【R18】生贄の姫は皇子に喰われたい

あまやどんぐり

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40.アリシアの事件録(下)

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 アリシアは、女に自己紹介をするつもりは一切なかった。
 女が自分をどう思おうが、そんなことどうでも良かったし、宰相からの話によれば、女はアリシアの存在を知らないようだったから、わざわざ教えてあげない方が都合がいい気がしたのだ。

 まずは、女と自分の立場の違いを見せつける。宰相と立てた作戦だった。
 女には自分を皇室の人間に紹介する場である茶会を開くと話して、着るドレスも宝石も与えると、簡単にこの場に姿を現した。
 臣下達には、妃殿下がお茶会を介して親睦を深めたいと伝えた。

 そして主催者も加わって始まった茶会で、女が聞いてもいない皇帝との出会いから甘い夜を過ごした日のことまで、ぺらぺらと喋る独壇場と化した席で、アリシアは「そうなんですね」と静かに微笑んで聞くだけだった。

 臣下も妃殿下に合わせて笑顔でいることを務めた。時折お茶に手を伸ばすだけで、発言は許されない空気はとても居心地が良いとは言えなかった。
 この茶会に出席したことを後悔し出した、そのとき。

「……ところで、お子さんが今お口に入れた桃のケーキ……大丈夫なのかしら?」

 アリシアが口を開くと、それまで喋っていた女が言葉を止めて「何のこと?」と目を細めた。

「アレルギーは、遺伝しやすいと言うではないですか」

 皇帝陛下の子であるならば、桃は確か……とアリシアが続けると、臣下達の顔が引きつった。

 皇帝の弱点になるアレルギーのことは、皇室内でも限られた人間しか知り得ない、口外禁止事項の一つだった。知っていたとしても口に出してはいけない。それを口にしてしまえば、それは"反逆"にあたるとして処刑される。

 だが、どういうことだ。妃殿下が言った皇帝のアレルギーなんて、臣下達は誰一人として知らない情報であった。それ故、どういう表情をすればいいのかわからないまま、様子を見守ることしかできなかった。

「あら! あなた知らないの? 陛下のアレルギーはナッツよ。先皇もそうだったのよ」

 臣下達から、血の気が引いた。
 女の言う先皇のアレルギーは、真実であったから。
 なぜ、口外禁止事項をこの女が知っているのか……それは、知っている誰かが漏らしたからだ。

 (一体誰が……?)

 視線だけで犯人捜しを始めた臣下達の中で、一人だけ目を閉じた者がいたが、誰もそのことをこの場で指摘することが出来なかった。

 そんなことを気にも留めないで「ああ、そうなんですね」と、とぼけたアリシアが言ったギルバートのアレルギーの情報は嘘であった。ただ鎌を掛けただけ。先皇のアレルギーも、今初めて知った。

「知ったふりをしてはだめよ。陛下のことは私が一番理解しているのよ」

 女がアリシアを嘗めて掛かると、その様子を見ていた宰相や騎士達が段々と険しい顔つきになっていった。

 皆が気分を悪くしている中でも、アリシアは笑顔を崩さなかった。

「お子さんとお話をしてもいいかしら?」

 この場を、自分の立場を悪くしていることを自覚していない女は「ああ、どうぞ。陛下の大切な子なんだから、慎重にね」とテーブルに肘をついてお茶を口にすると、アリシアは子供の側に行った。

「こんにちは」

 目線を合わせるように、しゃがんで子供に挨拶をすると子供は「あい」とまだ拙い声を発した。

「何歳?」

「もうすぐ三歳よ」

 頬杖をついて、ケーキをフォークで突く女がアリシアの方を見もせずに答えた。
 先程から妃殿下に失礼な態度を取り続ける女に、我慢ができなくて騎士が腰に据えた剣に手を掛けたが、アリシアがそっと手をかざして制止した。

「しゃんたい」

 三歳、と言いたいのだろう。母親の言葉を真似して言いながら、指を三本立てて頭の上にかざす子供の姿は、とても可愛らしかった。

 だけど、それだけだった。
 アリシアにとっては、この子供は可愛くて、かわいそうだった。

 瞳の色は青いけれど、アリシアの大好きな彼の色ではなかった。あの深い海の色とは正反対の、空のように青い瞳。
 顔つきなども、何一つアリシアの知っている彼の面影なんてない姿に、この幼子を利用している汚い大人たちへの怒りと、利用された子供への哀れみが同時に湧いた。

 (お母様がいなくなると、この子は孤児院に入ることになる……)

 子供の行く末を心配すると、アリシアの決断が鈍った。
 どうしようかと考える前に、子供の手についていたクリームがかざした際に頭に移動していることに気付いて、アリシアはハンカチを取り出してそのクリームを拭いてあげようとした。瞬間――。

