追放されたお荷物記録係、地味スキル《記録》を極めて最強へ――気づけば勇者より強くなってました

KABU.

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第19話

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 森の奥へ進むほど、空気が変わっていくのが分かった。
 ひんやりとした冷たさが薄れ、代わりに静かな温もりのようなものが風に混じる。
 先ほど感じた異常な魔獣の凶暴さとはまるで違い、胸の奥に触れるような柔らかい気配だった。

 さっき巨大な爪跡を見つけた場所を離れてしばらく歩くと、周囲の木々が自然と道を開くように並んでいることに気づく。
 まるで何かに導かれているように、視線の先がゆっくりと明るくなっていった。

(この先に……何があるんだ)

 ライトは息を整えて進んだ。剣は手にしたまま、いつでも動ける体勢を崩さないようにする。

 ふと気づけば、鳥の声も虫の音も消えていた。
 風が揺らす枝葉のざわめきだけが、遠くに小さく響いている。

 やがて、木々の切れ間から柔らかい光がこぼれた。陽光というより、魔力の揺らめきに近い。

「……これは」

 目の前に広がっていたのは、小さな泉だった。
 澄んだ水面が淡く輝き、中心には石でできた円形の台座がある。
 台座の上には、赤い光が脈打つ小さな何かが置かれていた。

 ライトは思わず近づく。

(卵……?)

 それは卵の形をしていた。人の手にやっと乗るほどの大きさで、殻の内部から灯りのような赤い光がゆっくりと鼓動している。
 危険な気配はなく、むしろ静かに助けを求めているような、そんな印象だった。

 視界の端に淡い文字が揺れた。

《高位魔力反応を記録しました》

 ライトは小さく息をのむ。

(まさか……魔獣の卵? それとも……)

 近づいても敵意は感じられない。むしろ、この卵はずっとひとりで森に残され、誰かを待っているように見えた。

 手を伸ばして触れるか迷っていたその時、泉の近くで枯れ枝が折れる音がした。

 ライトはすぐに剣を構える。

 茂みの陰から、黒い筋の走った狼型の魔獣が三体、ゆっくりと姿を見せた。
 先ほど倒した魔獣と同じ異常性を持ちながら、さらに凶暴性を増している。

(まだいたのか……!)

 三体が同時に低く唸り声を上げる。赤い目がライトだけを狙っていた。

 いや、違う。

(……この卵を狙っている?)

 視線の向きと、じりじりとした接近の仕方で分かった。
 彼らはライトではなく、台座の上の卵に狙いを定めている。

 それを理解した瞬間、身体が先に動いていた。

「ここは通さない!」

 地面を蹴り、ライトは前へ躍り出る。狼たちが一斉に飛びかかってくる。

《敵性魔獣の連携パターンを記録》

 視界が鮮明になり、三体の動きが立体的に理解できた。一体は正面から、もう一体は右側から跳びかかり、三体目は低く潜って足元を狙う。
 初見で避けられる攻撃ではない。

 だが、ライトの頭の中では、三体の軌道が重なるように見えていた。

(右に一歩……左に半歩……!)

 身体が自然と動き、最小限の足さばきで三方向の攻撃をかわしていく。
 風が頬をかすめるたびに、紙一重の距離を抜けているのが分かった。

 右から飛びかかってきた個体に、ライトは低い姿勢で踏み込み、そのまま斬撃を叩き込んだ。

「斬撃強化!」

 鋭い線を描くような斬撃が狼の脇腹を割き、黒い靄が噴き出すように散った。

 一体が崩れ落ちると、残りの二体が怒りに満ちた声を上げて距離を詰めてくる。
 素早く死角を奪おうと位置を変えていく。

《連携パターン更新》

 ライトの視界には、二体の動きが交差する瞬間がゆっくりと浮かび上がった。
 ほんの一瞬だけ互いに死角を作る。その隙に踏み込めば一気に決められる。

(いける……!)

 ライトは一歩踏み込み、さらに二歩目で距離を縮めた。
 地面が跳ねる感触が足裏に伝わる。二体が同時に飛びかかってくる瞬間、ライトはあえて片方の影に身体を滑り込ませた。

 横から襲いくる牙が頬をかすめる。だが避けられる。

「そこだっ!」

 ライトの剣がまっすぐ突き込まれ、二体目の胸元を深く貫いた。

 残った一体が怯んだように後退する。赤い目に浮かぶのは怒りではなく、何かから逃げようとする恐怖のようにも見えた。

「……卵を、怖がっている?」

 魔獣は一歩だけ後ずさり、だが諦めきれない様子で再び姿勢を低くした。
 まるで「あれは危険だ」と本能が訴えているかのようだった。

 ライトは剣を構え直す。

「来るなら来い……俺も引く気はない」

 魔獣が走り出す。地面が震え、風が裂ける。

 ライトはまっすぐ前へ踏み込んだ。互いの影が重なる一瞬、視界の端に淡い文字が浮かぶ。

《攻撃予測補助》

 ライトの身体が自然と最適な軌道を描いた。

「はぁっ!」

 振り抜いた斬撃が魔獣の巨体を断ち切る。黒い靄が森に散り、魔獣はそのまま崩れ落ちた。

 すべてが静かになった。風がわずかに吹き、草がそよぐ音が耳に戻ってくる。

 ライトはゆっくり呼吸を整え、剣を収めた。

「……守りたかったのか。それとも、壊したかったのか」

 倒れた魔獣たちを見つめながらつぶやく。彼らの行動は矛盾していた。卵を狙うようでいて、同時に怯えていた。

(この卵には……何が眠っているんだ)

 ライトは台座へ向き直り、赤く光る卵をそっと両手で包み込むように持ち上げた。
 温かい。まるで心臓の鼓動のようなリズムが手に伝わってくる。

「……大丈夫だ。一緒に帰ろう」

 森の奥で卵はひとりで待っていた。その理由はまだ分からない。だが、ここに置いたままにしていいとは思えなかった。

 ライトは卵を大切に布で包み、胸元に抱え込む。

 帰り道、泉のほとりを振り返る。静けさは戻っているが、何かが確かに変わっていた。

(調査依頼だったけど……これは報告しないといけないな)

 胸に抱く卵が、ほのかに光った。

 それはまるで、ライトに応えるようだった。
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