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第45話
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街が完全に眠りにつく頃、ライトは宿の屋根裏部屋で目を覚ました。
窓の外は暗く、遠くで犬の鳴き声が一度だけ響いている。
ミリュウはベッドの端で丸くなり、静かな寝息を立てていた。
その小さな体が上下するのを確認してから、ライトはそっと立ち上がる。
眠れなかった。体は休まっている。だが、頭だけが冴え続けていた。
集落での戦い。
水を使う鎧の男。
逃げ際の迷いのなさ。
どれも、ただの賊ではない。
ライトは窓を開け、外気を吸い込んだ。夜風が室内に流れ込み、カーテンが揺れる。
その瞬間だった。
わずかな違和感。
音ではない。匂いでもない。
空気の流れが、不自然に切り替わった。
「……来てない、か」
誰かが近くにいる感覚はない。
だが、風の通り方だけが妙だった。
屋根の上を抜けるはずの流れが、途中で歪んでいる。まるで、意図的に遮られ、曲げられたように。
ライトは剣に手をかけたまま、窓枠に足をかけた。
静かに屋根へ出る。
夜露で瓦が冷たい。街の灯りは少なく、遠くに見えるのはギルド方面の明かりだけだ。
そのとき、背後で微かな音がした。
風が、鳴った。
刃が振るわれた音ではない。
空気が裂ける音。
ライトは反射的に身を沈めた。
頭上を、見えない何かが掠めていく。
直後、屋根の端が削れ、瓦が数枚落ちた。
「……風刃か」
姿は見えない。
だが攻撃だけは、はっきりと存在している。
ミリュウが小さく鳴いた。
「ミリュ……!」
「静かに」
ライトは短く言い、屋根の上を移動する。
足音を殺し、攻撃の来た方向を探る。
二撃目。
今度は横薙ぎ。
空気が圧縮され、腕を狙ってくる。
剣を振る。
「《斬撃強化(中)》」
刃と空気がぶつかり、衝撃が腕に伝わった。
完全には相殺できない。
だが軌道は逸れ、致命傷にはならなかった。
その瞬間、胸の奥に確かな感触が走る。
受けた圧。
流れ。
刃として成立する条件。
それらが、一気に身体に刻み込まれた。
《ウィンドLv1》を獲得。
ライトは一歩踏み出す。
「そこか」
見えない相手に向け、掌を突き出す。
「《ウィンドLv1》」
空気が弾けた。
押し出すような風圧が屋根の上を走り、何かに当たる。
小さな舌打ち。
それだけで十分だった。
相手は攻撃を止め、距離を取る。
姿は最後まで見えない。
だが、完全に消えたわけでもない。
ライトは追わなかった。
ここで追えば、相手の思う場所へ誘導される。
それは、集落の時と同じだ。
屋根の上に静けさが戻る。
ミリュウがライトの肩へ飛び乗った。
「ミリュ」
「大丈夫だ」
そう言ってから、ふと気づく。
守ると言うより、もう並んでいる。
いつの間にか、そういう感覚に変わっていた。
翌朝。
ギルドは早くから動いていた。
夜の間に起きた小規模な被害報告が、いくつか入っている。
グランは地図を見ながら、静かに言った。
「風を使う個体が動いた」
「確認しました」
ライトは簡潔に答える。
「姿は見えませんでしたが、狙いは俺です」
「だろうな」
グランは視線を上げる。
「水と風。役割を分けて動いている」
リオナが腕を組む。
「分断、牽制、索敵。戦力の使い方が綺麗すぎる」
「冒険者崩れじゃない」
ライトはそう言ってから、地図の一点を指した。
「ここ」
川と街道が交差する地点。
交易用の小さな中継地だ。
「昨夜、風の攻撃が来た方向と一致します」
グランは少しだけ笑った。
「いい目をしてきたな」
それ以上は言わない。
だが、判断は固まった。
「今日中に依頼を出す。調査名目だ」
「仲間は?」
ライトの問いに、グランは即答しなかった。
一拍置いてから言う。
「増やす」
その一言で十分だった。
ギルドを出ると、朝の風が頬を撫でた。
昨夜とは違う、穏やかな流れだ。
ライトは歩きながら、掌を軽く握る。
風が、確かに応える。
力を誇示する必要はない。
