7 / 17
第7話
しおりを挟む
レグナの通りを歩きながら、ライトは胸の奥で静かに灯るものを感じていた。
狼型魔獣との戦闘、薬草採取の達成、ギルドでの初めての報酬。
一つ一つが確かに積み重なり、昨日までとは違う自分が心の中に立ち始めている。
(この街で……ちゃんと冒険者として生きていけるかもしれない)
そんな希望が胸の中でふくらむ。
それは決して大げさなものではなく、そっと息を吸うたびに確かめられるような、静かな温かさだった。
通りには日用品や食べ物の屋台が並び、店主たちが客と楽しげにやり取りしている。
焼きたてのパンや香辛料の匂いが漂い、風に乗って子どもの笑い声が響く。
歩いているだけで、昨日の暗闇が遠ざかっていく気がした。
ふと、本屋の店先に目が留まった。
看板には「冒険者向け指南書」と書かれている。
覗き込むと、剣の構え方や基礎体力の鍛え方、薬草の見分け方などが並んでいた。
「……こういうの、勉強になるかもしれない」
勇者パーティにいた頃、ライトは本を読む時間などほとんど与えられなかった。
歩くペースについていくのに必死で、訓練らしい訓練も受けさせてもらえなかった。
スキルが役に立たないから、教える価値もないと半ば決めつけられていた。
(でも、今の俺は違う。自分で、必要なものを選べる)
そう思えるだけで、胸の奥が少し温かくなる。
ライトは薄い指南書を一冊購入し、袋にしまった。
通りをさらに進むと、街外れへの道に差し掛かる。
そこは草原へ続く道とは反対方向で、人通りもそこまで多くない。
その道沿いに、小さな公園のような広場があった。
木陰が涼しく、子どもが二人遊んでいる。
その姿を見ていると、心が和むようだった。
ライトはその広場の端へと歩き、剣を抜いて軽く構えた。
(さっき……何となく手に馴染むような感覚があった。確かめてみたい)
狼の動き、爪の軌道。
すべて《超記録》が映し出してくれた情報だ。
そのスキルが自分の中でどれほど使えるのか、ほんの少し試したい気持ちがあった。
剣を前へと突き出し、静かに振る。
空気が斬られ、わずかに風が揺れた。
「やっぱり……少しだけ違う」
技が上達したわけではない。
急に強くなったわけでもない。
ただ、剣を振るたびに手の中にしっかりとした軸が生まれたように感じる。
(これなら……もっと戦えるようになるはずだ)
胸の奥に、昨日とは違う自信が生まれる。
剣を静かに鞘へ戻し、ライトは深呼吸した。
「お兄ちゃん、すごいね!」
突然後ろから声がして振り返ると、先ほど遊んでいた子どもがこちらを見ていた。
目を輝かせている。
「そんなことないよ。まだまだだ」
「でもすっごくかっこよかった!」
その言葉に、自然と頬が熱くなった。
承認される感覚がこんなにもあたたかいものとは知らなかった。
子どもは笑顔のまま走り去り、また遊び始めた。
「……ありがとう」
誰に聞かれるでもなく呟いた声は、自分の中の小さな傷を一つ癒してくれた気がした。
広場を後にし、街をひと通り見て回ったあと、ライトはギルドへ戻ることにした。
まだ依頼を受けるつもりはなかったが、どんな依頼があるのか確認したかった。
ギルドに戻ると、受付にはミィナがいた。
彼女はライトの姿を見つけると、手を振りながら迎えてくれた。
「ライトさん、おかえりなさい! 街はどうでした?」
「いろいろ見てきました。……いい街ですね」
「でしょ? 私、レグナ好きなんです。素直で優しい人が多くて」
「確かに、そんな気がしました」
本当に、そう思った。
誰からも拒まれず、見下されず、普通に話しかけてもらえることがこんなにも心地よいなんて。
「ところで、ライトさん。今日はまだ依頼、受けます?」
「今日は……控えておこうと思います。次のために、少し体を休めておきたいので」
「いい判断です! 冒険者は無理をしたら長く続きませんから」
ミィナは満面の笑みで頷いた。
その笑顔を見ると、自分も自然と笑顔になれる。
ギルドを出て宿へ戻る途中、ライトはふと昨日の自分を思い出した。
深い暗闇の中で、置き去りにされ、ひとりで震えていた自分。
(あの時の俺は……こんな未来が来るなんて想像もしなかった)
手を伸ばせば未来が変わるわけではない。
けれど、一歩ずつでも前へ進めれば、きっと違う場所にたどり着ける。
そんな当たり前の理屈が、今はとても大切なもののように思えた。
宿の部屋に戻ると、ベッドに腰を下ろし、天井をぼんやりと見つめた。
まだ疲労は残っているが、心の重さはほとんど感じなかった。
「明日は……もっと動けるはずだ」
小さな声で呟く。
まるで自分自身にそう言い聞かせるように。
(いつか、きっと……あいつらを見返せる)
その想いが心の奥に息づき、力へと変わっていく。
誰からも期待されなかった少年が、今ようやく最初の一歩を歩み出した。
まだ弱くて、不器用で、何も持っていない。
それでも、前へ進もうとする意志だけは確かにある。
ライトは静かに目を閉じた。
心地よい疲れとともに、穏やかな暗闇がゆっくりと訪れた。
狼型魔獣との戦闘、薬草採取の達成、ギルドでの初めての報酬。
一つ一つが確かに積み重なり、昨日までとは違う自分が心の中に立ち始めている。
(この街で……ちゃんと冒険者として生きていけるかもしれない)
そんな希望が胸の中でふくらむ。
それは決して大げさなものではなく、そっと息を吸うたびに確かめられるような、静かな温かさだった。
通りには日用品や食べ物の屋台が並び、店主たちが客と楽しげにやり取りしている。
