するしかなかった。
「……なっ、誰が、そんなこと……!」
やってもいない濡れ衣なのに、冷や汗が垂れる。
「い、いないよ。そんな人……考えたこともないっ」
必死にアリシアに訴えた。
「アリシアだけだよ。私には、君しか……!」
焦るギルバートの瞳が、揺れてアリシアに許しを乞うた。そんなこと、思ってもいないから怒らないで、嫌わないでと訴える姿が、アリシアはただ愛しかった。
にこやかにギルバートを見ていると、もう一つだけ、確認したかったことを思い出して、ギルバートの膝の上に跨って彼に向かい合った。
そんなアリシアに戸惑って、見つめるギルバートに疑問を投げかけた。
「いつになったら、抱いてくれるの?」
いつも私の体を味わうだけで、それだけで満足なの?
「……私とは、繋がりたくない?」
やけに積極的なアリシアの姿に戸惑って、これまたとんでもない疑問を投げる彼女のせいで、理性と欲情が混ぜこぜになってギルバートの頭の中は忙しなかった。
「違う、そういうことじゃないんだ。アリシア……」
あのとき、アリシアを最後まで抱かなかったのは、己の体力の無さと痩せ細った体のまま抱くには心がまだ幼く、弱かったから。
最後の夜も、もしものことを考えたらと思うと怖かったと、白状した。
それと、今は血の匂いが染み付いた体のまま抱きたくないと、正直に伝えた。
「……帰ったら、そのとき」
帝国に帰ったら、もう我慢しない。思う存分、アリシアを抱きたい。
「……待っていてくれる?」
やるべきことを終えたら、アリシアの待つ所に帰るから、待っていて欲しい。
今度は、あの小さい宮殿ではないし、一人にさせない。何処で過ごしてもいいし、皇宮の外に自由に出てもいい。
だけど、危ないから護衛は必ず連れて行ってと、注意を忘れずに付け加えたギルバートの言葉に、アリシアは素直に頷いた。
「待ってる……」
最後に、再会を約束してアリシアを含む被害者達を乗せた船は先に帝国へ帰還した。
同盟国の諍いを収めた後、ギルバート率いる帝国軍が帰還したのは、それから半年後だった。
あの宮殿で一人でいたときにギルバートがそう思っていたなんて、そんな約束を皇帝としていたなんて……思いもしなかった真実を聞いて、戸惑うけれど、嬉しくもあった。
愛されていないなんて、自分が勝手に想像した悪い夢だったのか……悲しむ必要なんてなかったのではないか。
「もう、言ってくれないの?」
手を伸ばして、ギルバートの唇に指先で触れると、息を吐き出すのと同時に「いいの
?」と小さい声を漏らした彼に向けてアリシアは微笑んだ。
「……愛してる」
ぽつりと、吐いた言葉と一緒に、ギルバートの瞳から涙が零れた。
アリシアを独りにして、寂しい思いをさせて、自分勝手な想いをぶつけただけの一方通行の愛だった。アリシアは無条件にそれを受け止めてくれると決めつけて、言わずにいた告白。
「愛してる、アリシア」
声に出しても、伝えたい人がいない空間では虚空に消えるだけだった言葉を、今目の前にいる彼女に向ける。
ぼろぼろと零れる涙で濡れる頬をアリシアの手が包んでくれると、その温もりにまた涙が溢れた。
「どこにも行かないで、傍にいて欲しい。……君がいないと、私は生きて、いけない……」
アリシアが手を差し伸べたときから、身も心も彼女のものだった。
独りにしないで、行かないで。相変わらず勝手な想いを吐き出して、押し付けていることは自覚しているけれど、それでも、そんな愛し方しかできなくても、アリシアを求める心を止めることはできなかった。
「シア……愛してる」
あんなに、情けないみっともない自分の姿をアリシアに見せることを嫌がっていたのに、結局そんな姿を晒す自分が滑稽だと思った。アリシアに嫌われて、拒絶される瞬間が怖くて、目を閉じた。
ギルバートが肩を震わせる姿が弱々しく見えて、かつての自分の姿と重なった。
行き場のない想いが、虚しさを呼んで次第に心を蝕んで空っぽにしたあの日の自分と。
悲しい思いをしたかったわけじゃない。愛し合いたかっただけ。
その想いを上手く紡ぐことができなくて、解れてしまったのだとアリシアは過去を振り返った。
「……ギル」
呼べば、返事をしてくれる。二人の日常だったあの日のように、閉じた目を開けたギルバートの青い瞳が涙で濡れて、ゆらゆら揺れる海のようできれいだと思った。
