突然「婚約破棄」と言われても、私は婚約者ではありません!

おやっつ

文字の大きさ
15 / 16
第2章:人形を辞めて人間として

15.涙は伝染病

しおりを挟む
 ――コツ、コツ
 静かで、ほのかに暗い廊下を歩く。
 その刻みのいい音を聞きながら歩く廊下は、なぜかナルにとって長く感じていた。

 「ここです」
 足を止めて振り返るハルは、お店に入る時に開いた扉よりも古びた扉に手を向ける。

 その扉に手をかけるナルは、深呼吸をする。
 なぜ深呼吸をしたのかは、その本人ですら分からなかった。
 緊張しているわけでも、疲れているわけでもないのに。

 そのことに気が付かないまま、ナルは扉を開ける。
 その時、ハルは確かに見た。扉を潜るナルの口角が、僅かに上がっていたことを。

 ♢

 「失礼……します」
 
 普通、この世界では挨拶をする時、一息でいうことが礼儀である。
 当然それはナルも理解している。だがそれを分かって尚、ナルは一度息をのんでしまった。
 それはなぜか……?

 「ハルさん。一体どうして……?」
 その部屋には、たった1つのベッドに1人の人間が居た。
 ただその人は目が合わないどころか、私のことを認知すらしていない。

 見ただけで分かる。この人は寝ているわけではない……植物状態、昏睡状態だ。
 祖父の部屋に入るために、ハルさんが祖父の許可を取らずに承諾した理由……それはハルさんの祖父が温厚な人だから、とかそういう理由ではない。
 
 いや、もしかしたらそうなのかもしれないが、は許可が要らなかったんじゃない、んだ。

 「その……ナルさん。話って何の話なのでしょうか?祖父はあれですが、私に出来ることなら何でも言って下さい」

 その言葉に、ナルは「う~ん……」と頭を悩ませる。
 ナルは最初、2人に許可を取るつもりだった。だがこの状況下ではそんなことすら叶わない。
 仕方がないか。そう感じたナルは、いつもよりも少し顔をしかめて話始める。

 「長々と話すのはお互い辛いでしょうし……要点だけ申すと、この宝石屋を私、いや、セントリア家に買い取らせて欲しいのです」

 ナルの提案に、ハルは「えっ……」と素っ頓狂な声を出す。驚くのも無理はないだろう、今のハルからしたら、ナルは隣国の王女ということはおろか、セントリア家と関係を持っているとも知らない。ただのお店のお客さんの1人、そんな認識だった。

 そんな一介の客が、自分の店を買い取ると言い出した。

 「説明不足でしたね……実は私、セントリア家とは縁があって、このお店を存続させてほしいと懇願してきたのです」

 懇願……ガイルに頼んだ時、傍から見れば必死さは感じなかったが、ナルにとっては需要な出来事だった。

 「でも、たまたま出会ったというだけでそんなに贔屓にしてもらうのは、少し気が引けてしまいます」

 そういうハルさんの顔は、笑みの奥に、ほのかに寂しそうな雰囲気が滲み出ていた。
 本当はこのお店を続けていきたい……だけどハルさんの心のどこかでは、申し訳ないと思っているところもあるのだろう。

 「もちろん、私はただ仲良くなったお店に投資なんてしません。ハルさんやハルさんの祖父の実力を見込んで話しているのです。もし承諾していただけたら、改装して街路に店を出そうと思っています」

 破格の条件……だが、ハルはその条件を聞いて尚、頭を悩ませる。
 裏があるとは思っていない、ただ祖父の許可を得ずに独断で決めることを躊躇っているのだろう。このお店はハルのお店ではなく、祖父のものだから。

 「……~…………」
 静まり返った部屋に、どこからか音……いや、声が聞こえた気がした。
 私とハルさんは口を動かしていない。そしてこの部屋に私達以外の人はただ1人。

 「話は……聞いたぞ……」
 声を出していたのは、思った通りハルさんの祖父だった。

 「おじいちゃん……!」
 ガバッと覆いかぶさるようにハルを、祖父は優しく細い手で包み込む。

 「君は……ハルのお友達かな……?すまないね……こんな姿で」
 その優しい声色と口調に、体ごと心を温めてくれるような気分になる。
 このような祖父が居たら、ハルさんが優しいことにも納得する。

 「私はルイスだ……これからもハルと仲良くしてくれると……嬉しい」
 その優しい声は儚く、今にでも消えてなくなりそうなか細い声だった。
 そしてその小さく優しい頼みに、ナルは「もちろんです」と答える。

 しばし沈黙が流れた後、ナルが話を切り出す。
 「それで少し用がありまして……」

 「それはさっき言っていた話のことかな?」
 「はい」

 その時は言葉どころか目も開いていなかったが、ルイスさんは話を聞いていたらしい。

 「残念だが……その頼みを受けることは出来ない」
 『……え?』

 思ってもいなかった返答に、ナルとハルは声を出したまま、その小さく開いた口が塞がらなかった。

 「どうしてですか……⁉」
 ナルが何かを質問しようとするよりも早く、ハルがルイスに必死に問いかける。
 ルイスが起きるまでは、お店のリニューアルに対して悩んでいたハルだが、ルイスが起きた今はお店を存続させたいのだろう。

 「条件は悪くないと思うのですが……何がいけなかったのでしょう?」

 「いや……何も悪くない。むしろこの宝石屋……にとっては良すぎる条件だ」

 「それではなぜ……?」

 衝撃の出来事になったナルは、早く真相を知りたかったのか、いつもだと失礼だと思うよう程にグイグイ質問していた。

 その問いに、ルイスは昔を思い出しているかのような笑顔を浮かべながら、昔話を語るように話し始める。
 
 「ここはハルが生まれるよりも先に死んでしまった、儂の女房と一緒に住んでいた家でな……ここは女房の墓同然。だから儂には、この宝石屋……家を移動させることは出来ないんだ」

 先ほどまでは掠れるような声だったルイスさんだったが、奥さんの話をする時はハキハキと楽しそうに話していた。

 それに加えて寝転がったまま、唯一動かせる口で「すまない」と2人に謝罪をする。
 その理由と言葉に、ナルは黙り込んだ。驚いたわけではなかったが、今はただ、その男らしい理由に感動していた。

 その沈黙の中で、1人口を開ける人が居た。

 「それなら……改装だけ、改装だけならいいですか……?」
 目に涙を浮かべるハルがそう言葉を吐く。

 「おじいちゃんがどんな思いを、この家に思っているのかは分からないけど、少なくとも私はこの家を……宝石屋をお客さんやおじいちゃん、みんなに忘れないでほしいよ……」
 涙でグシャグシャになった顔をグッと引き締めたハルは嗚咽のように声を漏らす。

 ルイスは、横で俯きながら涙を拭うハルの頭に手を乗せ優しく撫でる。

 「ハルが……そんなにこのお店のことを好きになってくれたんだな……。このままじゃ、おじいちゃん失格かな」

 そんなちょっと冗談交じりに話すルイスの目にも、宝石のように輝く涙が浮かんでいた。
 そしてルイスの細く小さな手で撫でられているハルは、その手が世界で一番温かく、大きく感じていた。

 
 ……伝染病、それは人から人へと移る感染症のことである。
 そして今、ナルは涙が伝染病なのではないかと思う。
 なぜなら、ハルの流した涙がルイスへ、そしてへと移していったからだ。

 だが、ナルの考えは少し違っていた。
 本当は涙が人から人へと伝染していくのではなく、人の感情そのものが、近くにいる人につながっていくのだ。

 ナルがそれを知る時は、もう少し先の話。
 はたまた、ナルがこの真実を知る時は来るのだろうか――――――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

勝手にしろと言われたので、勝手にさせていただきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
子爵家の私は自分よりも身分の高い婚約者に、いつもいいように顎でこき使われていた。ある日、突然婚約者に呼び出されて一方的に婚約破棄を告げられてしまう。二人の婚約は家同士が決めたこと。当然受け入れられるはずもないので拒絶すると「婚約破棄は絶対する。後のことなどしるものか。お前の方で勝手にしろ」と言い切られてしまう。 いいでしょう……そこまで言うのなら、勝手にさせていただきます。 ただし、後のことはどうなっても知りませんよ? * 他サイトでも投稿 * ショートショートです。あっさり終わります

さようなら、婚約者様。これは悪役令嬢の逆襲です。

パリパリかぷちーの
恋愛
舞台は、神の声を重んじる王国。 そこでは“聖女”の存在が政治と信仰を支配していた。 主人公ヴィオラ=エーデルワイスは、公爵令嬢として王太子ユリウスの婚約者という地位にあったが、 ある日、王太子は突如“聖女リュシエンヌ”に心を奪われ、公衆の場でヴィオラとの婚約を破棄する。 だがヴィオラは、泣き叫ぶでもなく、静かに微笑んで言った。 「――お幸せに。では、さようなら」 その言葉と共に、彼女の“悪役令嬢”としての立場は幕を閉じる。 そしてそれが、彼女の逆襲の幕開けだった。 【再公開】作品です。

婚約破棄? あ、ハイ。了解です【短編】

キョウキョウ
恋愛
突然、婚約破棄を突きつけられたマーガレットだったが平然と受け入れる。 それに納得いかなかったのは、王子のフィリップ。 もっと、取り乱したような姿を見れると思っていたのに。 そして彼は逆ギレする。なぜ、そんなに落ち着いていられるのか、と。 普通の可愛らしい女ならば、泣いて許しを請うはずじゃないのかと。 マーガレットが平然と受け入れたのは、他に興味があったから。婚約していたのは、親が決めたから。 彼女の興味は、婚約相手よりも魔法技術に向いていた。

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...