追放されたお荷物記録係、地味スキル《記録》を極めて最強へ――気づけば勇者より強くなってました

KABU.

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第82話

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夜明け前、川沿いの空気は不自然なほど静かだった。
水音はある。風も流れている。だが、人の気配だけが抜け落ちている。

ライトは立ち止まり、土を踏みしめた感触を確かめる。柔らかすぎず、硬すぎない。ここ数日で何度も歩いた地形だが、今日は違って見えた。

「……静かすぎるな」

アリアが周囲を見回し、鼻を鳴らす。

「罠の匂いもしねぇ。獣も逃げてねぇ」

リオナは杖を握ったまま、川面を睨んでいた。

「魔力の流れが薄い。隠してるんじゃなくて……最初から、流してない感じ」

フィーナは何も言わず、草の先に触れてから首を振る。

「ここは、通り道。でも、狩場じゃない」

その言葉で、ライトの中に一つの像が形を持った。
追われている、という感覚が、わずかにズレる。

「……来ないな」

誰も否定しなかった。

昨日まで、確実にあった圧。
視線。間合い。測るような動き。

それが、ない。

待ち伏せでも、撤退でもない。
ただ――いない。

「離脱じゃない」リオナが低く言う。「最初から、今日ここでやる気がない」

アリアが歯を見せて笑う。

「選ばれてねぇ、って顔じゃねぇな」

フィーナがゆっくりと顔を上げる。

「違う。今は……見送られてる」

その言い回しに、ライトは一瞬だけ目を細めた。
追う側と追われる側。
その関係が、いつの間にか入れ替わりかけている。

「じゃあ、向こうは何を見てる」

ライトの問いに、誰も即答しなかった。

代わりに、川下から馬車の音が聞こえてきた。
護衛付き。だが、冒険者ではない。兵でもない。

リオナが目を細める。

「商隊……いや、あれは」

「人を運んでる」アリアが言った。「荷じゃねぇ」

ライトは進路を変えた。
街道ではない。川沿いでもない。
あえて、森に近い迂回路を選ぶ。

説明はしない。全員がついてくる。

木々の間を抜けると、馬車の列が見えた。
鎖。
簡易的な拘束具。
逃げる気のない人間たち。

だが、怯え方が違う。
恐怖ではなく、諦め。

フィーナが小さく息を吐いた。

「……連れて行かれてる」

「どこへ」

「分からない。でも……戻る場所じゃない」

ライトは馬車を見送った。
止めなかった。
追わなかった。

その選択に、誰も異を唱えない。

「狩りじゃない」リオナが言う。「収集だ」

アリアが地面を蹴った。

「ふざけた話だな。命を道具みたいに」

ライトは剣に手を置いたまま、動かなかった。

「道具じゃない」

全員の視線が集まる。

「素材でも、兵でもない。たぶん――候補だ」

言葉を選んだわけじゃない。
そうとしか、見えなかった。

フィーナが静かに頷く。

「使えるか、使えないか。壊れるか、残るか」

リオナが歯を噛みしめる。

「……試験、ね」

ライトは視線を上げた。
森の奥。
川の向こう。
街道の先。

どこにも敵はいない。
それが、はっきりと分かる。

「戻る」

来た道ではない。
街でもない。

「ギルドへ行く。全部話す」

アリアが肩を回す。

「やっとか」

「隠す意味がなくなった」

ミリュウが肩で鳴いた。

「ミリュ」

「大丈夫だ」

ライトは一度だけ、馬車が消えた方向を見た。

助けられなかった。
だが、見なかったふりもしない。

剣を収め、歩き出す。

風は穏やかだった。
水も荒れていない。

それが逆に、不気味だった。
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