皇宮を出て、初めて気付いた想い――二人でいた頃に気付ければ良かったと何度も後悔して、忘れなければと努力した。
なのに、海を眺めて彼を想った。刺繍をすれば、いつも隣にいた彼を思い出した。
「離れている間、寂しかった。……ずっと、会いたかった」
恋しくて仕方なかった。紛らわすために、あんなにたくさんのハンカチに刺繍をした。
「……私も、愛してる」
心の隅にあった想いを隠すように箱の中に仕舞ったけど、もうそんなことする必要もないし、するつもりはなかった。
「もう離さないで。寂しくさせないで……もっと、愛してるって言って」
素直に気持ちを吐き出すと、溢れる想いが込み上げて、改めて彼に向ける想いの深さを知った。思っていたより、自分はわがままなのだとアリシアは気付いた。
だから、ありのままに欲しがろうと、彼の温もりを求めて、強く抱きしめて欲しくて、ギルバートの首に腕を絡めた。
「約束するよ、シア……」
アリシアの要望を喜んで受け入れると、ギルバートは腰を屈めて、アリシアの額に自分の額を擦り合わせた。すると、アリシアの方から口を合わせて来た。
最後の夜に、そうしたように。
けれど、あの夜とは違う。
「愛してる」
二人同時に言葉を交わすと、唇を重ねて、抱擁で互いの温もりを感じ合った。
「ギル……婚約者の人はどうしたの?」
二人でベッドに腰掛けて、触れ合って、顔や体のあちこちに口付けをして戯れながら会話をしていると、ふとアリシアが思い出したように言った。
とんでもないことを吐き出したアリシアの言葉に、ギルバートは驚愕するしかなかった。
「……なっ、誰が、そんなこと……!」
やってもいない濡れ衣なのに、冷や汗が垂れる。
「い、いないよ。そんな人……考えたこともないっ」
必死にアリシアに訴えた。
「アリシアだけだよ。私には、君しか……!」
焦るギルバートの瞳が、揺れてアリシアに許しを乞うた。そんなこと、思ってもいないから怒らないで、嫌わないでと訴える姿が、アリシアはただ愛しかった。
にこやかにギルバートを見ていると、もう一つだけ、確認したかったことを思い出して、ギルバートの膝の上に跨って彼に向かい合った。
そんなアリシアに戸惑って、見つめるギルバートに疑問を投げかけた。
「いつになったら、抱いてくれるの?」
いつも私の体を味わうだけで、それだけで満足なの?
「……私とは、繋がりたくない?」
やけに積極的なアリシアの姿に戸惑って、これまたとんでもない疑問を投げる彼女のせいで、理性と欲情が混ぜこぜになってギルバートの頭の中は忙しなかった。
「違う、そういうことじゃないんだ。アリシア……」
あのとき、アリシアを最後まで抱かなかったのは、己の体力の無さと痩せ細った体のまま抱くには心がまだ幼く、弱かったから。
最後の夜も、もしものことを考えたらと思うと怖かったと、白状した。
それと、今は血の匂いが染み付いた体のまま抱きたくないと、正直に伝えた。
「……帰ったら、そのとき」
帝国に帰ったら、もう我慢しない。思う存分、アリシアを抱きたい。
「……待っていてくれる?」
やるべきことを終えたら、アリシアの待つ所に帰るから、待っていて欲しい。
今度は、あの小さい宮殿ではないし、一人にさせない。何処で過ごしてもいいし、皇宮の外に自由に出てもいい。
だけど、危ないから護衛は必ず連れて行ってと、注意を忘れずに付け加えたギルバートの言葉に、アリシアは素直に頷いた。
「待ってる……」
最後に、再会を約束してアリシアを含む被害者達を乗せた船は先に帝国へ帰還した。
同盟国の諍いを収めた後、ギルバート率いる帝国軍が帰還したのは、それから半年後だった。
6
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
密会~合コン相手はドS社長~
日下奈緒
恋愛
デザイナーとして働く冬佳は、社長である綾斗にこっぴどくしばかれる毎日。そんな中、合コンに行った冬佳の前の席に座ったのは、誰でもない綾斗。誰かどうにかして。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる