恋を知らない麗人は

かえねこ

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16.王女来襲

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 エルリック様と結婚してからというもの、あまり外へ出させて貰えなかった。
 ちょっと街で買い物しようものなら、その晩は散々抱き潰された。

「ルクレオン、お前を他の男に見せたくない。こんなに色っぽいお前が他の男の視界に入るなんて……」
「俺をこの屋敷に縛り付ける気ですか?」
「出来ればそうしたい」
「いや、監禁は夫婦でも犯罪ですからね」

 こんなやり取りを何度も繰り返している。
 俺はエルリック様と結婚したことで、彼の俺に対する執着振りを思い知らされた。

 俺は一応彼に憧れて騎士団に入団したのだが、自分でも彼のどこに憧れていたのか判らないぐらい残念な面しか見えない。
 あの毅然とした団長はどこへ行った?

 半ば監禁と呼べそうな生活も一月も経てば、少しはエルリック様も落ち着いたらしい。
 少しずつ街中や遠乗りに連れ出してくれるようになった。

 街中で一緒に買い物すると、どこへ行っても冷やかされる。
 第三王子のエルリック様が男の俺を嫁にしたことは国民誰もが知っている。
 だが滅多に俺が街中に出ないことで、尚更物珍しさが先立つのだろう。どこへ行くにしても人だかりがすごい。
 そうすると、エルリック様が渋面になってすぐ俺を囲い込んで屋敷へ戻ろうとするのだ。
 だからエルリック様が一緒でなければ街中への外出は許してもらえない。
 俺は深窓の姫君ではないぞ。

 その点遠乗りは周りに人がいないから、ゆっくりと出来ていい。
 もともと辺境で育った俺は自然の風景が好きだ。
 それに気づいたエルリック様は休みの度に遠乗りに連れて行ってくれるようになった。
 一人で遠乗りはさせてくれないが。



 結婚してから三か月経っても、俺が妊娠する気配はなかった。
 特に体の変調もなく、少しほっとしている。

 その頃俺は、メルウィンの要請で騎士団長の補佐に着いた。
 エルリック様の手綱を握ってくれと泣きつかれたのだ。

 俺も屋敷ばかりに居るのも飽きたし、何より身体を鍛えなおしたかったので丁度良かった。

 エルリック様は反対したが、俺の懇願もあって補佐という立場に落ち着いた。

 メルウィンは俺に副団長に返り咲いて欲しかったらしいが、一度退団した以上、騎士団の上層部に就く訳にいかない。
 エルリック様が書類仕事が苦手でよく副団長に丸投げしていたことを思い出し、その補佐をすることにした。あくまでも補助であって直接騎士団の運営には関わらない。
 これならエルリック様の傍にいることにもなり、彼も承知したのだ。

 騎士団に出向くようになって、やはり俺は騎士団の雰囲気の中が落ち着くと思った。

 新入りの団員に混じって基礎訓練を行い、上層部の連中と模擬戦を行ううちに、徐々に昔のカンを取り戻してきた。
 俺は屋敷でじっとしていることなど出来ない性分だとしみじみ思う。
 こうして身体を動かすほうがよっぽどいい。

 最初は元副団長の俺が訓練に混じることは敬遠されるのではないかと思ったが、すんなりと受け入れてくれた。
 若い団員の中には俺が知らない者も多いが、俺が不定期に混じっても煙たがりもしない。
 意外だったが、一から身体を鍛えなおすには若い団員に混じるのが丁度よかった。

 屋敷では模擬戦をしてもらえなかったが、騎士団の訓練場ではエルリック様とも手合わせ出来た。
 やはり彼との模擬戦は心が躍る。
 剣筋の確かさや手数の多さ、力強さ。どれも他の団員とは段違いで、ほんのちょっとでも油断すれば一本を取られる。
 真剣に剣戟を繰り出す姿は王立騎士団の団長らしく、凛々しく格好いい。無駄のない洗練された動きには惚れ惚れする。
 屋敷での俺に対する態度とは大違いだ。




 騎士団に通いだして二か月が過ぎたころのことだ。
 昼頃に団長のエルリック様が王宮に呼び出された。
 いつもは一緒に帰るのだが、俺は一人で帰路につく。

 屋敷の前に複数の馬車が止まっている。
 不思議に思いながら門に近づくと、門前に見たことがない紋章入りの豪華な馬車が止まっていた。

「ここはカスタジール国第三王子、エルリック様のお屋敷でしょうか」
 女騎士の格好をした女性が執事のジルバさんに訊ねている。

「左様でございますが、どちら様でしょうか?」
 訪問者の予定を聞いていないのか、ジルバさんは問い返している。

「私は南国ナイディル国の第一王女、ミルカ様に仕えるセリエと申します。ミルカ様はこの度この国の第三王子、エルリック様への輿入れの為にこの国へ参りました」

「「「えぇ!?」」」
 屋敷の中からメイドたちの驚愕の声が聞こえた。

 俺も同様に驚いたが、何とか声を出さずに済んだ。
 何となくその場に出ていくことを躊躇い、俺は一旦門の前を通り過ぎて様子を伺う。

「申し遅れました。私はこのお屋敷に仕える執事のジルバと申します。主のエルリック様は既に結婚して奥方様がおいでになります。
 失礼とは存じますが、何かのお間違いでは御座いませんか?」

「この国に来てからその話は聞かせて貰いました。ですが、その相手は男だというではありませんか。
 第三王子の相手が男では子供に恵まれないでしょう? 我が主、ミルカ様であれば身分的にも釣り合いが取れますし、子宝にも恵まれましょう」

「いま主は不在でございます。そのようなお話はまず、国王陛下へ申し出て頂けませんでしょうか?」

 王族の結婚ともなれば、まず国王陛下に打診して、国の重役会議でどうするか検討するのが普通だ。
 このように直接相手の屋敷に訪れることは礼儀に反する。

「先ほど王宮にてグリンドルフ陛下にお目通りしてきました。陛下にはこの申し出はお断りされましたが」
「では、なぜこちらに?」

「それは、わたくしがエルリック様と結婚したという男にお会いしてみたかったからですわ」
 紋章入りの馬車からフリル満載のピンクのドレスを着た姫君が、もう一人の女騎士に手を引かれながら降りてきた。

「ミルカ様」

「このお屋敷に一緒に暮らしているのでしょう? 一度会わせて頂けませんこと?」
 自分の願いが無下に断られるとは微塵にも思っていない、生まれながらの高貴な女性は少し首を傾げながら微笑んだ。

 目立たない位置に立ち尽くしてどうしたものかと考えている俺と目があったジルバさんは、目で俺に出てくるなと語っている。
 先触れもないおとないに俺が出張る必要はないのだろう。
 俺はそうっとその場から離れて屋敷の裏手に回り、使用人たちが使う裏口から屋敷に入った。

「「お帰りなさいませ」」

 二人のメイドが声を潜めながら、そっと出迎えてくれた。
 表の騒ぎに気付いて俺が裏口から入ってくることを見越したのだろう。
 よく出来たメイドたちだ。

 取りあえずそっと部屋に戻って、一応いつでもお客様の前に出られるよう着替えておく。

 南国ナイディル国と言ったか。確かこのカスタジール国とは間に三つの小国を挟んだ南の端にある大国だ。
 コーデリア様との婚約解消の件だけが伝わり、俺達の婚姻の話が伝わるのが遅かったのかもしれない。

 確かに身分的には申し分ない。
 エルリック様が既に俺と結婚していなければ、断りにくい申し出だろう。

 エルリック様と俺との婚姻は国王陛下も認めたものだ。
 なにより、エルリック様の執着は俺に向いている。
 俺が王都から離れていた間にいくらでも女と情を交わすことは可能だったはずなのに、俺と結婚したのだ。
 今更それを覆すことはないだろう。

 いまさら――。



 コンコン。

「奥方様、おいでですか?」
 ジルバさんの声だ。

「はい、どうぞ」
「失礼します。奥方様、先ほど旦那様もお戻りになられまして、ナイディル国の王女とお話になり、どうしても奥方様にお会いになりたいとの要望をお断りしきれませんでした」