今は、選ぶ段階に入っただけだ。
ミリュウが肩で鳴いた。
「ミリュ」
「行くぞ」
窓の外は暗く、遠くで犬の鳴き声が一度だけ響いている。
ミリュウはベッドの端で丸くなり、静かな寝息を立てていた。
その小さな体が上下するのを確認してから、ライトはそっと立ち上がる。
眠れなかった。体は休まっている。だが、頭だけが冴え続けていた。
集落での戦い。
水を使う鎧の男。
逃げ際の迷いのなさ。
どれも、ただの賊ではない。
ライトは窓を開け、外気を吸い込んだ。夜風が室内に流れ込み、カーテンが揺れる。
その瞬間だった。
わずかな違和感。
音ではない。匂いでもない。
空気の流れが、不自然に切り替わった。
「……来てない、か」
誰かが近くにいる感覚はない。
だが、風の通り方だけが妙だった。
屋根の上を抜けるはずの流れが、途中で歪んでいる。まるで、意図的に遮られ、曲げられたように。
ライトは剣に手をかけたまま、窓枠に足をかけた。
静かに屋根へ出る。
夜露で瓦が冷たい。街の灯りは少なく、遠くに見えるのはギルド方面の明かりだけだ。
そのとき、背後で微かな音がした。
風が、鳴った。
刃が振るわれた音ではない。
空気が裂ける音。
ライトは反射的に身を沈めた。
頭上を、見えない何かが掠めていく。
直後、屋根の端が削れ、瓦が数枚落ちた。
「……風刃か」
姿は見えない。
だが攻撃だけは、はっきりと存在している。
ミリュウが小さく鳴いた。
「ミリュ……!」
「静かに」
ライトは短く言い、屋根の上を移動する。
足音を殺し、攻撃の来た方向を探る。
二撃目。
今度は横薙ぎ。
空気が圧縮され、腕を狙ってくる。
剣を振る。
「《斬撃強化(中)》」
刃と空気がぶつかり、衝撃が腕に伝わった。
完全には相殺できない。
だが軌道は逸れ、致命傷にはならなかった。
その瞬間、胸の奥に確かな感触が走る。
受けた圧。
流れ。
刃として成立する条件。
それらが、一気に身体に刻み込まれた。
《ウィンドLv1》を獲得。
ライトは一歩踏み出す。
「そこか」
見えない相手に向け、掌を突き出す。
「《ウィンドLv1》」
空気が弾けた。
押し出すような風圧が屋根の上を走り、何かに当たる。
小さな舌打ち。
それだけで十分だった。
相手は攻撃を止め、距離を取る。
姿は最後まで見えない。
だが、完全に消えたわけでもない。
ライトは追わなかった。
ここで追えば、相手の思う場所へ誘導される。
それは、集落の時と同じだ。
屋根の上に静けさが戻る。
ミリュウがライトの肩へ飛び乗った。
「ミリュ」
「大丈夫だ」
そう言ってから、ふと気づく。
守ると言うより、もう並んでいる。
いつの間にか、そういう感覚に変わっていた。
翌朝。
ギルドは早くから動いていた。
夜の間に起きた小規模な被害報告が、いくつか入っている。
グランは地図を見ながら、静かに言った。
「風を使う個体が動いた」
「確認しました」
ライトは簡潔に答える。
「姿は見えませんでしたが、狙いは俺です」
「だろうな」
グランは視線を上げる。
「水と風。役割を分けて動いている」
リオナが腕を組む。
「分断、牽制、索敵。戦力の使い方が綺麗すぎる」
「冒険者崩れじゃない」
ライトはそう言ってから、地図の一点を指した。
「ここ」
川と街道が交差する地点。
交易用の小さな中継地だ。
「昨夜、風の攻撃が来た方向と一致します」
グランは少しだけ笑った。
「いい目をしてきたな」
それ以上は言わない。
だが、判断は固まった。
「今日中に依頼を出す。調査名目だ」
「仲間は?」
ライトの問いに、グランは即答しなかった。
一拍置いてから言う。
「増やす」
その一言で十分だった。
ギルドを出ると、朝の風が頬を撫でた。
昨夜とは違う、穏やかな流れだ。
ライトは歩きながら、掌を軽く握る。
風が、確かに応える。
力を誇示する必要はない。
今は、選ぶ段階に入っただけだ。
ミリュウが肩で鳴いた。
「ミリュ」
「行くぞ」
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