焼きたてのパンや香辛料の匂いが漂い、風に乗って子どもの笑い声が響く。
歩いているだけで、昨日の暗闇が遠ざかっていく気がした。
ふと、本屋の店先に目が留まった。
看板には「冒険者向け指南書」と書かれている。
覗き込むと、剣の構え方や基礎体力の鍛え方、薬草の見分け方などが並んでいた。
「……こういうの、勉強になるかもしれない」
勇者パーティにいた頃、ライトは本を読む時間などほとんど与えられなかった。
歩くペースについていくのに必死で、訓練らしい訓練も受けさせてもらえなかった。
スキルが役に立たないから、教える価値もないと半ば決めつけられていた。
(でも、今の俺は違う。自分で、必要なものを選べる)
そう思えるだけで、胸の奥が少し温かくなる。
ライトは薄い指南書を一冊購入し、袋にしまった。
通りをさらに進むと、街外れへの道に差し掛かる。
そこは草原へ続く道とは反対方向で、人通りもそこまで多くない。
その道沿いに、小さな公園のような広場があった。
木陰が涼しく、子どもが二人遊んでいる。
その姿を見ていると、心が和むようだった。
ライトはその広場の端へと歩き、剣を抜いて軽く構えた。
(さっき……何となく手に馴染むような感覚があった。確かめてみたい)
狼の動き、爪の軌道。
すべて《超記録》が映し出してくれた情報だ。
そのスキルが自分の中でどれほど使えるのか、ほんの少し試したい気持ちがあった。
剣を前へと突き出し、静かに振る。
空気が斬られ、わずかに風が揺れた。
「やっぱり……少しだけ違う」
技が上達したわけではない。
急に強くなったわけでもない。
ただ、剣を振るたびに手の中にしっかりとした軸が生まれたように感じる。
(これなら……もっと戦えるようになるはずだ)
胸の奥に、昨日とは違う自信が生まれる。
剣を静かに鞘へ戻し、ライトは深呼吸した。
「お兄ちゃん、すごいね!」
突然後ろから声がして振り返ると、先ほど遊んでいた子どもがこちらを見ていた。
目を輝かせている。
「そんなことないよ。まだまだだ」
「でもすっごくかっこよかった!」
その言葉に、自然と頬が熱くなった。
承認される感覚がこんなにもあたたかいものとは知らなかった。
子どもは笑顔のまま走り去り、また遊び始めた。
「……ありがとう」
誰に聞かれるでもなく呟いた声は、自分の中の小さな傷を一つ癒してくれた気がした。
広場を後にし、街をひと通り見て回ったあと、ライトはギルドへ戻ることにした。
まだ依頼を受けるつもりはなかったが、どんな依頼があるのか確認したかった。
ギルドに戻ると、受付にはミィナがいた。
彼女はライトの姿を見つけると、手を振りながら迎えてくれた。
「ライトさん、おかえりなさい! 街はどうでした?」
「いろいろ見てきました。……いい街ですね」
「でしょ? 私、レグナ好きなんです。素直で優しい人が多くて」
「確かに、そんな気がしました」
本当に、そう思った。
誰からも拒まれず、見下されず、普通に話しかけてもらえることがこんなにも心地よいなんて。
「ところで、ライトさん。今日はまだ依頼、受けます?」
「今日は……控えておこうと思います。次のために、少し体を休めておきたいので」
「いい判断です! 冒険者は無理をしたら長く続きませんから」
ミィナは満面の笑みで頷いた。
その笑顔を見ると、自分も自然と笑顔になれる。
ギルドを出て宿へ戻る途中、ライトはふと昨日の自分を思い出した。
深い暗闇の中で、置き去りにされ、ひとりで震えていた自分。
(あの時の俺は……こんな未来が来るなんて想像もしなかった)
手を伸ばせば未来が変わるわけではない。
けれど、一歩ずつでも前へ進めれば、きっと違う場所にたどり着ける。
そんな当たり前の理屈が、今はとても大切なもののように思えた。
宿の部屋に戻ると、ベッドに腰を下ろし、天井をぼんやりと見つめた。
まだ疲労は残っているが、心の重さはほとんど感じなかった。
「明日は……もっと動けるはずだ」
小さな声で呟く。
まるで自分自身にそう言い聞かせるように。
(いつか、きっと……あいつらを見返せる)
その想いが心の奥に息づき、力へと変わっていく。
誰からも期待されなかった少年が、今ようやく最初の一歩を歩み出した。
まだ弱くて、不器用で、何も持っていない。
それでも、前へ進もうとする意志だけは確かにある。
ライトは静かに目を閉じた。
心地よい疲れとともに、穏やかな暗闇がゆっくりと訪れた。
33
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
上司がSNSでバズってる件
KABU.
恋愛
広告代理店で働く新入社員・**藤原真由(24)**は、
厳しいけれどどこか優しい上司・**柊誠(35)**に、
いつしか淡い憧れを抱いていた。
ある夜、SNSで話題になっていたアカウント
《#理想の上司はこうあってほしい》の投稿に心を打たれ、
「この人みたいな上司に出会いたい」と呟いた真由。
――けれど、まさかその“理想の上司”が、
いつも自分を叱っていた柊課長本人だなんて。
匿名のSNSで惹かれ合う二人。
けれど現実では、上司と部下。
秘密がバレた瞬間、関係はどう変わるのか。
理想と現実が交差する、少し切なくて温かいオフィス・ラブストーリー。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
恋愛
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる