45 / 72
第45話
しおりを挟む
街が完全に眠りにつく頃、ライトは宿の屋根裏部屋で目を覚ました。
窓の外は暗く、遠くで犬の鳴き声が一度だけ響いている。
ミリュウはベッドの端で丸くなり、静かな寝息を立てていた。
その小さな体が上下するのを確認してから、ライトはそっと立ち上がる。
眠れなかった。体は休まっている。だが、頭だけが冴え続けていた。
集落での戦い。
水を使う鎧の男。
逃げ際の迷いのなさ。
どれも、ただの賊ではない。
ライトは窓を開け、外気を吸い込んだ。夜風が室内に流れ込み、カーテンが揺れる。
その瞬間だった。
わずかな違和感。
音ではない。匂いでもない。
空気の流れが、不自然に切り替わった。
「……来てない、か」
誰かが近くにいる感覚はない。
だが、風の通り方だけが妙だった。
屋根の上を抜けるはずの流れが、途中で歪んでいる。まるで、意図的に遮られ、曲げられたように。
ライトは剣に手をかけたまま、窓枠に足をかけた。
静かに屋根へ出る。
夜露で瓦が冷たい。街の灯りは少なく、遠くに見えるのはギルド方面の明かりだけだ。
そのとき、背後で微かな音がした。
風が、鳴った。
刃が振るわれた音ではない。
空気が裂ける音。
ライトは反射的に身を沈めた。
頭上を、見えない何かが掠めていく。
直後、屋根の端が削れ、瓦が数枚落ちた。
「……風刃か」
姿は見えない。
だが攻撃だけは、はっきりと存在している。
ミリュウが小さく鳴いた。
「ミリュ……!」
「静かに」
ライトは短く言い、屋根の上を移動する。
足音を殺し、攻撃の来た方向を探る。
二撃目。
今度は横薙ぎ。
空気が圧縮され、腕を狙ってくる。
剣を振る。
「《斬撃強化(中)》」
刃と空気がぶつかり、衝撃が腕に伝わった。
完全には相殺できない。
だが軌道は逸れ、致命傷にはならなかった。
その瞬間、胸の奥に確かな感触が走る。
受けた圧。
流れ。
刃として成立する条件。
それらが、一気に身体に刻み込まれた。
《ウィンドLv1》を獲得。
ライトは一歩踏み出す。
「そこか」
見えない相手に向け、掌を突き出す。
「《ウィンドLv1》」
空気が弾けた。
押し出すような風圧が屋根の上を走り、何かに当たる。
小さな舌打ち。
それだけで十分だった。
相手は攻撃を止め、距離を取る。
姿は最後まで見えない。
だが、完全に消えたわけでもない。
ライトは追わなかった。
ここで追えば、相手の思う場所へ誘導される。
それは、集落の時と同じだ。
屋根の上に静けさが戻る。
ミリュウがライトの肩へ飛び乗った。
「ミリュ」
「大丈夫だ」
そう言ってから、ふと気づく。
守ると言うより、もう並んでいる。
いつの間にか、そういう感覚に変わっていた。
翌朝。
ギルドは早くから動いていた。
夜の間に起きた小規模な被害報告が、いくつか入っている。
グランは地図を見ながら、静かに言った。
「風を使う個体が動いた」
「確認しました」
ライトは簡潔に答える。
「姿は見えませんでしたが、狙いは俺です」
「だろうな」
グランは視線を上げる。
「水と風。役割を分けて動いている」
リオナが腕を組む。
「分断、牽制、索敵。戦力の使い方が綺麗すぎる」
「冒険者崩れじゃない」
ライトはそう言ってから、地図の一点を指した。
「ここ」
川と街道が交差する地点。
交易用の小さな中継地だ。
「昨夜、風の攻撃が来た方向と一致します」
グランは少しだけ笑った。
「いい目をしてきたな」
それ以上は言わない。
だが、判断は固まった。
「今日中に依頼を出す。調査名目だ」
「仲間は?」
ライトの問いに、グランは即答しなかった。
一拍置いてから言う。
「増やす」
その一言で十分だった。
ギルドを出ると、朝の風が頬を撫でた。
昨夜とは違う、穏やかな流れだ。
ライトは歩きながら、掌を軽く握る。
風が、確かに応える。
力を誇示する必要はない。
今は、選ぶ段階に入っただけだ。
ミリュウが肩で鳴いた。
「ミリュ」
「行くぞ」
窓の外は暗く、遠くで犬の鳴き声が一度だけ響いている。
ミリュウはベッドの端で丸くなり、静かな寝息を立てていた。
その小さな体が上下するのを確認してから、ライトはそっと立ち上がる。
眠れなかった。体は休まっている。だが、頭だけが冴え続けていた。
集落での戦い。
水を使う鎧の男。
逃げ際の迷いのなさ。
どれも、ただの賊ではない。
ライトは窓を開け、外気を吸い込んだ。夜風が室内に流れ込み、カーテンが揺れる。
その瞬間だった。
わずかな違和感。
音ではない。匂いでもない。
空気の流れが、不自然に切り替わった。
「……来てない、か」
誰かが近くにいる感覚はない。
だが、風の通り方だけが妙だった。
屋根の上を抜けるはずの流れが、途中で歪んでいる。まるで、意図的に遮られ、曲げられたように。
ライトは剣に手をかけたまま、窓枠に足をかけた。
静かに屋根へ出る。
夜露で瓦が冷たい。街の灯りは少なく、遠くに見えるのはギルド方面の明かりだけだ。
そのとき、背後で微かな音がした。
風が、鳴った。
刃が振るわれた音ではない。
空気が裂ける音。
ライトは反射的に身を沈めた。
頭上を、見えない何かが掠めていく。
直後、屋根の端が削れ、瓦が数枚落ちた。
「……風刃か」
姿は見えない。
だが攻撃だけは、はっきりと存在している。
ミリュウが小さく鳴いた。
「ミリュ……!」
「静かに」
ライトは短く言い、屋根の上を移動する。
足音を殺し、攻撃の来た方向を探る。
二撃目。
今度は横薙ぎ。
空気が圧縮され、腕を狙ってくる。
剣を振る。
「《斬撃強化(中)》」
刃と空気がぶつかり、衝撃が腕に伝わった。
完全には相殺できない。
だが軌道は逸れ、致命傷にはならなかった。
その瞬間、胸の奥に確かな感触が走る。
受けた圧。
流れ。
刃として成立する条件。
それらが、一気に身体に刻み込まれた。
《ウィンドLv1》を獲得。
ライトは一歩踏み出す。
「そこか」
見えない相手に向け、掌を突き出す。
「《ウィンドLv1》」
空気が弾けた。
押し出すような風圧が屋根の上を走り、何かに当たる。
小さな舌打ち。
それだけで十分だった。
相手は攻撃を止め、距離を取る。
姿は最後まで見えない。
だが、完全に消えたわけでもない。
ライトは追わなかった。
ここで追えば、相手の思う場所へ誘導される。
それは、集落の時と同じだ。
屋根の上に静けさが戻る。
ミリュウがライトの肩へ飛び乗った。
「ミリュ」
「大丈夫だ」
そう言ってから、ふと気づく。
守ると言うより、もう並んでいる。
いつの間にか、そういう感覚に変わっていた。
翌朝。
ギルドは早くから動いていた。
夜の間に起きた小規模な被害報告が、いくつか入っている。
グランは地図を見ながら、静かに言った。
「風を使う個体が動いた」
「確認しました」
ライトは簡潔に答える。
「姿は見えませんでしたが、狙いは俺です」
「だろうな」
グランは視線を上げる。
「水と風。役割を分けて動いている」
リオナが腕を組む。
「分断、牽制、索敵。戦力の使い方が綺麗すぎる」
「冒険者崩れじゃない」
ライトはそう言ってから、地図の一点を指した。
「ここ」
川と街道が交差する地点。
交易用の小さな中継地だ。
「昨夜、風の攻撃が来た方向と一致します」
グランは少しだけ笑った。
「いい目をしてきたな」
それ以上は言わない。
だが、判断は固まった。
「今日中に依頼を出す。調査名目だ」
「仲間は?」
ライトの問いに、グランは即答しなかった。
一拍置いてから言う。
「増やす」
その一言で十分だった。
ギルドを出ると、朝の風が頬を撫でた。
昨夜とは違う、穏やかな流れだ。
ライトは歩きながら、掌を軽く握る。
風が、確かに応える。
力を誇示する必要はない。
今は、選ぶ段階に入っただけだ。
ミリュウが肩で鳴いた。
「ミリュ」
「行くぞ」
22
あなたにおすすめの小説
スキル【幸運】無双~そのシーフ、ユニークスキルを信じて微妙ステータス幸運に一点張りする~
榊与一
ファンタジー
幼い頃の鑑定によって、覚醒とユニークスキルが約束された少年——王道光(おうどうひかる)。
彼はその日から探索者――シーカーを目指した。
そして遂に訪れた覚醒の日。
「ユニークスキル【幸運】?聞いた事のないスキルだな?どんな効果だ?」
スキル効果を確認すると、それは幸運ステータスの効果を強化する物だと判明する。
「幸運の強化って……」
幸運ステータスは、シーカーにとって最も微妙と呼ばれているステータスである。
そのため、進んで幸運にステータスポイントを割く者はいなかった。
そんな効果を強化したからと、王道光はあからさまにがっかりする。
だが彼は知らない。
ユニークスキル【幸運】の効果が想像以上である事を。
しかもスキルレベルを上げる事で、更に効果が追加されることを。
これはハズレと思われたユニークスキル【幸運】で、王道光がシーカー界の頂点へと駆け上がる物語。
「餌代の無駄」と追放されたテイマー、家族(ペット)が装備に祝福を与えていた。辺境で美少女化する家族とスローライフ
天音ねる(旧:えんとっぷ)
ファンタジー
【祝:男性HOT18位】Sランクパーティ『紅蓮の剣』で、戦闘力のない「生産系テイマー」として雑用をこなす心優しい青年、レイン。
彼の育てる愛らしい魔物たちが、実はパーティの装備に【神の祝福】を与え、その強さの根源となっていることに誰も気づかず、仲間からは「餌代ばかりかかる寄生虫」と蔑まれていた。
「お前はもういらない」
ついに理不尽な追放宣告を受けるレイン。
だが、彼と魔物たちがパーティを去った瞬間、最強だったはずの勇者の聖剣はただの鉄クズに成り果てた。祝福を失った彼らは、格下のモンスターに惨敗を喫する。
――彼らはまだ、自分たちが捨てたものが、どれほど偉大な宝だったのかを知らない。
一方、レインは愛する魔物たち(スライム、ゴブリン、コカトリス、マンドラゴラ)との穏やかな生活を求め、人里離れた辺境の地で新たな暮らしを始める。
生活のためにギルドへ持ち込んだ素材は、実は大陸の歴史を塗り替えるほどの「神話級」のアイテムばかりだった!?
彼の元にはエルフやドワーフが集い、静かな湖畔の廃屋は、いつしか世界が注目する「聖域」へと姿を変えていく。
そして、レインはまだ知らない。
夜な夜な、彼が寝静まった後、愛らしい魔物たちが【美少女】の姿となり、
「れーんは、きょーも優しかったの! だからぽるん、いーっぱいきらきらジェル、あげたんだよー!」
「わ、私、今日もちゃんと硬い石、置けました…! レイン様、これがあれば、きっともう危ない目に遭いませんよね…?」
と、彼を巡って秘密のお茶会を繰り広げていることを。
そして、彼が築く穏やかな理想郷が、やがて大国の巨大な陰謀に巻き込まれていく運命にあることを――。
理不尽に全てを奪われた心優しいテイマーが、健気な“家族”と共に、やがて世界を動かす主となる。
王道追放ざまぁ × 成り上がりスローライフ × 人外ハーモニー!
