追放されたお荷物記録係、地味スキル《記録》を極めて最強へ――気づけば勇者より強くなってました

KABU.

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第9話

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 森の奥へ進むほど、空気はひんやりとしていき、足元の土はしっとりと湿りを帯びていった。
 鳥の鳴き声は遠ざかり、代わりに風が葉を揺らす音だけが耳に届く。

 ライトは足音を殺しながら、剣を握った右手に意識を集中させた。
 《超記録》が周囲の気配を捉えてくれるとはいえ、自分で注意を怠れば意味がない。

 ふと、空気が揺れる。

(……来る)

 視線を向けた先、低い草むらがかすかに動いた。
 その隙間から、鼻をひくつかせた小さな影がゆっくり顔を出す。

 丸い頭。
 濁った黄色の瞳。
 緑がかった肌。

「ゴブリン……」

 相手もライトの存在に気づいたのか、目を細めてぎょろりとにらみつけてくる。
 その瞬間、ゴブリンは耳を後ろに倒し、一気に走り出してきた。

「っ!」

 ライトは身体を横にひねって回避する。
 直後、ゴブリンは爪を振り上げながらすれ違うように通り過ぎた。

 振り返ったゴブリンは、口角を引きつらせるようにして笑う。
 それは獲物を見下すような、薄気味悪い笑みだった。

(落ち着け。狼型魔獣よりも素早いけど……相手は小さい)

 深呼吸し、剣を構え直す。
 すると、視界の隅で文字が一瞬だけ光った。

《攻撃パターンを記録しました:ゴブリン(一般種)》

(そうか……これはスキルじゃなくて、動きそのものの記録なんだ)

 昨日、狼型魔獣と戦ったときにも似た感覚があった。
 相手の動きが見えたのではなく、見え方が変わったのだ。
 今回も同じように、相手の足の踏み込みや重心の揺れが自然と理解できる。

 ゴブリンが再び突っ込んできた。
 爪の角度、腕の振り方、踏み込む足の向き。
 すべてが見える。

(右に来る……!)

 ライトは剣を払うように振り抜いた。
 ゴブリンは反応しきれず、その腕に浅い切り傷ができた。

「ギャッ!」

 ゴブリンは悲鳴を上げ、後ずさる。
 だがその目はまだ闘志を失っていなかった。

(浅かった……もう一度来るな)

 案の定、ゴブリンはライトの隙をうかがって低く構えた。
 草むらの影と同化するようにゆっくり動き、こちらへ向かってくる。

(落ち着いて……ちゃんと見極める)

 剣を握る右手に力をこめる。

 再びゴブリンが突進してきた瞬間、ライトは一歩後ろに下がり、ゴブリンの腕が届く寸前で剣を振り下ろした。

 刃がゴブリンの肩に食い込み、相手の動きが一瞬止まる。
 その隙にライトは身体をひねり、もう一度切りつけた。

 小さな影が地面へ崩れ落ちた。

「……ふぅ」

 剣を握る手が少し震えている。
 緊張というより、戦闘の余韻が体の中を走っている感覚だった。

(なんとか……倒せた)

 確かな手応えがあった。
 自分の力だけで、一匹の魔物を倒したのだ。

 しかし、気を緩めるような状況ではなかった。

(ゴブリンって……一匹じゃないはず)

 森の奥へ視線を向けると、小さな影の揺れがいくつか確認できた。
 ゴブリンは群れる習性がある。
 この一匹だけが弱って森の外れに出てきたわけではない。

(先に、周囲を確認したほうがいい)

 ライトは静かに草むらに身を寄せ、ゆっくりと移動した。

 そんなときだった。

 足元で乾いた音がした。

「……え」

 視線を下げると、細い蔦のような紐が足の甲に引っかかっていた。
 それがわずかに動いた瞬間、ライトの背筋が寒気を帯びた。

(罠……!)

 セインの忠告が脳裏をよぎる。
 ゴブリンは単体では弱いが、罠を使ってくる。
 それが本当だと、遅れて理解した。

 次の瞬間、ライトの周囲で「ぱちん」と何かが跳ねた。

 横から飛び出してきた倒木が、ライトの腰あたりを狙って勢いよく振り抜かれる。

 ライトは咄嗟に地面に身を投げだした。
 倒木は空振りし、風がライトの髪を大きく揺らした。

(危な……)

 目の前で地面に倒れ込んだ倒木を見て、ようやく息ができた。

 立ち上がろうとしたとき、視界の奥にふらつく小さな影があった。
 ゴブリンたちが倒木の陰からこちらをじっと見ている。

(……やっぱり、複数)

 ライトは剣を構えた。

 ゴブリンの数は三匹ほど。
 彼らは直接突っ込んでくるのではなく、囲むようにして位置を変えながら近づいてくる。

(さっきとは違う動き……これは群れの戦い方か)

 胸の奥で静かな緊張が生まれる。
 しかし、恐怖と同時にふっとした確信もあった。

(俺なら……いける)

 その自信は、昨日の自分にはなかったものだ。
 《超記録》があるからではなく、自分で勝ち取った“経験”がくれた力だった。

 一匹目が飛び出す。
 ライトはその動きをしっかりと見極め、剣で迎え撃った。
 刃がゴブリンの腕をかすめ、転倒させる。

 二匹目が左右から牽制するように爪を振りかざす。
 ライトは身体を低くし、爪をかわしてから足払いを仕掛ける。
 ゴブリンがバランスを崩して転がる。

 すぐに三匹目が背後から飛びかかってくる。
 その影を感じたライトは、一歩踏み込みながら後ろへ剣を振り払った。

「ギャァッ!」

 背後から聞こえた悲鳴が森に響き渡る。

(あと少し……)

 汗が額を流れ落ちる。
 三匹同時はさすがに手強かったが、体は動けている。

 最後の一匹に剣を向けたとき、ゴブリンは怯えた声を上げながら後退した。
 しかし、逃げる気配はない。

(まだ何か……)

 その瞬間だった。

 ゴブリンの後ろ、木の枝の上で何かが光った。

(また罠!?)

 ライトは反射的に横へ飛んだ。

 直後、枝の上から大きな石が落下してきた。
 石はライトのいた場所を勢いよく叩き、地面に衝撃が走る。

 ほんの少し遅れていたら──。

(本当に……セインの言う通りだ。罠が多い)

 気を抜けば一瞬で終わる。
 そう理解したライトは、息を整えながら剣を構え直す。

「これで……終わりだ!」

 ライトは最後のゴブリンに向かって地面を蹴り出した。
 勢いをつけた一撃が正確に相手の胴へ入り、ゴブリンは崩れ落ちた。

 そして、森に静寂が戻る。

「……ふぅ」

 ライトは剣をゆっくり鞘へ収めた。
 心臓は激しく打っているが、恐怖だけではなく確かな達成感が胸を満たしていた。

(俺……やったんだ)

 小さく息を吐き、天を仰ぐ。

 木々の間から差し込む光が、まるで祝福のように揺れていた。

(この街で……本当に前に進めるかもしれない)

 それは決して大げさな感情ではなく、胸の奥に静かに積もっていくような、優しい確信だった。

 ライトは森を見渡し、ゆっくりと街へ戻る道を歩きはじめた。
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