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39.アリシアの事件録(中)
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行方不明だった皇太子妃が帰ってきた。その噂は瞬く間に広まって、あれだけ皇帝に世継ぎの為にも新たに婚約者をと囃し立てていた臣下達も、宰相にぜひ妃殿下にお目通りを願いたいと手のひらを返した。
宰相は、皇帝からの書面に忠実に従った。<妃の思うままに>と記されたそれは、妃殿下の御身が一番、御心が一番……妃殿下の意思を尊重し、皇室に仕える者は皆、妃殿下のためだけに存在しているのだと肝に銘じるように、妃殿下は皇帝の魂そのものだから大切にするようにと、とにかく妃殿下を強調する内容だった。
妃殿下の身に掠れ傷でもついていようものなら、首が飛ぶ覚悟をする暇さえ与えてもらえないだろう威圧が文面からでも伺えたものだった。
そんな命を下されなくとも、宰相は今度こそ間違いを起こしてなるものかと慎重になっていたので、臣下の望みよりも妃殿下の平穏を守ることを優先した。
臣下が会いたがっていることだけはアリシアに伝えて、実行はさせなかった。
しかしこの度、臣下の願いを叶えてあげようと慈悲深い妃殿下の心遣いによって実現したお茶会――と言う名の断罪式に招かれた臣下達は、皇宮の庭園に用意された席に座って、皆一様に宰相を睨みつけていた。
(謀ったな……!)
貴方達が望んだ席をご用意しただけですが?と、にこやかな表情で物語る宰相はどこか楽し気だったが、内心は心配で仕方なかった。
アリシアが用意させたお茶会の席に招かれて、いそいそとやって来た臣下達が座席に腰を掛けると、妃殿下に会えることを楽しみにしていたと互いにあれこれと話を弾ませながら主催者のアリシアを待っていた。
そこに現れたのは、真っ赤で派手なドレスと体のあちこちに宝石を飾り付けた、この場に相応しくない装いの夫人と幼子であった。
その女が誰であるかは、皇室の臣下である彼らが知らないはずはなかった。
(なぜ、皇帝が外に作ったと噂される女がここに?)
臣下達が目の前に現れた女に眉を顰めていると、女は彼らに向けて満面の笑みで言った。
「ごきげんよう、皆様」
明らかに教養のない女を、皆嫌悪した。挨拶をする価値もない人間だと、誰も口を開かなかった。
「あら、皇帝陛下の妻になる私に挨拶もないわけ?」
今日は私に会いに来てくれたのでしょう?と首を傾げた女に、侍従が椅子に座るように促すと「どうも」と言って臣下達に向かい合う席に腰を掛けた。隣の席には皇帝の子だという幼子がちょこんと座って、横に並んで座る大人たちが物珍しくてきょときょと眺めていた。
黒髪に青い瞳――皇帝の子であることが事実だったとき、失言によって自分の身が危うくなるだろうことを恐れて、臣下達は何も言えなかった。
目の前でケラケラと気味の悪い笑いを聞かせる女が、一人で勝手に皇帝がどうだの、これから妻になった自分がどうしたいかなどをぺらぺらと喋って、手に取った菓子を口に含むと頬張りながらまた話を続ける。
そんな汚い姿を見せつけられても、文句の一つも言えずに、膝の上で拳を作って必死に怒りを抑えた。
その怒りは、密かに宰相に向けられていたのだけど、宰相はそんなことは気にしていなかった。
そしてそこに、タイミング良く風が吹いて、お茶の席に鎮座する者達の耳に透き通る声を聞かせた人物――主催者であるアリシアが登場した。
「遅くなってごめんなさい」
待ち望んでいた妃殿下の姿に、皆目を見張った。
いくら会いたいとせがんでも、宰相は頑なに首を縦に振ろうとしなかった。妃殿下はお忙しいと、断り続けた。
なにをそんなに隠したいのか、どれだけ大切な御方だというのか……たかが、一人の女の何が――そう思った過去の自分を恥じた。
一体この世界のどこを探せば、このように静かな足取りで儚い雰囲気を身に纏った美しい女性を見つけることができるのだろうか。
艶やかな銀髪を緩く纏めて、腰のラインを強調する白と黒のドレスに金のラメ糸で刺繍された花模様が煌びやかで、彼女の美しさを際立たせていた。
まるで、この場を審判しに天から舞い降りた女神のようだと、詩人のような感想を頭に浮かべた臣下の一人が、頬を染めてアリシアに見惚れていた。
なるほど、これは、まあ、隠したくもなる――先程までの怒りは何処へやら。知らぬ間に意見が一致する臣下達の意識を現実に引っ張った宰相の咳払いが、彼らを一斉に椅子から立ち上がらせた。
「妃殿下にご挨拶申し上げます!」
「皆さん、お集り頂いてありがとうございます」
どうぞ顔を上げて下さいと続けたアリシアに従った臣下達に目一杯の笑顔を向けて、アリシアは自分の魅力を見せつけた。
ボルゴレ劇団に入団するときは、団長のラディから笑顔を振りまかないように注意されたけど、今は反対に宰相から笑顔を振りまくように言われている。
その笑顔一つで人の心を奪い、物にすることは妃殿下の武器の一つだと、使わなければ損だと熱弁されたのだ。
実はよくわかっていないけれど、そうすることで皇帝の威厳を皇后になる自分が保てるのであればと、アリシアは頷いた。
そして宰相の思惑通り、魅了された臣下達は大人しくアリシアに従い、アリシアが席に座るのを見届けると、自分たちも腰掛けた。
その様子を見ていた女だけが、アリシアを睨みつけて「なんなの、この娘は」とぼそりと呟いてお茶を口に含んだ。
宰相は、皇帝からの書面に忠実に従った。<妃の思うままに>と記されたそれは、妃殿下の御身が一番、御心が一番……妃殿下の意思を尊重し、皇室に仕える者は皆、妃殿下のためだけに存在しているのだと肝に銘じるように、妃殿下は皇帝の魂そのものだから大切にするようにと、とにかく妃殿下を強調する内容だった。
妃殿下の身に掠れ傷でもついていようものなら、首が飛ぶ覚悟をする暇さえ与えてもらえないだろう威圧が文面からでも伺えたものだった。
そんな命を下されなくとも、宰相は今度こそ間違いを起こしてなるものかと慎重になっていたので、臣下の望みよりも妃殿下の平穏を守ることを優先した。
臣下が会いたがっていることだけはアリシアに伝えて、実行はさせなかった。
しかしこの度、臣下の願いを叶えてあげようと慈悲深い妃殿下の心遣いによって実現したお茶会――と言う名の断罪式に招かれた臣下達は、皇宮の庭園に用意された席に座って、皆一様に宰相を睨みつけていた。
(謀ったな……!)
貴方達が望んだ席をご用意しただけですが?と、にこやかな表情で物語る宰相はどこか楽し気だったが、内心は心配で仕方なかった。
アリシアが用意させたお茶会の席に招かれて、いそいそとやって来た臣下達が座席に腰を掛けると、妃殿下に会えることを楽しみにしていたと互いにあれこれと話を弾ませながら主催者のアリシアを待っていた。
そこに現れたのは、真っ赤で派手なドレスと体のあちこちに宝石を飾り付けた、この場に相応しくない装いの夫人と幼子であった。
その女が誰であるかは、皇室の臣下である彼らが知らないはずはなかった。
(なぜ、皇帝が外に作ったと噂される女がここに?)
臣下達が目の前に現れた女に眉を顰めていると、女は彼らに向けて満面の笑みで言った。
「ごきげんよう、皆様」
明らかに教養のない女を、皆嫌悪した。挨拶をする価値もない人間だと、誰も口を開かなかった。
「あら、皇帝陛下の妻になる私に挨拶もないわけ?」
今日は私に会いに来てくれたのでしょう?と首を傾げた女に、侍従が椅子に座るように促すと「どうも」と言って臣下達に向かい合う席に腰を掛けた。隣の席には皇帝の子だという幼子がちょこんと座って、横に並んで座る大人たちが物珍しくてきょときょと眺めていた。
黒髪に青い瞳――皇帝の子であることが事実だったとき、失言によって自分の身が危うくなるだろうことを恐れて、臣下達は何も言えなかった。
目の前でケラケラと気味の悪い笑いを聞かせる女が、一人で勝手に皇帝がどうだの、これから妻になった自分がどうしたいかなどをぺらぺらと喋って、手に取った菓子を口に含むと頬張りながらまた話を続ける。
そんな汚い姿を見せつけられても、文句の一つも言えずに、膝の上で拳を作って必死に怒りを抑えた。
その怒りは、密かに宰相に向けられていたのだけど、宰相はそんなことは気にしていなかった。
そしてそこに、タイミング良く風が吹いて、お茶の席に鎮座する者達の耳に透き通る声を聞かせた人物――主催者であるアリシアが登場した。
「遅くなってごめんなさい」
待ち望んでいた妃殿下の姿に、皆目を見張った。
いくら会いたいとせがんでも、宰相は頑なに首を縦に振ろうとしなかった。妃殿下はお忙しいと、断り続けた。
なにをそんなに隠したいのか、どれだけ大切な御方だというのか……たかが、一人の女の何が――そう思った過去の自分を恥じた。
一体この世界のどこを探せば、このように静かな足取りで儚い雰囲気を身に纏った美しい女性を見つけることができるのだろうか。
艶やかな銀髪を緩く纏めて、腰のラインを強調する白と黒のドレスに金のラメ糸で刺繍された花模様が煌びやかで、彼女の美しさを際立たせていた。
まるで、この場を審判しに天から舞い降りた女神のようだと、詩人のような感想を頭に浮かべた臣下の一人が、頬を染めてアリシアに見惚れていた。
なるほど、これは、まあ、隠したくもなる――先程までの怒りは何処へやら。知らぬ間に意見が一致する臣下達の意識を現実に引っ張った宰相の咳払いが、彼らを一斉に椅子から立ち上がらせた。
「妃殿下にご挨拶申し上げます!」
「皆さん、お集り頂いてありがとうございます」
どうぞ顔を上げて下さいと続けたアリシアに従った臣下達に目一杯の笑顔を向けて、アリシアは自分の魅力を見せつけた。
ボルゴレ劇団に入団するときは、団長のラディから笑顔を振りまかないように注意されたけど、今は反対に宰相から笑顔を振りまくように言われている。
その笑顔一つで人の心を奪い、物にすることは妃殿下の武器の一つだと、使わなければ損だと熱弁されたのだ。
実はよくわかっていないけれど、そうすることで皇帝の威厳を皇后になる自分が保てるのであればと、アリシアは頷いた。
そして宰相の思惑通り、魅了された臣下達は大人しくアリシアに従い、アリシアが席に座るのを見届けると、自分たちも腰掛けた。
その様子を見ていた女だけが、アリシアを睨みつけて「なんなの、この娘は」とぼそりと呟いてお茶を口に含んだ。
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