追放されたお荷物記録係、地味スキル《記録》を極めて最強へ――気づけば勇者より強くなってました

KABU.

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第55話

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 夜は静かだった。

 昼より川の音が濃い。水面を撫でる風が冷たく、草の先が揺れるたびに擦れる音が増幅される。焚き火は小さく、光を広げない。必要な熱だけ残す。

 アリアが先に言った。

「……来る」

 ライトは頷き、立ち上がらないまま剣に手を添えた。

 リオナは既に杖を構えている。詠唱を長く引くタイプじゃない。必要な言葉だけで、必要なだけ撃つ。

 フィーナは焚き火のそばで目を閉じていた。眠っているわけじゃない。森の気配を拾っている。

 空気が切れた。

 頭上を何かが通り、背後の木に突き刺さる。

 金属音。

「投げ物だ!」

 アリアが跳ね、焚き火の光の外へ体をずらす。ライトは剣を抜き、木陰を背に取った。

 左右から影が動く。

 二人、いや三人。足音が薄い。軽装だ。洞窟や集落で見た連中とも違う。目的が違う。殺しより先に、こちらの動きを止めに来ている。

 最初の影が距離を詰め、二つ目が背後に回る。三つ目はわずかに遅れて、外側を回っている。

 挟む形。

 ライトは前へ出ない。動けば焚き火の光で輪郭が浮く。代わりに剣先を低くして、間合いを固定した。

 カン、と刃が鳴る。

 投げナイフが飛んできた瞬間、ライトの剣が弾き返した。

「《斬撃強化(中)》」

 剣の軌道が鋭くなる。弾くだけじゃない。返した刃で、距離を詰めてきた影の腕を叩き落とす。

「っ!」

 相手が息を呑む。だが退かない。もう一人が同時に切り込んでくる。短剣の角度がいやらしい。防げば背後の一撃が来る。

 ライトは半歩だけずらし、刃を受け流した。

 その瞬間、地面が鳴った。

 草が一斉に倒れる。

 焚き火の煙が横へ引きちぎられる。

 風だ。鋭い。

 人工的に流された、切り裂く風圧。

 ライトは身体を捻る。避けきれない。肩口を削られ、衣服が裂けた。皮膚がひりつく。

 だが、ここで止まらない。

「《ウィンドLv1》」

 ライトは掌を返し、風の流れをぶつける。

 目に見える派手さはない。だが、相手の風圧の芯がずれ、焚き火の煙が元の方向へ戻り始めた。風はぶつけ合うものじゃない。流れを崩せば、刃は鈍る。

 同時に、敵の動きが一瞬だけ乱れる。風の使い手は、こちらの干渉を想定していなかった。

 リオナが間合いを変え、短く言った。

「氷で止める」

「頼む」

 会話はそれだけでいい。

 リオナが杖を振る。

「アイスカッター」

 氷の刃が地面すれすれに走り、外側を回っていた影の足元を裂く。相手が跳ねた瞬間、足場が崩れる。着地が遅れる。

 ライトはそこへ入った。

「《斬撃強化(中)》」

 剣が外套を裂く。布が裂け、相手の腕に赤い線が走る。致命傷じゃない。だが片腕は使いにくい。

 アリアが横から踏み込む。

「甘い!」

 一撃。刃が空気を裂き、相手の体勢を完全に崩す。倒れかけた影が転がり、距離を取ろうとする。

 残る二人は、即座に退いた。

 迷いがない。撤退の判断が早い。最初から長居するつもりじゃない。

 背後の闇から、もう一度、風が来る。

 今度は焚き火の火そのものを潰す狙いだ。

 ライトは焚き火の前に立たない。フィーナの位置を崩さない。風の通り道を読んで、斜めから手を伸ばす。

「《ウィンドLv1》」

 放った風が、相手の風を横へ受け流す。焚き火は揺れたが消えない。火の芯だけが残り、すぐに戻る。

 フィーナが初めて目を開いた。

「……離れました」

 気配が薄い。森の奥へ溶けるように遠ざかっていく。

 ライトは追わない。夜の森で深追いは危険だ。ここで倒すべき相手ではない。今の連中は、こちらの強さと陣形を測りに来た。

 アリアが息を吐く。

「面倒なのが増えたな」

「でも、手応えはあった」

 ライトは剣を収め、裂けた袖口を見下ろした。痛みはある。だが動きは落ちていない。

 リオナが焚き火を見て言う。

「火、消されなかった。次はもっと露骨に潰しに来るわね」

「来るなら来い」

 ライトは短く答えた。言葉を足さない。足すほど説明になる。

 フィーナが焚き火に手をかざし、炎を整える。熱が一定になり、影の揺れが落ち着いた。

 ミリュウが肩で小さく鳴いた。

「ミリュ」

「起きてていい。寝るのは安全になってからだ」

 夜はまだ深い。

 だが、見えない手の触り方が変わってきている。今の連中は、洞窟の外套よりも手際がいい。集落の鎧よりも引き際が綺麗だ。

 ライトは剣の柄を軽く握り直した。

 焚き火の火が、静かに揺れた。
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