「……! 触らないで!!」

 女が、アリシアの手を思いきり叩いた。

 弾く音が大きくて、頬が引っ叩かれたかと勘違いしそうな程だった。

「貴様……!」

 すぐにその場にいた騎士が全員剣を抜いて、女に向けて突き立てて、逃げ場のないように囲った。

「な、なによ! 私が誰かわかってるの?!」

 喚く女と、それを睨みつける騎士達は気付かなかったが、アリシアと臣下達だけが気付いたことがある。

 アリシアのハンカチに拭き取られた子供の髪の色が、実は黒ではなく金髪であることに――。



 お茶会を開いて、女の真意を確かめようと今回の作戦は立てられた。アリシアが考えて、宰相が準備をした。
 アリシアの言う作戦は、女の神経を逆撫ですることが目的であった。
 女と仲良くするつもりは微塵もないし、怒ったときの方がボロを出しやすいのではと考えた策だった。
 宰相は止めた。その怒りの矛先が、妃殿下であるアリシアに向けられるものであることを知っていたから。

 アリシアは笑顔で言った。それが狙いなのだと。

「私に危害を加えたら、その人はどうなるかしら?」

「それは……無論、投獄行きです」

 同じ皇宮に居させるとしても、悠々と部屋で過ごさせる気はなかった。アリシアの愛しい人の名を使って、彼を陥れようとした。その罪を許すつもりなんて、さらさらなかった。
 ギルバートが戻るまでは、冷たくて暗い監獄にいてもらう。アリシアは、自分が牢に入れられた記憶が蘇って、あそこにいた瞬間の絶望を女にも味わってもらわなければ気が済まなかった。

 それと、ついでに自分に会いたいという臣下達の願いを叶えてあげようとアリシアは続けて言った。

「その代わり、目撃者になってもらいましょう」

 第三者の証言があれば、裁くときに楽でしょうから。

 冷たく、それでいて楽しそうに笑みを浮かべるアリシアの姿を、宰相は心に刻んだ。普段、怒らない人を怒らせると、こんなにも恐ろしいのかと。


 そして、密かに反逆を企てていた臣下を引きずり出すことにも成功した、目的以上の収穫があった事件の顛末は、下働きとして皇宮にいた女が皇太子時代のギルバートを見掛けて一目惚れをしたことから始まった。

 声を掛けることまでは出来ないが、遠くから見つめて、それだけに留まらず、彼が捨てた包帯をこっそり拾って持ち帰るまでに至った。

 彼に抱かれることを夢見て、見続けて、いずれ妄想になった。
 私は愛する彼と甘い夜を過ごした。彼の子を身籠ったと、皇宮の外の酒の席で吹聴しているところを、一人の男が見つけて声を掛けた。
 実は身籠っていないことはすぐに判明したが、自分は間違いなく彼と夜を共にしたと言い張る女が、事細かくベッドの上でのことを語るものだから、男は女の妄想を信じた。

 男は、臣下として皇室に仕えていたが、先代の皇帝は側室を何人も引き入れて、女に現を抜かして堕落した主の姿に嫌気が差していた。
 そして代が変わって新皇帝となったギルバートも、一人の女がいなくなっただけだというのに抜け殻のような姿を見せる。そんな若輩者を主として認められなかった。
 ならば、玉座から引きずり下ろしてしまおうと決意して、皇帝が不在の今が好機だと思い動いたらしい。

 妃殿下が、ここまで見事に立ち回れる御方だとは思わずに侮っていた。後に、男はぽつりと後悔の念を零した。

 例の子供は、あの女が母親ではなく、元々孤児院に捨てられた子供であったという報告を聞いたアリシアは、複雑な心境だった。
 何か、少しでも自分にできることはないのか、考えあぐねていると、ふと思い出して宰相に声を掛けた。

「先代の皇后が計画していたアカデミーの件、知ってる?」

「はい。その計画に私も携わっていましたから」

 宰相はアリシアがなぜそのことを知っているのか不思議に思っていると、アリシアの口から「私が引き継いで話を進めてもいいかしら?」という言葉が出て感動してしまい、それどころではなくなった。

 宰相にとって、その計画は皇后の妊娠と精神状態のために中断してしまった心残りであったために、アリシアの言葉が有難かった。

「ありがとうございます、妃殿下」

 改めて、宰相はアリシアを自らの過ちで一度は皇宮から追い出してしまったことを悔いた。そして、今後はこの命尽きるまで誠心誠意、両陛下に仕えようと忠誠心を胸に抱いた。



 そうして、アリシアの事件録は幕を閉じた。

 その後も、相変わらず忙しい日々を送るアリシアだったが、勝手に拝借したギルバートのシャツを侍女に頼んで洗濯をしてもらって、元あった場所に返した。

 やはり、夢や幻ではない彼自身に抱き締めてもらわなければ満足できないことに気付いたから。
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