【R18】生贄の姫は皇子に喰われたい

あまやどんぐり

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41.満ちる、そして(上)

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 拉致事件から半年ぶりに訪れた港――故郷を離れて、帝国に足を踏み入れたときの胸の高鳴りを、アリシアはまだ昨日のことのように覚えていた。
 皇宮を去って、逃げるように帝国を出たときの切なさも、時間が経ってから帝国に戻ることになったときの恋しさも覚えていた。

 そして、ギルバートに再会したときの溢れる想いに震えたこと、彼に残してもらった痕の感触も、まだ覚えている。

 港に着くと、まだ帝国軍の船は着いていないようで、アリシアは緊張して居ても立ってもいられずに、外の空気を吸うために馬車を降りて待つことにした。

 ここに来るまでの道中、最後に泊まった宿で侍女と一緒に悩んで決めたはずの恰好を、今になってまた悩んでいた。
 自分の目で見える箇所をあちこち見ながら、腰を左右に捻って、スカートの裾をひらひらと泳がせて、髪型もふわりと緩く纏めたものにしたのだけど、やはり下ろした方がいいかな?と唸って、少し離れた場所に立つ侍女に「変じゃない?」と問いかけた。

「変ではありません! とても可愛らしくてお似合いです!」

 ねえ?と隣に立つ護衛騎士に侍女が話を振ると、うんうんと頷いて同意する騎士を見て、それでもアリシアは納得できない様子だった。
 逸る気持ちがアリシアをそわそわさせて、不安にしているだけなのだけど、アリシア本人はじっとしていられなくて、しきりに恰好を気にした。

「妃殿下! 帰って来られたみたいですよ!」

 侍女の言葉に足元を見ていたアリシアが顔を上げると、帝国軍の船が港に姿を現した。
 アリシアは、胸の鼓動の音が頭に響くほど大きくなるのを感じながら、菫色の瞳を凝らして、船を見上げると、遠くて小さいけれどすぐに見つけることができた。

 唯一、アリシアの胸を焦がす人――会いたかった、愛しい人。

 補佐官と騎士団長に指示を出しながら船を降りるギルバートは、まだこちらには気付いていない様子だった。
 久しぶりの彼に飛び込んでもいいのだけど、遠目からでもわかる"皇帝"の姿を見せるギルバートに見惚れていたかったから、しばらくはそのままでいた。

 そうしている内に、ギルバートの隣にいた補佐官がアリシアに気付いて皇帝にそれを知らせると、書類に目を通すために視線を落としていたギルバートが顔を上げて、遠くに立つアリシアの姿を青い瞳に捉えた。

 視線をアリシアに向けたまま、手に持っていた書類を補佐官の胸に押し付けた。その加減のされなかった力で押し付けられた衝撃で、よろけた補佐官のことなど気にも留めないで、歩みを進めたギルバートの姿を見て、アリシアも歩いた。

 一歩踏み出すと、すぐにもう一歩進めた。少しだけ速く、もう少し速くと足を動かした。
 二人の距離が近くなると、ギルバートの声が聞こえた。

「シア……!」

 彼の歩幅の方が大きくて、あと一歩のところでアリシアは止まって両手を広げてギルバートを迎えた……つもりだったけど、迎えられたのはアリシアの方で、ギルバートの胸に抱き寄せられて、ぎゅうっと強く抱きしめられると、アリシアは喜んで彼の胸に顔を埋めた。

「ギル、おかえりなさい」

 ギルバートの匂いと温もりに包まれて、嬉しくて仕方なくて、アリシアもギルバートの広い背中を精一杯抱き締めた。

「ただいま……シア」

 ギルバートは、帝国に着いたら今回も一目散に皇宮に帰るつもりでいた。後片付けは補佐官達に任せればいいし、なにより、アリシアに早く会いたかった。
 一人で皇宮に帰すことになってしまって心配であったのもそうだが、別れる前にアリシアの肌を味わった時の、あの甘美なひとときが唐突に思い出されて、沸き上がってくる欲望の熱に魘される夜に苦しめられた――早くアリシアを抱きたいと、体が彼女を求めて止まなくて。

 だけど、どういうわけか、実際にアリシアに会ってみると、その衝動が治まって今は、ただ会えたことが嬉しくて、腕の中に抱えた彼女の温もりが愛しいだけだった。

「迎えに来てくれたの?」

 別れのときのように時間を気にしなくていいからか、口調も動きもゆったりとしてしまう。
 頭を撫でたギルバートの手が頬に移動すると、それがアリシアにはくすぐったいのだけど、それすらも愛しかった。

 頷いたアリシアは、一週間前に皇帝の帰還の予定を伝えに戻った使者からの報告を受けた宰相がアリシアの元にそれを伝えに訪れると、皇帝に内緒で港まで迎えに行かないかと提案してきたのだと、ここまで来ることになった経緯を話した。帰りの道中で泊まる宿の手配も済んでいると。

「……一緒に帰ろ」

 二人が出会った小さい宮殿ではないけど、これから二人で過ごす皇宮でただ待つのではなくて、二人一緒に帰りたかった。

 ギルバートは、アリシアの言葉に胸が震えて、涙が込み上げた。

「うん……帰ろう」

 失くしてしまったと思った温もりが、今は腕の中にある。それをもう一度噛み締めるようにアリシアを抱き締めた。

「愛してるよ」

「私も、愛してる」

 想いを伝え合ってから、ようやく互いの温もりを離すと、ギルバートと二人で補佐官の元まで行って、ギルバートがあれこれと書類を指差しながら指示を出している様子を、アリシアは隣で微笑みながら見ていた。

 妃殿下を見慣れていない補佐官と騎士が、アリシアの笑みに見惚れていることに気が付いたギルバートが、そんな彼らに目を細めると、アリシアの腰を引き寄せて「後は任せた」と言い放ってその場を後にした。



 ギルバートのエスコートで馬車に乗り込もうとしたとき、ふと思い出してアリシアはギルバートを振り返った。

「私の恰好……変じゃない?」

 ギルバートを待っている間やたらと気になっていた恰好を、今ではそんなに気にしてはいないのだけど、ギルバートの感想を聞いてみることにした。

 唐突に聞かれたそれに、ギルバートは一歩だけ後ろに下がってアリシアの全身を瞳に映した。

「可愛い」

 恰好が、というよりもアリシアだから可愛いのだけどと思いながら笑顔で答えると、アリシアは頬を染めて微笑んだ。その姿が一層可愛いらしさを増したから、馬車の中に入ると、隣に座るアリシアをすぐに抱き締めた。

 そんな二人のやり取りを見守っていた侍女と騎士は、初めて見る皇帝の笑顔に驚いて目を丸くしながらも、初々しい光景に胸がキュンと締め付けられて、黄色い悲鳴を上げたい口をぎゅっと閉じて我慢していた。

 そうやって周囲に仲睦まじい姿を見せつけた二人は、他愛もない話をしながら手を触れ合ったり、視線を絡ませたり、時折、唇を重ねたりと馬車の中でも想いを交わし合いながら再会を喜んだ。
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