HOT男性49位(2025年9月3日0時47分)
→37位(2025年9月3日5時59分)→18位(2025年9月5日10時16分)
幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。
アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚…
スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。
いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて…
気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。
愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。
生きていればいつかは幼馴染達とまた会える!
愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」
幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。
愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。
はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?
掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~
テツみン
ファンタジー
*読者のみなさま
この作品をお読みいただきありがとうございました。こちらの作品は1月10日12時をもって非公開とさせていただきます。
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。
しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。
ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。
「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」
彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ――
目が覚めると未知の洞窟にいた。
貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。
その中から現れたモノは……
「えっ? 女の子???」
これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。
最弱スキル《リサイクル》で世界を覆す ~クラス追放された俺は仲間と共に成り上がる~
KABU.
ファンタジー
平凡な高校生・篠原蓮は、クラスメイトと共に突如異世界へ召喚される。
女神から与えられた使命は「魔王討伐」。
しかし、蓮に与えられたスキルは――《リサイクル》。
戦闘にも回復にも使えない「ゴミスキル」と嘲笑され、勇者候補であるクラスメイトから追放されてしまう。
だが《リサイクル》には、誰も知らない世界の理を覆す秘密が隠されていた……。
獣人、エルフ、精霊など異種族の仲間を集め、蓮は虐げられた者たちと共に逆襲を開始する。
神様のせいで最強魔力持ちにされたけどコミュ障だから、森の奥で人外の弟子とひっそり暮らしたい
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
極度のコミュニケーション障害で、まともに人と話せない青年、相川静(あいかわ しずか)。
彼はある日、女神の手違いで異世界に転移させられてしまう。
お詫びとして与えられたのは、世界を滅ぼせるほどの規格外の魔力。
しかし、コミュ障のシズカにとって、そんな目立つ力はトラブルの元でしかない。
彼は人目を避けるように、魔物が住む広大な森の奥深くへと逃げ込んだ。
そこで出会ったのは、親を亡くした一匹の幼いドラゴン。
言葉が通じないはずのドラゴンになぜか懐かれ、なし崩し的に弟子(?)として面倒を見る羽目に。
シズカは強すぎる魔力で獲物を狩り、ドラゴンに食事を与え、魔法をジェスチャーで教える。人間相手には一言も話せないが、ドラゴン相手なら不思議と心が安らぐのだった。
これは、最強の力を持つコミュ障青年が、人間社会から完全に孤立し、人外の弟子とのんびり暮らそうと奮闘する物語。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~
あきさけ
ファンタジー
貧乏な田舎村を追い出された少年〝シント〟は森の中をあてどなくさまよい一本の新木を発見する。
それは本当に小さな新木だったがかすかな光を帯びた不思議な木。
彼が不思議そうに新木を見つめているとそこから『私に魔法をかけてほしい』という声が聞こえた。
シントが唯一使えたのは〝創造魔法〟といういままでまともに使えた試しのないもの。
それでも森の中でこのまま死ぬよりはまだいいだろうと考え魔法をかける。
すると新木は一気に生長し、天をつくほどの巨木にまで変化しそこから新木に宿っていたという聖霊まで姿を現した。
〝この地はあなたが創造した聖地。あなたがこの地を去らない限りこの地を必要とするもの以外は誰も踏み入れませんよ〟
そんな言葉から始まるシントののんびりとした生活。
同じように行き場を失った少女や幻獣や精霊、妖精たちなど様々な面々が集まり織りなすスローライフの幕開けです。
※この小説はカクヨム様でも連載しています。アルファポリス様とカクヨム様以外の場所では公開しておりません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる