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 「えっ、皇子?!」
 「いや、でも第八って……」
 「にしても美しい人ね」
 「本当に……お近づきになれるかしら」

 学生たちは言いたい放題囁き合って、留学生に好奇の目を向ける。

 一方注目の的になっている本人は、じっと俺のほうを見つめていた。

 ……お願いだからそんな見ないでほしいな! こっちも注目されちゃうから!
 
 「みなさん! 静かにしてください! ……ええ、ではアデルくんはあちらの席に」

 「あ、いえ、僕はあそこの空いてる席に行きます」

 「「「えっ」」」

 教室中が驚きの声を上げる。

 俺はビシッと指をさされて、心臓が跳ねた。

 「え、えっと……」

 先生は困ったようにアデルを見たが、アデルは気にすることなく俺のほうへ近づいてくる。

 俺はさっと視線を外し、机の木目を見つめた。

 ——俺、この人知りません! 関係ありません!

 必死に他人のふりをしたけれど、アデルの近づいてくる靴音は俺のすぐそばで止まり、

 「久しぶり、愛しのセム」

 と甘い吐息が耳元に当たった。

 「うわっ!」

 思いの外近い距離で囁かれた衝撃に、席から転げ落ちる。見上げる先にはニヤニヤしたアデルがいて、少しだけイラっとした。

 「えっ、どういうこと? あいつアデル様と知り合いなの?」
 「いやあの無能令息がありえないだろ」
 「てか誰か教えてあげろよ、あいつの隣に座ると『ベビー・シッター』になるぞって」
 
 ぐちぐちというクラスメイトを無視して、アデルは俺の隣に座る

 「あははっ、驚きすぎじゃない? そんなびっくりした?」
 「ア、アデル様……あの、他にも席は空いていますので……」

 俺はアデルのニヤケ顔を無視して、椅子に座り直す。するとアデルは「僕がどこに座ろうと自由だよね?」と端正な顔を近づけてきた。

 ちょ、ちょっと待っていっ! 
 ただでさえ痛い視線が、もっと鋭くなるから!

 「いや、そうですけど。その、俺の隣はなにかと不都合ですので……」
 「不都合?」

 どういうこと? と目で訴えるアデルに、俺は小声で説明する。

 「あの、俺魔法が使えないんで、授業中隣にいると色々手伝ってもらうはめになるというか……」

 そう。俺は魔法が使えないので、授業中魔法を使う場面になると、誰かに頼らざるをえない。たとえば魔法薬草に、一振りの火の粉をかけるときとか。

 そういうとき俺の近くに座ると、先生から「隣のあなた、セムくんを手伝ってあげなさい」なんて指示が飛んでくる。

 結果、俺の世話ベビー・シッターに時間が取られて自分の課題が全然進まない。

 だからみんな、俺の周りを避けて座るのだ。

 「ふぅーん、よくわかんないけど、手伝うだけならここでいいかな」

 「えっ?! いや、そうは言っても……」

 「だってセムは僕の浮気相手愛しい人だもん。手伝うのは当たり前じゃん」

 囁かれた内容に心臓が止まるかと思った。
 
 「そ、それって……!」

 『じゃあ、僕らも浮気しようよ。セム・マイヤー伯爵令息』

 昨日去り際に告げられた言葉が、脳内で再生される。

 「あ、そうだ。セムだけ・・・・は僕のこと呼び捨てでいいよ。敬語もいらない」

 ——だって俺ら、愛し合ってる浮気してるもんね?

 俺の耳にしか届かない囁きは、ゾッとするほど甘く響いた。
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