 エルリック様、押し切られたのか。

「申し訳ございませんが、お出で下さいますか?
 お疲れでしたら、わたくしの方でお断りさせていただきますが」

「いや、会うことにしよう。わざわざ遠くからお出でになったのだから」
 ジルバさんの気づかいは有難いが、エルリック様を押し切るぐらいだ。
 下手に粘られるより会って早々に帰ってもらった方がよい。


 応接室ではくだんの王女がエルリック様の向かいのソファーに座り、お付きの女騎士二人がその後ろに立っていた。

「ミルカ姫。私の伴侶、ルクレオンだ。
 ルクレオン、こちらはナイディル国の第一王女、ミルカ姫だ」
「初めまして、ナイディル国のミルカですわ」
「ルクレオンと申します。遠いところをようこそお出で下さいました」

 エルリック様の紹介により、お互いに挨拶を交わす。

「成程、エルリック様の仰る通り、とても綺麗な方ですわね」
「恐れ入ります」

 ミルカ姫は一国の王女らしく気品もあり、容貌はどちらかと言えば愛らしいかんじだ。
 だが、身分の低い俺がミルカ様の容貌を褒めたところで、却って失礼だろう。
 俺は一礼するにとどめた。

「わたくし、エルリック様の花嫁になる為にこの国に来ましたの」

「ミルカ姫。それは既に断った筈だが」
 エルリック様は苦虫を噛み潰したような顔で王女の言葉を遮る。

「ええ。でも、エルリック様は王族。側室を迎えることも出来ましてよ」

「だから、それは断った筈だ。私も陛下も貴殿との婚姻を結ぶつもりはない」

「何故ですの? ルクレオン様がいくら綺麗でも男。子供は産めない筈ですわ。
 なら、女も娶って子を産む義務が王族にはあるはず」

「っ!」
 ミルカ姫の指摘にエルリック様は言葉に詰まった。

 エルリック様と俺との間に子供はいない。男の俺が子供を産めるはずがないと思うのが普通だ。
 妊娠薬のことは国内にも公表していない。
 俺が使用して五か月たっても妊娠の兆候はないのだ。

「私の伴侶はルクレオンだけだと言って、ルクレオンと結婚したんだ。その約束を違えるつもりはない」
 力強く、エルリック様はミルカ姫に断言した。

「そうなんですの。……でも、わたくしも輿入れのつもりで国を出てまいりました。今更帰ることなど出来ませんわ。
 仮に国に帰るとしてもそれなりに理由が要りますの。しばらくこのお屋敷に逗留させて下さいませ」

「っ! 何もこの屋敷でなくとも、王宮に滞在なされればよい。この屋敷では使用人も少なく、満足な持て成しも出来ん。
 仮にも大国ナイディル国の姫君だ。粗相があってはいかんからな」

「お気遣いなく。私の侍女を連れてきておりますから、御迷惑はお掛けいたしませんわ。
 私の申し出をお断りするにしても、お互いを知ってからでも遅くありませんこと?
 それに、私の荷物も付添人も全て表で待たせておりますの。お屋敷に入らせて頂いてよろしいかしら。
 長旅の後ですので、そろそろ落ち着いて休ませてあげたいの」

 有無を言わせぬよう畳みかけられ、エルリック様も俺も言葉が出てこなかった。

 姫君は最初からエルリック様のこの屋敷に滞在するつもりだったのだ。
 あえて王宮で荷物や付添人を降ろさず、陛下に謁見した後そのままこちらに来たのだろう。
 それで表に馬車が何台も止まっていたのか。屋敷訪問が目的なら、護衛込みでも二台までだ。
 本来は王宮で持て成すのが常識で、王宮の方でも急遽部屋の準備を整えていた筈だ。

「……ジルバ、部屋の用意を頼む」
 疲れたように、エルリック様が執事に指示する。

「……よろしいのですか?」
「ああ。これ以上表の者たちを待たせるのも気の毒だ」

 エルリック様の返事に一礼すると、ジルバさんは部屋を後にした。

「遠路はるばるお越しでお疲れだろう。大した持て成しは出来んが、今日の所はゆっくり休んでくれ」

 一連の流れを、俺は呆然と眺めるしか出来なかった。



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